自治制度演習ペーパー
片木 淳 教授
45031018-1 鶴岡 孝介
課題:「住民の地方政治参加」の手段としての現行選挙制度の問題点
<目次>
1.投票率の低下と政治への関心
2.地方政治参加の手段としての選挙
3.選挙制度の概要とその問題点
4.投票率と政治不信
5.まとめと展望
1.投票率の低下と政治への関心
近年において、わが国では国政・地方選挙における投票率の低下が叫ばれており、これは市民の政治への関心の低下と結びつけて考えられ、民主主義政治に関する大きな問題となっている。この章では、資料を用いてこれらの点を明らかにしたい。
第一に、統一地方選挙における投票率の推移をグラフとして示した。(資料1)グラフより、市区町村議選、市区町村長選、知事選、県議選ともにほぼ同一のカーブを描いて低下傾向にあることがわかる。
第二に、マーケット・ビュー & リサーチ(Market View and Research Co.,Ltd.)が日本の大学生に行った政治と選挙に関するグラフを提示する。(資料2)
(資料2)日本の大学生の国政選挙に関する意識調査のグラフより、全体のうち「関心を持って投票している」と応えたのはわずか27パーセントに過ぎず、「あまり関心が無い」が23パーセント、「まったく関心が無い」が8パーセントと多く、全体の四分の一を超えている
(資料2)
出所:マーケット・ビュー & リサーチ社Webサイト
(資料1)
出所:明るい選挙推進協会Webサイト
2.地方政治参加の手段としての選挙
3.選挙制度の概要と問題点
選挙における投票行動は選挙制度によって直接的、間接的に規定されている。有権者の投票行動を直接に規定するのは、有権者の選挙運動参加の規制、投票用紙の様式、投票所の構造などの諸規定である。日本国憲法の「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」(15条3項)などの規定をはじめとして、公職選挙法など多くの法規があり、選挙投票のあらゆる側面が法によって規定されている。これらの諸ルールの全体をまとめて「選挙制度」と呼ぶ。
現在問題になっている投票率の低下は、単純に市民が国・地方レベルの政治に関して関心が低下していることに加え、こうした選挙における投票行動を規定する選挙制度自体に市民の投票行動を阻害し、投票率を低下させる要因があるのではないだろうか。また、現在の市民の政治への無関心による投票率の低下において、選挙制度の改革によって解決できる部分が存在するのではないかと考えられる。
そこで、広義の選挙制度を@票の投じ方と票の議席への変換ルール、A選挙運動のルールに分類し、それぞれのルールに関して投票率を低下させている原因を探ってみる。
ただし、ここでは地方選挙に絞ってその分析を行いたい。
@ 票の投じ方と票の議席への変換ルール
こちらのルールに分類されるのは、@選挙期日・選挙事務の管理、A有権者に関する規定、B投票に関する規定、C不在者投票、D立候補〜当選人決定である。
これらの諸制度の中に投票率の低下に関わる要因は以下のようにあげられる。
第一に、忙しい、時間が無いなどの時間的、距離的理由で投票が出来ない場合である。平成11年の公職選挙法の改正により、投票所の開閉時間が「午前7時に開き、午後8時に閉じる」と変更された。その効果は自治体により差があるようだが、総じて法改正後に延長された時間内に投票に来る人は多いようであった。しかし、選挙日そのものを延長し、複数日にわたり投票を受け付けようという議論はいまだ為されていない。距離的な制約に関しては、現在では指定された投票所のみでしか投票を行えず、他の投票所での投票は認められていない。また、これらを補完する機能として郵便投票や電子投票が存在するが、その内容は著しく限定的である。郵便投票とは、不在者投票の一種であり、対象は身障者手帳(両下肢・体幹障害1、2級など)と戦傷病者手帳の所持者に限られている。政令指定都市の選挙管理委員会で構成される選挙管理委員会連合会では、この郵便投票の適用範囲を広げるよう要望を出し続けており、平成12年、東京、大阪地裁に「郵便投票の対象範囲の限定は投票権の侵害」とする国家賠償請求訴訟が提訴されている。しかし、これらの運動は字を書くことが出来ない障害を持つ人にも郵便投票を認めさせようという「障害者の人権の保護」に立ったものであり、適用範囲を広く一般に広げて全市民から郵便投票を受け付け、投票率の向上に役立てようという試みは未だ為されていないと言える。また、電子投票に関しては、現在の段階では投票所からの投票を電子化するのみであり、自宅からのインターネットを用いた選挙への投票は構想段階にあるに過ぎない。
