人口減少時代における持続可能な地域経営の在り方

  

公共経営研究科 八島 大三

 

1 はじめに −地域経営へのパラダイムシフト− 

 地方都市における経済、財政、社会生活等において、これまでの国主導による国土の均衡ある発展を目指してきた「外部主導型の地域開発」から、地域が所有する人材、環境、文化、地域経済等の資源を、地域自らが知恵を活かし創意工夫し目指すべき都市像を達成する「自律型の地域経営」へ、パラダイムシフトする時代となっている。

国の開発政策の限界や自治体における旧来型の企業誘致策の困難性に見られるように、地方経済政策において構造転換が迫られており、地域既存の社会資本や地場産業、文化などといった資源の活用による地域経営が求められている。

 国においては、200212月の構造改革特別区域法の施行を受けて20034月に「構造改革特区制度」が始まり、200310月には、地域経済の活性化と地域雇用の創造を推進するために「地域再生本部」が内閣に設置された。地域再生本部の方針も、「地域のニーズに対応したメニューを用意して、意欲にあふれた地域を応援していく制度です。皆様がお住まいの地域を一緒に元気にしていきます!」と謳っている。つまり、国の地域政策の手法も「開発主導」から「経営支援」にシフトしてきている。

地域経営とはすなわち、地域が国への依存体質から脱し地域自立へと歩むための処方箋であるとともに、持続可能な地域社会発展の手法となるものである。地域の「衰退」を病気に例えるならば、処方箋たる経営の「成分」となるものは、地域所有の「資源」であり、「診断」、「開発」、「調合」、「服用」、「経過」の循環運営こそが「経営」となるのである。

本レポートでは、地域経営における資源を活用した循環運営を分析するための視点を整理するとともに、産業構造の転換により人口半減した釜石市の産業政策を事例として、今後の地域経営の在り方について研究するものである。

 

2 地域経営の分析視点

経営資源とは、人、もの、金、情報といわれるが、具体的には相互が関連し合っている。地域経営において、その持てる資源を活用して持続可能な状態を維持し創り出していく

過程が「循環運営」であり、この運営を分析する「ものさし」を整理すると次の7つの視点となる。この視点をもとに、地域の実情に応じた経営展開を進めていくことが、一過性ではない、経営資源の効果的活用のサイクルを達成することにつながる。

(1)視点1 キーマンの情熱と伝承   

(2)視点2 住民参画・協働      

(3)視点3 産学官連携・協働     

(4)視点4 地域人材の確保・育成   

(5)視点5 地域資源の再評価・用途転換

(6)視点6 情報化と外部評価     

(7)視点7 経営スキルの向上     

 

1 自治制度演習第1クール八島レポートより/20066

2 内閣府経済社会総合研究所「特区・地域再生」http://www.wagamachigenki.jp/saisei/01_04.htm

2−1 【視点1】キーパーソンの情熱と伝承

 地域経営の重要な視点に「キーパーソン」の存在が挙げられる。地域経営を具体的に動かしていく戦略やプロジェクトについて、ビジョンを策定し、実践していく、“生身の情熱家”が必要なのである。戦略やプロジェクトを推進していくためには、周囲が納得できるビジョンを描くシナリオライターとしての役割、資源を調達・集積するプロデューサーとしての役割、多様なステークホルダーを調整・連携させるコーディネーターとしての役割が求められる。そして何より、そのメンタリティにおいて、その戦略やプロジェクトを「楽しい」と感じきれる、その事業自体を内部化できる主体性、自律性が必要なのである。

 また、キーパーソンは常に後継者の問題がつきまとう。カリスマ的リーダーの現場からの退場は、その後の喪失感を大きなものにしてしまうからだ。その伝承の仕組みをいかに確立するかが重要となる。

   

