テーマ: 自治による過疎地域維持の可能性

 鳥沢 右一

 

1.はじめに

1950年代中頃から始まる高度経済成長とともに,農山漁村から都市部への急速な人口流出が始まり,それらの地域における生活水準および基礎的条件の維持が困難となる過疎問題も顕在化した。過疎対策として,山村振興法(1965年度施行)以来数々の振興法が制定され,現在に至るまで振興施策を実施してきたが,農山漁村からの人口流出は止まらず,急速に高齢化が進行している。

これは従来の,交通通信体系の整備,地場産業の振興,生活環境の整備などを主体とする過疎対策が効果的でないことを示しており,新たな過疎地域の維持および振興施策が求められている1

 

2.過疎対策の概要

過疎対策の主なものには,山村振興法,過疎法,特定農山村法が挙げられる。山村振興法は産業面でのハード事業,過疎法は生活面でのハード事業を中心としているのに対して,特定農山村法は生産面でのソフト事業を柱としている[田端 保, 1999, p.15]。しかし,これまでハード・ソフトの両面で過疎対策を講じてきたが,過疎をくい止めるという目的は達成していない。

ハード事業による生活環境および生産環境の整備を実施しても過疎問題に対応できない原因は,コミュニティのあり方に問題があるからと考えられる。

また,生産面のソフト事業では,稲作の生産過剰による減反,傾斜地農業の生産効率の低さ,過重労働による耕作放棄などが原因となり,効果はあがらないと思われる。

 

2−1 山村振興法

「国土の保全,水源のかん養,自然環境の保全等に重要な役割を担っている山村」の振興目標を明らかにし,山村振興計画の作成と実施を目的として(第一条),1965年に10年の時限立法として制定された。その後10年間の延長を繰り返し,1995年に現法が施行された。

山村における各種施設の整備,農林業経営の近代化,治山・国土保全などを目標としている。

【山村振興法の目標】

道路・交通施設,通信施設などの整備

農道・林道・牧道の整備,農用地の造成,電力施設の整備

農林業経営の近代化,観光開発,農林産物の工業等の導入,特産物の生産の育成

砂防施設・保安林・地滑り防止施設・その他の国土保全施設の整備

学校・診療所・公民館の教育,厚生および文化施設の整備,生活改善,労働条件の改善

 

2−2 過疎法

1970年より10年間の時限立法を内容を修正して4回施行している。

@過疎地域対策緊急措置法 (197079年)

人口減少地域に対し,ナショナル・ミニマムの確保,産業基盤の整備により人口の過度な減少の防止を企図。過疎対策事業債(以下「過疎債」)をはじめとする財政,行政,金融,税制上の特別措置を実施。

A過疎地域振興特別措置法 (198089年)

緊急措置法の内容の継承と併せて,新たに顕在化した高齢化問題に対処するため,医療・老人福祉対策が盛り込まれた。しかし,バブル経済とともに東京一極集中が進み,過疎対策の効果は小さかった。

B過疎地域活性化特別措置法 (199099年)

高齢化がさらに進行し,地域活力の低下を問題視し,地域活性化対策を講じて住民福祉の向上,雇用の増大,地域格差の是正を目的とした。

過疎債については,これまで起債を公共施設の整備に限定してきたが,地場産業の振興育成,観光・レクリエーション事業への出資に制度が拡張された。

C過疎地域自立促進特別措置法 (200009年)

住民の福祉の向上,雇用の増大,地域格差の是正に寄与するという従来からの目的に,次の3項目が加えられた。

・豊かな自然環境と多様な地域・生活文化の継承・創出

・地域バランスの構築と新たな生活空間,自立的地域の創造

・長寿高齢社会の先駆けとしての地域づくり

 

過疎法による過疎対策は,1970年からの30年間に総額615973億円の事業費を投じ,その435%にあたる267812億円が交通通信体系の整備に充てられた。

2000年からの過疎地域自立促進特別措置法では,生活環境の整備,高齢者等の保健および福祉に事業費をシフトし,それまでの30年間で166%であった当該事業費が2000年からの5年間で251%まで引き上げられている。(図表1

 

