行政の広域化時代における住民自治の強化と地域自治の進化

 

早稲田大学大学院 公共経営研究科 

1年 島添 悟亨

 

1 今こそ「学校区政府」の設置を

日常生活のおける生活圏の拡大、地方分権の推進、超高齢社会等への対応などを背景として、行政の広域化が進んでいる。明治、昭和の合併に続いて平成の大合併と言われる市町村合併により、2000年度に約3200あった自治体が2006年度に約1800となった。引き続き、都道府県を再編する道州制の議論が活発化している。あわせて、東京では23区再編問題が浮上した。また、医療費の適正化や保険者の再編・統合を目的として、老人保健法を改正した高齢者医療確保法[1]が可決し、都道府県単位に広域連合の設置が義務づけられている[2]

自治は団体自治と住民自治を本旨としている。上記のような背景は、団体自治を担う行政庁の財政力を強化し、行政サービスの水準を高める等の効果を見込む一方で、住民にとってこれまで身近にあった基礎的自治体の存在を遠いものにしてしまう問題がある。ここで、身近さとは何かという問題はひとまずおき、地方分権時代にふさわしく、よりいっそう住民自治を強化するため、住民意見の反映や参加、更には住民との協働による地域自治の推進をいっそう強力に進める必要である。

そのための仕組みとして、地方自治法の改正により2005年度から施行された地域自治区の創設に注目し、その背景にある近隣政府を俯瞰した上で、具体的には学区域を単位とした学校区政府の設置の必要を提起することとしたい。

 

2 地域自治区創設の経緯

地域自治区の創設を検討するため、まず、地域自治法が改正された経緯や目的を明らかにする。

 

2.1 第27次地方制度調査会第14回専門小委員会[3]20031月)

  2.1.1 委員会での発言要旨

この委員会では、2000年の地方分権一括法による合併特例法の改正で「地域審議会」を自治法上の附属機関として設けるものとし、合併後の旧市町村を単位として、市町村長の諮問に応じて審議を行う機関の設置について、行政体制整備室長から説明された。その説明では、新たな機関の構成員、運営経費、狙っている効果等について述べられた上で、きめ細かい行政サービスを実現する附属機関として設置するという目的が明らかにされた。

また、合併した場合の自治の仕組みの例として、長野県南信州広域連合が紹介され、次のように「地域審議会」について整理されている。

@ 設置の単位については、原則として旧町村の単位とし、歴史的文化的背景や地域の事情により自治会等の単位で選択することも可能なものとする。

A 権限は原則としてサービスの提供など給付的な事務とし、財産管理や地区計画など市の事務の一部を条例によって定めて執行する。

B 意思決定機関として「地域委員会」を設置し、基礎的自治体の事務事業を執行する。機関のイメージとして、支所、出張所の職員が兼務して事務局を担う。

C 執行機関的なものとして「地域委員会」を設け、できれば住民による直接選挙により委員を選出する。

D 運営経費は、原則として、市からの財源配分でまかなう。

E 効果は、地域の特色を生かしたまちづくりの推進や地域課題解決型事業の実施など、広大な地域をそれぞれ自主的に差配する政府ができていくという発想である。

F 注意として、地域自治政府に法人格を持たせることや、地域委員会の委員を住民の直接選挙によって選ぶ場合、法改正が必要である。

加えて、浜田那賀地域の例が紹介され、地域審議会に対する地域振興基金の運用権限や、旧市町村地域におく地域振興基金を活用し、地域の特色を生かしたまちづくりの実施や、住民自治組織として自治区の区長を設置することについて発言があった。

  

2.1.2 自主的に差配する政府としての地域協議会

発言要旨において法改正の必要性が示唆されたとおり、結果的に自治法が改正され、地域協議会の創設へと結実しているが、その発想は、地域委員会が地域を自主的に差配する政府であり、直接選挙など高いレベルでの住民参加をめざしている点に注目される。また、具体的な区域、職員配置、財源なども整理されている点も重要である。

 

2.2 第27次地方制度調査会第18回専門小委員会[4]20002月)