2−2 【視点2】住民参画・協働

 地方における深刻な課題として、都市部における中心市街地の空洞化や農村地域における過疎化、地域の連帯感の希薄化等が挙げられる。中心市街地においては、モビリティの向上や大規模小売店の郊外立地、バブル期の地価高騰などにより、市街地を形成する都市機能が郊外移転し、交流人口を減少させ、空洞化を進める結果となった。また、核家族化や生活利便性の向上により地縁や血縁の衰退による、地域コミュニティの希薄化も進行している。コミュニティの衰退は、伝承文化の衰退、地域の教育力の衰退、防犯・防災への対応力の衰退などを招くこととなった。今後、人口減少と地方分権が進むなか、地域コミュニティの再生を図るためには、地域のアイデンティティの確立が重要である。コミュニティを構成する地域住民が自ら地域に関心を持ち、かつ、地域づくりのための活動に参加する「きっかけ」、「しかけ」が不可欠である。また、単なるイベント的な「しかけ」で終わらない「しかけ」を「しかけ続ける」という「継続性」を可能とする仕組みが必要である。したがって、いかにして平衡状態の地域組織に一石を投じて、有効な波紋を創り出し、非平衡状態を作り出し、いかにして共鳴、或いは住民相互の共感を生み出すかが重要である。

 

2−3 【視点3】産学官連携・協働

 民間地場企業、大学等高等研究機関、地方自治体から住民、NPO、地域団体まで、地域を構成する多様な主体間で連携・協働を進めることで、相互補完・相互融合によるシナジーを発揮することが期待できる。一主体の持てるポテンシャルが多様な主体間の交流を通して刺激を受け、主体間相互で共鳴を起こし、そこに「誘引と貢献」の新たな価値が創出できる「場」としての可能性が広がる。地域構成主体間が互いの既存の役割に固執するとき、地域は活力を失い、停滞の一途を辿るとするならば、常に地域社会について未来志向の「眼」を有し続ける必要がある。

 

 

 

 

 

1 日本政策投資銀行地域企画チーム/地域再生の経営戦略/19頁/(社)金融財政事情研究会/2004年

 

2−4 【視点4】地域人材の確保・育成

 地域経営における「経営資源」の中で最も重要であり、地域経営自体のマネジメントの成否を握る視点が、地域人材の確保・育成である。地域振興のキーワードとして、「無いものねだりから、有あるものさがしへ」と言われるが、地域に実在する人的資源の育成・活躍が地域の特色を産み出し、「有るもの」を「他にないもの」に昇華させるという付加価値力を高めることができる。地域経済の活性化、政治におけるリーダーシップ、行財政の構造改革、すべては、住民の「質」が重要である。改革の基本、渉外能力の根幹、経済活動の土台は、「教育」に依拠し、住民が自ら主体的に取り組む「生涯学習」の成否が成果の鍵を握る。変革の成否は、市民の理解と姿勢と活力で決するということである。地域住民のライフスタイル応じた生涯学習、学びの姿勢の有り方が問われる。

しかし、実態は、有能な若年人材が進学先や雇用先を求めて、都市圏等の域外へ流出する問題を多くの地方が抱えており、対応策として「流出を防ぐ」、「流出者の回帰を促す」、「在野者が自ら光る」という選択肢の中から施策を追っているのが現状である。ここで考えなければならないことは、現代人の生活志向すら市場原理の原則に従うということである。進学先は、研究先ではなく、「学校ブランド」という肩書きの購入であるという合理的思考が働き、雇用先とは、地域のために働く場所ではなく、「キャリアブランド」の獲得又は「高収入が期待できる」労働提供先であるという合理的思考が働くということだ。この意味において、地方の現場で、「学校ブランド」として評価される大学を建設したり、「キャリアブランド」となりうるエクセレントカンパニーを創業することは、短・中期的には、現実的ではない。そのような「貴重な社会資本」は一朝一夕には創出できないからである。そこで、一見地味ながら、「在野者が自ら光る」取り組みが求められるのである。

 

2−5 【視点5】地域資源の再評価・用途転換

 地方経済政策において、従来型の公共投資や企業誘致のような外来型への依存が困難な時代となっている。そのような構造転換の要因としては、第一に、地方交付税の見直しなどに見られる地方分権改革の進展、国の国土計画における全国均衡発展から自己責任発展への方針転換、公共事業投資の継続的減少など、国の開発政策が限界に達したことがあげられる。第二に、経済のグローバル化による生産ラインの海外移転などによる工場・支店の国外流出や、海外生産品の輸入促進により、生産需要自体が減少し、その少ない生産ライン投資も好条件の特定地域に偏在していく傾向が強くなるなど、地方都市において雇用創出等に即効性のある企業誘致政策にも限界が生じている。