2−3 特定農山村法

中山間地域2を対象として1993年に制定された。生産条件が不利である中山間地域では,1960年代から過疎問題が顕在化している[田端 保, 1999, p.3]。田代によれば,過疎法の対象が人口問題であるのに対して,特定農山村法は農業生産の条件不利問題を対象としている[田代洋一,1999p.186]。

 

【特定農山村法の目標】

新規作物の導入・生産方式の改善等による農業経営の改善および安定

農用地・森林の保全および農林業上の利用の確保

需要の開拓・新商品の開発,地域特産物の生産および販売

都市住民の農林業の体験,都市等との地域間交流

地域における就業機会の増大

農林業等活性化基盤施設の整備

農林地所有権移転等の促進

農林業を担うべき人材の育成および確保

 

3.中山間地域の果たす役割

中山間地域は,全耕地面積の41.8%(2001年),総農家数の43.4%(2000年),農業産出額の374%(2002年)を占めている(図表2)。

また,「中山間地域等は,総人口の約14パーセントが居住する地域であるが,国土の骨格部分に位置し,全国土の約7割の面積を占めている。質的に見ても,平野の外縁部から山間地に至るこの地域は,河川の上流域に位置し,傾斜地が多い等の立地特性から,森林の整備や農業生産活動等を通じ国土の保全,水源のかん養等の多面的機能を発揮しており,全国民の生活基盤を守る重要な役割を果たしている。」[農林水産省,2004p.1

このように,農業においても国土の保全においても重要な役割を果たしている中山間地域の人口は1,7433千人(2000年),総人口(全国)の137%に過ぎず,1995年の1,7645千人から微減となっている(図表2)。また,過疎地域自立促進特別措置法における過疎地域の人口は938万人(2000年,注釈(1)参照)であり,中山間地域内に含まれる過疎地域は多いと思われ,その維持が農業の振興と国土保全にとっても必要である。

 

4.コミュニティにおける自治の重要性

従来のハード事業を主体とする過疎対策により,道路を中心とする交通基盤,生活環境を改善するインフラなどについては,過疎地域でも一応の整備水準になったと言えるが,そのようなハード事業だけでは地域の維持は難しく,自治的な住民組織によるコミュニティの形成が重要であることは従来から指摘されている。

住民の自治による地域振興については,多くの先行研究がある。ここでは,主体的な自治的活動と自治的コミュニティに着目し,近隣自治組織(ネイバーフッド・ガバメント)を過疎地域に適用することを検討する。

住民組織の自発性,主体性が保たれた自治的活動は近隣自治とよばれ,近隣自治を実現している地域社会は自治的コミュニティとよばれる[寄本勝美,2002pp.26-27]。日本においては近隣自治という組織はまだなじみのないものであるが,イギリス,ドイツ,フランス,スウェーデン,イタリアなど海外諸国では古くから根付いている[財団法人日本都市センター,2004pp.3-8]。

日本における近隣自治機構(近隣自治の仕組み)として,寄本らは住民参加・協働型と近隣政府型の2つのタイプを提案している。過疎地域または中山間地域では,住民参加・協働型の近隣自治機構によるコミュニティの維持に可能性を見いだせる。この住民参加・協働型の近隣自治機構は,「狭域の場(ネイバーフッド・レベル)において展開される,個々の住民及び自主的に組織された住民組織」による「主体的な住民自治活動+基礎自治体の行政への参加・協働活動」を行政サイドがバックアップし,住民活動とのリンケージを図るシステムである[寄本,遠藤,名和田,間島,日本都市センター,2002pp.241-244]。人口減少と高齢化が進んでいる地域では,住民だけの力では自治活動にも限度があり,行政サイドのバックアップは必要である。

しかし,自治活動の主体はあくまでも住民であり,行政サイドが主体となっては,地域コミュニティの崩壊につながる。金枓哲は,過疎の村落社会を経済的・構造的な側面だけでなく,社会的・主体的側面からも捉え,住民組織をコミュニティ構成員間の対面的な熟知関係を基盤とする自発的に生まれた内生的住民組織と,行政等の制度によってコミュニティ外部から移植された外生的住民組織に分けた。その上で,「過疎地域の再生は,国の政策や地方行政の公共サービスが充分に施されても」,「過疎地で生きていくための『生活の原理』」を根底に持つ内政的住民組織」が主体にならなければ期待できないとしている[金枓哲,2003p.12pp.227-230]。

