自治制度演習
木曜三時限 片木 淳 教授
45031018-1 鶴岡孝介
演習テーマ「常設型住民投票制度設置における情報通信技術活用の可能性」
(趣旨)
e-democracyの進展において、情報通信技術の双方向性・時空間の克服などの特徴により市民の政治参加の機会が促進され、直接民主制が指向されると考えられる。そこで、現状において市民の直接参加の手段として最も知られる住民投票に関して、情報通信技術がそれに寄与できるかを考察する。具体的には、拘束力を持った住民投票制度を視野に入れつつ常設型の住民投票を議論し、制度の設定にあたっての問題点を、情報通信技術を活用することにより解消し、具体的な手段として電子市民会議室システムの活用可能性を考察する。将来的に電子的市民参加の手段が制度的背景を持ちえる可能性を考えてゆきたい。
(目次)
1.直接参加への意欲
2.住民投票
3.住民投票の課題と情報通信技術
3−1 住民投票の課題
3−2 情報通信技術の有効性
4.電子市民会議室
4−1 電子市民会議室システム
4−2 事例:藤沢市 市民電子会議室
4−3 事例:ミネソタ e-democracy
5.常設型住民投票制度における電子市民会議室システムの利用可能性
6.展望
1. 直接参加への意欲
現在、選挙への投票率の低下に現れる、市民の政治への参加意欲の低下が深刻な問題として懸念されている。理念の面から言えば、代表制民主主義の根幹である選挙において、候補者が代表する有権者の数が少なくなることは、それだけ意見を反映する市民の数が少なくなってしまい、その行う政策における正当性が担保できなくなってしまう。しかし、現在各地の自治体で住民投票がさかんに行われるなど、政治に対する直接参加の機運はむしろ高まっているように思える。現在(2003.12)、実施された住民投票の数は自治体の条例によるものは13件、条例によらないものは約252件におよぶ。こうした住民投票が実施される背景には、首長、議会いずれが提出するにしても、住民が自らの自治に対する重大な問題である事項を、自己責任の下に決定したいという働きかけによって為されるものである。住民投票が頻繁に実施される様を見ると、投票率の低下に見られる政治への不信は、議会・議員への不信だったのではないかとも考えられる。
住民投票にかぎらず、直接民主制を指向するような住民の直接参加制度の設置に対する批判的・懐疑的な見方は強く、様々な問題点も挙げられている。しかし、現在の間接民主制から直接民主制への転換を図るのではなく、現在生じている間接民主制の不備を補完するような形で直接参加の制度を取り入れる議論をすることは、現在生じている間接民主制への不満からみても、十分有効であると思われる。おこなわれるべきであるのは、想定される不安要素を軽減・無効化させた形で直接参加の制度を取り入れられるかという議論であろう。
2. 住民投票
市民の直接参加の手段として最も知られる住民投票に関して考えたい。住民投票制度には、原子力発電の建設や市町村合併など個別の課題ごとにつくられる「個別型住民投票制度」と、一般的に重要な意思決定に際して実施する根拠を与えておく「常設型住民投票制度」が存在する。ここでの提案は、「常設型」の制度を整備し、地方自治において今後生じうる重要な政策決定について、住民投票を実施できるようにしようとするものである。
住民投票制度にも、投票の結果に首長や議会が拘束されるという「拘束型住民投票制度」と、尊重はすべきだが制度的には拘束されない「諮問型住民投票制度」がある。「拘束型」は首長や議会の権限を制約することから、条例で設けることができるか、どういう事項・手続で投票を行うかなど、慎重な検討が必要とされており、未だわが国では拘束型の制度は設けられていない。今回は、「拘束型」を将来的に志向しつつも、前段階として「諮問型」の住民投票制度を提案しようとするものである。
住民投票は、市民の持つ政治への直接参加の手段の中でも代表的なものであると考えられているが、法律上の後ろ盾はなく、自治体の条例によって定められているのみである。よって、そこで行われた結果は、首長や議会を法的には拘束しないとされている。加えて、「諮問型住民投票制度」では、広く市民の意見を仰がざるを得ないような問題の争点が現れて初めて、首長または議会によりの発議により条例が制定されるケースがほとんどである。また、現在では国によって推進されている、市町村合併にともなう住民投票が多く行われている状態であり、その目的を限定して定められたものがほとんどである。
