鈴木貴裕

「まちづくり計画」作成に住民参画の仕組みを取り入れている「条例」の現状と課題

 

T.はじめに

 全国的な傾向ではあるが,茨城県の県庁所在地である水戸市においても,中心市街地の空洞化が進んでいる。モータリゼーションの進展に伴い,市街地郊外のパイパス通り沿いに大規模な駐車場を配置した店舗が建設され,それらに客足の多くを奪われている。この傾向は,近年さらに強まっており,現在も,郊外の大規模商業施設の出店計画に対する反対運動が,主に中心市街地商店街を中心に展開されているという状況にある。もちろん,中心市街地において何の方策も講じられていない訳ではない。商工会議所でも,「中心市街地活性化法」に基づくTMOの認定を受け,積極的に活動に取り組んでいる。しかしながら,抜本的な解決には至っていない。

 多くの人々が集う魅力的な中心市街地を形成する方策はいかなるものか。その方策は広範に渡ると考えられるが,その方策の一つとして,歩きながらショッピングを楽しみたくなるような,ハード面での街並みづくりというのがあると思う。その街「独自」の,そして「美しい」街並みを形成するということである。その街「独自」の特徴のある街並みづくりを進めるには,その地域の独自性を生かす仕組みが必要となってくる。また「美しい」街並みの形成には,ある一定の「ルール(「まちづくり計画」)」のもと,そこに存在する家々が,その形態・意匠等をある程度統一していくことも必要となってくる。場合によっては,個人の建築の自由を制限することも生じてくる。そのためには,そこに住む住民の合意のもと,その「ルール」を住民自身が作り上げていくことが必要となってくる。

 今クールでは,地区レベルの「まちづくり計画」の作成に際し,住民参画の仕組みを取り入れている条例の現状及び課題を把握していきたい。

 

U.現状認識

 日本の都市計画制度は,長い間,都市レベルの大まかな用途指定や都市施設配置を定めるにとどまっていたが,昭和55年に設けられた「地区計画」制度によって,地区レベルのきめ細かなまちづくりを進めることが可能となり,「地区計画」の策定手続きを規定する「委任条例(法律に基づく条例)」の制定が各自治体に求められるようになった。これを受けて制定された条例のなかで,特に世田谷区と神戸市の条例は,「委任条例」の範疇を超え,住民参画による独自のまちづくりを推進するための内容を規定したものとなっている(「自主条例」)。その後,これらの条例が端緒となって,住民参画の仕組みを条例として規定する地方自治体が,全国的に増えていった。

 ここでは,まちづくりに住民参画の仕組みを取り入れている条例のうち,豊中市(住民の自主的な地区まちづくりを行政が支援するタイプ)と,世田谷区(どちらかと言えば,区の主導で行われるという仕組みを採っているタイプ)のケースを取り上げたい。

1.「豊中市まちづくり条例」

 当条例は,平成4年に制定されているが,豊中市は,昭和40年代から,庄内地区において住民参加によるまちづくりを進めてきた都市として知られており,その経験が条例に生かされている。当時の課題として挙げられたのは,まちづくりの内容が,住環境改善事業をはじめとするハード事業が中心であったため,住民もそれに依存する体質になりがちであったということ,さらに,「協議会」の構成が地域の各種団体の役員を中心としたものとなっており,必ずしも全住民の生の声を反映したものになっているとは言えなかった,ということである。この条例では,こうした課題を乗り越えるべく,事業が見えない段階での「(1)初動期まちづくりの重視」と「(2)任意参加型のまちづくり協議会」の設立・運営が,根幹となっている。

 また,「(3)みんなの計画,役所の支援」という基本的な考え方を採っている。それは「産業振興ビジョン」(昭和62年度)を策定するにあたり,市職員が地元において産業界のリーダーを集めフォーラムを開催したり,若手商業者を集めたまちづくり勉強会や研究会を開催するなどの,当時展開されてきた数々の支援方策の結果得られたものである。

 【主な内容】

   @「まちづくり協議会」(以下「協議会」)の認定の要件

   A「協議会」の認定の申請と市長による認定

   B「協議会」による「まちづくり構想」の提案

   C 市のまちづくり施策にあたって「構想」への配慮,法制度の活用の努力

   D「地区計画」「建築協定」の手続き(法律に基づく手続き)