行政サイドのバックアップは,過疎地域のコミュニティにある「内生的住民組織」を尊重し,住民主体の自治を促すものでなくてはならない。

 

5.結論:自治による過疎地域維持のあり方

5−1 行政サイドおよび外部からの支援

前項4で述べた近隣自治については都市部における導入を想定しており,過疎地域に導入するためには,少ない人口と高齢化の進行を考慮しなければならない。過疎地域で自発的なコミュニティ活動を促すためには,行政サイドのバックアップが必要である。しかし,あくまでも地域住民が主体であり,行政が前面に出ない協働のスタイルを確立するためには,住民および行政サイド双方に啓発のための方策と準備期間が必要である。モデル事例の提示,先進事例の収集,近隣自治のための自治決定ガイドブックの作成など,地域住民のために近隣自治のあり方を具体的に示す必要がある。

また,UJIターンによる人材の導入定着,まちづくり・むらおこしと連動したボランティアおよびNPOの協力など,外部からの支援も重要である。UJIターンについては,新たな動きが見られ「過疎地域市町村においては,依然として若年層の流出及び高齢化が進みつつあるが,年齢階層別に見ると特に2564歳の世代では半数の市町村において転入超過」になっている[総務省,2004p.12]。

UJIターン者を対象とした総務省のアンケート調査によると,転入者を増やすためには「転入者に対する職業の斡旋」,長く住み続けてもらうためには「保健・医療・福祉サービス(施設)の整備」が最も施策として望まれている。」[総務省,2004p.12](図表345

行政サイドには,UJIターン者の受入れ窓口と定着のための環境整備,ボランティア・NPOと過疎地域間の橋渡しなどの役割を果たすことが求められる。

 

5−2 財政面の支援

過疎地域に対しては,農業の多面的機能3を考慮して,財政面での支援を認めるべきである。「食料・農業・農村基本計画」(農林水産省,2005)の中山間直接支払制度では,中山間地域を対象に集落協定を結んだ集落へ交付金を支給している(平成16年度予算額は168億円)。1集落協定当たりの平均交付額は,北海道1260万円,沖縄県866万円,新潟県268万円,岩手県225万円,滋賀県218万円の順となっている。金額の安い自治体は,東京都33万円,埼玉県38万,茨城県44万円,神奈川県52万円,愛知県68万円などである(2002年度実績)[小田切徳美 2004, p.166]。交付金額は1協定当たりの農用地面積,地目,傾斜度によって算出されるので,農地面積の広い北海道の金額は他に比べて抜きん出ているが,金額の安い地域ではコミュニティの維持には不十分な額である。

平成の大合併では,合併後の地方公共団体内に合併特例区および地域自治区を認め,コミュニティの活性化を図っている。合併特例区は法人格を持ち,5年間を期限として予算編成権を与えている。過疎地域の窮状を考えれば,期限を切らずに,財政支援を続けるべきである。

三位一体の改革が推進され,地方交付税,補助金の減額と地方への税源移譲が検討されているが,中山間直接支払制度,過疎債などの支援制度も含めて,総合的な見直しにより支援財源を集中し,効果的な財政支援を実現すべきである。

 

6.今後検討すべき課題

@WTO・FTA交渉の進展と過疎地域の農業振興

過疎地域の基幹産業である農業については,WTOFTA交渉の進展とともに,安価な輸入農産物との競合にさらされるであろう。これらの交渉では,国内農業保護施策が盛り込まれるであろうが,農産物の国際的な競合は避けられず,過疎地域にはマイナスの要因として働く。

A過疎地域における近隣自治の導入

国政選挙などの投票率の長期低下に見られる国民の政治的無関心は,自発的な自治を阻害する。過疎地域の人的資源の乏しいコミュニティにおいて,近隣自治を実現するためには,住民意識の変革,関連組織などのバックアップが必要である。

B新たな財政支援への抵抗

過疎地域には財政支援が必要であるが,国家財政・地方財政が逼迫し,三位一体の改革を推し進めている中で,抵抗を受けることが考えられる。

 


