早稲田大学大学院 公共経営研究科 鈴木貴裕

 

 

身近な“まちづくり”における「住民主体の取組み」の必要性

 

 

土地、住宅、あるいは都市に関する法律は、約二百にものぼるが、今クールでは、その中心的な法律である「都市計画法」のうち、特に「地区計画」制度の内容を概観し、その上で、身近な“まちづくり”(以下、地区レベルの都市整備については“まちづくり”と称したい)においては、「住民主体の取組み」が不可欠となることを述べていきたい。

 

1 身近な“まちづくり”のための法制度

 

.1 都市計画の二つの側面

 

都市計画には、二つの側面があると言われている。一つが、長期にわたって、都市の骨格となる基盤(道路や公園等)の整備を進めていくための、「公共施設計画」としての側面であり、もう一つは、ある一定の地区ごとに土地利用の規制(用途地区指定によるゾーニング)を行う、「土地利用計画」としての側面である。都市が、多くの人々が集中して生活する公共空間としての性質を有していることを考えれば、これら両方の側面なくしては、快適な都市生活が成立し得ないことは明らかである。

西村幸夫氏(東京大学大学院教授)は、欧米先進諸国、アジア発展途上国、そして日本の都市計画が、そのいずれの側面を重視しているかについて、次のような比較をしている。

「欧米先進諸国では、都市インフラはすでにほとんど完備しており、より詳細な地区のコントロールと環境の維持・改善、ならびにコミュニティの再生などの社会開発が主要な計画課題である。一方、アジアの開発途上国では、詳細な地区計画を担保するだけの規制力を都市計画制度自体が保有しておらず、都市計画とは都市施設整備のためのプロジェクト推進施策の集合体であるという様相を呈している。」(蓑原敬編2000 p195

「一方では、先進国並みの詳細な開発規制を目指しつつ、もう一方では後発のアジアの都市として、都市空間自体の「近代化」にも邁進しなければならないというのが、現代日本都市の引き裂かれた現状なのである。」(蓑原敬編2000 p196

このように、日本の都市計画では、「公共施設計画」「土地利用計画」の両側面を、共に追い求めながら、都市の整備が行われてきたわけである。

 

.2 「都市計画法」の変遷

 

わが国の都市計画は、大正8年に「都市計画法」が制定されたことに始まるが、この法律は中央統制色の強い性格を有しており、それ以降「道路、河川は本なり。水道、家屋は末なり。」として、国益や産業振興に重点を置いた国土建設が進められてきた。当然、「公共施設計画」と「土地利用計画」の二つの側面を持つわけだが、それらいずれの側面においても、その後しばらく、住民の意思とは関係なく、国の主導のもとで、全国一律のルールに基づいて都市整備が進められてきたという実態がある。そのことによって、全国くまなく都市機能が向上したことは間違いない。しかしながら、現実に整備された都市施設や土地利用規制の内容と、住民が求めているものとの間に、齟齬が生じているとの懸念も生じた。

併せて、昭和40年代までの高度経済成長過程における産業化、人口・中枢機能の都市集中、モータリゼーションの急速な進展は、地域社会構造・産業構造の激変をもたらすこととなった。そのような背景において、昭和43年には、大規模な法改正がなされている。

その主な特徴としては、都市計画決定権が、建設大臣から都道府県知事・市町村長へ移譲されたことや、都市計画案の作成・決定過程に「住民参画」の手続きが導入されたことなど挙げられる。そこには地方分権の兆しが見られるものの、なお充分といえるものではなかった。

その後、昭和55年には、「地区計画」制度が創設され、地区レベルの計画にも住民の意向をより反映できるようになったほか、平成4年には、市町村による都市計画「基本方針」の策定が法定化され、身近な“まちづくり”のための計画を、住民が主体となって策定する条件がさらに整った。

また、平成12年には、地方分権の流れのなかで、市町村の「都市計画審議会」が法定化されたほか、市町村が決定できる都市計画項目が拡大されるなど、身近な“まちづくり”を、住民が主体となって取り組むための制度の充実が図られつつある。

このように、「都市計画法」の変遷を振り返ってみると、地方分権・地域分権の大きな流れのなかにおいて、計画の策定段階における「住民参画」機会の拡充が図られてきたという側面があることに気が付く。

 

.3 「地区計画」制度の内容

 

