都市計画決定における住民参加の現状と問題点
一. 総論
1. 日本では、戦後復興期を通して、大規模プロジェクトとして住宅団地やニュータウンなどの開発が進められてきたが、一般市街地の整備が遅れ、道路、公園、下水道などの施設を欠いたまま、周辺の農地が無秩序に市街化するスプロール現象が発生した。また、騒音・振動・排気ガス等による生活障害、高層ビルやマンションによる日照障害などの局地公害が多発し、一般市街地の生活環境は戦前よりも悪化した(日笠端、1997)。
高度成長にともない衣食が整い、残された住環境への関心が向上した。このため、住民の日常生活の場におけるきめ細かい地区環境の整備と、住民参加が求められるようになった。これを受けて1980年に制度化され82年に発足した地区計画制度は、住民の参加により自治体が定める都市計画の内容の一つである。地区計画により、住民の価値観の多様化にともなう地区ごとのローカル・ニーズへの対応が期待された。
2. 以下、都市計画決定における住民参加の現状と問題点を研究する。まず、住民参加を担保する都市計画法の制度を分析する。その上で、住民参加の観点から最も重要な地区計画制度を中心に、条例による運用方法を類型化する。そして、成功事例としていくつかの先進的取組みを検討する。これを踏まえ最後に、運用における問題点と改善策を提示する。
二. 都市計画決定主体
1999年に地方分権一括法が制定された。これにより、機関委任事務とされていた都道府県知事の都市計画決定等に係る事務、及び団体委任事務とされていた市町村の都市計画決定等に係る事務が、ごくわずかの例外を除いて自治事務になった。
これにより、都市計画の第一義的な決定主体は市町村となった(都市計画法[以下、法]第15条3項)。これに対して、国または都道府県の関与は、認可・承認・同意・協議などの形のみである。ただし、広域的な観点から総合的・計画的実施を行うための都市計画は都道府県・指定都市が決定する(法第15条1項、法第87条の2)。つまり、市町村の行政区域内で完結する事項は市町村が決定権限を持ち、市街地が2つ以上の市町村に渡っている場合等、市町村の行政区域と都市計画区域がずれる場合には、その部分について都道府県・指定都市が決定権限を持つ。
このように、法律上、都市計画に関する自治行政権は保障されている。
三. 都市計画法による住民参加の制度
1. 住民参加を担保するために、都市計画の決定手続きには以下3つの段階が法定されている。@
都市計画案作成の段階で、公聴会等により住民の意見を反映することとされている (法第16条1項)。A 公聴会を経た都市計画案は公告・縦覧され、これについて住民は意見を提出する
(法第17条1項2項)。B 住民から出された意見とともに都市計画案が都市計画審議会に提出され、専門家の審議により都市計画が決定する (法第18条1項、法第19条1項)。
2. 都市計画の中で、住民参加の観点から最も重要な制度は地区計画である。地区計画は都市計画の内容の1つである。従って、公聴会、公告・縦覧、審議会という上記プロセスを経ることになるが、別途、地区計画の住民参加手続に関する規定がある。それによると、地区計画案作成の段階で、対象となる地区の土地所有者や利害関係者の意見を求め作成する必要がある。また、地区計画案の内容となる事項の提出方法、意見の提出方法について条例で規定することとされている(法第16条2項、政令10条の2)。この規定には、市町村の条例によって、上記プロセスにある都市計画法の住民参加手続をさらに補強する狙いがある。
以上、都市計画法は、最低基準としては整っており、問題は自治体の条例及び運用方法である。
四. 条例による住民参加の運用
1. 住民参加が運用されるようになる直接のきっかけとなったのは、産業公害に対する反対運動からである。反対運動は、次第に、都市開発による住環境悪化の問題等へと波及する。同時に、反対型の運動だけでなく、道路の舗装、下水道の整備、学校・幼稚園の設置等、より良い住環境を要求する要求型の運動も展開される。また、住民と自治体の協定締結による参加型の運動も見られるようになる(日笠、1997)。
これに対応する形で、自治体側が条例の制定に乗り出す。また、当時の建設省や自治省もこれを支援する施策を打ち出し、その中心が地区計画制度の発足である。
2. 82年の地区計画制度の発足から2年経った時点で、法16条2項の委任による条例を制定していたのは16の自治体であり、当時の建設省の想定よりも非常に早いペースで普及していた。特に、先進自治体である、世田谷区や神戸市等では、都市計画法の限界を認識し、地区計画を地区まちづくりの一手段として位置付ける画期的な条例を制定していた。その後、97年時点では592の自治体で条例が制定されている(高見沢実、1999)。
