公共経営研究科 鈴木貴裕
住民主体の“まちづくり”の実現に向けて 〜地方分権の視点から〜
住民が主体となって作り上げた「まちづくり計画」を実現していくにあたっては、特に「計画」がインフラ整備の内容を含む場合、地方自治体も積極的に関与していくことが必要となってくる。
今クールでは、まず地方自治体の事務と財政の現状を把握し、さらに、住民主体の“まちづくり”を推進していくにあたって地方自治体に求められる事務や財政のあり方について、特に地方分権の観点から考察していきたい。
1 地方自治体の事務
平成11年に「地方自治法」が改正されるまでは、地方自治体が実施している事務の多くが「機関委任事務」で占められており、その事務量は、都道府県では7〜8割、市町村で4割にものぼっていた。この事務は、地方自治体の執行機関が、国から実施を委任され、国の仕事を実施するものであり、言い換えれば、地方自治体を国の下部組織として利用するための仕組みであったということが出来る。
その後、平成11年の「地方自治法」改正に伴い、国の事務と地方自治体の事務について整理がなされ、国が直接行う事務以外の多くの事務が、地方自治体に移譲され「自治事務」となった。また、それとは別に、地方自治体に実施させるが、国としてもその執行に関心を持たざるを得ない事務については、「法定受託事務」という新しい形態に切り替えられた。この事務は、地方自治体の執行機関に対してではなく、地方自治体そのものに実施を委任するものである。
この「法定受託事務」については、原田尚彦氏(東京大学名誉教授)も述べているように「国が本来果たすべき役割に係る事務であるとしても、その大部分は同時に地域の利害にもかかわりの深い事務であり、地方公共団体が自治権にもとづいて処理すべき事務としての性質をあわせ有していることは疑いない。したがって、法定受託事務もその大部分は自治事務と同じく、おおむね二条二項にいう「地域における事務」に含まれる」(原田尚彦2003 p68)と考える必要がある。
1.1 法令の自主解釈権
地方自治体が事務を行う際、特に権力の行使を伴う場合には、授権法にその根拠を求め、かつ公正な手続きを踏むことが必要となってくるのは当然であるが、その過程においては、しばしば法解釈上の疑問にぶつかる。その際、これまでは、所管の中央省庁から出される通達や行政実例などを参考にして疑問を解消することがほとんどだった。さらに、通達などがない場合には、わざわざ所管庁に照会して、国のお墨付きを得て事務の執行にあたってきた。つまり、法令の解釈は、その立案者である所管庁の見解が客観的に正しいと考え、国の法解釈をほとんど無批判に受け入れてきたわけである。
しかしながら、法令の解釈は、条文の国語的解釈ではなく、具体的な事例に即した実践的な価値判断を伴うものであり、すぐれて創造的な作用というべきものである。そのため、本来その解釈権は、法の立案者に属するのではなく、法の執行者に属する権限とみなければならない。
なお、地方自治体の事務の執行に対する国の関与として、国は非権力的な関与(助言、勧告)が出来るほか、特に法律に定められている場合に限っては、必要最小限の権力的な関与(是正要求、同意、許可・認可・承認、指示、代執行)も許されている。それに対し、地方公共団体には、その権力的関与に対して不服があるときは、国地方係争処理委員会に審査を申し出る機会が設けられている。また、その措置に不服がある場合には、国を被告として地方公共団体の区域を管轄する高等裁判所に訴訟を起こし、自己の法解釈の正当性を主張し、国の法解釈の矯正を求める機会も認められている。裁判所は、この国と地方公共団体の間の紛争について、双方の主張を同等の価値を持つものとして扱い、自らの判断で、そのいずれかが正当かを判断する必要がある。現行法は国の法解釈に絶対的権威を認めているわけではないのである。
1.2「条例」の制定権
地方自治体は、法令に基づいて事務を行っているが、それだけでは地域の課題を解決するのに不十分であると考える場合には、憲法第94条により付与された自治立法権を行使し、新たに「条例」を制定し、これに基づいて独自の施策を展開することが出来る。
ただし、「条例」は、当然国の法秩序の中に位置づけられるものであることから、@その地方自治体が処理すべき地方的利害にかかわる事務を規律の対象とし、かつ、A法令の規定に抵触しない内容を定めるものでなければならないという、二つの限界を持っている。