現在において先進的な自治体で議論されているのが、前述の常設型住民制度である。しかし現在では、首長・議会の発議によりいつでも住民投票を行うことが出来る常設型の住民投票条例が制定された自治体は、愛知・高浜市(住民投票条例、2002年6月)、群馬・中里村(住民投票条例、2002年6月)、境町(住民投票条例、2002年9月)、埼玉・富士見市(市民投票条例、2002年12月)、広島市(住民投票条例、2003年3月)、岡山・哲西町(住民投票条例、2003年3月)、群馬・桐生市(住民投票条例、2003年7月)、香川・三野町(まちづくり住民投票条例、2003年9月)、石川・押水町(住民投票条例、2003年9月)など全国で13件のみである。
常設型住民投票条例の特徴は住民からの発議を可能にした点にある。これまでの首長・議会からの発議の住民投票では「住民の意向を持って自らの意見を通す」という政治的な手段で用いられるという懸念が存在するのである。そこから独立し、あくまで住民自治の本旨から志向されるような住民からの発議を可能にした常設型の住民投票条例の制度化が進めば、現在の間接民主主義を補完する形で市民にとって、よき自治の形成ができるであろうと考えられる。そこにおいて、政治参加のツールとしてのICTの導入、すなわちe-democracyが注目できるのではないだろうか。
3. 住民投票の課題と情報通信技術
3−1 住民投票の課題
この章では、常設型住民投票制度の実現に向けて、現在挙げられている住民投票制度の問題点を示してみる。第一に、現在の住民投票制度はあくまで大きな争点があったときのみ「諮問型」で行われ、個別のイシューに対してしか行われず、個々に条例を制定している。そのため、首長・議会によって自分の意見を通すための「後ろ盾」として扱われることがあり、そうでない場合は、住民投票の機運があっても、首長、議会にとって不利になる用件ならば行われないといったことがあり得るという点である。これは、住民発議を取り入れた住民投票制度、常設型住民投票が志向される所以となるだろう。
第二に、行政責任の問題である。「地方行政は首長と議会がその責任でおこなうことを予定していると読まざるをえない」[1]ため、個別の政策をその都度住民投票で決めるのは行政の総合性や一貫性を妨げ、首長や議会の責任体制を脅かす恐れがあるといった問題である。政策に関する意思決定過程に住民が加わることで行政責任の所在が不明確になってしまうという懸念を持っている。この問題を論ずるには、二つの考え方が必要になる。ひとつは、行政の総合性や一貫性に関する考え方である。これまでの政策からみて、アンバランスな政策的選択が住民投票で選ばれるということは、これまでの一貫した行政のあり方自体が、住民により批判されたと考えるべきであり、そこには何らかの理由が存在するはずである。仮に、そのような争点で住民投票が発議された場合、行政側は「行政の総合性や一貫性」から外れた政策をとることの具体的なデメリットを十分に住民に提示しなければならないのである。二つ目は行政責任に対する考え方である。住民投票が住民からの発議により可能になったならば、それにより行われる行政の責任もまた住民が負うべきであると考えられる。ここにおいて、地域住民は行政サービスの受給者から、主体的な政策決定の担い手へと意識転換がなされることになるのである。
第三に、住民の政策に関する判断力の問題である。これまでの間接民主主義による調整と妥協を通した議会によるプロセスを経ない住民投票は、市民に対し、十分な情報がない状態で人気投票的に投票するのではないか、情報に踊らされるのではないかといった懸念を持つことになる。これら住民の判断力に対する懸念には、制度とは別個に対策を用意する必要がある。まず、政策投票に対する住民の判断力を高めるには、事前に投票の争点が十分に周知され、議論されていることが不可欠条件であろう。そのためには、情報取得の手段・討論の場が必要となる。この問題に対し解決しうる手段として考えうるのが、情報通信技術である。
3−2 情報通信技術の有効性
前章で述べたような住民投票の問題点に対し、情報通信技術の寄与により、どれだけその解消が図れるかを検証する。ここでいう情報通信技術とは、ICT(Information and Communications Technologies)であり、高度に発展した相互通信ネットワークインフラとそれを利用する通信端末の発展・普及のための技術のことである。発展した情報通信技術はパーソナルコンピュータの普及とあいまって、全世帯、あるいは全個人をインターネットに接続することを可能にした。これは技術開発の推進や競争政策の実施による回線速度の高速化と通信コストの収斂がもたらしたものである。さらに、移動体通信端末、いわゆる携帯電話の爆発的な普及に伴い、個々人がおのおの自らの端末でインターネットという空間を共有出来るようになった。
