自治制度演習

公共経営研究科 山坂 淳

 

 

職員の意欲を引き出す仕組みづくりについて

 

はじめに

 今日、日本の自治体は住民ニーズの多様化、少子高齢化、労働人口減少等の社会環境変化により、業務量の増加と多岐分化に直面している。

 その一方で、業務を担う職員数は必ずしも業務量の増加見込みに対応して増員となるものではない。新潟市を例にとると平成1741日比で平成22331日までに8.1パーセント減となる見込みである。つまり業務量が増加する一方で職員数は減少するわけであり、職員の負担感はそれだけ増すことになる。

 こうした状況においては、在籍している職員ひとりひとりの勤労意欲を最大限にひきだし、職務への積極的関与を促進していくことが重要になる。予算のような非人的資源と比較した場合、職員という人的資源の特徴として、人的資源には「意識」があることが挙げられる。すなわち職員本人のやる気の度合いに応じて組織への貢献の度合いに大きな違いが出てくるのである。

 職員の意欲を引き出すための方法の一つとして、本レポートでは組織の目標共有を中心に論ずることとする。

 

1−1.「隣の人の仕事が分からない」―組織目標の共有化を図るには?

人的資源管理の視点からすると、組織のなかで人の配置や業務分担のムラやムダがあるということは、資源の有効活用ができていないということになる。有効活用できていないのであれば、組織目標に照らし合わせて、人の配置や業務分担を再編成する必要がある。

たとえば、組織のなかでの人の配置や業務分担にムダやムラがあると、特定の職員にのみ仕事が集まることになる。同じ職場内で所定時間外労働量(いわゆる超勤)に大きな偏りがある場合などがこれにあたる。組織全体の機能を考えれば、一部の職員に負担が集中することは望ましいことではない。なぜなら無用な疲弊と不満とをその職員に与えることであり、また負担の偏在は資源の非効率的な利用であるからである。さらに、仕事についての情報が組織内で共有されていない可能性もあり、その場合には重大な結果をもたらす事件・事故の原因が職員に認識されていなかったり、一部の職員には認識されていても、他の職員と情報が共有されていなかったりする可能性もある。

元来、日本の行政機関の組織形態は、大森彌が「大部屋主義」と名づけているように、集団で仕事に取り組み、問題を共有しやすい形態になっているはずである(大森彌、2006)。すなわち「@公式の(事務分掌規程上の)所掌事務は、局、課、係という単位組織に与え、Aしかもその規程は概括列挙的であり、B職員は、そのような局、課、係に所属し、Cしかも物理空間的には一所(中略)で執務するような組織形態(大森彌、2006)」である。

 したがって、「職員は課や係に所属し、一所で仕事をするが、課や係の任務を適宜分担しつつ互いに協力しカバーしあうことが可能になっている。(中略)大部屋主義の場合は、職務が職員個人に直接配分されるのでなく、課や係に割り当てられているため、課や係全体で所定の期限までに仕事を間に合わせなければならないこともあり、課員の一人の仕事が間に合わなければ他の職員が手伝わなければならないし、一所で毎日顔を合わせて仕事をしているため知らん振りはできない(大森彌、2006)」はずである。

 ところが、「大部屋主義」との対比モデルである欧米の「個室主義」的特徴、すなわち「隣の個室の職員が何をしているか分からないし、また分からなくても自分の仕事には支障はない。つまり、自分の職務として明定された仕事以外の仕事には口や手を出さないし、出せない(大森彌、2006)」かのように見受けられる現象が日本でも見られることがある。

 すなわち、同じ職場で勤務している職員どうしであっても、互いにどんな仕事をしているのか分からないということがあるわけである。隣合わせの職員であっても、一方は所定勤務時間内では仕事が終わらず残業が必要であるのに、他方は定時に帰宅するといったアンバランスな状態が慢性的に続いている職場もある(表1)。

 職場の構成単位である「課(室)」およびその下位単位である「係(班、グループ)」の業務目的、目的遂行のための方法、各係の連携体制等(以下、業務ミッションという)が構成員全員によって共有されていない場合や、業務ミッションを遂行する段階における進捗や問題点についての意見交換・問題共有が不十分である場合、同じオフィスにいる者どうし「隣の人が何をやっているのか分からない」といったことがありうる。

 構成員が業務ミッションを共有するための仕組みを欠いている場合、職員が何をやっていいのか分からないという事態が生じ、各人が勝手な判断で動き出すことになる。この場合管理者もまた、構成員が何をやっているのか的確に把握することが困難になり、職員間に業務配分のアンバランスがあっても認識できない、また適宜再配分を行うなどの修正を行うことができない。