「公共施設」の整備がほぼその目的を達成しつつある今日、多くの住民はその整備の必要性を認めながらも、関心の重点を、豊かな地域生活を送るための身近な“まちづくり”に移しつつあると考えられるが、そのような要望に応える制度として用意された最も代表的な制度が、「地区計画」制度といえる。

「都市計画法」が、点(公園等)と線(道路等)による都市基盤の整備という「公共施設計画」としての側面と、面(用途地区指定によるゾーニング)による「土地利用計画」としての側面があることはすでに述べたが、これまでは、いずれも、まち全体を大きな視点から捉えてきた。一方で、「建築基準法」は、個別の敷地ごとの建築物について数値(建蔽率や容積率)によって規制することによって、まちを小さな視点から捉える役割を果たしてきた。そのようななかにあって、「地区計画」制度は、その中間に位置し、地区レベルにおいて、地域のもつ個性・資源を活かした身近な“まちづくり”を進めるための手法として整備されたわけである。それでは、「地区計画」制度の内容について見ていきたい。

この「地区計画」は、市町村が定める都市計画であるが、「住民参画」の観点から見ていくと、他の都市計画と同様、「(必要に応じた)公聴会の開催」(法第16条第1項)、「都市計画案の縦覧」(法第17条第1項)、「意見書の提出」(法第17条第2項)といった機会が設けられている。そして、さらに、地区という比較的小さい区域を扱うものであることから、その地域に生活する住民の意向をより反映させるための制度が、追加的に設けられている。

具体的には、法第16条第2項に「都市計画に定める地区計画等の案は、意見の提出方法その他の政令で定める事項について条例で定めるところにより、その案に係る区域内の土地の所有者その他政令で定める利害関係を有する者の意見を求めて作成するものとする。」(意見の提出)とあるほか、法第16条第3項には「市町村は、前項の条例において、住民又は利害関係人から地区計画等に関する都市計画の決定若しくは変更又は地区計画等の内容となるべき事項を申し出る方法を定めることが出来る。」(申し出制度)とある。

特に、「申し出制度」については、平成12年の法改正によって設けられた制度であるが、このように、地区レベルの都市計画である「地区計画」について、住民が主体となって計画の案が提出できる機会が設けられたということは非常に重要である。

なお、平成14年には、「地区計画」以外の都市計画の提案についても、住民の2/3の同意があれば可能となったが、「地区計画」については、住民のどの程度の合意があれば提案ができるかについては、各自治体でまちまちとなっている。

制度の目的については、法第12条の5に「建築物の建築形態、公共施設その他の施設の配置等からみて、一体としてそれぞれの区域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備し、開発し、及び保全するための計画」とあるとおりで、「地区計画」には、その種類、名称、位置、区域、面積のほか、計画の目標、その他区域の整備、開発及び保全に関する方針や地区整備計画を定めことになる。

なお、この制度は、届出・勧告制をとっており、届出に係る行為が「地区計画」に適合しないと認めるときは、設計の変更その他必要な措置をとることを勧告できることになる。さらに強制力を強化するためには、「地区計画」で定められている建築物に関する事項のうち特に重要なものについて、「建築基準法」に基づく「条例」で定めることが必要となってくる。

また、「条例」による制限は、建築確認の際に建築基準の一つとして追加されるわけであるが、それは数値化できるような明確な基準のみであり、形態意匠や色彩等については条例化することができないという課題もある。

 

2 「住民主体の取組み」の必要性

 

地区レベルにおける、身近な“まちづくり”に取り組むための制度として、「地区計画」制度の内容を見てきたが、制度上は、住民が主体となって計画を作っていくための仕組みが用意されていることが把握できた。だが、その制度を十分に活用していくには、地域に住む住民の主体的な取組みが不可欠となってくる。その理由について見ていきたい。

 

.1 地域に根ざすテーマ

 

身近な地域において“まちづくり”を進めるにあたっては、それぞれの地域が持つ風土、文化、歴史、あるいは地形等は、非常に大きな要素となってくる。そしてまた、取り組むべき地域の課題も、それぞれの地域によって当然異なってくる。そのようななかにあって、地域に根ざした“まちづくり”を進めるためには、地域の住民が、その活動に主体的に取り組んでいく必要があることは当然である。地域の特徴や存在する課題を知っているのは、そこに生活する住民であり、その“まちづくり”の責任も、そこに長く住み続ける住民自らが負うべきものだからである。