企業誘致とは外来型の発展を目論む政策である。それに対し、内発型の産業創出による発展は、地域に根付く地場産業や文化・資源と住民の意志や伝統を重視するものである。外来型の発展は、ともすれば地域文化や自然環境について配慮しないが、内発型の発展は地域の伝統・文化や自然と調和する可能性が高いのである。

 地方都市おける今後の持続的発展可能な地域経営の視点には、地域がもともと保持している地域資源の利活用による、希少性があり差異化された新しい産業開発・技術開発が求められているのではないだろうか。つまり、地域住民が主体となった内発型の産業創出が必要となってくる。よって、地域資源、死蔵資源の再評価、既存用途からの転用、資源間のコラボレートによるシナジー及び付加価値の創出を図ることが重要である。

 

1 三浦清一郎/市民の参画と地域活力の創造/1頁/学文社/2006年

2 日本政策投資銀行地域企画チーム/地域再生の経営戦略/14〜17頁/(社)金融財政事情研究会/2004年

2−6 【視点6】情報化と外部評価     

 前述の地域資源の有効活用に関しては、地域住民にとって地域資源の存在はもとより、その価値・ポテンシャルが意識しにくいことから、外部人材による客観的で独特の視点及び発想の導入も、効果をもたらすものである。また、地域経営に取り組む多様なプロジェクトの発展過程においては、各種の地域づくり賞や他の機関からの外部評価がプロジェクトの社会的地位を高め、かつ実施主体にとっても自身や励みになるといったマインドサポートの効果も期待できる。さらに、テレビ、新聞・雑誌等のメディアの積極的な活用も、第三者による外部評価として地域住民へのフィードバックや、域外への周知PRとしてきわめて効果的である。ここで重要なことは、外部評価は、内部発信から始まるということである。地域経営における各種のプロジェクトをいかに域内外へ発信していくかが、情報技術が発達した現代において基本的な重要戦術となっている。

 

2−7 【視点7】経営スキルの向上     

 地域経営の効果的運営を達成するための課題としてノウハウ不足が挙げられる。地域政策の在り方が、これまでの国主導による地域開発から、地方の自己決定、自己責任での地域経営に変わるなか、経営スキルを高める必要がある。

 経営スキルの向上のためには、これまでの7視点を踏まえた、トータルコーディネート力の向上、マーケティング力の向上、ネットワーク構築力の向上が必要だと思われる。

 トータルコーディネート力においては、地域の今後進むべき方向性の原理になる地域理念の形成能力が必要である。個人の価値観が多様化した地域社会の中で、ステークホルダー間の利害調整だけに終始するのではなく、理念に基づく目的達成型の地域経営が求められている。理念を形成するとは、理念を先に決めてしまうことではない。理念先決型では、地域に「やらされ感」が発生すると共に、地域内又は地域間の「エゴイズム」によるコンフリクトが生じてしまう。地域住民やステークホルダーを巻き込んだ理念形成を可能とする、トータルコーディネート力が必要なのである。

 次に、マーケティング力の向上が必要である。地域理念をふまえ、どのようなプロジェクトを展開させていくか、どのような内容を選択するか考える際に、マーケティングの手法が必要である。経営資源の把握と潜在的な資源の発掘や、域内に欠けている資源開発などに有用な能力である。

 さらに、ネットワーク構築力の向上が必要である。すでに述べたように、キーパーソンの存在、人材の開発、産官学の連携・協働など、人と人との有機的なつながりにより、くもの巣のように多様なパイプが敷設され、多様な交流・共鳴が地域内外に広がっていくことにより、地域住民一人ひとりが地域理念を達成する実行体制の一員として活動を実らせることができるのである。

 

3 事例研究 −釜石市に見る地域経営戦略の現状と課題―

 

3−1 調査の目的

新日本製鐵の城下町であった「鉄と魚のまち」釜石市。産業構造の転換により人口が半減するなか、地域内発型の産業創出に挑戦し、「資源循環型のまち」として再生を目指す釜石市の現状と課題を調査・分析する。

 


