地域防災の促進―災害要援護者支援対策について

公共経営研究科 修士課程

45032009彭 淑珍

Peng Shuchen

 

1.はじめに

 多様な特性を持つ高齢者や障害者等の災害要援護者には、防災に関するさまざまなニーズがある。ニーズへの対応にあたって、要援護者自身の自助努力には一定の限界があり、過去の災害では、災害要援護者(災害弱者)の死傷率が高い傾向が見られている(「自主防災組織、ボランティア等と連携した災害弱者対策のあり方に関する調査研究報告書」)

災害対応能力の弱い災害要援護者は、情報の入手や自力での避難が困難であるため、災害時において大きな被害を受け、犠牲者となる可能性が高いことから、行政機関においては、その支援体制を早急に整備する必要がある。

   そこで本レポートでは、ハンディキャップを有し、災害時において適切な防災行動をとる事が困難な人々に対する支援対策について考察するとともに、今後の課題についての提言を行う。

  

2.災害要援護者とは?

   「災害要援護者」とは、災害が発生した場合、自分の身に危険が差し迫って、それを察知する能力(危険察知能力)、危険を知らせる情報を受け取る能力(情報入手・発信能力)、そうした危険に対して適切な行動をとる能力(行動能力)の面で、ハンディキャップをもつ人々である。

   これらの人々は、身体、情報収集・伝達力、知力などにハンディキャップを負っているため、災害時に被害を受けやすい立場にある。

   従来「災害弱者」(注1)という言葉を使用してきたが、近年施策上の用語として、「災害弱者」ではなく「災害要援護者」を使用するようになっている地方自治体が増えている(東京都、神戸市等)。

   具体的には、傷病者、身体障害者、精神障害者、乳幼児、高齢者や、日本語の理解が十分でない外国人、観光客等が考えられる。

 

3.災害要援護者支援体制の確保

   災害発生時において、災害時要援護者のそれぞれの状況に応じた的確な支援を行うため、行政機関は、防災基本計画等において、日頃の備えと災害発生時の対応として、以下の支援体制を確保しなければならないこととされている(災害対策基本法)。

1)災害要援護者の災害に対する日頃の備え

@ 災害要援護者の日常的把握

行政機関は、自主防災組織、ボランティア、自治会、訪問介護員等の活動を通じ、高齢者、障害者等の要援護者の状況を把握し、コミュニティファイル等を作成しておくなど、災害時に迅速な対応ができる体制を整備することとすること。

A 災害要援護者への情報伝達方法の確立

ア 県、市町村は、通常の音声・言語による手段では適切に情報が入手できない災害要援護者に対し、その情報伝達に必要な専門的技術を有する手話通訳者及びボランティア等の派遣・協力システムを整備すること。

イ 外国人住民等の被災情報を把握するとともに、外国語による情報提供、災害情報等の相談を行うほか、インターネット、コミュニティFM等を用いて外国語で提供すること。

ウ 防災に関する外国語パンフレットを配布すること。

B 地域防災計画づくり等への参画促進

災害要援護者を対象とした防災訓練の実施や地域防災計画づくり等に、できるだけ障害者等の参画を促進すること。

C       災害要援護者対応訓練

災害要援護者救護のために、必要な基本的技能(技術)、例えば、負傷時等の応急救護、心肺蘇生法(CPR等の実技訓練や机上訓練や図上演習等についてボランディア等を訓練すること。

D 緊急通報システムの整備

行政機関は高齢者、障害者等と消防本部の間に緊急通報システムを整備し、その周知を図ること。

2)災害発生時の対応

@ 高齢者、障害者等要援護者に配慮した避難所

  行政機関が避難所での対応として、的確な情報を提供すること。

特に、被災直後は情報が不足しがちであるから、必要以上の不安や混乱を与えることのないよう、的確な情報提供が大変重要となる。その際には、テレビ・ラジオなどによる情報のほか、市町村職員等による的確な情報収集と伝達が必要である。避難場所での情報の伝達については、災害要援護者の身体的条件に十分に配慮する必要がある。障害者用トイレの設置、バリアフリー仕様等構造上配慮すること。車椅子、おむつ等の要援護者の救援物質を確保するとともに、イドヘルパー・手話通訳者の派遣等の相談窓口を設置すること。