  2.2.1 委員会での発言要旨

この委員会では「地方自治の将来像に関するアンケート調査」の結果を踏まえ、基礎的自治体のあり方に関連して、基礎的自治体内の地域組織について全国市長会会長の発言があった。このときの発言では、前回の議論(2.1参照)を踏まえ、次のように更に踏み込んだ内容になっている。

「現在、政令指定都市にのみ設置が認められている行政区については、一定規模以上の都市においても設置できることとすることを検討する必要がある。また、自治体内の近隣自治組織については、何らかの形で制度を創設する方向で検討する必要がある。たとえば住民自治組織の意見を基礎的自治体の運営に反映させる協議会型、基礎的自治体の事務のうち、住民に身近な一定の事務を担うこととする都市内分権型、さらに、それらが融合した自治区、特別区のような近隣政府型など、さまざまな類型が考えられるが、制度としては多様な類型を設けつつ、それらの中から自治体の判断で、条例により近隣自治組織を設置できるような制度とする方向で検討する必要があると考える。」

 

 2.1.2 条例による近隣自治組織の設置

この委員会では条例により近隣自治組織を設置する制度とする報告を提案しているが、具体的には@協議会型、A都市内分権型、B自治区、C近隣政府型という4つの類型を例示し、この中から自由に選択できるものとしている。こうした審議を経て、翌年の合併三法の公布施行、自治法の改正へと進んでいくこととなるが、法改正では例示された4類型のなかから1つの類型を確定したものとはなっていない。

ただし、改正内容を踏まえると、住民自治組織の意見を基礎的自治体の運営に反映させる協議会型と、基礎的自治体の事務のうち住民に身近な一定の事務を担うこととする都市内分権型を融合した「自治区」を意識しているものと考えることが妥当である。

なお、20045月に開催された第28次地方制度調査会第4回専門小委員会では、法改正の内容が委員会の第27次地方制度調査会の答申を忠実に反映したものであると評価している[5]。こうした点を踏まえて、次項から近隣自治組織のあり方を検討し、住民自治の強化策について考察を進める。

 

3 近隣自治組織のあり方

 近隣自治組織については、財団法人日本都市センターがまとめた「近隣自治の仕組みと近隣政府」において、調査研究の成果が報告[6]されているため、その内容に沿って検討する。

 

 3.1 近隣とは

 都市計画の分野においては、1920年代からコミュニティを単位とした計画づくりの動きが現れた。その際にコミュニティの単位として注目されたのが、「近隣(ネイバーフッド)」である。C.A.ペリーが提案した「近隣住区」は、@小学校区程度の規模の区域について、A周囲を幹線道路で取り囲み、B内部にはオープンスペースを確保し、C学校その他の公共施設は住区の中心付近に配置し、D商店は住区の周辺部に配置し、循環交通を促進し、通過交通を防ぐ、というものであった[7]

 

 3.2 近隣の区域

 1971年、当時の自治省が「コミュニティ(近隣社会)に関する対策要綱」において提示したモデル・コミュニティ地区は、「おおむね小学校通学区域程度の規模」としている。この取り組みの中で、1971年度から73年度において、当時の自治省がモデル・コミュニティ地区にした83地区についてみると、表1のように整理される[8]

コミュニティの区域

地区数

小学校区よりも小さい地区

8

小学校区

59

小学校区よりも大きな地区

16

(表1 自治省が指定したモデル・コミュニティ83地区における区域)

また、日本都市センターの報告では、小学校区よりも大きな地区とした16地区については2つの小学校区域としている地区が9つあり、概ね中学校区程度と考えられる、としている。

更に、センターが2000年に実施した「自治体におけるコミュニティ政策等に関する実態調査」において、コミュニティ区域を指定している187都市を対象に区域設定の際に基準とした単位を尋ねている。その結果は、次の表2のように整理される(複数回答あり)[9]

コミュニティの区域

地区数

単位自治会・単位町内会

85都市(46%)

小学校区

80都市(43%)

連合自治会・連合町内会

46都市(25%)

中学校区

21都市(11%)