次に、不在者投票の問題である。現在、病院や老人ホームなどの福祉施設に入所している身体障害者、高齢者はその施設の中で選挙のときに不在者投票が可能であるという制度になっているが、在宅の障害者や、寝たきりであったり足が不自由である高齢者は、そのような制度がないために、無理をして投票所に足を運ぶか、または棄権をしてしまうかというのが現状である。障害者手帳の1級を持っている障害者については郵便による投票ができるという制度もあるが、実際は非常に手間のかかる内容であり、在宅の障害者は施設に入所している障害者に比べると扱いが不平等、不公平になっているのが実態であろう。
A選挙運動のルール
こちらのルールに分類されるのは、広く選挙運動に関するルールである。現行の主な選挙運動の方法は、
○選挙事務所の設置
○選挙運動用自動車の使用
○選挙運動用はがき
○新聞広告
○選挙公報
○ポスターの掲示
○街頭演説
○個人演説会
などが挙げられる。現在懸念されているのは、これらの方法を用いて行われる選挙運動が有権者に対してネガティブな印象を持たれてしまうという議論がある。選挙運動の期間になると、連日選挙運動用自動車からスピーカーにより候補者の名前が連呼され、騒音であり迷惑であるという声がよくあがる。こういった候補者からの過剰なアピールが逆機能として働いてしまうというケースが考えられる。しかし、地方選挙のケースにおいてより大きな問題となっているのは、その選挙において何が争点とされ、各々の候補者が公約として何を掲げているのかが投票者にとって非常にわかりにくいという点だろう。各々の候補者が何を政策として掲げているのか、何が政策の争点となっているのかを投票者が用意に知ることが出来なければ、市民は「誰に投票しても同じ」という感想を抱いてしまい、投票そのものの意義を感じなくなってしまう。これらの問題を解決できうると考えられているのがインターネットを使用した選挙運動である。具体的にいうと各候補者が自らのWebページを持ち、その上で情報公開を行うことである。近年、米国や韓国においてインターネットのホームページや電子メールを利用した選挙運動が活発化している。日本においても、5000万人に迫るネット人口の急増を反映して、インターネットを利用した選挙運動を合法化しようという動きがある。しかし、インターネット選挙運動に関しては、公職選挙法上の明確な規定がなく、その解釈もあいまいなために自由な選挙運動が制限されているのが現状である。
3.投票率と政治不信
次に、政治不信の問題である。
投票率の低下は政治への参加意欲の減退を示しているというのが一般的な見解である。現代の政治的無関心(参政権が認められており、選挙に関する情報も教育やマスメディアを通じて豊富に与えられているにもかかわらず、政治に対して関心を持たない状態)をH.ラズウェルは三つに類型化した。すなはち@無政治的態度、A脱政治的態度、B反政治的態度である。@無政治的態度とは政治以外の事柄に対する関心が強いため、政治にはそもそも関心を持たないタイプであり、A脱政治的態度とは政治に対する幻滅などのために、政治への関心を失ってしまうタイプであり、B反政治的態度とは政治というものに反感を感じ、積極的に関与を拒絶するタイプである。
わが国の現在の地方選挙への投票率の低下はどのタイプの現れなのであろうか。B反政治的態度はアナーキズムの典型とするタイプであり、まずわが国の自治体では見られない傾向だろう。@無政治的態度において考えられるのは、現在の市民の可動性の高さである。都市近郊において最も考えられる例であるが、生活のほとんどの時間と費用を近隣市において費やすため、生活の本拠地において市民サービスを享受することが少なく、自らが籍をおいている市の一員であると考えることが少なくなり、自然と参政意識が薄れてしまうという仮説である。これは大都市近郊の自治体において一定の説得力を持っているといえるだろう。しかし、そうした大都市においても同様に投票率が減退しているという傾向を見ると他の要因が存在していると考えられる。よって、わが国において現在の地方選挙への投票率の低下の原因となっているのは、A脱政治的態度が主であると考えられる。