1 日本政策投資銀行地域企画チーム/地域再生の経営戦略/14〜17頁/(社)金融財政事情研究会/2004年

3−2 釜石市の概要

(1)沿革

 釜石市は岩手県の南東部、陸中海岸国立公園の中心に位置し、リアス式海岸の急峻な海岸線と北上山系に囲まれたまちである。世界三大漁場の一つである三陸漁場を控え、近代製鉄業発祥の地としての歴史をもち、「鉄と魚のまち」として発展してきた。人口は、昭和38年に92千人を数えたが、現在では43千人と半減している(2006.6現在)。面積は441kuである。1857年、我が国最初の洋式高炉による出鉄に成功して以来、東北有数の工業都市として栄えてきた。戦後は新日本製鐵の城下町として栄えたが、世界的な鉄鋼不況、新日本製鐵の生産体制の転換により、平成元年の鉄鋼一貫体制の終了や、バブル崩壊を受け、地域経済は低迷していく。

近年は、物流拠点都市を目指し、東北横断自動車道釜石秋田線、三陸縦貫自動車道をはじめとする高速交通網や、釜石港など、海陸複合一環輸送システム基盤の整備に力を入れている。また、2003.4、釜石港が国土交通省よりリサイクルポートに指定されたのに続き、2004.8には、「かまいしエコタウンプラン」が経済産業省・環境省の承認を受けるなど、資源循環型社会に対応した産業育成に力を注いでいる。

 

(2)人口減少

人口減少の要因として考えられることは、

@ 釜石製鐵所の合理化、関連企業の縮小

A 釜石鉱業所、釜石鉱山の合理化・閉山

B 魅力ある就業の場の少なさによる若者

の流出

C 高等教育機関がないことによる進学者

等の流出

D 出生数の低下

などである。

人口は依然として減少傾向にあるが、

近年の各種プロジェクトの推進、特にも新規

事業の展開、企業誘致等により、減少幅が縮

小してきている。

なお、高齢化率は32%と高い。

 

(3)工業の概要

工業の推移をみると、平成3年以降、事業所数、従業者数とも減少傾向となっている。

製造品出荷額は、平成9年に1,000億円に達したが、平成10年以降は800900億円にとどまっている。なお、製造品出荷額を業種別にみると、鉄鋼(平成13年度以前)、一般機械の動向が総額の増減に大きな影響を及ぼしている。鉄鋼業は昭和63年をピークに減少しており、平成15年ではピーク時の6割に減少した。反面、一般機械や金属の出荷額が平成に入り伸びてきている。

 

1 地域づくり2005・8月号/10頁/財団法人地域活性化センター

 「釜石市の概要」(平成17年12月現在)/2頁/http://www.city.kamaishi.iwate.jp/shoukai/gaiyou200512.pdf

3       〃       3頁/           〃

(4)新日本製鐵滑石製鐵所

@業務概要

釜石市の基幹企業・産業として強い影響力を持っている。ピーク時9千人いた社員は、整理合理化・生産体制の転換により、現在100人となり、釜石市の人口・地域経済にとっては打撃となった。

しかし、地域貢献活動として、土地の提供などによる企業誘致支援など行い、釜石市地域経済の下支えを果たしてる。

現在、線材と鉄関連分野を含む製鉄事業を核として、人材、技術、土地、設備などの資源と釜石の地理的特性を活かし、多岐にわたる分野で事業を展開している。

A 釜石火力発電所(石炭火力発電)

 平成12年7月から、東北電力に電力の供給を開始している。発電設備の出力は149kW、電力卸供給の出力は136kWとなっている。

 

(5)商業の概要

  商業圏は、限定的な自己消費型商業圏となっており、

人口減少、主要な産業の不振、隣接地域への大型店の

出店などの社会経済情勢の影響を受け、商店数、従業

者数、年間商品販売額とも減少傾向にある。また、道

路網の整備などにより他地域との交流が盛んになるも

の一方で、県内陸部への購買客の流出がみられること

から、より集客力のある商業圏づくりが課題となって

いる。商店街の近代化、駐車場の確保、空き店舗対策

などの様々な課題の解決と、多様な顧客ニーズに対応

した魅力のある商店経営が望まれている。

 

(6)釜石市の財政

  ここ1、2年、地道な産業

政策が実り、法人市民税収入

が2億円づつ増加している。

事業所数が減りつつも、企業

の収益率が向上しているもの

と考えられる。

(右表)平成16年度普通会

計決算の内訳

 

3−3 戦略としての主要プロジェクト

 以上見てきたとおり、基幹産業である新日鉄の生産体制の転換などにより、人口減少や、地域経済に大打撃を受けた釜石市であるが、地域再生の取り組みとして、多様な「エコタウン」事業が始まっている。