(表2 自治体におけるコミュニティ政策等に関する実態調査問26コミュニティの区域)

この結果に加えて、異なる生活圏域ごとに複層的なコミュニティを設定する「複層制」を採用している都市が4割を占めている。この中には、単位自治会・単位町内会を最小の第一次単位とし、小学校区をその上の第二次単位とするケースもあるとしている。

 

3.3 住民自治の観点から見た近隣自治組織としての区域

本稿の趣旨に沿って、住民自治の観点から近隣区域を考える場合、問題解決能力の有無が一つの大切な要素になる。その上で、区域が小さすぎては、住民の個人的な問題に埋没したり、問題解決能力が不十分であったりする恐れがある。

総務省が行った「地縁による団体の認可事務の状況等に関する調査結果」(2002年)[10]では、「地縁による団体」として認可を受けた自治会・町内会等の構成員数別の状況では、300人未満の認可地縁団体が6割弱を占め、構成員数が1000人以上の認可地縁団体は1割弱に過ぎない。

こうした状況下において、住民自治を強力に推進する観点から見ると、近隣自治組織としての区域として地縁団体の規模では小さすぎると考えられる。逆に、区域が大きすぎては、住民間で問題を共有し、自らの問題として認識してオーナーシップを持つことが難しくなる。こうした点を踏まえると、自治体の規模によるものとはいえ、個人的な問題に埋没することなく一定の距離を保ちながら、自らも主体的に関わりを持つ区域として、小学校区または中学校区が適当であると考える。

 

3.4 学校区における取り組み事例

 3.4.1 小学校単位の事例

 練馬区では2000年の阪神・淡路大震災の教訓を受け、全103校の小中学校を避難拠点に指定している[11]。避難拠点とは、災害時における避難所であると同時に、地域単位で取り組む災害対策本部である。その運営は、町会・自治会の代表、PTA・父母会の代表、教職員、近隣に住む区職員によって構成される「避難拠点運営連絡会」によって行われる。そのため、この連絡会は各学校単位で自主的に連絡会会議を開催したり、定期的に防災訓練や運営訓練を行ったりしており、防災行動力に加えてコミュニティの醸成に寄与している。この取り組みを足がかりとして、防犯も加えた小学校単位の安全安心事業や、地域ぐるみの子育て支援事業として学校応援団事業など、発展を続けている。

 

3.4.2 中学校単位の事例

 神奈川県大和市では、市民自治区として「地域の底力事業」を実施している[12]。この事業は、防犯、福祉、環境、教育など、自治会を単位としたコミュニティよりも広域で取り組む必要がある課題について、地域自治が可能な一定規模の広がりやまとまりを持ち、地域住民の意向を反映するための民主的な組織運営が行われていることとし、地域の公共的団体やNPO、学校などと連携していることを成立要件としている。具体的には市内を10地区(1地区あたり約2万人)に分けているが、10地区の単位は中学校数と一致している。また、市民自治区を次の2段階に分け、当面は、全市に提案型の市民自治区構築をめざしている。
 @ 提案型 地域計画に基づき、市民自治区が事業やその優先順位、実施主体を市に提案。市は提案に基づいて実施計画への登載や予算措置を行う。

 A 決定・執行型 地域計画に基づき、一定枠の予算を議会の議決を経て市民自治区に配分。事業の決定、予算執行(事業実施)まで全てを市民自治区が行う。

  3.4.3 小学校および中学校単位の事例

 千葉県市川市では、コミュニティサポート事業を実施している[13]。この事業は、小学校区域および中学校区域の全55の学校区で行われている。この委員会では、学校と地域の諸団体の代表者・地域住民が同じテーブルにつき、子どもたちに関わる学校と地域の連携並びに地域間の連携を推進するとともに、地域や学校が抱えている問題について情報交換や意見交換等を行っている。

 

4 学校区政府の設置による新たなガバナンス(共治)の形成と自治の進化へ

 学校区単位に住民が連携しコミュニティを醸成していく発想は従来からある。更に一歩進んでコミュニティの醸成に留まらず、学校区を単位として住民自治の強化に取り組んでいる実例がいくつも出てきていることは、行政の広域化時代においてより良い地域社会を形成するために必要な要請の一つの証左ともとれる。

