自治制度演習レポート 2004/10/22
公共経営研究科・塚田大海志
「駐留軍用地跡地利用に関する市町村支援事業のあり方について考察する」
はじめに
沖縄の米軍基地所在市町村にとって、駐留軍用跡地は、地域振興に資する重要な土地資源である。一方で市町村は、跡地利用計画を策定するにあたって、土地需要に関する問題、地権者による合意形成をはじめとして、様々な課題に取り組む必要がある。だが、過去の取組みを見る限り、跡地利用に関する基礎調査にとどまらず、基本構想の策定をも外注している例が少なくない。このことは、人材確保の問題を含め、市町村職員のスキルの未熟さを示している。
内閣府沖縄担当部局の外局にあたる沖縄総合事務局では、1999年度より駐留軍用地跡地利用に関する市町村支援事業(アドバイザー派遣事業)を実施している。同事業制度は、市町村の跡地利用に関する課題の解決、及び跡地利用計画の策定等に関する支援を行うことにより、市町村主体の跡地利用の促進及び円滑化を図ることを目的として創設された。
本稿では、アドバイザー支援事業制度の概要を明らかにするとともに、同制度が、地域密着型の跡地利用政策を推進するものであるのか、検証したい。その際、特に、人材の確保・育成の点に着目して考察することとする。
事業制度設置の背景
アドバイザー派遣事業制度は、在沖米軍基地の整理縮小に伴う市町村の跡地利用への対応支援を目的としている。その対象は広く、基地所在市町村全般を網羅するものである。だが、現在のところ、SACO合意[1]に基づく返還跡地が、主たる対象となっていることから察するに、「普天間飛行場の移設先に関わる政府方針(1999年12月28日閣議決定)」が制度設置の背景にはあると思われる。
同政府方針は、名護市が普天間飛行場の代替施設建設を容認した際、国の示した協力姿勢である。その中の一つとして「駐留軍用地跡地利用の促進及び円滑化等」の項目が盛り込まれた。目下、アドバイザー派遣事業の対象施設は17あるが、そのうち11がSACO合意によって返還された[2]。
一方、資料[3]を見る限り、アドバイザー派遣事業制度では、普天間飛行場を抱える宜野湾市を除く市町村に、対象主眼を置いていることが伺える。先の政府方針が示された後、国・沖縄県・関係市町村による跡地対策協議会が設けられ、跡地利用促進のための法制度整備が進められた。その結果、軍用跡地は、返還規模によって大規模跡地と特定跡地に分けて指定された[4]。唯一、大規模跡地に指定されている普天間飛行場は、国・県との連携を保つことを前提に、跡地利用計画の策定が求められている。言い換えれば、アドバイザー派遣制度は、小規模な返還跡地を抱える市町村を対象とする事業として捉えられよう。
事業の概要
アドバイザー派遣事業の業務内容としては、次の三段階が挙げられる。
1、駐留軍用跡地における基本的データの整理【跡地カルテの作成】
跡地利用促進の対象となるべき地区の概要について整理を行い、まちづくり促進方策を検討する上での基礎データとする。
2、既存のまちづくり促進方策の整理・分析
過去に実施されたアドバイザー派遣や国及びその他の機関で実施された各種まちづくり支援方策の整理・分析を行う。
3、まちづくり促進方策の検討【アドバイスメモの作成】
跡地利用を進めるにあたっては、企画構想・合意形成、事業実施等の各段階が想定されるため、段階毎に地権者の状況等に応じた適切な支援策を検討する。また、社会・経済状況の変化に対応した跡地利用促進方策を総合的に検討するとともに、新たな促進方策及び優先順位の検討を行う。その際、大学研究者、地元の専門家及びNPO等を幅広く活用する。
なお、一重に「アドバイザー」と言っても、住民の意見醸成、計画策定手法等、対応すべき課題は多岐に亘るため、多様な役割が存在する。以下、事業報告書[5]を参考にして、アドバイザーに期待される役割、並びに想定される事業パターンを紹介する。
役割 |