これまでは、全国統一的なルールによる都市計画のもとで、日本各地で同じような都市整備が行われてきた。その結果形成されたまちは、決して地域の個性が溢れるものとはなっていない。今後、地域性の豊かな、独自の“まちづくり”を進めるにあたっては、地域に住む住民が主体的に取り組んでいく必要がある。そうして始めて、自分たちのまちに対する愛着も湧き、豊かな地域生活も送れるはずである。

 

.2 住民間の利害調整の必要

 

住民に身近な“まちづくり”を進めるにあたっては、道路等の整備という「公共施設計画」の存在も重要だが、それ以上に、「この地域は、これからも現在の土地利用を維持していこう」「今後はこの様な土地利用に誘導していこう」という「土地利用計画」の存在が、非常に重要となってくる。

例えば、一戸建ての住宅地が連坦している良好な環境の住宅地で、高層のマンション・工場・風俗施設などが建設されることがないよう、低層の住居地域としての利用規制をかけるといったケースや、あるいは、温泉地で、個性豊かな温泉街らしい景観を創っていくことで観光による地域振興を図るため、住宅の高さ・屋根の形状・壁の材質や色彩を統一するといった利用規制をかけるケースも考えられる。

このような「土地利用」の規制を行うにあたっては、そこに土地を有し、あるいは利用する地域の住民間の利害調整が不可欠となってくる。つまり、「公共施設計画」による道路等の整備が、まち全体の利益のために個人に用地の提供を強制するなど、直接的に個人の権利を脅かす性格を持っているのとは異なり、「土地利用計画」は、そこに住む人々の利害関係の調整のために存在するわけである。

このように、身近な“まちづくり”を進めるにあたっては、そこに住む人々の、土地利用に関する利害関係の調整が中心的な課題となることを考えれば、基本的には地域に住む住民の意思こそが尊重されるべきなのである。

 

.3 ルールの実効性

 

地域において、自分たちが描くまちの将来像を実現するためには、「私たちの地域は、こういうまちにしていこう」というビジョンが、そこに住む人々の共通の認識として共有されている必要がある。そして、さらに、住民各々がそのためのルールを守っていく必要がある。

ルールの実効性を考えると、そのルールは、当然、住民自らが自主的に決めたものであることが理想的である。もし自分たちで定めたものであれば、やむを得ないと納得し、従うこともできるだろう。確かに、外部からの脅威に対抗するためには、法律の裏づけによる強制力が必要となることもあるだろうが、地域内で守っていくうえでは、法的な拘束力がない“紳士協定”でも、その実効性は確保できるわけである。

もちろん、「地区計画」制度の内容で見たとおり、市町村は、行政主導で「地区計画」の案を策定し、地域住民の意見を聞くことを通して、都市計画決定することも出来る。しかし、その内容が、建築の自由を含む私権の制限に踏み込まざるを得ない内容を伴うものであることを考えれば、一方的にその制度を適用することには、行政としても二の足を踏まざるを得ないだろう。そしてまた、住民としても、そのことを望まないだろう。

そのことを考えると、「地区計画」制度を採用する際には、行政が主導して案を作成し決定するのではなく、住民が地域の合意としてのルールを提案し、それを、行政が公的に認める形が取られることが理想的といえる。

 

3 まとめ

 

 これまで見てきたように、住民自らが身近な“まちづくり”に取り組むにあたって、「地区計画」制度は、非常に重要な制度といえる。そのための仕組みも用意されている。

 しかしながら、それはあくまでも制度として用意されているに過ぎず、それを有効に活用していくには、住民がその取組みに主体的に参画していくことが欠かせない。なぜなら、身近な“まちづくり”は、地域の風土、文化、歴史等に根ざしたテーマを扱い、その活動の過程では、そこに住む個々人の利害調整が必要となってくるほか、住民が求める将来像を実現するためには、住民一人ひとりが共通の認識を持ち、その認識のもとで、息の長い活動していくことが重要となってくるからである。

 

【参考資料】

  蓑原敬 (2000)『都市計画の挑戦』学芸出版社

小林重敬 (2002)『条例による総合的まちづくり』学芸出版社

  五十嵐敬喜、小川明雄(1993)『都市計画 利権の構図を超えて』岩波新書

近藤正、長島靖編(2004)都市・建築・不動産企画開発マニュアル2004-05』エクスナレッジ