第2クール 課題
『市町村合併の是非を問う住民投票の制度設計をめぐる論点』
B45033012−1 塩川久美子
はじめに
2003年10月1日現在、全国の市町村の8割が合併協議会を設置し、合併について協議している。合併を巡っては、合併の相手先や、そもそも合併することが当該市町村にとって必要なのかどうかを巡り、首長と議会、議会内部、そして住民の間でも議論が分かれ、市町村としての意思決定が困難となる場合が多く、そこで、首長、議会、住民のそれぞれの立場から、合併に対する住民の意思を問うため、各地で合併をめぐる住民投票が行われている。住民投票については、その法的拘束力や要件、手続、対象事項等を巡って議論が行われているが、市町村合併に関する住民投票については、第16次地方制度調査会においてすでに、「現行制度においても一部に住民投票制度が採用されているが、住民の自治意識醸成の見地からも、例えば地方公共団体の廃置分合、特定の重大な施策、事業を実施するために必要となる経費にかかる住民の特別の負担、さらには議会と長との意見が対立している特に重要な事件等について、住民投票制度を導入することを検討する必要があろう。」との答申が出され、さらに「@まさに地方公共団体の存立そのものに関する重要な問題であること、A地域に限定された課題であることから、その地域に住む住民自身の意思を問う住民投票制度の導入を図ることが適当である。」という見解が第26次地方制度調査会によって示されるなど、比較的住民投票になじみやすい事項として捉えられる傾向にある。合併に関する住民投票には、旧泉市と仙台市の合併に見られるような市長の職権に基づくもの、合併特例法に基づくものと条例に基づくものとがあるが、合併特例法に基づくものは合併協議会の設置に係るものであり、合併そのものの是非や合併の枠組みを問う住民投票は条例によって行われるケースがほとんどである。しかし、詳しくは後述するが、条例によりこれまで実施された合併の是非を問う住民投票は、その投票実施までの過程や投票結果の取り扱いについての問題点が指摘され、それらを克服する制度の設計が求められる状況にある。そこで、本稿においては、住民投票制度一般の論点を踏まえ、合併の枠組みを含めた合併の是非を問う住民投票の特徴と問題点について考察し、制度設計上の論点を探りたい。
1.住民投票の制度化をめぐる論点
現在我が国において制度化されている住民投票には、@憲法95条に基づく地方自治特別法に関する住民投票、A憲法96条に基づく憲法改正に関する国民投票、B地方自治法76条に定める議会の解散請求、80条、81条に定める議員・長の解職請求、C条例に基づく住民投票がある。また、市町村合併や町名変更、原発建設などに対し、自治体の規則や実施要領により行われる場合もあり、住民の自主管理のもとで行われる事実上の住民投票と呼ばれるものも行われている。
住民投票の制度化については、@代表民主制との抵触に関連しその法的拘束力、A常設型か個別課題型か、B住民に対する情報公開の徹底と公正な情報提供、C対象事項、D発議要件、E実施要件、F成立要件、G投票効力の持続期間、H投票運動に対する制約が主な論点とされている。
上記の論点のうち、@の法的拘束力については、沖縄県名護市における米軍のヘリポート建設をめぐる住民投票条例に関して、那覇地裁において判決が出されている。名護市では、米軍のヘリポート基地建設をめぐり、「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」が制定され、住民投票が実施され、反対票が賛成票を上回ったが、市長は基地の受け入れを表明し辞任するという事態が生じた。これに対し、一部の住民が市長の受け入れ表明は条例違反の違法性があり、違法な「公権力の行使」にあたるとして、名護市に対して国家賠償法1条に基づき損害賠償を求め、市長にたいしては民法709条に基づき連帯して損害を賠償することを求めたが、那覇地裁は「本件条例は、住民投票の結果の扱いに関して、その3条の2項において、『市長は、ヘリポート基地の建設予定地内外の市有地の売却、使用、賃貸その他ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行にあたり、地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする。』と規定するに止まり、(以下、右規定を尊重義務規定という。)市長が、ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、右有効投票の賛否いずれか過半数の意思に反する判断をした場合の措置等については何ら規定していない。