内容 |
メンタルアドバイザー(メンター) |
まちづくりの初動期に、地域の人々にまちの魅力や資源の魅 力を再認識させて、まちづくりのやる気を起こさせる。 |
コンサルタント(まちづくり診断) |
専門家の立場から調査を実施し、それを分析した上で、提 言を行う。 |
コーディネーター(行政との橋渡し) |
行政と住民、または企業間など異なる組織の中間に入り、第三者的立場で情報の媒介役、或いは連携の調整を図る。 |
コメンテーター(委員会への助言) |
その場その場での問題提議に対して、専門家としての立場 から助言を行う。 |
エデュケーター(職員等の人材教育) |
あるテーマについての専門家としての立場から講演を行っ たり、人材育成のための指導を行う。 |
サポーター |
まちづくりの専門的知識を持ちながら、地元に入って、住 民と同じ視点で様々な課題に取り組む。 |
次に、想定できる市町村支援事業のケースを三点紹介する。
(1)
相談内容 例1)跡地利用の進め方の全般的な相談をしたい。 例2)市町村担当課の職員が、国や他の自治体の職員、あるいは専門家からアドバイスを得たい。 |
(2)
想定パターン @担当者との意見交換 参加者:アドバイザー、市町村担当職員、沖縄総合事務局職員 作業班(事業担当コンサルタント、地域担当コンサルタント) A
アドバイスメモの策定 作成者:アドバイザー B
アドバイスメモに基づく意見交換 参加者:@と同様 |
(1)相談内容 例1)行政職員が専門知識を研修したい、勉強したい。 ○住民調整手法、区画整理ノウハウ、計画策定方法 例2)地権者(住民)に専門知識を習得させたい。 ○跡地利用の概要、区画整理の概要、将来の生活設計の組み方 |
(2)想定パターン @担当者との意見交換 参加者:アドバイザー、市町村担当職員、沖縄総合事務局職員 作業班(事業担当コンサルタント、地域担当コンサルタント) A研修企画案、シンポジウム企画案の作成 作成者:アドバイザー |
C
研修会、シンポジウムの実施 講師:アドバイザー、あるいはアドバイザーが指定した講師 |
(1)相談内容 例1)市町村内の担当課間での意見交換を進めたい。 ○各課の役割分担 例2)国・県・市長村間での意見交換を進めたい。 ○隣接市長村や国・県の上位計画との摺り合せ 例3)市町村職員と住民の意見交換を進めたい。 ○パートナーシップの進め方 例4)地権者間、または地権者と周辺住民との意見交換を進めたい。 ○住民間の意見醸成 |
(2)想定パターン @担当者との意見交換 参加者:アドバイザー、市町村担当職員、沖縄総合事務局職員 作業班(事業担当コンサルタント、地域担当コンサルタント) A関係者ヒアリング(必要に応じて実施する) B対応シナリオ案の作成 作成者:アドバイザー C関係者間でのワークショップの開催、円卓会議の開催 |
指摘できる問題点
上記三件の想定ケースから、アドバイザー業務は、関係主体間の調整、職員及び地権者(住民)の育成に力点を置いていることが伺える。しかし、現状は、学識経験者の助言(コメンテーター)や事業コンサルタントの調査・分析業務にその役割は偏っており、コーディネーター、エデュケーターとしての役割を果しているとは言いがたい。
アドバイザー派遣は、2003年度の段階で、11施設・計17件が実施されている。このうち半数が、土地区画整理事業や道路整備への取組み手法など、基本計画策定を控えた市町村に対する助言を占める。その他、跡地利用に関するシンポジウムの開催、市町村が主催する住民向け懇談会における講演も行っているが、いずれも年間2〜4回の専門家の派遣に止まっている[6]。
たしかに、跡地利用を促進する上で、事業手法等、あまり専門的な知識を持たない市町村職員が助言を受けることは重要である。また、調査段階におけるコンサルタントの関与は、外注の利点を活かすことに他ならない。だが、コンサルタントの収集する基礎データに依拠し、単発的に専門家を派遣したところで、市町村職員をはじめ、地元住民の人材育成にどれほどの効力が発揮されているのか、疑問の余地がある。