こうした情報通信技術の持つ特性とは何であろうか。ひとつはコミュニケーションにおける時間的・空間的なハードルの克服である。これまでの対人間の長距離を介した情報のやり取りの手段は電話、FAX、手紙などの手段が存在したが、それらとは比較にならないほど多くの情報量をタイムラグなしで送信することがICTにより可能になった。この技術の発達により、文章、音声、映像という様々な情報を瞬時に相手方に送ることが可能になり、実際に対面しコミュニケーションをとるのとほぼ変わらないやり取りを、電子情報を介し離れた距離で交わすことが可能になったのである。これらは通信プロトコルの制定や高速通信インフラの普及により実現された。第二に、その双方向性である。ICTを利用したメール、チャット、電子掲示板システムなどのシステムは個別の利用に際しほとんどコストがかからず、同じフォーマットで利用できるという利点がある。これにより、これまでのコミュニケーション手段は受信に対し発信する側にコストがかかるというのが普通だったが、上記のようなインターネット上のやり取りは、発信に対しほぼ受信と同程度のコストしか要しないのである。更にWebサイト、チャット、電子掲示板などのシステムは同時に複数の人間の利用が可能であり、これまで、既存の通信が1対1を想定して行われていたのに対し、1:n、あるいはn:nの発信、すなわち不特定多数の相手方を対象に情報を発信することが容易になったのである。これらは通信を行う情報通信端末、PCや携帯電話の普及により可能になったと言えるだろう。
上で述べたような情報通信技術の特性により、情報通信技術は、市民に対し市政への参加の機会の拡大を提供するのではないかと注目されている。それらは実際にどのような手段を持って為されるのだろうか。ひとつには旧来の広報・公聴機能の拡充である。自治体によるポータルサイトの構築により、これまで広報誌などの文書で行っていた行政情報の通達がWebサイト上で行われるようになった。これにより、市民が自らに必要な行政の情報を探し、入手することが容易になったのである。また逆に、先にあげたような情報通信技術による送信の容易さにより、行政の市民からの情報摂取の手段である公聴機能が強化されるといった点が挙げられる。これらはポータルサイト上での統合の機能のほかにも、各部局の職員への直接のメールなどの手段を提供することで、実現される。
また、それとは別に、情報通信技術は新しい形での市民参加の拡大への手段を提供すると考えられている。前述した広報・公聴機能はあくまで行政・市民間の交流であるが、これに対して市民・市民間の交流の場を行政が用意し、そこでの議論の成果を政策へとフィードバックするという方法である。これらの手段は電子市民会議室という形で現在いくつかの自治体で導入されている。
6.電子市民会議室
4−1 電子市民会議室システム
電子市民会議室は、インターネットの掲示板システムを通じて、市民が市政に意見を述べたり、あるいは市民間で共通のテーマについて議論を行ったりする、電子ネットワーク上の会議・意見交換の場である。自治体によっては、「市民電子会議室」「電子フォーラム」「インターネット会議室」など様々な名称で呼ばれているが、ここではそれらをまとめて「電子市民会議室」と呼ぶ。
電子市民会議室では、個別のトピックが用意され、与えられたトピックに対し市民や企業、NPO、地方自治体職員など地域社会を構成するさまざまな主体が議論を行う。また、この電子掲示板上で議論を行うことにより、これらの主体がよりよい地域社会の実現に向けてインターネット上でコミュニケーションを行いながら協働し、地縁的な関係を超えた新たなコミュニティを形成することが可能となる。行政にとっては、市民の声を直接聞き、双方向でコミュニケーションを行うことで、市民の視点で行政を考える文化が醸成されることが期待される。
自治体が常設の電子市民会議室を設置しておくことは、市民が市政に対する提案を形成し、社会的に表出する場として、さらには、より多くの市民提案を政策に反映するために極めて多きい意義がある。また、これまで市政に対し、意見はあっても発言の機会が与えられなかったサイレント・マジョリティに対し、市政参加への門戸を常に開いておくという意味でも有効であると考えられている。
4−2 事例:藤沢市 市民電子会議室
電子市民参加における先進的な事例として藤沢市の例を挙げる。
神奈川県藤沢市では、WEBサイト上で市民が意見交換を行う「市民電子会議室」を大学等との連携で運営している。市民電子会議室は、市が運営するものと市民が自由に解説するものの2種類に分かれている。市が運営する会議室は「情報公開」や「ダイオキシン対策」など市の施策に直結するテーマを扱っており、市職員も参加する。この会議室に参加する場合、発言者は本名を明記しなければならないなど、一定のルールを定め、発言に責任を持つこととしている。会議室の運営を担当するのは市民から公募された13名からなる「運営委員会」である。運営委員会は市民電子会議室の核となる組織で会議室のテーマ設定や、議論の円滑な進行をサポートしている。さらに、運営委員会は、会議室で議論された内容を取りまとめ、市に提案するという、市民の声の代弁者としての役割も担っている。