 

 

 「釜石市の概要」(平成17年12月現在)/http://www.city.kamaishi.iwate.jp/shoukai/gaiyou200512.pdf

 

(1)釜石港リサイクルポート

平成15年4月、釜石港が国土交通省より総合静脈物流拠点港(リサイクルポート)に指定され、海運を利用したリサイクルに関する物資の輸送、いわゆる静脈物流に適応した港湾環境の整備を進める。

 

(2)釜石市地域再生計画

【計画の名称】 スクラム21『チャレンジ・エコ』 かまいしルネサンス計画

〜ものづくり150年目の挑戦〜

【計画の概要】

本計画は、「リサイクル(エコタウン、リサイクルポート)」「新エネルギー」という2分野の取り組みで構成され、地域経済の活性化と地域雇用の創造を図ることを目的としている。釜石市の百年を超える鉄の歴史により培われた「人・技術・産業基盤」といった「ものづくり資源」を資源循環型社会に対応した産業の創出に活用し、地域が一体となって地元経済活動の新たな胎動を呼び起こす取り組みを実施する。

 ・エコタウン・リサイクルポート

  エコタウンとリサイクルポートの連携を進め、釜石港臨海部での各種リサイクル事業

の展開、これに伴う循環資源やリサイクル商品の海上輸送による搬出入を進めている。

 ・新エネルギー

  バイオマス資源の有効活用を図ろうとするものであり、石炭と廃プラスチック、タイ

ヤ、木質バイオマスなど複数の燃料によるバイオマス発電事業実現に向けた取り組み

が行われている。

 ・廃食用油再利用収集システム

  各家庭から排出される廃食用油をガソリンスタンドのオイルポットで回収する廃食用

  油再利用収集システムを構築し、廃食用油を資源の一つとして位置づけた市民・事業

者・行政のパートナーシップによる地域内資源再利用システムに向けた取組みを行う。

 

(3)かまいしエコタウンプラン

平成168月、岩手県と釜石市が共同で申請した「かまいしエコタウンプラン」が、経済産業省と環境省の両省から共同で承認された。今後は各リサイクル事業の着実な立ち上げに向けた支援を行うとともに、活力ある産業の展開と豊かな自然を実感できるまちづくりを進めていくもの。排出形態が多様で、水域への負担が大きい地域固有の処理困難物について、釜石市民の生活や産業の基盤となっている川や海の水域への負担を低減する地域内排出抑制、収集・リサイクルシステムの構築を通じた、自然回帰を基調とするまちづくりを市民・事業者・行政連携のもと推進していく。

@水産加工廃棄物リサイクル事業(平成176月操業)

 この事業は、地域内の17漁村集落から発生するワカメやコンブなどの廃棄物を、市民、事業者、行政の連携によって回収した後、協同組合マリンテック釜石(民間企業5社で構成)において、酵素や微生物分解などのバイオ技術を用いて、アミノ酸類の抽出を行い、医薬品や特定保健用食品の原材料として供給している。化学薬品を一切使用しない特許製法により、アミノ酸配列を維持した状態で生産できることが大きな特徴となっており、新たな環境ビジネスとして注目されている。

A使用済自動車リサイクル事業(平成171月操業)

 環境と産業が調和した取り組みとして、平成17年1月から本格操業を開始した協同組合岩手オートリサイクルセンターがある。この協同組合は、釜石商工会議所のコーディネートと民間起業の熱意・努力により設立されたもので、岩手県内の自動車関連事業者など53社(釜石市20社)で構成されている。月間1千台程度の使用済み自動車の集荷を目標に、フロンやエアバックの適正処理、部品取りと中古部品の販売、ソフトプレスまでを行っている。現在雇用23人、最終的には50人の雇用を予定している。

 B今後、石炭灰ゼットサンドリサイクル事業、漁業系廃プラスチックリサイクル事業、漁業系廃棄物乾式メタン発酵事業、廃プラスチック油化リサイクル事業などを計画している。

 

3−4 分析

 

