自治演習第3クール課題
「市町村合併における住民意識調査と住民投票の役割」
公共経営研究科 45033012-1 塩川久美子
1.はじめに
2003年は、新聞等の報道においても“住民投票ラッシュ”と評されるほど、市町村合併に関する住民投票が相次いだ年であった。その中で、従来、住民運動や住民参加の盛んでなかった地域においても住民投票が行われるケースが増え、条例に基づく住民投票においては、永住外国人や未成年者に投票を認めるケースも増加し、一部では「住民投票」という制度は定着しつつあり、住民投票を法制化する社会的土壌も形成されつつあるという見方もされている。住民投票に関しては、住民の直接請求による住民投票条例案が議会で否決されるケースが多いため、対象事項によっては住民の直接請求により発議された場合は議会の議決を要しないとするように制度を改正すべきだという意見も見られた。また、秋田県十文字町では条例の規定により住民投票の結果の扱いを議会に委ねた結果、最も支持の少なかった案を議会が選定するなど、結果が反映されなかったケースもでてきている。そして、そういった状況の中、一定数以上の有資格者の署名があれば、個々の争点について議会の議決を経ずに住民投票を行える常設型の住民投票条例を制定する市町村が増加するという現象が見られた。常設型の住民投票に対しては、常設型であれば「住民の直接請求に対し、議会の議決という壁を越えられる」という評価がある一方、首長の権限の拡大を懸念し、広島市では住民投票の発議権を住民に限定する動きも見られた。わが国においては、これまで、住民投票条例の制定は、首長提案や住民の直接請求によるものが多く、議会はそれを議決する立場にあるため、住民投票の実施に対する「壁」として捉えられる向きがあり、「行政や議会に都合のいい場合にのみ住民投票が実施され、住民が住民投票を行うことを求めてもなかなか住民投票が実施できない状況がある。」という指摘もなされている(『住民投票が開く自治 2003 214〜215頁)。そしてまた、議会と住民投票との関係においては、住民投票の実施数の増加に伴い、議員提案による住民投票条例が制定されるケースも増加しており、市町村合併に係る住民投票においても、議員提案による投票が行われている。合併に関しては、住民の意思を把握する方法として、住民投票の他に、住民意識調査が各自治体によって行われている。住民投票は表決による意思決定手続きとして行われるものであり、単なる意識調査とは区別されるべきものであるが、現行法下で行われている条例による住民投票は諮問的なものであり、法的拘束力を持たないことから、住民全員を対象にした住民意識調査と住民投票は類型的には同じものとして捉えられる場合もある。しかし、実際は、住民意識調査と住民投票の両方を行った自治体において、両者の結果が同じになるとは限らない。原因としては、住民意識調査を行った時期と住民投票を行った時期のタイムラグ等が考えられるが、住民意識調査の場合、一般的には、あくまで首長の政策判断の一材料として行われるのに対し、住民投票は、諮問型とはいえ政治的には首長をある程度拘束することから、その結果を首長を含めた行政側が覆すことは非常に難しい。また、住民投票という事態になれば、行政側の提供する情報とは異なった情報が各方面から住民に提供されることから、そういった情報が住民の行動を左右する可能性が非常に高い。そこで、市町村合併に関し、住民意識調査と住民投票の両方を行った自治体について考察し、合併を行う際の住民意識調査と住民投票の果たす役割の差異について考えてみたい。
2.埼玉県菖蒲町の事例
埼玉県菖蒲町は埼玉県の北東部に位置し、人口22,320人(平成15年1月1日現在)、面積27.37kuで、財政状況は、平成15年度一般会計当初予算額で71億6770万円、平成14年度の財政力指数は0.550である。産業別就業者比率は平成7年度国勢調査で第1次産業総数14.5%(内、農業14.4%)、第2次産業総数36.8%(内、建設業10.0%、製造業26.8%)、第3次産業総数48.4%となっている。菖蒲町は、平成13年5月に田園都市づくり協議会(久喜市、蓮田市、幸手市、宮代町、白岡町、菖蒲町、栗橋町、鷲宮町、杉戸町)構成市町で、市町村合併について調査、研究を開始し、その後、平成14年7月の地域説明会、同年8月の住民意識調査を経て12月に「久喜市、白岡町、蓮田市及び菖蒲町との合併を望む町村」という合併の枠組みを表明したものの、同月に白岡町が「蓮田市との1市1町で合併協議を進める」と表明したため、合併の枠組みを変更せざるを得ず、行政側は住民意識調査で相手先として望ましい市町として1位であった久喜市を含む枠組みを念頭に合併に取り組んでいたが、平成15年1月に蓮田市・白岡町との合併を望む議員側から議員提案として住民投票条例案が提出され、登録制により永住外国人にも投票資格を与える旨の規定を加えて修正・可決された。その後、蓮田市・白岡町との合併を望む派からは新聞の折り込みチラシの発行などの運動が展開されたが、久喜市との合併を望む人々からは目立った運動は展開されなかった。そして、平成15年4月27日、町議会議員選挙と同日実施で住民投票が行われた。