一方、電子市民会議室へ寄せられた市民の声を受けて、市側は各テーマに関する市の対応や今後の方針について回答したり、実際の施策への反映を図るなどの対応を行っている。すでに過去四回にわたり市民の提案と市からの解答が行われているほか、「総合計画」「都市マスタープラン」等政策形成過程への参画にも活用されている。
市民が自由に活用できる会議室では、ボランティア情報やイベント情報など、草の根的な議論が積極的におこなわれている。
電子会議室で発言するためには、WEB上での事前登録が必要だが、登録した市民の数はすでに2300人を超えており、アクセス件数も390000件と市民の関心も非常に高い。
4−3 事例:ミネソタ e-democracy
次に、海外での運用事例としての米ミネソタ州e-democracyを挙げる。
e-democracy の始まりは、1990年代後半アメリカのミネソタ州のNPO「e-democracy」が「ミネソタe-ポリティックス」いう電子会議室を開催したのが始まりで、以降ミネソタ州政府や同州セントポール市が市民との議論の場として提供している。『Minnesota
e-democracy』は1994年の米国上院議員選挙に際し、ミネソタ州からの依頼により候補者情報をネット上で公開するところから始まった。仕掛け人のスティーブン・クリフト氏は、大学院で政治学を学んでいた頃からインターネットをポリティカル・コミュニケーションの手段にできないかと様々な試みに挑戦し、1993年に学生と政治家との情報交換サイト『パブリック・ポリシー・ネットワーク』を立ち上げたことが評価され、ミネソタ州からe-democracyのサイト運営を任された。
氏は、まずボランティアを募集し、候補者自身から主張が明確に記されたポジションペーパーを集め、関連する新聞記事、公式選挙ガイドと共にウェブサイトに掲載した。また同時に、選挙において先進的な活動を行っていたNPOの見解や調査情報も掲載した。次に、候補者同士が掲示板で討論を行う『ポリティクス・ディスカッション・フォーラム』をウェブサイト内でスタートさせた。
通常の選挙情報サイトは一過性で選挙が終わると間もなくその役割を終えることが多い。だが、Minnesota
e-democracyは異なり、『ポリティクス・ディスカッション・フォーラム』での議論は選挙終了後も候補者間による議論が続けられていた。候補者や政治家が選挙運動に直接利用するMinnesota
e-democracyのサイトが、政治的に中立で個人の意見を交換できる信頼に値する場所として認知されたことを意味していた。
また選挙後も、Minnesota e-democracyはNPOとして積極的な活動を行っている。現在Minnesota
e-democracyのウェブサイトには数多くのディスカッションの場が設けられており、ミネソタ州全体の問題や、州の政策や公的発表や、ネアポリス、セントポール、ウィノナ、といった地域レベルに関する各フォーラムが用意され、活発な議論が交わされている。
ミネソタEデモクラシーの特徴は、健全な議論の発展の妨げにならぬよう、ルールとして発言に制限を課している点がある。フォーラムにおける発言の際には必ず本名を明かすことと、投稿回数を一人一日二回までと定めている。
また、もうひとつの特徴として、リスト・マネージャーの設置がある。リスト・マネージャーの役割は、議論の場において常識的なネチケット(ネット・エチケット)が守られているかを監視することであり、議論を荒らす人間に対する勧告権を持つことで、議論を建設的な方向に誘導する役目を持つ。能力として高度な会議運営能力、対人関係スキルが求められ、公平性を期するために行政がマネージャー役やサイト運営を務めるべきではないとされている。
5.常設型住民投票制度における電子市民会議室システムの利用可能性と課題
実際に常設型住民投票制度の導入に向けて、電子市民会議室システムの利用可能性 を検証する。現在でも多くの自治体(2002年12月現在で733自治体)で電子市民会議室は運用されているが、常設型の住民投票制度と連携しての運用を行っている事例は未だ無い。
電子市民会議室を住民投票に係る議論で用いられる場合、二つの場合が想定できる。ひとつは、会議室上で特定のトピック(議題)に対する論争が発展し、それを争点として住民発議により住民投票が行われるという場合であり、もうひとつは住民投票の実施が明らかになった後、会議室上でその争点に関するトピック(議題)が提示され、実際の投票までの期間に議論が行われる場合である。
前者の場合は、まず、住民発議を前提とした常設型の住民投票制度が制定されることを前提としている。行政の施策が会議室での議論によって周知され、問題意識が顕在化されることによって、住民投票という制度を用いて住民の意思反映が実行されるという形になる。しかし、住民発議は電子市民会議室上の総意だけでなく、住民全体の合意を持って行われなければならない。この場合での懸念は、いかなる条件で住民発議が為されるかといった、住民投票の制度設計上でのルール策定によるものが大きい。