そして、仮に住民投票の結果に法的拘束力肯定すると、間接民主制によって市制を執行しようとする現行法の制度原理と整合しない結果を招来することにもなりかねないのであるから、右の尊重義務規定に依拠して、市長に市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思に従うべき法的義務があるとまで解することはできず、右規定は、市長に対し、ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、本件住民投票の結果を参考とするよう要請しているに過ぎない。」として、請求を棄却した(那覇地裁平成12年5月9日判決)。本判決は、住民投票条例の法的拘束力にかかる初の司法判断であり、諮問型住民投票条例そのものの違法性については指摘していないが、本件住民投票条例の尊重義務規定の法的拘束力を否定している。学説においても、現行法制下においては諮問型住民投票であれば許容されるとする説が多数説であるが、諮問型、拘束型にかかわらず、適法性にはなお疑問が残るとする説、また、条例による拘束型住民投票は可能であるとする説もあり、住民投票制度に対する解釈は学説上では分かれている。
2.合併の是非を問う住民投票の現状と問題点
合併に関する住民投票における特徴的な点としては、住民の直接請求よりも首長請求によるものが多くなってきていることが現在指摘されている(武田 2003)。
これまで条例により行われてきた住民投票は、新潟県巻町の原子力発電所の建設を
めぐる住民投票や、岐阜県御嵩町の産業廃棄物処理施設の建設をめぐる住民投票など、そ
の多くは首長、議会と住民との間の意志の乖離や、行政側の住民に対する情報の提供が不
十分であることを背景に、国や県の政策決定に対する住民の抵抗運動として行われてきた。
そのため、住民投票の対象となっている事柄についての住民の意識や関心も総じて高く、
投票率も高くなる傾向にあり、80%を越えるケースもあった。合併に関する住民投票に
ついても、同様の背景から住民投票が住民の直接請求から実施されるケースもあるが、合
併の是非を問う住民投票において特徴的なのは、首長や議会が、合併についての住民の関
心が高まらないなかで、住民の意向を把握するために実施するケースが増加していること
である。そのため、合併に関する住民投票においては、@住民の無関心による投票率の低
下、A行政側の不公正な情報提供による世論の誘導B議会の責任放棄が懸念され、問題点
として指摘されている。
合併は、当該市町村の将来を左右する重大な問題であり、十分な情報提供や、市民
フォーラムやワークショップなどの手法を取り行政と住民とで情報を共有し、議会においても議論を尽くした上で決定されなければならないことが従来指摘されてきており、そういった努力を尽くしている市町村も存在するが、それは住民の意識の高さと首長や議会の見識の高さにかかっており、制度的な保障はなされていない。
2001年7月に行われた、条例による初の合併を問う住民投票となった埼玉県上尾市の事
例を見てみると、投票は、合併賛成派グループによる直接請求に基づき行われたが、結果
は、投票率64.5%で、うち賛成41.7%、反対58.3%となり合併を拒否することとなった。
しかし、投票に際し、市側が「合併で行政サービスの低下が心配!」「今、上尾市が吸収合
併される理由は何もありません(財政的にも、まちづくりの点でも、将来の不安は全く
無い)。」といった見出しを含む不公正な内容の情報提供用のパンフレットを作成し、市職
員に勤務時間内に全戸配付させたことは、公金の違法、不当な支出にあたるとして、
合併賛成派グループから提訴されるに至った。そして、本年(平成15年)11月6日に
さいたま地裁において判決が出され、判決は、パンフレットの見出し等を「不適切」と
したが、「住民への情報提供の範囲内」とし、「諮問的、助言的な住民投票であり、性格は
市が行う市民アンケートといって差し支えない。」としている。(「ドキュメント合併・合併」asahi.com:MY TOWN 埼玉 2003/11/26)
住民投票は表決による政策決定という側面を有する点で、その他の住民参加と区別され
る。住民投票条例については、従来、憲法は、住民投票制度の導入を禁止してはいないが、
間接民主制を原則としている地方自治法に反するおそれがあり、合憲、かつ地方自治法に
反しないのは諮問型の住民投票であると一般的に考えられてきた。しかし、そもそも条例
による住民投票は、既存の住民参加の方法では不十分であるとする住民の要求から生まれ
てきたものであり、判例のように性質としてはアンケートと変わらないものであるとする
