自治基本条例に関する研究 〜ニセコ町まちづくり基本条例を通して〜

 

 

公共経営研究科修士課程一年 高橋愛

 

■はじめに

 

  私の問題意識の原点はかつて参加した事があるNPOの活動を通して生まれたものである。行政とNPOが協働して地方自治を盛り上げるはずのものが、結局行政機関の下請けとなっていく姿には胸を痛めた経験がある。このような現象はおそらく全国どこでも普遍的に見られるものであろう。行政と民間が対等のパートナーシップを築くためにどうすべきか。そのための解決策として、私は自治基本条例に注目した。

  本レポートは、自治基本条例の研究にあたり、自らの基礎知識を補強し、研究の方向性に関する骨子を確認する事を目的とする。そのため、内容としては自治基本条例の意義・位置づけ・構成要素について、全国的な先進事例であるニセコ町の事例を通して概観した。

 

■自治基本条例の意義について

 

2000年の地方分権一括法の制定をうけて、地方自治体の役割が飛躍的に増大している。機関委任事務の廃止や多くの移管に伴い、地方自治体の裁量の幅が広がっているのである。このような地方分権の流れに呼応する形で、自治体基本条例と総称されるタイプの条例が次々と全国で制定されている。

地方分権改革に先立ち、分権改革の議論を行った地方分権推進委員会は「分権型社会の創造:その道筋」において、「意識改革を徹底して、第一次分権改革の成果を最大限に活用し、地方公共団体の自治能力を実証して見せてほしい」「自己決定・自己責任の覚悟を新たにして、中央地方関係の構造改革の推進に先導的に取り組んでほしい。」「国への依存心を払拭し、自己責任・自己決定の時代にふさわしい自治の道を真剣に模索してほしい。」と述べている。このような認識に基づき、多くの地方自治体では改革を実行しつつある。

日本で自治基本条例が制定可能となった要因は上述の地方分権改革にある。その中で法令の自主解釈権の明確化と国の通達が効力を失ったことの意義が大きい。なぜならば、自治体が仕事を進める上での判断基準=正統性が国とはならなくなったからである。その結果として、正統性の根拠を住民の意思表示としての、自治基本条例という形式で表現される必要性が生じているこの現象は分権改革による団体自治の拡充が住民自治の必要性を促したと捉えることが可能であろう。

 

■自治基本条例の位置づけについて

 

自治基本条例を策定する際に、その位置づけとして大きく分けて2つのポイントに整理できる。1つは、国の法律との関係、もう1つは他条例との関係について、考察を加える必要がある。なぜならば、自治基本条例は国と地方自治体の新しい関係を規定するとともに、地方自治体の最高法規として他条例に影響を与える存在だからである。

 国の法律との関係では、地方自治法の諸規定との関係を整理する必要性がある。自治体運営は条例だけによって行われるものではなく、国の法令によって制限される。その際、地方自治体が果たすべき役割は国の法律を通して一定の制限を受けるものの、住民自らが主体的に決定すべきものである。この事は地方自治法第1条2に「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」と規定されている地方自治体の本旨にかなうものである。

 地方自治法第1条の2では「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」と規定されている。国の法令は縦割りの構造を有しているため、地方自治体のレベルでは、住民から見た利便性に不合理な部分が生じることがある。そこで、地域の課題に総合的に対処するために、地方自治法においては行政を自主的かつ総合的に実施する役割が地方自治体に与えられている。つまり、地方自治体の運営の基本原則となるべき、自治基本条例もこの点を踏まえ、自治性・総合性を意識した内容とする事に留意しなくてはならない。また、地方自治法第2条の4「市町村は、その事務を処理するに当たっては、議会の議決を経てその地域における総合的かつ計画的な行政の運営を図るための基本構想を定め、これに即して行なうようにしなければならない。」という規定も同時に考慮する必要がある。ここでは、自治基本条例と基本構想の性格の相違についても整理する。なぜなら、行政計画の上位規定である基本構想と当該自治体の運営原則である自治基本条例のカバーしている範囲に違いがあるからである。基本構想が総合的かつ計画的な「行政」の運営を意図しているものでしかなく、自治基本条例はより幅広い地方自治体のあり方、つまり、議会、行政機関、住民の3者のあり方を規定し、目指すべき自治体の姿を体現したものである。この事は第2の論点である他条例のあり方とも密接に関係するポイントである。

 さて、他条例との関係であるが、それは自治基本条例の最高規範性の問題に関するものである。憲法にも似た最高規範性を自治基本条例が持ち、地方議会が条例を制定すること、または行政機関が規則等を作る際にどの程度まで自治基本条例を前提として考慮すべきかという点である。現行の自治基本条例では、自治基本条例を遵守する旨の規定が置かれる事が多い。現在はこれらの遵守規定がどの程度の実効性を持ちうるのかについて検討の対象とすべきである。また、そもそもこのような最高規範性を与える内容の条例を通常の条例と同じ方法で制定するのかという疑問も生じる。この観点を考慮する場合、立法権と憲法制定権の違い、その制定方法の差異についても留意を払う必要性があるだろう。どうようにして自治基本条例の最高規範性を担保するのか、その方法が問われている。

 

■自治基本条例の構成要素について−ニセコ町まちづくり基本条例―

 

自治基本条例には決まった形式が定まっておらず、むしろ各地方自治体の必要性に応じて住民自らが策定に参加し、アイディアを出し合う事で、真に意義あるものとして完成する。しかし、先行事例の研究を通す事で、自分達の作ろうとしている自治基本条例の姿を客観的に認識することもできるはずだ。そこで、今回は全国に先駆けて自治基本条例を制定した北海道ニセコ町まちづくり基本条例の構造について整理してみたい。