 A ニーズの把握

  要援護者の場合はとくに、被災直後の対応の遅さや悪さが、後の深刻な身体状況の悪化につながっていく。また、避難所での生活が長くなるほど、身体介護など十分なケア体制の確立が確保されないと、ねたきりや衰弱死など悲惨な事態に結びつく危険が高くなっていくので、要援護者のニーズを把握すること。

 

4、今後の課題

 過去の局所的な農山村型災害では、行政や地域コミュニティによる相互救助により、災害要援護者問題はさほど顕在化しなかったが、現在では、都市化が進行した、伝統的なコミュニティの希薄化や核家族化もあり、災害下で要援護者は過酷な状況に陥ることが多くなってきている。この数年間に多発した、火山噴火災害、風水害、地震等では、高齢者等の避難遅れによる死傷、復旧・復興期における精神的、物質的ハンディキャップによる回復の遅れなどが目立ってきている。

(近年の主な災害で被害の調査研究結果)

災害名

被害を受けに高齢者、障害者等の状況

日本海中部地震(1983・5)

津波で旅行者での死者多数。

避難からとりの残された高齢者も多数。

山陰豪雨災害(1983・7)

死者、重傷者に占める高齢者の割合が高い。

長野県「地附山」地滑り災害(1985・7)

特別養護老人ホーム入所者が逃げ遅れ被災。

神戸市「陽気寮」火災(1986・7)

精神薄弱者施設での火災で多数の死者。

雲仙・普賢岳噴火災害(1990・11〜)

避難生活の長期化に伴う災害要援護者の防災面への配慮の必要性が顕在化。

釧路沖地震(1993・1)

年齢の上昇とともに負傷率も上昇傾向にあり高齢者の被害大。

北海道南西沖地震(1993・7)

死者・行方不明者に占める高齢者の割合が高い。

平成5年8月豪雨(1993・8)

死者・行方不明者に占める高齢者の割合が高い。

阪神・淡路大震災(1995・1)

年齢の上昇とともに死亡率も上昇し、高齢者の被害大。

震災孤児、負傷者、帰宅困難者が、多数に上がったため、問題が顕在化。

障害を持つ人のさまざまな災害時のニーズが顕在化

(出典:「自主防災組織、ボランティア等と連携した災害弱者対策のあり方に関する調査研究報告書」 第二章 抜粋)

 

以下、このような災害要援護者についての今後の課題を検討する。

1)災害要援護者対策の拡大充実に関する課題

     災害要援護者として取り組むべき対策は、拡大充実していく必要がある。

@       対策の対象者の拡大充実

対策の対象者については、寝たきり、一人暮らし等の高齢者や、障害者、乳幼児、外国人等平常時に防災に関し何らかの障害を持つ人、負傷者、孤児、帰宅困難者等災害に伴って出てくる災害要援護者、そして災害要援護者施設に至るまで幅広い対策の必要性がいわれるようになってきている。

A       対策の内容の拡大充実

      対策の内容については、災害発生時に避難誘導、救出、救護や、直後の課題に加え、その後の生活や自立の支援、そして平常時の家族に対する対策の充実についても必要性がいわれるようになってきている。

B       対策を講じる時期の拡大

      対策の内容の拡大充実に伴い、対策を講じる時期も平常時、災害発生直後、生活困難期、復旧・復興期にまで拡大していくことになる。

     このように対策の領域が拡大していくと、災害要援護者を、従来のように行政機関の特定の部署が特定の施策を実施するという固定的なイメージでとらえるのではなく、もっと総合的なイメージでとらえることが必要となってくる。

 

2)自力避難が困難な要援護者に関する課題

     市街地延焼火災の危険地区に病院をはじめ、身体障害者・知的障害者の施設が多く立地している。これらの施設においては、地震発生時に、先ず入所者を建物の外へ出すというだけでも多大な労力と時間が必要とされ、ましてや避難場所まで搬出することになれば、人力だけではとても対応しきれない状況が発生することは明らかである。