後者の場合は、電子市民会議室が存在する状態で首長、議会あるいは住民による発議で住民投票が行われる場合を想定しており、現状のあり方に沿ったかたちである。ここにおいて問題とされるのは、住民投票という政治的な判断を要する議論を電子市民会議室で行いうるのかといった問題であり、それが公営の場である限り、政治的な議論をすること、トピックを作成することが不可能なのではないかと考えられる。現在運用されている電子市民会議室のほぼすべてが、その設置・運営主体が自治体である公設公営という形である。運営主体にトピックの設置権限、議論の進行を調整する権限が与えられているとすると、会議室が完全に行政により運営されている状態では、恣意的に争点にかかわるようなトピックは創設されえないのではないかという懸念がある。公設公営の形で運営がなされている場合、会議室における運営責任の所在は、明確に行政に存在するということになる。ここにおいて行政職員は組織としての見解を発言する形で議論に参加し、また住民もそれを期待するというのが実際である。行政職員の参加は市民への情報の提供という形で期待される。すでに何らかの形で公開している情報であれば、それを議論の進行に応じて情報してゆくことに問題は無いであろうし、会議室での公開が初出となる情報であっても、しかるべき決済をとった後に発言することが可能であろう。しかし、過去の事例から、住民投票は行政の政策上の問題に対する抗議・反対運動の延長により請願されて行われるという形で行われることが多く、そういった議題で議論が行われることを行政側は好まないのではないかと考えられる。
この問題に対処するためには、行政を離れた公平な第三者機関による運営を検討するべきである。ミネソタ州や藤沢市の事例で主体となったのはNPOであるが、こういった民間団体がすでに存在する、民度の高い地域でなければ中立的な第三者を運営主体にすることは難しいのではないかと思われる。この場合、自治体側の協働する姿勢が問われることになるだろう。
6.展望
電子上で市民の生活に直接利害が関係するような、議論が為される場が常設的に開設された場合、市民はそこにおいて自らが利害関係者で、議論されている個々の事項に対し不利な関係におかれるような政策を求める議論が為されないよう、直接その場を監視せざるを得なくなってくる。これは功罪両面の意味合いを持っている。功とは、市民が現在自らの自治を決定する個々の争点に対し、受動的な行政サービスの受給者から、主体的な決定者となるような意識の転換がなさる。そして個々の争点に関して、利害関係者に関する十分な情報を得ることができ、議論を行うことで、ある程度「共通の認識を持った」状態で、「より好ましい」政策が採られることになるだろうという期待である。
それに対する罪とは、代表制民主主義の意義に逆行し、人々の政治に関する意思決定のコストが上昇することである。これまでは、ある程度の信頼を寄せられる「議員候補者」を選択し、投票することで、その候補者が政治に関する意思決定における判断を一定の基準ですべて受け入れることができたのである。そうすることによって、その政治家の過去の実績や能力・ビジョンそして利害関係により、比較的簡単に候補者を選ぶことで政治に関する意思決定権を貸与することができた。しかし、直接参加の仕組みが制度化され、首長・議会に対し一定の影響力を持つようになると、自分が意思決定を預けた議員の発言力は相対的に低くなり、自らも自身の利害が埋没してしまうのを防ぐため、直接参加せざるを得なくなってしまうのではないかという不安である。
しかし、元来直接参加制度への要求は従来の代表制民主主義の限界を補完するために議論されているのである。現代の日本でも、市民の嗜好・ニーズはますます多様化してきており、それにともない行政が多様化した要求を旧来の仕組みでは対処できなくなってきているというのが、現状に対する認識である。これを解決するためには、市民自らが自分たちの利害が影響する問題に対し、利害を主張し、直接議論をする。これを纏め上げ、政策という形で実行できるシステムを創設することが有効なのではないかと考えられる。
そこにおいて、電子市民会議室は行政による公聴機能の拡張、地域コミュニティの形成機能に続いて、直接政治参加へつながる政策議論の場としての役割が得られるのでないかと思われる。
参考文献
「eデモクラシーという地域戦略」2002(株)NTTデータシステム科学研究所 小学館
「Eポリティックス」2001 横江公美 文春新書
「公共経営と情報通信技術」2002 (株)NTTデータシステム科学研究所 NTT出版
「住民投票が拓く自治―諸外国の制度と日本の現状」2003 森田 朗編 自治ブックス