図表1 過疎法の事業費

(出所)総務省『平成15 年度版「過疎対策の現況」について(概要版)』2004, p.14

 

図表2 中山間地域の概要

(出所)農林水産省「中山間地域等直接支払制度の検証と課題の整理,参考1−関連データ編−」

     http://www.maff.go.jp/www/press/cont2/20040819press_5c.pdf (2005625日)

図表3 過疎地域市町村に転入(UJIターン)したきっかけ・動機(上位10項目)

(出所)総務省「過疎地域における近年の動向に関する実態調査」2004

 

図表4 転入者を増やすために望まれる施策 図表5 長く住み続けるのに必要な施策

(出所)総務省「過疎地域における近年の動向に関する実態調査」2004

 

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注 釈

(1) 国立社会保障・人口問題研究所2003年(平成15年)12月推計によれば,2030年の推計人口が2000年の国勢調査人口より増える都道府県は,東京都,神奈川県,滋賀県,沖縄県だけであり,他の道府県は減少する。人口減少を考慮すると,過疎地域の人口を増加に転じさせることは困難であり,コミュニティの維持を目的とすべきであろう。

  

  過疎地域自立促進特別措置法における過疎地域の要件は下記の通りである。
中長期的な人口減少及び,長期的な人口減少の結果としての年齢構成の偏りから過疎地域を捉えることとし,過疎地域の要件を@かつAに該当する地域とする。

   @人口要件:以下のいずれかに該当すること

1)昭和40年〜平成12年の人口減少率が30%以上

2)昭和40年〜平成12年の人口減少率が25%以上,高齢者比率(65歳以上)24%以上

3)昭和40年〜平成12年の人口減少率が25%以上,若年者比率(15歳以上30歳未満)15
以下

4)昭和50年〜平成12年の人口減少率が19%以上

 *ただし,1)2)3)の場合,昭和50年〜平成12年の25年間で10%以上人口増加している団体は除く。

A財政力要件:平成10年度〜平成12年度の3ヶ年平均の財政力指数が0.42以下かつ,公営競技収益が13億円以下であること。

 


[過疎地域の状況]

  (資料)総務省「過疎地域自立促進特別措置法の概要」
http://www.soumu.go.jp/c-gyousei/2001/kaso/kaso_gaiyo.html
 (2005625日)

 

(2) 中山間地域とは,農林統計で用いられている地域区分のうち,「中間農業地域」と「山間農業地域」を合わせた地域。

 

(3) 農業の持つ多面的機能には次のものがある。農地の貯水機能,国土の保全,水源の涵養,自然環境の保全,良好な景観の形成,農村文化の伝承等

 

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参考文献

小田切徳美「中山間直接支払制度の検証と次期対策の課題」,梶井 功編『食料・農業・農村基本計画−変更の論点と方向−』財団法人農林統計協会,2004

 

金枓哲『過疎政策と住民組織 −日韓を比較して−』古今書院, 2003

 

財団法人日本都市センター『英・独・仏における「近隣政府」と日本の近隣自治』財団法人日本都市センター,2004

 

総務省『平成15 年度版「過疎対策の現況」について(概要版)』2004

 

田代洋一「第6章 中山間地域政策の検証と課題」,田端 保編『中山間の定住条件と地域政策』日本経済評論社,1999

 

田端 保「序章 中山間地域問題をめぐる論点と本書の課題」,田端 保編『中山間の定住条件と地域政策』日本経済評論社,1999

 

農林水産省「中山間地域等総合振興方針」2004326日改正

 

保母武彦「第6章国土政策の転換と中山間地域経済」,坂本忠次・重森暁・遠藤宏一編,『分権化と地域経済』ナカニシ出版,1999

 

寄本勝美「第1部第1章 自治的コミュニティの形成」,財団法人日本都市センター編『自治的コミュニティの構築と近隣政府の選択』財団法人日本都市センター,2002

 

寄本勝美,遠藤文夫,名和田是彦,間島雅秀,日本都市センター「第2部第3章 近隣自治・近隣政府への途」,財団法人日本都市センター編『自治的コミュニティの構築と近隣政府の選択』財団法人日本都市センター,2002