日本における政治への参加意欲の減退は、主にその当時の政治への不信感によって引き起こされると言えるだろう。それでは、市民は地方政府に対していかなる時に不信を抱くのか。第一に政治において政治家のスキャンダルが報じられた場合である。発達したマスメディアの影響も手伝い、こうした政治における「不祥事」は一度露見したら容易に市民の知るところとなる。こういった大きな不祥事は市民への政治のイメージを低下させる効果が大きいだろう。しかし、マスメディアの伝達度やスキャンダルの露見される可能性から見てこういった事例はむしろ国政選挙において起こりやすいといえる。地方選挙において脱政治的態度の原因となっているのはむしろその政治の不透明さと個々の政治家の信頼の低下であろう。
メディアによる批判的機能の少なさや、議会の情報公開に対する姿勢により、地方政治の透明さは、国政のそれよりも低いものであると言えるだろう。行政改革の進展により、自治体レベルでの行政の情報公開が進められてきたが、議会の情報公開はそれよりも遅れていると言わざるを得ない。自治体間に差が有り、先進的な取り組みを行っている自治体も多いが、傾向として県や政令指定都市レベルではほぼ実現されているが、総じて町村議会では未だ実現が立ち遅れている。それを取り上げるメディアにしても、相対的に地方政治があまり問題にならないため、より身近であるはずの市政が見えず、その責任と権限においてどの様な事を行っているのかわからない。よって必然的に市民の政治的批判意識はより目に留まる国政へと向いてしまうということが考えられるだろう。つぎに、個々の政治家への信頼の低下である。政治家である候補者は選挙の際に公約を示し、投票者の信頼を元に投票を受ける。しかし、実際に当選されると公約は実行されず、有耶無耶のままに任期が終了してしまう。これが政治家個人の支持を下げるだけでなく、「誰でも一緒である」と政治自体への不信につながってしまうのである。
これらが地方政治における投票率の低下の原因である脱政治的態度の主要因である。
4.まとめと展望
これまでの章で地方選挙における投票率に関する、物理的(制度的)問題と意識的問題についてまとめた。3章で掲げた問題に関しては、選挙制度、公職選挙法を改正することで解決の余地がある。4章で掲げた問題に関しては、地方政治そのものの情報公開の推進とそれを取り巻くメディアの発達により改善が為されるものと思われる。しかし、ここで為されるのは投票率の低下を心配するのは誰かという問題である。一般に、投票率の増減で影響を受けるのは、特定の支持政党や候補者を持たない所謂「無党派層」と呼ばれる層である。こういった無党派層は個々の選挙において争点となるべき問題の政策や、前回の選挙における当選者の評価で投票者を決める傾向にある。反面、メディアによる知名度などで単純に左右されてしまうという側面も持つ。こういった無党派層の投票傾向は予想がしにくく、政党支持層に多く支持を持つ自由民主党が与党である場合、そういった投票率向上のための選挙制度改革は主体的に為されにくい。真の解決は、投票者である市民自体が投票率の低下という問題の解決を望み、議会と議員を監視し、地方政治に対して責任を持つことなしでは実現はされないだろう。
参考文献
『選挙と投票行動の理論』 白鳥令 編 1997.7.5
『日本の選挙』[増補版] 福岡政行 2001.7.10
『投票行動と政治意識』 堀江湛 梅村光弘 1986.9.15
『投票行動』 三宅一郎 1989.12.15
『選挙制度変革と投票行動』三宅一郎 2001.6.15
<参考>
明るい選挙推進協会Webサイト http://www.akaruisenkyo.or.jp/index.html
出所:マーケット・ビュー & リサーチ社Webサイト
http://www.mv-r.co.jp/hp_body/top.htm