他方、跡地利用計画は、都市計画の一つとして位置付けられている。計画策定時において、市町村は、周辺住民や市民の利用意向を取り入れる必要がある。一方で、跡地は、現段階で地権者が在住していないため、まちづくりに対する意識が低いという特殊性を有する。市町村職員には、地権者を巻き込んだ上で、市民の関心を誘発し、公的なまちづくり意識を持って住民調整に取り組む能力及び、集約された声の実現性を高めるような計画策定・実行能力が求められている。
今後の方向性
事業実施後に作成された報告書[7]によれば、今後の課題として、市町村職員や地域の事情に精通した人材(地域コンサルタント)の育成が挙げられている。それは2〜3年の長期プログラムによって解決されると言うものの、年に複数回のアドバイザー派遣のみをもって達成されるという。私は、この提言には否定的であり、人材育成には長期的かつ、日常的な教育プログラムが必要であると考える。
それならば、アドバイザーが行政部門と民間部門との橋渡し役を果すためにも、個別に市町村を訪問するだけでなく、関係市町村職員が一堂に会しての定例勉強会を開催してはどうか。専門家が講師となって、計画策定や事業手法のノウハウを指導するだけでなく、市町村職員間の人事交流や情報交換の促進を図る上で有益であろう。
情報交換に関して言えば、近年、沖縄総合事務局跡地対策課では、国・県・市町村の跡地利用関連機関を結ぶ、「跡地利用支援情報ネットワーク」システムの構築を検討中である。日常的な情報交換を実現するツールとして、ITによる情報共有システムの活用は大きな可能性を持つため、早期の運用開始が望まれる。
さらに、地権者が参画した形式でのNPO組織を結成し、勉強会やネットワークシステムへの参画が可能となれば、行政と市民が一体となった「まちづくり」は、より実現性を帯びてくると思われる。
参考文献
財団法人・都市みらい推進機構「駐留軍用跡地におけるまちづくり促進方策検討調査・報告書」、2002
財団法人・南西地域産業活性化センター「駐留軍用跡地跡利用に関する市町村支援事業・報告書」、2002
内閣府沖縄総合事務局総務部跡地利用対策課「跡地利用支援情報ネットワーク検討委員会・ワーキング報告書」、2002
[1] SACOの正式名称は、「沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会」(Special Action
Committee On Okinawa)である。いわゆる1995年の少女暴行事件を皮切りに沖縄世論が激昂し、日米両国政府に基地の整理縮小を強く求めた運動に端を発する。在沖米軍基地の整理縮小をより個別的に協議することを目的に設置されたSACOは、1996年12月に最終報告を行い、解散した。
[2]内閣府・沖縄総合事務局跡地利用対策課ホームページ「跡地利用の推進」
http://atochi.ogb.go.jp/(2004年10月12日取得)
[3] 財団法人・都市みらい推進機構「駐留軍用跡地におけるまちづくり促進方策検討調査・報告書」(2002)
65−77頁。第1回及び第2回研究会・議事録参照。
[4] 詳しくは、前クール・レポート「沖縄県における跡地利用制度の沿革と問題点」を参照されたい。
[5] 前掲、財団法人・都市みらい推進機構、第一章「事業の取組み方針」を参照して筆者が作成。
[6]内閣府・沖縄総合事務局跡地利用対策課ホームページ「跡地利用の推進」
http://atochi.ogb.go.jp/(2004年10月12日取得)
[7] 財団法人・南西地域産業活性化センター「駐留軍用跡地跡利用に関する市町村支援事業・報告書」(2002)109−113頁。「跡地利用促進のための事業案」参照。