 ニセコ町まちづくり基本条例は、全部で57条を有する体系的な自治基本条例である。その構成は大きく分けて3つに分ける事ができ、具体的には、理念、原則条項、制度条項に分類する事ができる。そこで、ここでは3つの分類の中身についてもう少し掘り下げてみていきたい。

 第一の自治体運営の理念は、前文及び第1条によって構成されている。条例全体から見ればごくわずかな部分ではあるが、非常に簡潔に条例の本旨が述べられている。前文ではニセコの土地に関する思い、自治・情報共有の大切さ、などが述べられている。この部分は日本国憲法における前文のような箇所であり、なぜ自治基本条例が制定されたのか、その理念が理解できる重要な部分である。また第1条には、まちづくりの基本的な事項を本条例が定めるとともに、町民の権利と責任について定めた旨が記載されている。まちづくりが行政の一方的なものではなく、町民の権利と責任が求められることで町民参加を促す形になっている。

 このような理念に支えられて本条例は徐々に具体化されていく。2つ目の部分は原則条項である。ここではここの具体的な仕組みに入る前に、理念をもう少し具体化した原則を掲げることでその基本的な考え方が示されている。第2章2条〜5条には、まちづくりに関する原則の総則として、情報共有の原則、情報への権利、説明責任、参加原則が表明されており、36条〜9条の情報共有の推進と410条〜13条のまちづくりへの参加の推進によって総則の内容が補完される関係が成り立っている。3章では、意思決定の明確化、情報共有のための制度、情報収集及び管理、個人情報の保護などが明文化されている。また、第4章では、まちづくりに参加する権利、満20歳未満の町民のまちづくりに参加する権利、まちづくりに関する町民の責務、まちづくりに参加する権利の拡充などが述べられている。

 

これらの原則条項をより詳細に具現化するために制度条項と呼ばれる条例の詳細項目が策定されている。第5章ではコミュニティ、第6章では議会の役割と責務、第7章まちの役割と責務、第8章まちづくりの協働過程、第9章財政、第10章評価、第11章町民投票制度、第12章連携、第13章条例制定等の手続き、第14章まちづくり基本条例等の位置づけ、第15条この条例の検討及び見直し、といった幅広い内容が制度条項には含まれている。私見では、これらの試みは透明性を高めることに最大の意義があるように思われる。従来何となく共有されてきた概念をあえて形式化することによって全ての人に分かりやすく共有できる下地を作ったことは特筆に価する。また、全体的に町民をいかにまちづくりに参加させていくのか、そしてそのために必要な情報をどのようにして提供するのか、という基本条項で表明された2つの考え方を実現する事が意識されている。とくに、町民、議会、行政の3者の役割をしっかりと規定し、自治体運営を多様なステークホルダーの観点からまとめあげた本条例は他自治体でも大いに参考になるように思われる。

ニセコ町の先進性が現れているポイントは、これらの条例の内容もさることながら、条例内容の具体化にまで着手している点である。理念をお題目で終わらさず、実際に実現化していることが重要である。コミュニティについてはコミュニティ支援、議会については説明員との討議、会期外活動、政策会議、まちの役割と責務については特別職就任時宣誓、まちづくり専門スタッフによる政策法務、意見・要望・苦情等対応、第三者機関設置、委員公募、行政手続、まちづくり協働過程については、計画参加手続き、進行状況公表、財政については予算編成の透明性、財政状況の公表、財産管理計画、評価は行政評価(政策・人事)、町民参加による評価、町民投票制度に関する項目は町民投票制度としての具現化、連携についてはニセコファンとの連携、条例制定手続きはについては条例制定等における参加、産気結果の議会報告、まちづくり基本条例の位置づけについては他各種基本条例の制定での明確化、条例の見直しについては4年に1度の見直しなど、非常に多岐にわたる実践が実施されている。

なお、現状の条例に含まれている内容の全ては条例制定当初から含まれているものではなく、議会の役割と責務、政策法務の推進、危機管理体制の確立、法令遵守、総合計画進行状況の公表、評価における町民参加の項目は条例改正によって追加された項目である。これらの項目が改正時になぜ必要になったのか、そのあたりも追って調査していきたい。

 

■今後の研究の方向性について

 

 今回は自治基本条例の必要性及び位置づけ、雛形としてのニセコ町まちづくり基本条例についての概観を行った。今後の研究は、全国の動向をマクロ的に検証する事、ニセコ町を題材にしてミクロ的に制度の運用面での課題を抽出することを試みるものとする。

マクロ面での課題としては、自治基本条例の全国における策定状況についてより詳細に情報収集・分析し、自治基本条例の構成要素比較を実施する事で、現在の自治基本条例のデファクトスタンダードについての考察を進めるものとする。どのような諸条件が揃えば、特定の構成要素が含まれることになるのか、また何故その構成要素が含まれることが望ましいのか、もう少し研究内容を煮詰めていきたい。

また、それと同時に、ミクロ面での課題としてはより具体的な運用状況について理解を深めるために、今回整理を試みたニセコ町の自治基本条例について運用面からの考察も同時に加えたいと思う。ニセコ町では自治基本条例は既に一度改正されており、そのあたりの経緯や条例制定時の経緯など、積極的なイニシアティブが生まれる根幹部分にどのような要素が必要なのかについて分析を継続的に試みる。

 

 

 

<参考文献>

北村喜宣「分権改革と条例」2004、弘文堂

磯崎初仁「自治体改革4 政策法務の新展開」2004、ぎょうせい

磯崎初仁「自治体改革4 政策法務の新展開」2004、ぎょうせい