自治制度演習第2クール
水資源のマネジメントに関するレポート
水資源の総合的マネジメントに関する、アクター、課題、行政組織・法律等の概要
45041043 渡瀬裕哉
序章 何故、水資源のマネジメントは必要か。
我が国の水資源のマネジメントを取り巻く環境は非常に厳しい状況である。苦しい財政状況、押し寄せる民営化の波、水資源全体のマネジメントプロセスの見直しなど、幾つもの課題が目の前に山積されている。このような状況を打開しなくては国民の重要なライフラインである水に関して支障をきたす可能性があり、水資源マネジメントのあり方の変革が迫られている。いまこそ、水資源マネジメントは総合的な視点から捉えて着実な改革に踏み込むべきである。
(1)苦しい財政状況
高度経済成長の終焉・バブル崩壊などの経済的要因や将来的な人口減などの社会的な要因いずれをとっても水需要の急激な拡大が見込める状況ではない。その一方、政府の抱える長期債務は膨張しており、水道事業の多くが公営企業によって運営されている状況が問題視されつつある。既に水道事業など独自採算を掲げる公営企業の規律が乱れ始めており、一般財源からの繰り入れによって財源を補っているケースも多く見られる。
(2)民営化・民間委託の活発化
厳しい状況下において民営化や民間委託の議論が今後一層活発になると推測されている。既に改正水道法の成立によって我が国水道事業は民間委託が可能となっており、広島県三次市などで民間委託の先例が生まれつつある。諸外国においては主に欧州(イギリス・フランス)において、水道事業の民営化が進展している。このような民間企業の中にはフランスのビベンディなどの他国の水道事業にまで参入している巨大企業が存在している。(なお、日本ではビベンティと提携した丸紅、ジャパンウォーター社を独自に立ち上げた三菱商事などの活躍が目立つ。)水道事業の民間移行は産業政策としての一面を持っており、高度経済成長後の新たな産業として期待される一面を有している。このような状況の中で一層のマネジメント能力が求められている。
(3)水資源全体から見た大局的視点
大局的な視点に立てば、水道事業の民営化論議などの「水資源」に関わる新たなテーマ設定は、従来までのハコモノ重視の運営が見直されつつあることを意味している。民営化は財政面での効率化を促すものであるが、これ以外に環境への配慮や地域住民の理解など、より複雑な経営環境への適応が求められつつある。現在、日本各地でダム建設見直しに関する動きが存在しているが、これはプロジェクトのプロセスを軽視した結果である。また、諸外国では民営化後の値上げに対して反対する声が出ている事例もある。
(4)本レポートの趣旨
上記のような状況を背景として考慮したうえで、本レポートでは主に日本の水資源を取り巻く環境について整理を行った。なぜなら、マネジメントはどのような環境(制約条件)のもとで行うかに成否を依存するからである。そこで、本レポートでは、アクター、想定される課題、法構造についての考察を行った。第一章では、日本水資源を取り巻くアクターの大枠を整理することにした。この目的は水資源に関わるアクターの種類及び特性を整理することで、今後の研究に資する視点を整理することを意図している。第二章では、水問題に想定される課題について触れて、今後の研究を行う際に視点の整理を行った。第三章では、日本の水資源に関わる行政組織を俯瞰する目的で水資源に関わる法律の整理を行い、若干の問題提起を試みている。なお、今回のレポートは水道事業を取り巻く基礎情報を収集することを目的としているため、あるべきマネジメントの方向性にまで踏み込んだ分析はほとんど行っていない。あるべき姿についての考察は次回以降の研究で提起していく予定である。
第一章 水資源マネジメントを取り巻くアクターの整理
この章ではNeil S.Grigg著、浅野孝監訳『水資源マネジメントと水環境』2000、技報堂出版を参考にしながら、日本の水資源を取り巻くアクターについて整理した。前著ではアクターを大きく分けて4つの定義をしている。4つの定義とは「計画立案機関と調整機関」「サービス提供機関」「監督官庁」「支援組織」の4つである。マネジメントという意味では、「計画立案起案と調整機関」の役割が重要であるが、実際にこれを専門に行うアクターはほとんどいない。おそらく水資源に関するマネジメントが今後我が国で確立されていく過程でこのような役割を果たすことが出来る人材が求められると予想される。