法16条2項の委任による条例では、地区計画案作成の段階で、案の内容となる事項の提出方法及び意見の提出方法の規定を定める。つまり、都市計画法の求める最低限の規定である。現在では、これに加えて、都市計画や市町村の都市計画に関する基本的な方針(市町村マスタープラン)への住民参加手続の規定を定めているものが多い。
3. 都市計画、中でも地区計画は内容の具体性によって程度の差はあるが、住民の日常生活に直接または間接の影響を与える。従って、住民の価値観の多様化にともなう地区ごとのローカル・ニーズへの対応が必要となる。このため、行政の関与する計画の策定に当たって、望ましい住民参加の運用方法が必要となる。
条例をもとにして、自治体で行われている具体的な運用方法は多様である。これを類型化すると以下のようになる(高見沢、1999)。
@ まちづくり協議会等の住民団体が首長に提案することで、これは都市計画法の委任事項であるため、最低水準であり必須のものである。
A この提案に基づいて、住民団体と市長の間で協定を結ぶものもある。
B 地区計画に携わる住民団体に対する金銭的支援、専門家派遣等があり、多くの自治体で取り入れられている。
C 提案段階だけでなく事業化段階の意思決定に対して、住民団体が実質的に関わっているケースもまれにある。
4. 続いて、先進的取組みとして世田谷区と神戸市を検討する。
@ 世田谷区
世田谷区は、戦後、私鉄4線の発達により、沿線に急激な都市化が進展し、ミニ開発、アパート・マンション建設が多く進められた。また、環状7号線の内側に位置する地域では、狭隘道路、狭小敷地、木造密集等の問題を抱えていた。特に、北沢地区、太子堂地区は災害危険度の高い地区となっていた。これを受け、「災害に強いまちづくり計画」を策定し、両地区に地区計画を適用することが考えられた。この際、地区計画手続に留まらない、住民参加による計画的なまちづくりの観点から、1982年に「世田谷区街づくり条例」が制定され95年に改正されている(村木美貴、1999)。
この条例の特徴として、第一に、地区ごとの計画づくりの観点から、地区街づくり計画の策定(第11条)、住民及び街づくり協議会が区長に対して地区まちづくりへの提案を行うことができること(第12条)が規定されている。第二に、修復型まちづくりを区民の協力により進めていく誘導地区の指定(第20条)が規定されている。誘導地区で事業者が開発しようとする場合、住民が関与した街づくり計画に適合するよう開発計画の届出が必要になり、区はそのための協議及び変更要請を行うことができる(第21条)。これにより、地区計画がない地区でも、街づくり計画に合うように開発を誘導することができる。第三に、街づくりに関わる団体への助成、情報提供、専門家派遣等の街づくり支援(4章)が規定されている。第四に、条例施行後10年が経過した時点で、「協議会の認定制度、区長との建築行為等の事前協議協定の締結」の規定を削除した。これは、協議会に参加していない住民の権利を保障する目的で行われた。
A 神戸市
神戸市では、戦後、強い公害反対運動が展開された。特に、真野地区では10年もの間反対運動が展開されたが、住環境の改善が進まなかった。このため、公害工場の跡地を市に買い上げてもらう提案型の運動に転換し、市が買い上げた土地を使って公共施設の整備を行ってきた(田中晃代、1999)。
こうした背景の中、1981年に「神戸市地区計画及びまちづくり協定等に関する条例」が公布された。この条例の特徴として、第一に、まちづくり協定の締結と、この協定を踏まえた地区計画策定がある。このプロセスは、まず、地元のまちづくりの発意を受けてまちづくり協議会が結成される。協議会の中で一定の条件を満たすものに対し市長が認定を与える。認定された協議会は市長と、まちづくり協定を締結する。この協定で定められた建築用途制限、壁面等の位置制限、建築物の高さ制限等、地区計画制度の内容と合致するものは法的に担保される。また、周辺環境への配慮、路上の適正利用等、地区計画制度に合致しない内容についても事前相談によって開発行為を調整する仕組がある。この仕組は、まちづくり協定区域では、事業者は行為着手の日の30日前または建築確認申請前に事前相談を行うというものである。
第二に、人材センターによる人材派遣制度が整備されている点にも特徴がある。その仕組は、市が地域の住民団体からまちづくり相談を受けると、情報を人材センターに提供すとともに、地域の住民団体に人材センターを紹介する。その後、センターから専門家が派遣される。98年時点で、センターにはコンサルタント189社、弁護士15人、司法書士7人、土地家屋調査士38人、税理士・公認会計士15人、不動産鑑定士10人、大学教員8人が登録している。
5. 以上のように、住民参加の制度あるいは運用は、行政部門が政策として、なんらかの効果を想定し積極的に実施したものではない。むしろ、背景には、住民の自発的な運動があり、これに行政部門が受動的に対応する形で進展してきた。