これは組織にとって大きなコスト要因となりうるものであり、また機能不全の原因となるものでもある。管理者と構成員の間で業務ミッションについての理解が食い違っている場合、組織の機能不全が時間外勤務量の不均衡として現れることは大いにありうる。

 また、業務ミッションが不明確である場合、見取り図を作らずに建物の工事に取りかかるようなものであるから、資源の使い方にムダやムラあるいは重複が生じ、行き当たりばったりなものとなるため、不必要に仕事が膨れ上がることになる。

 さらに、せっかく資源(時間、労力)を投じた仕事が無意味なものであったり、職場内の他の業務と競合・対立するものであったりすることもありうる。有限な資源を浪費しないためには、全体目標と下位目標からなる業務ミッションを管理者と構成員が共有し、ミッション遂行の過程でコミュニケーションを交わし、軌道修正を加えていくことが必要である。

 では、組織内で業務ミッションの共有化を図るためにはどうしたらよいか。一つの解決法として組織内のコミュニケーションを促進するという方法がある。メンバーのコミュニケーションを通じて、組織の課題を発見するプロセスを確保し、課題共有を図るというものである。

「目標管理システム」と呼ばれる方法は、組織メンバーの対話を通じて、組織目標(上位目標)と個人目標(下位目標)の統合をはかるシステムであり、業務ミッションの共有化を考えるうえで大いに参考になる。以下その可能性について考察することとする。

 

1−2.目標管理システム

目標管理システムとは、組織目標に統合可能な個人目標を設定し、個人は自ら設定した目標に向かって仕事を進めることになる。目標の連鎖によって、個人の目標と組織の目標が結びついており、これによって職員の自主性を引き出すことができる、というものである。[1]

 目標管理システムのよいところは、部門レベルの組織目標と職員個人の目標の設定に当たり、担当者と管理者とが議論を重ねてお互い納得した上で設定を行うことができる点である。この作業により、その組織が抱えている仕事を総点検することができる点である。これにより組織が置かれている現状を踏まえたうえで、仕事の必要性の度合いや優先順位を意識して取捨選択することが可能になる。目標設定のための面談を通じて、管理者と担当者との間で職場が直面している問題の洗い出しと共有が可能になる。

また、自ら納得したうえで目標設定を行うものであることから、目標を自ら決めたという責任感や組織目標実現への参画意識が生まれることになる。こうした責任感や参画意識はモチベーション向上要因ともなる。

 目標管理システムが機能するかどうかは、目標設定段階において管理者と担当者との間で、きちんと議論がなされたかどうか、そして納得したうえで目標設定を行っているかどうかにかかっているといってよい。

 

1−3.「目標管理による実績考課」と「コンピテンシーによる能力考課」 ― 岸和田市における目標管理システムの事例

 組織目標と職員個人の目標の統合を図る試みである目標管理システムおよびその他の仕掛けを人事システムに組み込んでいる自治体があり、人的資源管理・人材育成のあり方を考える際にたいへん有益である。これら自治体のうち一例[j1] して、岸和田市の事例を以下見ていくこととしたい。

 「岸和田市人材育成基本方針」によれば、「これまでにも人材育成については、職員研修の充実や適材適所の配置のための自己申告制度、庁内公募制、ジョブローテーションなどが検討され、各自治体で人事・研修担当によって様々な取り組みがなされて」きたものの、「人事制度を人材育成に生かすという発想が不十分であったり、人事に関することは「聖域」という見方が依然として残っているため、人事管理の中心となる昇任、処遇、配置にかかわる制度やその運用については、ここ何十年間ほとんど改革されなかった」という。しかし今後は、「岸和田市には今、どのような人材が必要なのか。そのためには、職員の能力開発をどのようにするのか。今後、どのような人材を採用していくのか。また、職員をどのように活用し、意欲を引き出し、意識改革と組織の活性化をはかっていくのか。これらを明確にした上で現在の人事諸制度を改革し、戦略的・総合的な人事制度として再構築」することが必要であるという。[2]

 岸和田市が人事・人材育成システムの中心に据えているのは、「目標管理による実績考課」と「コンピテンシーによる能力考課」である。

 「目標管理による実績考課」が先に述べた目標管理システムである。岸和田市においては、目標管理は個人の実績を考課する目的のほかに、目標管理が組織マネジメントを向上させる性質を持つことに着目している。すなわち、目標管理により組織内で目標が共有され、また権限を委譲し職員の自主性を引き出すことによって組織と個人の持つ力を最大限に引き出すことを狙いとしているのである。[3]

 したがって、目標設定および実施の過程において、「職場ミーティング」や「面談」という二種類の対話手法を活用して、職場内コミュニケーションを十分にはかることを重視している。「職場ミーティング」と「面談」は、上司と部下間や同僚間で仕事についての考えや情報を出し合い、意見を相互交換する場であり、仕事の実践を通じての相互学習をする場としても位置付けられている。