以下、これらの分類を参考にしながら、日本のアクターを独自に再分類したものである。
(1)「計画立案機関と調整機関」
水問題を解決するために計画立案や調整を行うために必要性があり、様々な責任や役割を担う存在が不可欠である。行政機関以外でこのような役割を果たす組織は非常に少ないが、それでも後述の支援組織の中でこのような役割を演じるアクターが多い。
(2)「サービス提供機関」
サービスの種類は上水道、下水道と水質管理、雨水と洪水調節、維持用水の管理、環境用水の管理の5つである。一例を挙げると、このうち大きな役割を占める上水道は改正水道法の「市町村運営原則」によって、ほとんど地方公営企業によって運営されている。これらの地方公営企業は原資を料金収入・企業債・公営企業金融公庫からの借り入れによって調達している。諸外国では既に民営化または民間委託が進んでいる。ただし、広島県三次市などでは上水道の民間委託が行われており、今後は民営化・民間委託論議が盛んになるものと予測される。
(3)「監督官庁」
健康、環境、財政、そしてサービスの質などについて規制等を用いて改善を促す組織である。日本の場合、水資源に関して大きな割合を占める上水道は厚生労働省が改正水道法に基づき所管している。ただし、水資源全体のマネジメントを考慮するならば、国土交通省、経済産業省、農林水産省、環境省がそれぞれ関連法及び法令を有している。また、都道府県は改善命令を出すなどの一定の権限を有している。また、市町村は地方公営企業を管理する主体として監督責任を負っている。また、行政機関以外では環境団体などの利益集団の果たす役割も大きくなりつつある。
(4)「支援組織」
支援組織には実に多様な個人や組織が存在しており、複雑に絡み合った状況を構成するアクターとして機能している。
@
コンサルタント
水事業を支援する組織ではコンサルタントの役割は大きい。エンジニア、経営コンサルタント、地質学者、財政コンサルタント、調査研究者、政策アナリストなど多岐に渡るコンサルタントが活躍している。特に水道事業の採算が問われている中、コンサルタントによる経営の合理化などの重要性が増している。
A
弁護士
水事業において紛争が発生した場合、弁護士が問題に関与するケースがある。特にダム建設(フルプラン計画など)の見直しを迫るケースにおいて、法律の場で解決が迫られているケースが各地で散見される。
B
建設業
水道事業にはダム建設から上下水道の設置まで、幅広い建設業者が関わっている。
C
装置納入業者
各種装置やサービスの納入業者は、水事業にとって大きな役割を果たす。特に社団法人日本水道工業団体連合会(水団連)は、水道産業界を結ぶ総合団体であり、会員は水道産業界の関係団体(33)及び代表的な企業(222)で構成されており、多くの関連納入業者が所属している。
D
調査機関
大学及び研究所やシンクタンクなど(行政機関含む)によって多様な調査が実施されている。水文・水資源学会など、精力的な活動を行ってい団体が存在している。
E
教育及び研修機関
水事業に関連している教育機関は日本でも数多く存在している。国家資格取得を目的とした民間による教育団体や社団法人水道協会による既存技術者向けの研修など多岐に渡る。
F
業界団体
上記の社団法人日本水道工業団体連合会(水団連)は上水道・工業用水道・下水道の各事業に技術と製品、ノウハウを提供する企業の活動を行っており、水道事業業界では非常に大きな役割を果たしていると推測される。
G
利益団体
産業界の団体だけでなく、利益団体の中で環境保護団体は大きな役割を果たしている。水道事業を含む水資源を取り巻く環境問題に対して、関係者は公共の利益を考えて慎重に取り組む必要がある。
H
出版社