神戸市の公害問題のように、ある問題解決のために住民参加が機能する場合がある。一方で、世田谷区の狭隘道路、狭小敷地、木造密集等の問題のように、住民参加によって必ずしも問題解決が保障されない場合も想定される。この場合、住民参加という時間と手間のかかる手段に対する、効果は非常にあいまいであり、費用対効果の点から疑問に残る。
ただし、都市計画、中でも地区計画は、住民の日常生活に直接または間接の影響を与える。他の政策分野よりも住民参加の必要性が高いことを考えれば、行政部門が能動的に住民参加の運用を図る必要がある。
五. 住民参加の問題点と改善策
1. 上記の2つの自治体は先進的な例である。しかし、行政、住民、事業者は、民主的な制度運用の経験が非常に浅い。この事から、先進的自治体を含めて以下のような問題が発生している。
@ 条例では住民参加を規定しながら、実際の運用では形骸化しているという問題がある。これまで、計画に対する参加というと、行政側が計画をほとんど決定して、住民の意見によって修正する余地のない計画を一方的に説明するといったケースが多く見られた(日笠、1997)。
A 住民団体が、必ずしも地区全体の住民の意見を代表しているとはいえないという意味で、その正統性が問題となる。個々の住民団体への参加者は限られている一方で、参加していない人々が、まちづくりに対して意見を有していないとは言えない。
B 金銭的支援、専門家派遣等をする相手方を決定する際に、自治体にとって都合のいい団体を選ぶという点が指摘されている。また、世田谷区では、まちづくり活動が活発になるのに比例して、限られた専門家、財源の中での対応が難しくなるという問題が発生している。
C 住民の知識不足が指摘されている。都市計画は行政分野の中でも高度な専門的知識が必要であり、住民が参加する場合にもある程度の知識と見識が要求される。
2. 住民参加の形骸化を防止するためには、協議会の認定制度、および、区長との建築行為等の事前協議協定の締結が有用である。上述したように、世田谷区では95年の条例で認定制度および協定制度を廃止したが、その他の自治体の条例では、少なくとも計画提案までは、まちづくり協議会が正統な組織であると規定しているものが多い(高見沢、1999)。この場合、正統性が問題となるが、認定条件については厳格に設定することで対応が可能である。
この点で、モデルになるのが神戸市の条例で、第4条に条件として以下の規定がある。地区住民の大多数により設置されていると認められているもの(第1項)。その構成員が、住民等、まちづくりについて学識経験を有する者その他これらに準ずる者であるもの(第2項)。その活動が、地区の住民等、大多数の支持を得ていると認められるもの(第3項)。これらの規定を、厳格に適用していくことが望まれる。また、豊中市では、認定に際して第18条より「まちづくり専門家会議」が設置され、認定および取消の審議を行っている。
これにより、地区代表としての正統性が担保された住民団体に対しては、一律に金銭的支援、専門家派遣等を行う必要がある。また、認定制度により、住民団体の極端な増加を防止することが可能となる。さらに、認定団体であれば、少なくともコアメンバーに関しては、知識、見識が十分であり、提案、協議がスムーズに行われることになる。
ただし、認定制度についても問題は指摘されている。特に、自治会組織が強い場合に、自治会とまちづくり協議会の間で軋轢が生じる。神戸市では自治会組織が弱いため認定制度が可能になっているという指摘もある。一方、例えば大阪市では自治会組織が根強く、自治会がまちづくりの主体として機能しているため、認定制度を取っていない(高見沢、1999)。従って、それぞれの地域社会の特性やまちづくりの内容によって問題への対応は異なる。
六. 結論
住民参加を担保する都市計画法は、最低基準としては整っており、問題は自治体の条例及び運用方法である。現在、住民の価値観の多様化にともなう地区ごとのローカル・ニーズへの対応を目的に、様々な条例が制定されている。しかし、日本では、都市計画に対する住民参加の制度運用の経験が非常に浅く問題も多い。その意味では、自治体、住民、事業者の三位一体となった努力によるところが大きい。この点で、神戸市のようなベンチマークとなる自治体を設定し運用の改善を図っていくことが重要である。
以上
【参照条文】
*第15条1項「次に掲げる都市計画(準都市計画区域について定めるものを除く。)は都道府県が、その他の都市計画は市町村が定める。一〜四. 略 五. 一の市町村の区域を超える広域の見地から決定すべき地域地区として政令で定めるもの又は一の市町村の区域を超える広域の見地から決定すべき都市施設若しくは根幹的都市施設として政令で定めるものに関する都市計画 六〜七.