と、わざわざ条例を設置して住民投票を行う意義が薄れてしまう。首長の判断に不服があ
る場合は、住民は首長をリコールすることはできるが、合併の是非を問う住民投票に関し
ていえば、首長選は合併という単一争点のみを巡って争われるものではなく、
合併に対する住民の意思とは異なった結果が出ることもあり、住民投票の結果が尊重され
るための保障とはならない。従って、住民の意思表明の方法として住民投票が有効に機能
するためには、拘束型であることが必要になってくる。
3.制度設計上の論点
拘束型住民投票を行うには、まず、憲法・地方自治法との関係において、憲法上の根拠、地方自治法上の根拠を明らかにしなければならない。そのうえで、1で述べた@代表民主制との抵触に関連しその法的拘束力、A常設型か個別課題型か、B住民に対する情報公開の徹底と公正な情報提供、C対象事項、D発議要件、E実施要件、F成立要件、G投票効力の持続期間、H投票運動に対する制約の各点に関し厳密な要件を課す必要がある。また、実際の実施に当たっては、結果に大きな影響を及ぼすおそれがあるため、いつ投票をおこなうのかといった点や、設問の形式にも留意する必要がある。合併の是非を問う住民投票については、一度合併してしまえば分離が難しいことから、かなり厳密な要件が必要である。また、相手方の自治体との関係もあり、合併協議会設置前か設置後かといった投票の時期も非常に重要となってくる。場合によっては、設置前に合併の枠組みを問い、設置後に最終的な是非を問うなど2度にわたって投票を行うケースも考えられる。また、市町村合併の是非を問う住民投票に関しては、条例の直接請求があった場合は、「議会の議決に関係なく「住民投票をしなければならない」とするルール化があってもいいのではないか」(毎日新聞 2003/12/3)とする意見も出ている。
まとめ
住民投票が表決手段という本来の機能を果たすためには、諮問型の住民投票では足りず、拘束型住民投票であることが望ましい。そのためには、地方自治法の改正も視野に入れた
制度設計が必要となってくる。合併に関しては、各地で住民投票条例の直接請求が相次いでおり、混乱を避けるためには、法的拘束力を持つ制度を早急に設計する必要があるものと思われる。
参考文献
『新版 地方自治の法としくみ』原田尚彦著 学陽書房 2003年
『住民投票と市民参加』高寄昇三著 勁草書房 1980年
『住民投票が拓く自治:住民投票の理論的解明』 地方自治総合研究所2001年
『どう乗り切るか市町村合併―地域自治を充実させるために』大森彌、大和田健太郎著
岩波書店 2003年
『市町村合併』佐々木信夫著 ちくま新書 筑摩書房 2002年
『これでいいのか平成の大合併―理念なき再編を問う』コモンズ 小原隆治著 2003年
『住民投票』新藤宗幸編著 1999年
『自治を問う住民投票−抵抗型から自治型の運動へ−』 上田道明著 自治体研究社 2003年
『住民参加有識者会議 報告書 地方分権と住民参加を考える〜住民投票の論点をめぐって〜』 社会経済生産性本部総合企画部編 (財)社会経済生産性本部2001年
『住民投票制度化への論点と課題:住民参加有識者会議報告書』 社会経済生産性本部総合企画部編 (財)社会経済生産性本部2002年
『新地方自治法講座C 住民参政制度』 園部逸夫編 ぎょうせい
『最新地方自治法講座B 住民参政制度』ぎょうせい2003年
「住民投票による意思決定の現状」武田真一郎 『月刊自治研 2003年6月号』
「国民・住民投票を活かす会NEWS」ホームページ
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1412/rd/newsmain.html
「続・市町村合併を考える1−1」地域メディア研究所レポート
http://www.com212.com/212/report/gappei2/01/01-1.html
「市町村合併 公正な住民投票」YOMIURI ON LINE 2003/03/13
「ドキュメント合併・合併」asahi.com:MY TOWN 埼玉 2003/11/26
「住民投票条例の拘束力」白藤博行 地方自治判例百選第三版別冊ジュリスト168 2003
『住民投票:観客民主主義を超えて』今井一著 岩波書店 2000年
「記者の目 市町村合併問う住民投票」毎日新聞 2003・12・3
「市町村合併と近隣自治機構」〈対談〉遠藤文夫+寄本勝美 『月刊自治研』2002年8月号
「「住民投票」の憲法的意義と課題」辻村みよ子 ジュリスト 1103号 1996/12/15
滋賀県米原町ホームページhttp://www.maihara.com/