(1)視点1 キーパーソンの情熱と伝承   

   釜石市の産業政策におけるキーパーソンを特定することは難しい。平成9年頃、地域の経済人による話し合いにおいて「資源循環型社会(エコタウン)」構築が提唱され、釜石市本庁内において検討がなされ出したのが、平成11年度ということである。そこで、新たなまちづくりの起爆剤とするために「挑戦してみてはどうか」との結論に至る。その後、市民、民間企業、行政が一丸となった取り組みに向けて多様な「しかけ」が続く。平成143月の釜石市エコタウン事業計画策定、同154月、釜石港の総合静脈物流拠点港(リサイクルポート)指定、同163月の地域再生計画「かまいしルネッサンス計画」認定、同年8月のかまいしエコタウンプランの承認へとつながっていく。「鉄と魚のまち」という固定化したまちのイメージから、脱却するため、将来へのビジョンとして「資源循環型のまち(エコタウン)」を掲げ、挑戦し、実践し続けており、そのまちの姿勢こそが、釜石市における「キーパーソン」となったのではないか。特定の「人」によるリーダーシップではなく、地域経済と行政がキーワード「エコタウン」を御旗として活用し、しかけ続けているところに多様な産業創出に発展していこうとしている要因がある。

 

(2)視点2 住民参画・協働

   新日鉄の企業城下町として栄え、そして、新日鉄の生産体制の転換により、衰退をしたまちは、人口減少が進み、ピーク時から半減するなど、住民には新日鉄への依存と衰退への危機感で混乱した時代が続いていた。しかし、ここ数年の「エコタウン」への取り組みでは、地場企業を中心に、大資本への依存から、自分たちの技術を高め、地域の資源を活用していこうという機運が高まりを見せている。それは、いままでの行政や地元商工会議所による地道な産業政策が芽を出してきたものであり、市民自身の危機感が「まち」自体の意識改革へ向かっているようである。「エコタウン」はまさに資源を循環させなければ成り立たない取り組みであり、廃食用油の回収などには市民の協力により実現している。また、水産加工廃棄物リサイクルにおいても、17の漁業村落の協力により行っており、一般生活に限らず、経済生活との連携により、「エコタウン」事業が展開されていることが分かる。

 

(3)視点3 産学官連携・協働   

   エコタウン事業とは別に、地域の個性発揮を重視し、大学等の「知恵」を活用して新技術シーズの創出に向けた取り組みも行われている。現在、岩手大学、岩手県、釜石市が連携して、釜石地域での生体材料事業化に向けた取り組みが行われている。高齢化社会における運動機能障害等に対応した、整形外科用生体材料の必要性が医療現場で高まっておりそこに新素材開発の可能性がある。そこで岩手大学工学部の独自シーズである「ニッケルレス医療用高機能コバルト・クロム・モリブデン合金」の更なる高機能化と高生体適合化について、「鉄の町」釜石に連なる金属系ものづくり基盤を活用した地元企業との研究開発、生体材料の知的基盤の強化、高付加価値商品の創出に取り組んでいる。この事業では、岩手大学地域連携推進センターが中心となり、平成16年度からの3年間、文部科学省の都市エリア産学官連携促進事業に採択され事業展開している。釜石市においては、「金属に変わる新たな素材」開発と位置づけ、地元企業が参画し取り組んでおり、一次素材開発に特化した体制で臨む計画である。伝統的な素材精製に特化することで、製品化に伴うマーケティングコストを回避する戦略なのである。素材を県内内陸部へ提供していくサービスシステムを計画中である。

 

(4)視点4 地域人材の確保・育成   

   視点@でも述べたが、新日鉄への依存意識からの脱出がこのまちの最大の成功であり、将来への「自立と自律」の地域経営には必要な視点である。「自分たち」によるまちの経営意識が高まってきたことは地域人材の排出として期待ができるところである。今後は、歴史的に培った勤労観やものづくりに対する意識を次の人材へ伝えていくことも必要である。現在、勤労観やものづくりの集積への評価として、企業進出や大学との連携が進んでおり、そういった外部評価を釜石市民としてのアイデンティティとして昇華していくことも重要になると考えられる。

 