水関係の出版を専門に行っている団体は少ないが、各種書籍やペーパーは大手出版社からも出版されている。業界誌としては、水道産業新聞など極めて専門的な動向に注目した団体が存在している。
I
国際組織
国際機関としてはUNDP、UNESCO、FAO、UNEP、WHO、WMOそして世銀などが存在している。地域別の金融機関では、ADB、ADF、そしてEDPがある。また、学会組織としては、国際水資源学会や国際水理学会などが存在している。
第二章 水資源に関わる想定される課題
水資源に関わる課題はその複雑性に起因するものが非常に多い。ここでは1章と同様にNeil S.Grigg著、浅野孝監訳『水資源マネジメントと水環境』2000、技報堂出版を参考にしながら、課題について一部修正しつつ整理を行った。これらの問題点は米国における水マネジメント関係者の意見から作られたものではあるが、日本においても応用可能性が非常に高い優れた課題提起なのでここで紹介しておきたい。今後の研究の方向性はこれらの課題提起を基礎として行う予定である。(各課題の説明は別表2参照)
<水マネジメントに関する10の課題>
@
水政策の改革と調整
A
水マネジメントの地理的調整
B
価格の決定と水配分
C
水供給の安定性
D
水質対策
E
環境システムと政策
F
小規模システム
G
水マネジメントの対立
H
効率性の問題
I
情報サービス
第三章 水資源に関する関連法律
水資源に関連する法律及び法令は非常に多い。本章ではこれらの法律を整理することを通して、我が国における水資源に関するマネジメントへの法律による制約を把握することを目的とする。別表3は我が国の水資源を取り巻く法律関係を概略を簡素化したものである。法律の一部が他の部分にかかっているケースがあること、上水道事業を強調した図になっていることを先に断った上で、その法律関係の構造上の問題点について触れたい。
(1)法構造の縦割り
第一に法構造の縦割りが与えている影響を挙げたい。別表3を見ただけでも非常に複雑な法律構造を水問題は含んでいることがわかる。これらの法律は個別に法律目的を有しており、利害対立が起きるケースが散見される。利水権の問題が端的に表すように、各省庁が水の使用権に関して利害を主張している。利水権はお互いに融通できるようになったが、円滑な運用がなされるかは疑わしい。また、利水権はダム建設着工時の事前調査にバイアスをかける原因としても指摘されており、問題の根は非常に深いように思われる。
(2)市町村の意向軽視
法律の構造を見た場合、最終的に水道事業を行う市町村の権限が小さいことがわかる。水源地に関する法律のほとんどが国土交通省の管轄下にある。この結果、市町村からの水需要を著しく超えた水供給計画が設計されるケースが続いている。市町村の中には受水責任制のために、使用していない水のための料金を国に支払い続けている場合もある。基本的に政策の構造が上位行政機関の意向を貫徹しやすいように設計されており、下位行政機関からの意見は意見レベルで留まる構造になっている。
(3)
水道用水供給事業者の見直し
これらの水道用水供給事業者は水の卸商のような役割を担っており、その機能の役割は大きいと思われる。水道用水供給事業者の有無によって実際にどのような差が生まれているかを再検討する必要性がある。水の卸業の設置ではなく、より大胆な水道事業の統合をそもそも図るべきではなかろうか。
(4)環境配慮の軽視
水質汚濁防止法は存在しているが、基本的に排水に関する規制であり、環境の本格的保護(景観その他などの視点を含む)に対してより大胆な施策を講じることを検討することも可能である。
終わりに 今後の研究の方向性について
今回のペーパーである程度の大枠を整理できたと思われる。今後の研究はよりマネジメントという観点を意識して、財務面、プロセス面、技術面、法律面に関して、顧客の視点から考察を加えていく予定である。
参考文献
Neil S.Grigg著、浅野孝監訳『水資源マネジメントと水環境』2000,技報堂出版
水道法制研究会『水道法ハンドブック』2003,ぎょうせい
野村宗訓『イギリス公営事業の改革』1998,税務経理協会
保屋野初子『水道がつぶれかかっている』1998,築地書館