人事管理・評価システム改革の必要性

 

                            渡 瀬 裕 哉

1.概要

 

人事評価システムの改革の必要性については多くの論者によって語られている。そこで、本章では、人事評価システムの改革の必要性について、地方自治体を取り巻く外部環境及び内部環境の変化という括りで分類している。この際、外部環境とは、地方自治体の外部の変化、つまり法律や制度の変化を意味し、また、内部環境とは、地方自治体の内部の変化、つまり地方自治体の構成員レベルでの変化を意味する。そして、外部環境及び内部環境の変化は、地方自治体の人事評価システムを「組織目標と連動した実績・能力主義」の人事評価システムに変更することを迫っている。以下、外部環境及び内部環境の変化が人事評価システムに与える影響について分析を試みた。

 

2.外部環境の変化−地方分権の進展・国家公務員制度改革の進展・NPMの浸透−

 

外部環境の変化は、地方分権の進展、国家公務員制度改革の進展、NPMの浸透の3要素を挙げることが出来る。

地方分権の進展、特に地方分権推進一括法によって中央集権型の行政システムを形作ってきた機関委任事務が廃止され、今後は各地方自治体の裁量の余地が広がってきている。そのような流れの一環として、「地方分権推進委員会第2次勧告」を受けて平成1997年に策定された「地方自治・新時代に対応した地方公共団体の行政改革推進のための指針について」の中で「地方分権の時代にふさわしい総合的な人材育成」が求められており、同指針においては、人材育成の基本方針の策定、人材育成の観点に立った人事管理、職場風土や仕事の推進プロセスの改善等の総合的人材育成、他自治体や民間との積極的な人事交流、研修の充実等の必要性が指摘されている。これを受けて策定された「地方自治・新時代における人材育成基本方針策定指針」では、人材育成の目的の明確化、学習的風土づくり等の総合的取組の推進、職員研修の充実、多様化、人材育成推進体制の整備等などが必要な改革として取り扱われており、人事評価システムの改革についても目標による管理等の内容が明記されている。

上記の両指針の内容を具体的に機能させていくためには、職員の実際の行動に影響を与えることを意図して人事評価システムにその考え方を反映させていく必要がある。その裏づけとして、上記指針を受けて、平成18年に総務省地方行政運営研究会公務能率研究部会が作成した「地方公共団体における人事評価システムのあり方に関する調査研究 新たな評価システムの導入に向けて」では、地方自治体を地方分権型社会にふさわしい組織に変容させていくために、組織に担い手である地方公務員の意識改革と能力開発を効果的に推進する必要性が指摘されている。そして、このような取組と併せて、従来型の人事管理システムを抜本的に見直す必要があるため、人事評価システムの導入は不可欠の要素であると指摘されている。このような流れを受けて、地方分権が進展する中で人事評価システムの導入・見直しが注目されており、一部の先進的な地方自治体においては既に実際の改革に着手されつつある。[1]

 第二の外部環境の変化として、国家公務員制度改革の進展に触れたい。稲継裕昭「自治体の人事システム改革」によると、わが国の現行公務員制度は、1947年国家公務員法制定及びその翌年の人事院創設に伴う大改正以来、半世紀以上にわたって抜本的な改革は無かったこと、法の趣旨と異なる運用実態が当たり前のように続けられてきたことが指摘されている。同著では国家公務員法も地方公務員法も「能力実証主義」を規定しており、それに基づいた任用がされるべきであるが、実態としては年功序列の昇任運用がなされてきたことが挙げられている。[2]しかし、高度経済成長が終焉し、限られた資源の有効活用が今まで以上に求められ、既存の公務員制度に対する批判が高まることで従来型の制度運営に変更の圧力がかかるようになった。1980年代には第2次臨時行政調査会の中で、給与の適正化および成績主義の促進が打ち出されたのを皮切りに様々な形での公務員制度改革が議論されるようになってきている。1997年には「国家公務員制度発足後50年余の時代の経過を踏まえ、現行の国家公務員制度とその運用の在り方について全般的な見直しを行うこと」を目的として公務員制度調査会が設置され、その後も意見の集約に若干の難航しながらもあるべき公務員制度のあり方について着実に議論が尽くされてきた。