投票の選択肢は、「久喜市・鷲宮町との合併に賛成」、「蓮田市・白岡町との合併に賛成」、「合併に反対」の三つであったが、結果は、「久喜市・鷲宮町との合併に賛成」が得票率42.93%、蓮田市・白岡町との合併に賛成」が43.03%、合併に反対が14.00%となり(投票率74.13%)、蓮田市・白岡町と合併協議会を設置することが町長によって決断され、平成15年7月に合併協議会が設置された。住民投票の開票前は、住民投票に先立って行われた住民意識調査の結果は、合併の相手先として望ましい市は、久喜市78.0%、白岡町65.5%、蓮田市48.9%、鷲宮町15.4%となっており(複数回答可)、消防(久喜地区消防組合)や火葬場(広域利根斎場組合)などの一部事務組合の関係や、蓮田市・白岡町への通勤・通学者が519人であるのに対し、久喜市・鷲宮町への通勤・通学者が1120人であること、久喜菖蒲工業団地からの税収が菖蒲町の税収に貢献していること、JR宇都宮線久喜駅を利用している町民が多いことなどから、久喜市を含む枠組みが支持されるのではという見方があったようであるが、実際は、18票差という僅差で蓮田・白岡町との合併が支持され、合併協議会の設置に至っている。この結果に対しては、町長が投票前に行われた住民説明会等で、1票でも多い方の意思に従うと明言していたため、投票後、住民からの運動といった目立った混乱は起きていない模様である。以下は、住民投票までの町の取り組み状況についての表である。
平成13年 5月 |
田園都市づくり協議会(久喜市、蓮田市、幸手市、宮代町、白 |
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岡町、菖蒲町、栗橋町、鷲宮町、杉戸町)構成市町で、市町村 |
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合併について調査・研究を開始 |
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10月 |
町広報紙及び町ホームページで「市町村合併を住民の皆さんと |
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考えてみましょう」シリーズ等を掲載開始(合計10回) |
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平成14年 5月 |
田園都市づくり協議会構成市町(栗橋町を除く)で市町村合併 |
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研究部会を設置 |
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町と町議会で「菖蒲町市町村合併問題連絡会議」を設置(平成 |
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15年1月15日までに10回開催) |
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6月 |
行政区長さんや町職員を対象に合併問題研修会を開催 |
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市町村合併問題地域説明会を開催(町内の公共施設4会場 延 |
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7月 |
べ139名参加)参加者のアンケート調査では、約7割の方が合 |
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併に肯定的な意見 |
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8月 |
住民意識調査を実施(20歳以上、2,000人を対象、回収率47.1%) |
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調査結果は、約8割の方が合併に肯定的な意見 |
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また、合併の相手として望む市町の上位が「久喜市(78.0%)」、 |
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「白岡町(65.5%)」、「蓮田市(48.9%)」等(複数回答) |
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11月 |
「市町村合併問題情報BOOK」を作成し全世帯に配付 |
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12月 |
町は、合併市町の枠組みについて、「久喜市、白岡町、蓮田市及 |
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び菖蒲町との合併を望む市町(鷲宮町)と表明及び関係市町と |