住民自治は直接請求や意見表明を中心とする枠組みから始まり、今日では政策形成段階における参加の自由度の高まりから、住民が行政の意思決定に与える大きさは増してきている。ただし、その自由度は地域住民の意識にもより、地域によって大きく異なっている[14]

地域自治区の創設は、そうした時代の趨勢を更に推し進め、地域自治における当たり前の仕組みとして住民に予算や意思決定等の権限を委譲することにより、自主的・直接的に地域住民がより良い地域社会の形成に取り組むことを制度的に認めるものである。こうした取り組みは、住民と行政が共に地域を治める共治としての新たなガバナンスを形成する大きな可能性を有している。

しかし、新たなガバナンスの形成を進めるため地域自治区を設置する場合、決して行政からの押し付けであってはならない。なぜなら、自治とは、自分たちのことは自分たちで処理することであり、自らの手で行政を行うことだからである[15]。それが自治行政の一義的な定義でもある[16]。その大原則に立って住民の発意を尊重し、各種の地縁型・知縁型ネットワークを発展的に連携・統合することを促進する必要がある。その拠点となるのが「学校」であり、近隣区域としての「学区域」を単位とすることが最も適した規模である。その上でより多くの権限を委譲して「政府」としての機能を持たせることにより、「学校区政府」の実現を図っていくことである。こうした取り組みにより、住民主導型のより良い地域社会の形成へと進み、日本社会における地域自治の進化を遂げることになるのである。



[1] 老人保健法の一部改正により平成20年4月から施行される「高齢者の医療の確保に関する法律」のこと。平成18年6月14日成立。

[2] 高齢者医療確保法第48条および附則36条に規定。地方自治法第284条3項により設置される。

[3] 総務省のホームページに掲載の議事録を参照した。http://www.soumu.go.jp/singi/No27_senmon14.html

[4] 総務省のホームページに掲載の議事録を参照した。http://www.soumu.go.jp/singi/No27_senmon18.html

[5] 総務省のホームページに掲載の議事録を参照した。http://www.soumu.go.jp/singi/No28_senmon_4.html

[6] 財団法人日本都市センター『近隣自治の仕組みと近隣政政府、2004

[7] C.A.Perry, The Neighborhood Unit, 1929. 倉田和四生役、『近隣住区』鹿島出版会、1975

[8] 財団法人日本都市センター『近隣自治の仕組みと近隣政府』、P5の内容を表にした。「自治体におけるコミュニティ政策等に関する実態調査」は、全国694都市(671市および23特別区)のコミュニティ政策担当課長が対象で、526都市が回答。回収率75.8%

[9] 前記調査の問26のよる記述を表にした。

[10] 総務省「地縁による団体の認可事務の状況等に関する調査結果」。調査基準日は2002年11月1日。

[11] 練馬区の防災対策はホームページの内容を参照した。http://www.city.nerima.tokyo.jp/bousai/

[12] 神奈川県大和市の取り組みは、2005年11月に板橋区で開催された講演会における市長の講演およびホームページの内容を参照した、http://www.city.yamato.kanagawa.jp/seisaku/jichiku/main.html

[13] 千葉県市川市の取り組みはホームページの内容を参照した。http://search.city.ichikawa.chiba.jp/CBSearch/cbswebgw.exe

[14] 例えば武蔵野市の武蔵野クリーンセンター(ごみ処理工場)の建設は、用地選定から建設までを市民参加方式で実現した。しかも、用地選定は、一度市が選定した場所を市民が変更している。参考文献『クリーンセンターの今昔そして未来 パートナーシップの20年』。初代委員長・早稲田大学寄本教授の講義も参考にした。

[15] 自治の定義はgooの辞書を検索した。http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BC%AB%BC%A3&kind=jn

[16]自治の定義はgooの辞書を検索した。http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BC%AB%BC%A3&kind=jn&mode=0&base=1&row=3