そして、このような議論の流れは2000年代になると国家公務員制度により根本的な変革を迫るようになってきている。稲継によると、このような90年代の審議会多用型による公務員制度改革と2001年以降の内閣官房主導型の公務員制度改革は相当異なる様相を呈していると指摘されている。そこでは「前者が現行の公務員法の枠組みをベースにして運用改善を図っていく点に力点が置かれているのに対して、後者は公務員法の抜本的改革を白地から目指している点に相違がある」とされている。3後者の考え方に従って2001年に作られた改革案が公務員制度改革大綱であり、「能力・実績に応じた人事管理システムを構築すること」が掲げられ、従来までの職階制の建前を見直し、能力等級制度の導入等が明記された。これは戦後の国家公務員制度のあり方自体を根本的に揺さぶる提案として大いに注目に値する。ただし、残念なことに同大綱で示された改革の方向性は、2004年の「今後の行政改革の方針について」で「制度設計の具体化と関係者間の調整を進め、改めて関連法案の提出を検討する」4とされ、「現行制度内でも実施可能なもの」を着実に実行していくという表現に留まり、国家公務員法改正に関するコンセンサスは必ずしも得られてはいない。5そのため、本来、同大綱では「国家公務員制度改革に準じ、所要の改革を行う」とされた地方自治体において国に先駆けた改革が行われた事例が現れるようになってきている。実際に地方公務員の人事管理システムの事例を参照してみると、国家公務員制度改革が掲げた「能力・実績に応じた人事管理システム」の方向性に基づいた事例が多く、国家公務員制度改革が地方自治体の人事評価システムの改革に影響を与えていることが分かる。

 第三の外部環境の変化として、NPMの浸透を挙げたい。ここではまず、NPM6の定義について整理し、その後NPMの浸透が人事評価システムに与える影響を考察する。NPMは内閣府経済財政諮問会議によると、「民間企業における経営理念、手法、成功事例などを公共部門に適用し、そのマネジメント能力を高め、効率化・活性化を図るという考え方」と定義され、(1)徹底した競争原理の導入、(2)業績/成果による評価、(3)政策の企画立案と実施執行の分離、により、行政の意識を、法令や予算の遵守に留まらず、より効率的で質の高い行政サービスの提供へと向かわせ、行政活動の透明性や説明責任を高め、国民の満足度を向上させること」を目指すものとされている。このようなNPMの進展は必然的に公務員制度のあり方にも変革を迫る要素となっている。7

日本の地方自治体では、稲継によると「1980年代までは人員削減や経費削減が議論の中心であって、組織の下位構造への権限委譲や業績基準の設定、結果の重視等のNPM型の教義が注目されることは少なかった。」と指摘されている。その理由としては、日本がOECD諸国と比べて経済的に高いパフォーマンスを有していたこと、諸外国に比べて政府規模が小さいこと、バブルによる税収増という錯覚を抱いたこと等が挙げられている。これに対して、NPMと人事制度の関係について海外情勢を視野に含めた場合、OECD諸国においては、1980年代以後に行政機関の成果を改善するとともに、1990年代には個々の公務員レベルにおける給与と業績の関係強化に主眼を置いた改革が実行されてきている。89このような大胆な他国の改革が行われる中で、日本の状況も90年代に経済パフォーマンスの低下及び官僚不信が注目されることで変化し、NPMの手法が注目されるようになってきている。その結果として、1980年代にOECD諸国で見られたような組織パフォーマンスの向上が意識されており、そのための重要な要素として人事評価システムの改革にも関心が集まり始めている。10

ここでは上記のように外部環境の変化について、地方分権による自治体職員の意識改革及び能力開発の必要性、国家公務員制度が目指した能力・実績に応じた人事管理システムの影響、NPMの浸透による組織パフォーマンスの向上に対する圧力などに整理を行った。そして、これらの要素は「組織目標と連動した実績・能力主義」の人事評価システムに変更することを迫っている。地方自治体を取り巻く外部環境は近年目覚しく変化しており、人事評価システムのあり方にも変更を迫る大きな圧力となっている。

 

3.内部環境の変化−職員の高齢化・高学歴化・女性職員比率の向上−

 

人事評価システムの改革の必要性は外部環境の変化以外にも、地方自治体の内部環境についても考慮しなければならない。稲継によると、職員構成の変容が自治体人事行政に変化を迫る要素として取り上げられている。その変化とは「職員の高齢化、高学歴化、女性職員比率の向上」の3つの変化である。11このような構造の変化は民間企業でも同一の状況があり、人事制度の改革を促す要因として考えられている。12このことから内部環境をめぐる状況の変化は民間企業の抱えている課題と問題を共通にする部分も多いことがわかる。

 第一に、職員の高齢化については、平均年齢が1973年の34.6歳から2003年の42.6歳にまで上昇したことからもわかるように着実に進んでいる。13また、日本全体で見ても労働省雇用政策研究会『労働力需給の展望と課題』では、労働力供給の見通しは2005年以降減少傾向が続くと予想されており、そのような傾向はその後も一層強まるものと想定されている。そのため、加齢によって職員の体力や仕事観にも変化が生じることが予想されるため、年功序列で運用されてきた人事制度への変更を促し、当然の帰結として人事評価システム見直しの検討の必要性が生じていることは避け難い。14