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協議 |
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平成15年 1月 |
町議会で「菖蒲町の合併についての意思を問う住民投票条例」 |
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を議員提案・可決 |
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2月 |
町は町議会全員協議会において、住民投票の投票日と合併市町 |
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の選択肢を協議のうえ決定する |
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4月27日(日) |
「菖蒲町の合併についての意思を問う住民投票」の投票日 |
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出典:菖蒲町発行『住民投票まるごとBOOK』
行政側は、住民意識調査時には県が示した合併パターンに沿って対象となる各市町の現況を示した資料(『菖蒲の将来みんなで考えよう…市町村合併問題』)を住民に配付し、住民投票前には、これまでのまちの取り組み状況や結果、先の住民意識調査結果、関係市町の動向やサービス比較表等を示した『住民投票まるごとBOOK』を配付し、住民への情報提供を行っている。また、投票前の15年の4月中旬から下旬にかけて、町の公共施設で計5回の住民説明会を行い、のべ109人が参加している。また、行政主催の説明会とは別に町の商工会議所主催の公開討論会も開催され、久喜派、白岡・蓮田派両派の議員が参加している。この討論会は、商工会議所自体は中立という形で行われている。菖蒲町の住民投票は、もともと、住民の直接請求によって提案されたものではなかっただけに、とても静かに行われたようであった。そして、白岡・蓮田との合併を望んだ議員によって提案された住民投票は、僅差ながら、白岡・蓮田との合併を支持する結果に終わり、議員は、住民投票という手段によって、自らの政治目的を達成している。住民投票が、住民の抵抗運動の手段として行われた時代から、住民の意思表明型へ転換しつつあることが既に指摘されているが、本来の意味である、議会への立法委任を糺すための手段としての住民投票とは異なった意味を持つ住民投票が既に現れてきているということは、今後住民投票が制度化される過程において注視していかなければならない。住民投票に責任をもてる者は存在しないが、その結果を覆すことは通常困難であるという点で、住民投票を疑問視する声は常に存在しているが、しかし、単一争点について住民に意思を表明してもらい、住民の意思を把握する方法としては住民投票は非常に有効な手段であり、住民投票以上にわかりやすく住民の意思を把握する方法はおそらくないという現状の中、住民参加により行政を行っていくのが一番望ましいとする立場からは、住民投票という手段は否定できないであろう。菖蒲町においては、合併話自体が平成13年度に急に起こってきた話であり、住民意識調査前に行われた住民説明会の参加者が139名、住民投票前に行われた住民説明会の参加者が109名と、住民投票前の参加者数の方が若干少なくなっており、住民の関心そのものは、それほど高くはなかったようである。しかし、町議会議員選挙と同日に行われたことから、投票率は74.1%と高く、僅か18票差で町民の意思が結果的に明確な形で示されたこととなった。住民の意思は、尊重されねばならない。住民の意思が示されたことで、白岡町・蓮田市との合併に向けて歩み出すこととなった。生活圏の一致や従来の広域行政圏の統合といった、一般的に市町村合併の目的としてあげられているような目的を達成するという意味では、一部の住民にとっては多少異なった結果を生む相手との合併が選択されたわけであるが、それは今後、合併協議会での協議の中で解決されて行かねばならない。
3.まとめ
現在行われている住民投票は諮問型のものではあるが、住民意識調査とは異なり、表決手段としての役目を負っていることははっきりしている。住民投票の結果の持つ意味は非常に重い。にもかかわらず、現行法上は、住民投票の結果は、住民意識調査の結果と同様、首長の判断の一材料にしか過ぎないとされている。住民投票を制度化してしまうと、政治的な目的に利用されやすくなり、かえって混乱を招くという議論もあるが、住民投票は表決手段であるという役割を住民にはっきりと認識し、投票してもらうためにも、「尊重する」という曖昧な形だけではなく、拘束型の住民投票ができるよう制度として準備しておく必要があるのではないだろうか。
〈参考文献〉
『住民投票が開く自治』森田朗 村上順 編 公人社 2003
『住民参加有識者会議報告書 住民投票制度化への論点と課題』 (財)社会経済生産性本部
2002
菖蒲町ホームページ http://www.town.shobu.saitama.jp/
朝日新聞1月1日付記事 「合併是非 住民が判断」