 他方、「コンピテンシーによる能力考課」は、人材育成の視点から設計した考課制度であり、「価値・目標を共有し仕事にやりがいを感じ、自分が育つ愉しさ、人に評価される(認められる)愉しさを実感できる能力開発のためのツール」をコンセプトとしている。[4]

 「コンピテンシー」とは、それぞれの職務に必要な能力を定義したものであり、一般的には職務ごとにハイ・パフォーマーを選び出し、彼ら(または彼女ら)の行動特性に共通するキー・ファクターを面接や観察から抽出する。そのうえで、各職務を遂行し、好業績をあげるために必要なコンピテンシーをまとめたものを「コンピテンシー・モデル」という。[5]

 岸和田市の場合、「コンピテンシー」をもとに考課基準を作成している。この考課基準により、第一次考課者として本人が自分自身を考課する(本人考課)。職員本人にとって考課基準は、いわば「いい仕事をするために必要な行動とその着眼点」を具体的に示した「能力開発ツール」の役割をも果たすことになる。

 すでに述べたとおり、岸和田市において、「コンピテンシーによる能力考課」は人材育成の視点から設計しているため、本人への考課のフィード・バックを重視している。第一次考課(本人考課)を経て、第二次考課、第三次考課が済むと、上司から本人に対して考課シートが返却される(表2)。すなわち、考課結果を本人に対して開示することで、本人考課と第二次考課、第三次考課とを比較することで、「自分が見ている自分」と「他人が見ている自分」との違いを認識し、自己の能力開発の課題発見を促進するねらいがあるのである。

 本人への考課のフィード・バックは上司と部下との面談により行われる。この面談は組織内コミュニケーションの機会であり、面談を通じて本人への考課フィード・バックに加え、組織目標や組織が抱えている課題についての意見交換と情報共有をはかる絶好の機会でもある。

 

 

 

 

2.本人に返却される能力考課シート例


図1.能力考課フィード・バックの流れ


 岸和田市人材育成方針策定の背景には、近年の労働者の意識の変化がある。すなわち、社会の価値観が多様化し、自分の適性に合わない仕事をするよりも、自分の適性・能力を生かせる仕事をし続け、自己実現することに価値を見出す「仕事人」志向が職員の間にも浸透してきているのだという。したがって、職員の意欲を引き出し、能力を引き出すため、今日の職員の意識に対応した「個性を尊重し、能力を伸ばす」人事制度・運用へと転換をはかるのだという。[6]

 社会環境の変化に伴い職員の意識も変容している。変化に対応するための岸和田市の取り組みはたいへん興味深い。今後の展開が期待される。

 

まとめ

自治体にとって、職員はもっとも基本的でありかつ重要な資源である。人的資源を活用できているかどうかで、自治体のサービスの品質に差異が生じるはずである。職員が嫌々ながら仕方なしに取り組んでいる場合と、意欲的に取り組んでいる場合では受益者である住民の満足度は全く異なる。

職員の意欲を引き出すための仕組みを構築する際重要なのは、職員の意識の変化を踏まえたうえで、組織の目標を明確化し、組織目標と個人の目標とを可能な限り近づけていくことである。仕組みの構築に当たっては、長期的な視野で人的資源を有効活用する視点が欠かせないといえよう。

 

 

 

 

参考文献

奥林康司『入門人的資源管理』中央経済社、2003

大森彌『官のシステム』東京大学出版会、2006

今野浩一郎、佐藤博樹『人事管理入門』日本経済新聞社、2002

後藤敏夫『研修基礎講座2 自己啓発』産業労働調査所、1985



[1] 今野浩一郎、佐藤博樹『人事管理入門』日本経済新聞社、p126

[2] 岸和田市ホームページ 岸和田市人材育成基本方針http://www.city.kishiwada.osaka.jp/hp/m/m058/jinzaiikusei/03mezasu.html

最終アクセス日:2007613

[3] 岸和田市人事考課制度活用マニュアル管理職用http://www.city.kishiwada.osaka.jp/hp/m/m058/jinjikouka/kanri.pdf

最終アクセス日:2007613

[4] 岸和田市人事考課制度活用マニュアル主査・一般職用http://www.city.kishiwada.osaka.jp/hp/m/m058/jinjikouka/ippan2.pdf

最終アクセス日:2007613

[5] 奥林康司『入門人的資源管理』中央経済社、2003年 p109

[6] 岸和田市ホームページ 人材育成基本方針http://www.city.kishiwada.osaka.jp/hp/m/m058/jinzaiikusei/03mezasu.html


 [j1]

先生のご指摘にしたがい、岸和田市の事例を一例扱いとしました。