20040621
45041056 戸梶 大
ドイツ、フランスとの比較における、日本の建築規制及び都市計画法制の
問題点とその解決策
1.はじめに
日本において、建築基準法は建築の最低基準を定めており、戦後復興から経済成長期にかけていわゆるキャッチアップの時代には都市における建築物の規制について一定の成果をあげてきた。しかし、社会インフラの整備も整い、国際的に経済大国になった今日、多様なニーズに対して、現在の建築基準法の役割が大きく変化してきている。
また、都市計画についても、地方分権に伴いマスタープランやまちづくり条例など地域の状況に応じた手法が用いられるようになってきた。しかし、現実的には現在の都市計画法が、日本全国において統一的な規制であるため、各自治体における都市計画権限の幅は狭く、地方独自の実効性のある規制がおこなわれていない。
さらに、ハートビル法や品確法、耐震改修促進法、景観法など、社会要求を追認する形で次々と建築に関する法令が制定されていうるが、法律的には矛盾を生じないことばかりに意識が向けられ、運用面における効率的な連携が図られていない。
そこで、海外における建築規制や都市計画法制について調査・比較をすることで、わが国の建築規制や都市計画法制の体系や運用上の問題点を明確にし、問題解決の参考としたい。
2.ドイツを中心にした海外と日本との比較
現行の建築基準法の前進である市街地建築物法(大正8年公布)は、建築線の規定や監督官庁が警視総監すなわち警察行政の一環であったことなどドイツの建築法規の組み立てに類似していた (参考:大河原春雄著/建築法規の変遷とその背景-明治から現在まで/鹿島出版会/昭和57年6月5日発行)。また、1970年に創設された地区計画制度は、ドイツのBプランを参考に研究されていることから、日本とドイツの都市法制は、多くの点で関連が見られる。
そこで、ドイツの建築法典に焦点をあて、都市計画法制の体系や具体的な建築規制の方法などの調査・検証を試みる。
また、パリという歴史的な都市を有し、また、ル・コルビジェの都市計画やデファンスなどに代表されるようにさまざまな都市に対する提案を試みてきたフランスについても調査・検証の対象とした。
2.1ドイツ
ドイツにおいて、土地利用ないし都市計画法制は国土整備計画(連邦の国土整備計画に限らず、州、広域、市町村のそれぞれのレベルにおける計画を含む)を頂点に体系化されている (田山 1991:P51)。
その最上位に位置する「連邦の国土整備計画」は、連邦国土整備法自体に、密集地域と農村地域のバランスのとれた発展、既成市街地の維持保全と発展、後進地域の改善、国境周辺地域の生活条件や経済条件の優先的強化、農村空間の維持保全、自然への配慮などの12項の基本原則を定め、国土整備の方針としてよりどころとされている。
まず、国土整備の具体的な政策として、上記の基本原則に基づき連邦と州の共同会議において連邦国土整備綱領が定められる。その主なものとして、国土整備図という基礎的資料が作成され、他の法律との調整や市町村における都市計画の参考など連邦としての統一的な政策指針が細部まで行き届くよう考慮されている。
次に、各州において上記の基本原則の枠内で「国土整備と州計画の目標」を定め、市町村等1)はこれに対する適合義務を負担する。
最終的に各市町村では、建設法典2)を根拠法とした土地利用計画(Fプラン)と地区詳細計画(Bプラン)からなる建設基本計画を定め、より具体的な規制を制定する。
土地利用計画(Fプラン)は、市町村の全域を計画対象地域として、連邦政府や州の策定した上位計画と当該地域との接点として機能し市町村自体を拘束する。地区詳細計画(Bプラン)は、市町村の再開発や新規開発の地域を指定対象としており、建築利用令3)に基づき建築物の用途、形態などを規制し、直接当該地区内の市民の権利義務を拘束する。
さらに建設法典では、内部地域4)と外部地域5)を定めており、外部地域内では原則として一切の建築行為が禁止されている。外部地域において建築行為が許されるためには、単に制度上での解除ではなく、それを許すに値する地区施設(インフラストラクチャー)の整備が終了していることを必須条件としている。この場合、地区施設の整備は市町村の責任において実施されるが、その費用負担については、原則、その土地の所有者によるに負担で整備されることになっている。
こうしたドイツの徹底した地方分権による法制度は、連邦政府と地方自治体との役割分担を明確にするとともに、統一的な国土利用計画の方針のもと、地方の状況にあった独自の規制を可能にしている。