   E「協議会」への支援と助成

(1)初動期まちづくりの重視

  条例のターゲットは,認定「協議会」が「構想」を市長に提案するまでとなっており,

 まちづくりの初動期においていかに市民を支援するかに重点を置いている。というのも, 

 まちづくりの初動期において,より広範囲に人々の生活や地域の課題を捉え,まちづく

 りの方向性をある程度明らかすることこそ重要であり,実現手段としての事業・制度の

 選択は,次の段階と認識しているからである。

(2)任意参加型のまちづくり協議会

  初動期のまちづくりでは,当然,住民同士が十分議論することが必要である。まちづ

 くりでは,異なる意見をいかに調整するか,というのが非常に重要な部分であり,従来

 のような「行政対住民」の構図ではなく,本来の形,「住民対住民」の構図をいかにつく

 りあげるかが重要になってくる。そのため,「協議会」は,誰でも自由に議論に参加でき

 るよう個人参加が原則となっており,オープンな組織構成をとっている。結果,商業活

 性化を目的として始まったまちづくりではあるが,「協議会」は,商業者のみならず消費

 者も含めた幅広い層が会員になっている。

(3)みんなの計画,役所の支援

  上述のように,豊中市では事業を前提としないまちづくりを実践している。また,ま

 ちづくりの内容も都市計画分野の話だけでなく,商業・福祉・環境問題等々,様々な分

 野を取り扱っている。このため,こうした広範なまちづくりに対処するため,市の企画

 部門に「まちづくり支援課」が設置されており,当課では,住民が自らまちづくりを行

 おうとする際に様々な支援を行ったり,事業部局と住民の橋渡しをする役目を担うこと

 に専念する体制を取っている。

 

2.「世田谷区街づくり条例」

 当条例は,昭和57年に制定されているが,その背景として,世田谷区では,以前より災害に強いまちづくりなどを進める必要性が生じていたため,「地区計画」策定の手続きを定めるにとどまらず,まちづくりの方針を含む総合的な条例を作りたいという意識が高まりつつあったことがある。

 その後,平成3年には,5地区からなる総合支所制度が発足し,各支所別に置かれた「街づくり課」を中心に,きめ細かなまちづくりが行われるようになった。さらに,基本構想の改定,街づくりに関する方針の策定,環境基本条例の制定,街づくりセンターやまちづくりファンドの設置など,まちづくり施策の展開,行政手続条例の制定などに伴って,平成7年に大幅な改正がなされている。

 【主な内容】

   @「地区街づくり計画」(以下「計画」)の策定(「計画」は都市計画の手続きと同様,

    縦覧等の手続きを経て決定される。)

   A「地区計画」案の作成手続き(法律に基づく手続き。)

   B 地区街づくり事業(区長は,「計画」を実現するため事業を行う。)

   C「街づくり誘導地区」(以下「誘導地区」(区長が指定し告示。建築行為等の

    「計画」への適合を指導。)

   D「街づくり推進地区」(以下「推進地区」(区長は議会の議決を経て指定。指定

    期間は10ヵ年)

   E 街づくりの支援(「協議会」への支援,情報の提供,専門家の派遣,融資斡旋)

(1)「協議会」の位置づけ

  当初は,まちづくりの推進組織として「協議会」を認定し,この組織が「計画」の提

 案を行うものとされていたが,地域のニーズの多様化や,地元組織の代表性をめぐる問

 題も現出したため,「協議会」を認定する方式をとりやめ,地区住民等が「計画」を提案

 できるよう改正された。

  なお,改正により,区長が「計画」を策定することが明確化された。

(2)「誘導地区」の指定

  「誘導地区」は,当初要綱として運用されていたが,改正により新たに条例に規定さ

 れた。地区内において建築行為等を行う者は,区長に届出るとともに,区長は協議を要

 請することができるとしている。

  なお,「誘導地区」での開発行為を「計画」に合うよう誘導する役割を果たしている条

 例・要綱としては,「街づくり建替誘導事業要綱」「防災生活圏促進事業助成金交付要綱」

 (「誘導地区」の建替・不燃化),「建築資金あっせん条例」(「誘導地区」の不燃化や「推

 進地区」のまちづくり事業)があり,実際のまちづくりを推進するため,行政からの支

 援を充実されている。

(3)他条例との関係

  平成10年現在,まちづくり・地区指定などの規定項目を持つ条例は,当条例を含め

 9条例あるが,そのうち,当条例には規定項目がないものの,まちの構成要素に必要な

 建築物単体の基準を規定しているものに,「住宅条例」と「福祉のいえ・まち推進条例」

 がある。

  前者は,住宅,住環境の維持・向上を目的とした基準を持っており,後者は,整備マ

 ニュアルを作成し,福祉的な観点から集合住宅・公共的建築物のあり方を指導している。

 このように,地区としてのまちづくりのあり方を規定している当条例との住み分けがな

 されている。

 