@に関連し、「条例」で財産権の行使を規制することが出来るかについて、かつての通説では、その制約は法律によるべきで、地方自治体が「条例」によって独自の規制をすることは出来ないとされてきた。
しかし、地方自治体が住民の安全や健康を保護し快適な“まちづくり”の任務を果たしていくには、財産権の行使にかかわる行為であっても、最小限これを規制することができるという見解が漸次有力となってきている。最高裁も、いわゆる「ため池条例判決」(昭和38年6月)において、災害防止の必要がある場合には「条例」で財産権の行使を制限することが出来るとした。原田尚彦氏も「地方自治権にもとづいて快適な町づくりを進めるには、地域の環境保全やアメニティの向上確保といった積極目的を実現することも必要である。条例によるこうした積極規制をも肯認するのが、最近の学説や実務界の趨勢であるとみてよいであろう。」(原田尚彦2003 p173)としている。
Aに関して、法令で全く規制が設けられていない分野において「条例」を制定出来るということについては、異論がないところであるが、問題は、法律が一定限度の規制を定めている分野において、同一目的でさらに厳しい規制を加えることが出来るかということである。かつての通説では、法律が規制を定めている場合には、それが当該領域での必要かつ充分な規制措置とみるべきで、法律が国民の自由に委ねようとしている事項を規制するものとなることから、法律と消極的に抵触するとされてきた。
しかし、公害問題が深刻化するなか、昭和44年に東京都が“上乗せ”“横だし”規制を含む「公害防止条例」を制定したのを皮切りに、法律の規制を上回る厳しい規制を盛った「条例」が、各地で制定されるようになった。そして、最高裁も、「条例」で“上乗せ”“横だし”規制を定めることについて、法律が全国一律の均一的な規制を目指していると解される場合には許されないが、逆に法律が全国どの地域でも実施すべき最小限の規制を定めているに過ぎないと認められるときは、法律の趣旨いかんにかかわらず、「条例」で独自の規制を付加することが出来るとした。この説は、一般に「固有の自治事務」論と言われるものである。
1.3 まとめ
地域に固有の課題に最初に接し、真っ先にその対応を迫られる地方自治体には、自らの創意と工夫によってその解決を図っていくことが要求される。また、国がその専門性からどうしても縦割りの弊害を払拭し切れないなかにあって、住民の求めに応じた総合的な施策をとることが出来るのも地方自治体である。
そのため、地方自治体は、法解釈上の疑問に遭遇した場合には、自らの判断で自信をもって法令を解釈し、また、必要とあれば独自の「条例」を制定するなどして、時代の要請に応じて必要とされる事務に、果敢に挑戦していくことが求められる。事務の領域は静態的普遍的に固定されているわけではなく、動態的な実践活動を通じて変化するものであり、その活動を通じて地方自治も確立されていくのである。
2 地方自治体の財政
地方自治体の歳入は、主として、一般財源としての地方税や地方交付税と、特定財源としての国庫補助金および地方債により成り立っているが、平均的な歳入構成をみると、一般財源は、使用料等の雑収入を加えても全体の7割程度に過ぎず、残りの3割が特定財源に依存している。本来、地方自治体が創造的で活発な施策を実施していくには、一般財源が豊かである必要がある。
2.1 国庫補助金
特定財源の一つである国庫補助金には、負担金や委託金もあるが、ここでは、一般に補助金という場合に指す、奨励的補助金について述べたい。これは、特定の事業を実施する地方自治体に対し、国が経費の一部を支給するものである。その狙いは、国策として特定の事業を推進しようとする場合に、地方自治体の事業採択に誘因を与えることにあり、これによって、国が国全体の見地から必要とする地域的事業を推進するうえで有効に機能してきた。
しかし、一方で、国がその操作を通じて地方自治体の自主性を阻害し、地方公共団体を支配する道具として利用されることも少なくなかった。現在のような厳しい財政状況のもとで何か事業をしようとする場合には、少しでも国からの補助が得られる事業を選択する方が得策なので、地域の求めに合った事業よりも国の補助メニューのある事業が優先的に実施される傾向が生まれやすかった。結果として、住民に身近な生活に関する施策よりも産業基盤の整備やハコモノ作りが優先されたわけである。
また、地方自治体が事業費の一部について補助を受けようとする場合には、残りの経費は一般財源で負担しなければならない。そのため、なけなしの財源が補助事業に優先的に充当され、本来実施すべき事業に振り向けられる財源を圧迫する結果も招ている。