また、FプランやBプランを含めドイツの都市計画法制は、土地の公共性、有限性に立脚した強行法的な土地利用規制である。これは、法に基づいて許容される範囲で開発や建築行為が可能となることが市民意識に根付いているからこそ成立することであり、法の運用の実効性を支えている重要な点である。
2.2フランス
フランスの都市計画法制については、1967年に導入された土地利用の方針をとしてSD(上位計画)とPOS(都市占用計画)が二つの制度から成る。
SD(上位計画)は、マスタープランであり行政に対する規範として意味をもち、都市や農地の土地利用区分や森林緑地計画、交通計画などを定めたものである。一方、POS(都市占用計画)は土地の利用形態を規制する詳細計画であり、容積率(COS)、建物の配置・高さ・外観、駐車施設、空き地、接道道路、上下水道等を定めて、市民の権利義務を拘束する。
SDとPOSともに制定権は市町村にあり、ドイツのFプランとBプランに類似しているといえるが、地方分権の成立過程には異なる背景を持っている。そもそも、フランスでは中央集権的な国家であるので、都市計画権限については、国に属するという考え方が強かった。しかし、1981年のミッテラン政権下において地方分権が進み、1983年の法により市町村へ都市計画権限が委譲されたのである。とはいえ、国には、POSの内容をコントロールする基準や市町村におけるPOS策定の間接的な誘導による土地利用規制といった強い権限が残されている。
建築規制については、1977年1月3日公布の「建築法」に基づいており、冒頭の第1条には、建築は文化の一表現であることを高らかに謳っている。わが国の建築基準法が技術的な最低限の基準を遵守させようとしているのとは、性格が異なっていることがわかる。
建築法は6章からなり、1.建築家の関与、2.建築・都市計画・環境審査会、3.建築家の専門職能業務、4.建築家の職能組織、5.都市計画法典の改正・補足、6.その他経過措置となっており、第1章第3条では、建築許可の対象となる工事については、建築計画に建築家の関与を義務化している。
建築に対する責任も明確であり、設計においてはアーキテクトとビルディングエンジニアがそれぞれ業務を分担している。さらに、1978年スピネッタ法と通称される建築責任保険法が制定され、建築家、技術事務所、施工業者、プロモーター、建築材料メーカー、輸入業者、さらには建築主まで強制的に保険に入る義務がある。 (小泉 ホームページより:1996)
行政における建築行為の具体的な手続きついては、原則、市町村単位で建築の規制を行う。各建築主事による許可の裁量の権限は非常に強く、場合によって建築許可申請の拒否もありうる。窓ひとつ交換するにも届出が必要であることからすれば、その厳しさが伺えよう。材料や建具などの建築物本体の性能については、CSTB1)により性能が保証されており証明書等で審査する。
以上、フランスにおける市町村ごとの都市計画制定権と国の統制とのバランス、保険制度における自己責任の徹底、そして強い行政権限とその実効性について述べてきたが、特に、保険制度についてはフランス独特のものであるが、わが国においても建築物の質の向上や違反建築の対策など参考にすべき方法であると思われる。
3.考察
以上、ドイツ、フランスの調査・検証から浮かび上がる日本における課題を上げてみた。
(1)都市計画法制における国と地方との役割分担の明確化
わが国において、都市計画法、建築基準法ともに全国統一の法制度をもって詳細な規制までを行っているので、地方によって弾力的な規制ができず、画一的な町が形成されてしまう結果となっている。今、まさに国と地方の権限および国土利用の整備方針を示す法と詳細を規制する法の役割分担の明確化が必要とされている。
(2)市町村における法の行使の脆弱性
(1)とも関係するが、市町村に権限が少なく、また法の実効性に対する努力を欠いてきたことは、土地に対する絶対的私的所有権を認めているわが国において、自らの土地で何をしても許されるという歪曲した自由を増長させたひとつの要因である。条例等の制定権の拡大を含め、地域のコンセンサスを得られる権力の拡大を図るべきである。
(3)法と社会との不整合
また、それぞれの法の中で目的が謳われているが、それが社会における認識と不整合が生じている。建築基準法の目的が「建築の最低基準」を示すものであるが、社会的な認識は「最高基準」であるという傾向にあり、内容的にも性能保証的な仕様規定が多く存在することも矛盾がある。このことは、平成11年の法改正により法の性能規定化が図られたが、仕様規定を本文から告示へ移行するという安易な改正を推し進めたため、いまだ効率的な運用が図られていない。
(4)法に対する市民の意識