V.考察

 住民参画によるまちづくりを推進するための仕組みをもった2つの「自主条例」を見てきたが,そのなかで,下記のような課題が浮き彫りとなった。

 

1.住民の参画

(1)地区の代表性

  豊中市をはじめ,条例の多くは,地区住民を代表する組織として「まちづくり協議会」

 を規定しているが,あくまで任意の団体であり,「協議会」が真に地区を代表するために

 は,地権者等を含めた多数の住民が参画することが重要となってくる。

(2)ルールの実効性

  「自主条例」に基づき住民が決定した建築ルールは,「地区住民の願い」を根拠として

 行政が行う,単なるお願いにしかすぎないという限界がある。

  「都市計画法」「建築基準法」においては,建築ルールについて,より実効性を挙げる

 ための制度が設けられている。一つは「地区計画」であり,建築ルールを「地区計画」

 として決定すれば,建築が届出の対象となるほか,そのルールを「建築条例」として制

 定すれば,建築確認の際の基準となってくる。(通常地権者の8〜9割の合意が必要。) 

 もう一つが「建築協定」であり,地権者全員の合意により「建築協定」を結べば,建築

 ルール違反は民事裁判の対象となってくるというものである。

  さらに,今国会において成立した「景観緑三法」には,「景観地区」という制度が設け

 られており,都市計画区域内において地区指定(地権者の8〜9割の合意が必要と考え

 られる)すると,建物の形態・意匠等について認定が必要となり,違反する場合には建

 築工事に入れないこととなっている。

  建築ルールの実効性を高めていくために,これら法令に基づく制度を活用するには,

 多数の住民の参画と合意の形成が重要となってくる。

 

2.行政の支援

(1)支援の体制

  住民が生活に根ざした「横断的」なまちづくりを展開するのであれば,それを受ける

 行政組織もいわゆる「縦割り」から脱却し,「横断的」に対応できる体制を採る必要があ

 る。

(2)支援の範囲

  まちづくりを進めるにあたって,行政が人材面・資金面での支援を実施していくこと

 は,大きなインセンティブ効果を持つと考えられるが,どの時点で,どのような規模で

 支援することが適当なのかということについては,十分な工夫が必要である。

 

W.終わりに

 「まちづくり計画」を作成するにあたっては,まず,その地区の「特性」や,地区が抱える「課題」を十分に把握することが必要となってくる。そして,それを踏まえたうえで,その地区の目指すべき方向としての「計画」を作成し,さらに,その「計画」を達成するべき手段を検討していく必要がある。

 その検討には,地区の「特性」「課題」を最も良く認識している「住民」が主体的に参画していくことが必須だが,同時に,まちづくりに関する法律・補助事業等の知識を有する「行政」や,法律・要綱等の専門的・技術的内容を熟知した「専門家(都市プランナー,建築家等)」,あるいは,さまざまなまちづくり活動に取り組む「NPO」等が,対等の立場で知恵を出し合っていくことが必要となってくる。(例えば,ワークショップの開催等)

 行政の「縦割り」を排除する方策として,職員一人ひとりに,長期にわたって担当するべき地域を割り当て,その地域のまちづくりの検討にあたっては,分野に関わらず,初期の段階から関わっていけるような体制を採るというのも一つの方策かもしれない。

 次クールでは,「まちづくり計画」を作成し,実行していくうえでの,住民・行政・専門家・NPO等の協働のあり方について検討していきたい。

 

《参考文献》小林重敬ほか『地方分権時代のまちづくり条例』学芸出版社,1999

      野口和雄『まちづくり条例のつくり方』自治体研究社,2002

      上山信一『「政策連携」の時代』日本評論社,2002

      佐谷和江,須永和久,日置雅晴,山口邦雄『市民のためのまちづくりガイド』

                              学芸出版社,2000

      月刊『ガバナンス6月号』ぎょうせい,2004

      季刊『まちづくり2』学芸出版社,2004