2.2 地方債
特定財源のもう一つの柱である地方債については、平成11年に「地方自治法」が改正されるまでは、地方自治体に起債の自由を認めず、起債をする場合には、自治大臣の許可を受けなければならないとされてきた。その発行が許可制とされた理由は、手放しで起債の自由を認めると各自治体がやたらと借金に走って財政破綻を招くことが懸念されたからである。
また、改正後も、起債発行が全面的に自由になったわけではない。地方債の発行にあたっては、起債の方法、利率、ならびに償還の方法などについて総務大臣と協議し、同意が得られたとき、はじめて発行が許されることになった。今後協議制に移行すると、地方自治体が発行条件を独自に決める余地が広がるが、国の保護者的関与の持続は、地方自治の確立には、そぐわないものと言える。
2.3 地方税
地方税とは、地方自治体がその財源にあてるため課税自主権に基づいて住民に賦課する租税であり、本来自立して地方行政を運営していくには、この財源の充実を図る必要がある。しかしながら、税目、課税客体、課税標準、税率など賦課徴収についての具体的定めは、「地方税法」によって細かく制約されている。また、他の地方自治体に住む住民との負担の均衡も考慮する必要があり、狭く限定されている状況にある。
また、地方自治体は、「地方税法」の定める税目のほかに、総務大臣と協議しその同意を得て、別に税目を起こし、税金を課することも出来る(法定外目的税、法定外普通税)。現在のところ、「産業廃棄物税」や「核燃料税」などほか、「歴史と文化の環境税」といった独自の税を導入している自治体が見受けられる。
2.4 地方交付税
地方行政を行うにあたっては、多くの分野において全国一律な行政水準を提供することが要求される。だが、地方自治体の置かれる社会的経済的状況は地域によって様々であり、その財政力には著しい格差がある。そのため、税収のみでは、必要とされる行政水準を維持することができない自治体が少なくない。地方交付税は、こうした財政力の不均衡を調整し、各自治体が必要な行政水準を等しく維持できるようにするための制度である。形式上は国税として国が徴収するが、これらは、国が財政力の弱い地方自治体に代わって徴収していると考えることが出来るわけである。
2.5 まとめ
現在、三位一体の改革が大きな論争となっているが、その目的は、地方自治の確立にあるということを忘れてはならない。そのための基本的な方向は、他に依存する財源を縮小し、自ら確保できる財源の充実を図ることにあると言っても過言ではない。
特に地方自治体の歳入のなかでも大きな比重を占め、弊害も多い国庫補助金は、その多くについて削減・廃止し、地方自治体の自主財源として拡充されることが求められる。また、地方債の発行も、元来自治体が自主的判断で行うべきものであると考える。
一方、地方税については、地方自治体が自主的に定めることの出来る税率等の範囲を広げていくほか、税の公平性に配慮しつつ独自に工夫を凝らし、地域にふさわしい財源を開拓していく必要があるだろう。また、地方に財源を移譲することによって地方自治体間の財政力の格差が拡大せざるを得ないなかにあっては、地方交付税のもつ財源調整機能は、拡充する方向で改善を図っていく必要があると考える。
もちろん、地方自治体も歳出削減などのスリム化の積極的に取り組んでいくことが必要であるが、財政の健全化については、地方自治体自身の厳しい自己規律と、地域住民の監視とによって保持されていくのが本筋である。
3 おわりに
住民主体の“まちづくり”を実現していくにあたっては、住民自治の能力の向上が不可欠だが、同時に、住民が作り上げたその「計画」を実現するためには、地方自治体の自治能力を向上させることも欠かせない。地方において解決すべき課題については、地方自治体の責任においてその解決を図ることが出来る必要がある。そのために求められるのは、地方自治体自身が、国に頼ることなく政策を立案し、その政策を実行していくための財源も、自らが確保できるようにすることである。
地域のことは地域住民が、地方のことは地方自治体が自ら意思決定することが出来る。そうした自立を実現することによってはじめて、本当の意味での住民主体の“まちづくり”が可能となるのではないだろうか。
【参考資料】
原田尚彦(2003)『新版 地方自治の法としくみ』学陽書房
小林重敬 他(2002)『条例による総合的まちづくり』学芸出版社
高木健二(2004)『三位一体改革の核心』公人社