 第二に、職員の高学歴化も考慮しなくてはならない。稲継によると、地方自治体では、1963年には大学卒職員の全職員に占める割合は8.0%に過ぎなかったが、15.1%(1973年)、25.5%(1983年)、35.5%(1993年)、49.22003年)と上昇傾向にあることが指摘されている。また、都道府県では在職者で5割、新規採用者で7割という状況である。このため、国家1種試験と異なり、地方の上級職試験は、幹部要員候補として役割が低下したため、採用後の昇進時期において選抜を行うことが一般的になっている。そのため、人事評価システムの適正な構築が求めるニーズが高まっている。15

第三に、女性職員比率の上昇を挙げることが出来る。2004年の段階で、地方公務員における女性職員の割合は24.3%にまで達し、多くの女性職員が地方自治体の職場で働いていることがわかる。現状においては上位職になるについて、女性職員の割合はいまだに低い。しかし、近年の採用試験の合格者における女性の比率が約40%まで上昇していることから今後は上位職における女性比率も上昇するものと想定される。16女性職員比率の上昇は、男性職員を中心とした生活給に基盤を置いたシステムの見直しを迫っており、必然的に人事評価システムのあり方もより公平性が求める圧力が強まっている。

 稲継によると、上記のような内部環境の変化に対して、多くの地方自治体はポストを増設することで対処してきた。17特に団塊の世代の処遇を巡って、主査などの新たなポストを作り出し、昇任というインセンティブを維持することでモチベーションを維持してきた経緯が存在している。また、職員定数抑制のために新規採用を停止することで、膨れ上がった職員数を抑制することに努めてきた。しかし、このような対応は団塊の世代が引退するまでの一時的しのぎにしか過ぎず、根本的な問題の解決にはつながっていない。18

このような歪な人事制度、そして人事評価は結果として、組織のモラルダウンにつながり、長期的な視点で見た場合、当該組織の運営に深刻な後遺症を残す。まして、多くの団塊世代の職員はまもなく退職であり、今後も上記のような人事管理システムを継続し続ける意味は失われてくる。その際、従来の年功序列型の人事管理のあり方が問い直される可能性があり、新たな時代を見据えた人事管理が模索されるはずである。このような観点からも「組織目標と連動した実績・能力主義」に基づく人事評価システムが求められている。

 

1−3.環境変化が求める人事評価システムの改革

 

本章では、地方自治体を取り巻く外部環境及び内部環境の変化を概観した。外部環境及び内部環境の変化は、従来型の年功序列に基づいた地方公務員の人事管理システムへの変更を迫っている。そして、それは人事評価システムの改革の必要性を同時に意味している。次回の演習課題としては、民間企業における人事評価システムの一般的な機能及び役割を整理し、今回考察した人事評価システムの改革の背景と照合して、地方自治体のあるべき人事評価システムの機能及び役割を提示する。その後、地方自治体における人事評価システムの分析の視座を改めて整理し、実際の地方自治体における先進事例の分析、改善点の提案を行い、総合的な政策提案につなげるものとする。

 

<参考資料>

○ 第二章 人事評価システム改革の背景

1.今野浩一郎・佐藤博樹「人材管理入門」日本経済新聞社、2002

2.稲継裕昭「人事・給与と地方自治」東洋経済新報社、2000

3.稲継裕昭「自治体の人事システム改革」ぎょうせい、2006

4.OECD編著/平井文三監訳「世界の公務員の成果主義供与」OECD2005

5.公務員制度調査会「公務員制度改革大綱」公務員制度調査会、2001

6.内閣官房行政改革推進事務局「公務員制度改革の基本設計」2000

7.行政改革会議「今後の行政改革の方針について」1997

 



[1]「地方公共団体における人事評価システムのあり方に関する調査研究 新たな評価システムの導入に向けて」P4

[2] 稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P3

3 稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P4

4 「今後の行政改革の方針について」P14

5 稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P5

6  NPMを狭義の定義でアングロサクソン系諸国の改革に限定し、より広義の定義としてPMを採用する場合も存在するが、本論文では同様の定義とみなし、NPMの表現で統一するものとする。

 

7 内閣府経済財政諮問会議「構造改革の進捗状況」http://www.keizai-shimon.go.jp/explain/progress/npm.htmlを参照。この他、総務省新たな行政マネージメント研究会等、様々な論者による定義等の多数の定義が存在しているが、比較的普遍的に通用する政府見解として内閣府経済財政諮問会議の定義を採用する事とした。

8 OECD編著「世界の公務員の成果主義給与」P5

9稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P52

10稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P53

11稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P910 稲継は職員構成の変容、地方分権の進展、NPMの進展を自治体人事行政を変容させる3つの流れとしたが、本論文では前者を内部環境に、後者2つを外部環境に各々の要素を分類している。

12 今野・佐藤「人事管理入門」P15,16

13稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P17

14稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P27

15稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P2526

16稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P26

17稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P28

18稲継裕昭「自治体の人事システム改革」P34