(5)視点5 地域資源の再評価・用途転換

   釜石市のポテンシャルとして、労働力が挙げられる。製鐵産業への労働者が多かったことにより、特徴的事例として、3交替勤務への順応能力がある。古くから製鐵のまちとして知られる当該市は、「夜でも働く」ことがごく一般的な生活習慣となっている。現在、製鐵規模は縮小しつつも、親から子へ語られる考え方は、今でも広く市民に浸透しているとのことである。この労働力が実際的に、もづくり関係の企業誘致に有利に進むことがあり、「労働力」という資源を産業政策の中心にすえているところに特徴がある。また、港湾機能を利用して「リサイクルポート」指定を受けるなど、まちのビジョン「エコタウン」につらなる一貫した資源活用となっている。さらに、水産業の斜陽の反転攻勢として、水産加工廃棄物の有効リサイクル利用など、環境リサイクル社会・生活の向上が時代の要請である中、時流にマッチした資源活用を展開している。

 

(6)視点6 情報化と外部評価     

   釜石市のエコタウン事業などの多様な取り組みは、各種メディアを通じて少しずつでも他地域へ発信されており、当該市への進出について打診する企業の数が増えているということである。また、国の冠事業により、取り組み自体が社会的に認知され、「環境のまち」としての取り組みがメディア等にとりあげられる「外部評価」により、市民自身の誇りと今後更なる意識向上が図られるといえる。

 

 

(7)視点7 経営スキルの向上     

   エコタウン事業や産学連携事業など多様な国・県の冠事業をきかっけに、「エコタウンのまち」として進み始めた釜石市であるが、今後の地域経営におけるトータルコーディネート力の向上、マーケティング力の向上、ネットワーク構築力の向上がますます必要になってくると思われる。国や県の事業を活用するという戦略は、地方都市においては珍しいことではないが、エコタウンを「選択」し、投資や資本を「集中」させたという意味では一応の成功をおさめていると評価できる。「市民・民間企業・行政」が一体となった取り組みとしてのコーディネート体制を進めており、時代にマッチした「資源循環」を基盤とした、栄養食品素材開発や生体素材開発など地域資源を活用した素材開発に着手し、大資本依存体質から脱却し、地元企業が連携したネットワークも生まれつつある。

 

4 まとめ 

  企業城下町として発展してきた釜石市にとって、水産業の不振、世界的な鉄鋼不況による製鉄規模の縮小など基幹産業の衰退は、地域経済に深刻なダメージを及ぼした。これに追い討ちをかけるように、中国をはじめとする海外諸国への日本企業の進出により、企業誘致にも陰りが見え、釜石市は衰退の傾向にあった。しかし、「資源循環型のまち」を掲げ、小さくても地道に地域内の資源を活かした活動を続けていくことで、地元地域経済活動の新たな胎動を産み出している。また、国・県の支援施策と地域の人的資源や産業風土とを効果的に連携させ、地域性、独自性を活かした事業展開を進めており、新たな産業の創出による、雇用の創出、誘致企業の増加、雇用の創出という好循環の展開が期待でき、環境ビジネスのクラスター形成に向けた取り組みが始まっていると思われる。

  「外部主導型の地域開発」から、地域自らが知恵を活かし創意工夫し目指すべき都市像を達成する「自律型の地域経営」へのパラダイムシフト。釜石市の取り組み事例は、外部支援策を巧みに利用した「地域経営」だったのである。自らの「衰退」症状を謙虚に受け止め、既存産業への依存心を捨て、伝統的に身に着けた「強み」の労働力を活かすとともに、「港湾」「金属素材技術」などのハード・ソフト両面の資源を、「エコタウン」に集中させた戦略だった。地域経営における持続可能な「循環運営」の7つの視点のもと、戦略的思考としての「選択と集中」が必要であり。限られた資源の効率的、効果的な循環運営が、地域の自立と自律を可能とするのである。     

 

 


(取材)

釜石市経済部産業政策課2006年6月30日14:00〜15:00 課長補佐 竹澤 隆 氏、産業政策係長 関末 広 氏

 

 


(参考・引用文献)

・日本政策投資銀行地域企画チーム/地域再生の経営戦略/(社)金融財政事情研究会/2004年

・地域づくり2005・8月号/10頁〜11頁/財団法人地域活性化センター

・「釜石市の概要」(平成17年12月現在)/http://www.city.kamaishi.iwate.jp/shoukai/gaiyou200512.pdf

・内閣府経済社会総合研究所「特区・地域再生」http://www.wagamachigenki.jp/saisei/01_04.htm

・自治制度演習第1クール八島レポート/20066