 特別養護老人ホームや重度身体障害者施設、重症患者を抱える社会福祉施設・医療関係施設については、基本的には「逃げなくても良い」施設づくりが求められ、それが無理な場合には、タンカ等の設備配置、避難システムなどを前提とした計画を検討する必要がある。

例えば、福祉施設等と地域住民とが、災害時において連携を図ることができるよう、地域の防災訓練に施設の職員等が参加して、災害要援護者の応急救助や介護方法の訓練、施設の防災訓練に地域住民が参加して、入居患者の避難誘導の援助訓練を行うなど、平常時の防災訓練時から連携を図り、相互援助の体制整備を図ること。

 

3)災害要援護者に対する災害情報の提供に関する課題

行政機関は、災害が発生し、あるいは、発生する恐れのある場合には、あらゆる手段を活用して住民に対し、危険を知らせ、迅速な避難ができるよう情報を伝達することが必要である。

しかし、災害要援護者のうち聴覚障害者の場合には、音声で知らされる災害情報は理解できないし、視覚障害者の場合は、視覚で訴える情報では知らせることは出来ない。

また、高齢になると聴覚機能の衰えが多く見られ、防災行政無線が聞き取れないといった障害も生じてくる。外国人の場合、まず、地震時の避難システムそのものを知らないという問題が考えられ、言葉が通じないため与えられた情報が理解できないという基本的な問題がある。

   さらに、災害時、電話回線の混雑や停電等による通信手段の途絶などにより、情報通信機器を使用した情報伝達が機能しなくなる可能性もあるため、人的手段を併用することが有効となる。

そこで、自主防災組織等の地域における支援体制を活用して、災害要援護者の避難が容易に行えるようにすることが必要である。

 

4)個人のプライバシーの保護に関する課題

行政機関は、常に、災害時自力で避難できない要援護者の把握に努めるとともに、災害要援護者に関する情報を登録し、予め救助を担う防災機関等に提供する情報管理システムの確立に努めなければならないこととされているが、その際には、個人のプライバシーに十分配慮しなければならない。

把握した災害要援護者に関する情報を、防災関係機関等と事前に共有しておくことは、災害時に迅速な安否確認を行う上で有効な方法である。しかし、個人のプライバシー保護の観点から、共有する機関については、市町村職員、警察・消防職員、身体障害者相談員・知的障害者相談員など法律上の守秘義務のある者に限るなど、その取り扱いには十分注意する必要がある。

また、個人の情報であっても、災害発生時には、安否確認や避難所での支援等に活用するため、災害時要援護者に関する情報を地方団体(自主防災組織等)に開示する必要もあることから、予め、その内容、方法などについて、災害要援護者本人や家族に同意を得ておく必要がある。

 

 注1、『平成3年度版防災白書』(国土庁)によると、「災害弱者」とは、

1)自分の身に危険が差し迫った場合、それを察知する能力が無い、または困難な者。

2)自分の身に危険が差し迫った場合、それを察知しても適切な行動をとることができない、または困難な者。

3)危険を知らせる情報を受け取ることができない、または困難な者。

4)危険を知らせる情報を受け取ることができても、それに対して適切な行動をとることができない、または困難な者。

参考

消防庁『消防白書』平成14年版  

自主防災組織、ボランティア等と連携した災害弱者対策のあり方に関する調査研究報告書from 消防防災博物館 ホームページ http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index2.cgi?ac1=CB2b&ac2=&ac3=2181&Page=hpd2_view  Retrieved Apr.19, 2004 

藤沢市地域防災計画from 藤沢市役所 ホームページhttp://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/bousai/keikaku/k/ktop.html  Retrieved Apr.24, 2004

大規模災害における応急救助のあり方 厚生省・災害救助研究会ホームページhttp://member.nifty.ne.jp/n-kaz/iinkai/gaiyou.htm  Retrieved Apr.24, 2004

 

災害時要援護者支援対策マニュアルについて 徳島県ホームページhttp://www.pref.tokushima.jp/Generaladmin.nsf  Retrieved Apr.28, 2004