わが国では、市民意識からすれば法は拘束であるという傾向が強く、自らの街、建築を創り出していくためのルールであるという意識が乏しい。この点について、前述のドイツ、フランスの市民意識と比較することは民主主義の歴史にまで及ぶことになり安易に優劣を結論付けることはできないが、日本においても京都に代表されような都市のルールが存在するわけであることから、今後、行政と市民の協働によるルール作りに努めることで市民意識の向上と法の実効性の確保の可能性を見出すことができるのではないかと考える。
4.まとめ
今回、海外との比較を通して抽出された問題点に対して、いくつかの方策を考えてみた。
(1)ビジョンづくり
まず、国において都市計画、建築関連法の統廃合と同時に、それらの上位に位置する都市計画のビジョンとなる基本法を策定すべきであろう。また、地方においては、地方分権(道州制も視野に入れて)による地方自治体への権限の委譲を促進し、国のビジョンに沿いながらも地域性を反映できるように規制策定の自由度を拡大していくべきである。
このように、国がビジョンを示し、地方が実行していくという役割分担が明確になれば、規制に対する市民のコンセンサスも得られやすくなり、法の実効性の向上にもつながるのではないかと考える。
(2)時代にあった法づくり
現在は、戦後、キャッチアップの時代のように法により最低基準を保証する時代ではなく、市場の商品の質は向上し、ISOなどの国際的な基準に応えていくような時代である。さらに、シックハウスなどの新たな社会問題にも対応していかなけばならないのである。
そこで、建築基準法の目標である「最低基準」を定めることを改め、(1)のようなビジョンのなかで社会資本としてのより質の高い建築づくりを目指していくような法律にしていくべきである。
そのためには、建築基準法の単体規定については、法から分離し、国の基準のような位置付けとして、フランスのCSTBのような機関による品質保証で整備していくような体制を作っていくべきではないか。
その実現には、認証機関の充実と同時に、建築士などの技術資格者の能力とモラル向上などが欠かせないであろう。
(3)自己責任の明確化
ドイツにおいても、フランスにおいても、市民が「法を遵守することが自分たちの自由を保障すること」を認識している。また、フランスの保険制度に見られる自己責任範囲の明確化は、特に印象深いものがある。
日本においても、法の改正のたびに自己責任についていわれているが、なかなか現実的には「自分の土地で」という感覚が強く、法の主旨が浸透していかない。したがって、現状の裁判所や保険制度によって法の機能をバックアップして、市民の都市や建築に対する法の遵守の意識を高めていかなければならないだろう。さらには、地方分権により地域のルール作りに住民参加を積極的に進めていくことも、行政の権力強化を含めて重要なことである
参考文献
1. 財団法人小林国際都市政策研究財団、欧米都市開発制度研究会編集
『欧米における都市開発制度の動向』1987.10.31財団法人小林国際都市政策研究財団発行
2. 田山輝明著 『ドイツの土地住宅法制』 1991.11.24 成文社
3.福島大学教育学部住宅学研究室(阿部成治教授)
1996.09.09
http://www2.educ.fukushima-u.ac.jp/~abej/
4.中村 静夫大妻女子大学教授 2003.03.12
「連邦首都ベルリンに学ぶ日本の首都機能移転のあり方」http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/daishu/online/lec51.html#top
5.フランスに関する聞き取り調査 東京理科大学専任講師 山名善之 2004.06.03
6.建築技術者教育研究所 所長/小泉重信 諸外国における建築技術者制度の現状 1996
http://www.jaeic.or.jp/kikansi6.htm
1) 市町村の領域を超えた広域地方を含む
2) 1986年に連邦建設法と都市建設促進法等を統合した法律
3) 連邦建設大臣が州の代表で構成される連邦参議院の同意を得て定められる。
4) 地区詳細計画(Bプラン)が定められた地域あるいは既成市街地(連担建築地域)
5) 内部地域以外の地域
1) CSTB: Centre Scientifique et
Technique du Batiment(French Scientific and Technical Building Institute)
1947年に設立。建築・建設業界を対象とした、リサーチ・コンサルティング・品質査定・技術知識の普及を目的とした州が保有する企業である。仏建設省の都市計画・住宅建設部により管理・監督されている。都市環境、サービス、最新情報通信技術といった分野に関して業務を提供している。