略」
*第15条3項「市町村が定める都市計画は、議会の議決を経て定められた当該市町村の建設に関する基本構想に即し、かつ、都道府県が定めた都市計画に適合したものでなければならない。」
*第16条1項「都道府県又は市町村は、次項の規定による場合を除くほか、都市計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。」
*第16条2項「都市計画に定める地区計画等の案は、意見の提出方法その他の政令で定める事項について条例で定めるところにより、その案に係る区域内の土地の所有者その他政令で定める利害関係を有する者の意見を求めて作成するものとする。」
*「意見の提出方法その他の政令で定める事項」に関する規定は以下である。政令10条の2「地区計画等の案の内容となるべき事項の提示方法及び意見の提出方法とする。」
*第17条1項「都道府県又は市町村は、都市計画を決定しようとするときは、あらかじめ、国土交通省令で定めるところにより、その旨を公告し、当該都市計画の案を、当該都市計画を決定しようとする理由を記載した書面を添えて、当該公告の日から2週間公衆の縦覧に供しなければならない。」
*第17条2項「前項の規定による公告があったときは、関係市町村の住民及び利害関係人は、同項の縦覧期間満了の日までに、縦覧に供された都市計画案について、都道府県の作成に係るものにあっては都道府県に、市町村の作成に係るものにあっては市町村に、意見書を提出することができる。」
*第18条1項「都道府県は、関係市町村の意見を聴き、かつ、都道府県都市計画審議会の議を経て、都市計画を決定するものとする。」
*第19条1項「市町村は、市町村都市計画審議会(当該市町村に市町村都市計画審議会が置かれていないときは、当該市町村の存する都道府県の都道府県都市計画審議会)の議を経て、都市計画を決定するものとする。」
【参考文献】
都市計画法令研究会編『地方分権後の改正都市計画法のポイント』ぎょうせい、2000、P.10、P.18−20、P.26−31。
日笠端『コミュニティの空間計画』、共立出版、1997、P.260−270、(市町村の都市計画1)。
日笠端『都市基本計画と地区の都市計画』、共立出版、2000、P.211−224、(市町村の都市計画3)。
松本昭「まちづくり条例と指導要項の新たな関係」、小林重敬編『地方分権時代のまちづくり条例』、学芸出版社、1999、2章3節、P.38−39。
内海麻利「まちづくり条例の類型とその動向」、小林重敬編『地方分権時代のまちづくり条例』、学芸出版社、1999、3章2節、P.51−52。
高見沢実「地区まちづくり系まちづくり条例」、小林重敬編『地方分権時代のまちづくり条例』、学芸出版社、1999、4章、P.166−175。
村木美貴「地区街づくり協議会から地区住民によるまちづくりへ」、小林重敬編『地方分権時代のまちづくり条例』、学芸出版社、1999、4章、P.176−181。
田中晃代「市街地整備プログラム重視からまちづくり支援重視への展開」小林重敬編『地方分権時代のまちづくり条例』、学芸出版社、1999、4章、P.182−189。
国土交通省パンフレット『みんなで進めるまちづくりの話』、P.18。