地域防災の促進―自主防災組織について
公共経営研究科 修士課程
45032009彭 淑珍
Peng
Shuchen
1.はじめに
地震・風水害・火災その他の大規模な災害が発生した場合には、消防機関をはじめとする防災関係機関は全力を挙げて防災活動を行っているが、
・ 電話が不通、あるいは輻輳して防災関係機関への通報が困難となる。
・ 道路や橋の損壊、建物の倒壊、路上に放置された自動車等により交通が阻害される。
・ 同時に各地で多数の災害が発生するので、消防力が分散される。
・ 水道管の破裂や停電による断水、貯水槽の損壊等により消防水利が不足するため消火活動が充分に行えなくなる。
等の悪条件が重なり、防災関係機関の活動能力は低下することが予想される。
日本火災学会の調査によれば、阪神・淡路大震災により生き埋めや建物等に閉じこめられた人のうち、生存して救出された人のうち約95%は、自力又は家族や隣人、すなわち救助救出を行う公的機関以外によるものであったとの結果が出ている。
これは、消防、警察、自衛隊などが本格的に機能する前段階などにおいては、住民自らが主役となって防災活動を行うことの重要性を示しているものである。
2.自主防災組織とは?
(1)法的根拠
自主防災組織については、災害対策基本法第5条(市町村の責務)で、「市町村長は、前項の責務を遂行するため、消防機関、水防団等の組織の整備並びに当該市町村の区域内の公共的団体等の防災に関する組織及び住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織(第8条第2項において「自主防災組織」という。)の充実を図り、市町村の有するすべての機能を十分に発揮するように努めなければならない」と定められている。
同法第8条では、国、地方公共団体に「自主防災組織の育成、ボランティアによる防災活動の環境の整備その他国民の自発的な防災活動の促進に関する事項」の実施に努めることを求めている。
(2)自主防災組織
自主防災組織とは、前述のとおり、災害対策基本法上は「住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織」とされているが、これを具体的にいえば、地震、風水害、火災等の災害が発生し、又は発生する恐れがある場合に被害を防止し、若しくは軽減し、又は予防するため、住民が自主的に結成し、運営する組織である。
自主防災組織は、通常は地域(コミュニティ、自治会、町内会単位又は小学校区単位など)で、組織されるものである。
そして、地震や水害などの災害が発生したときには、地域内で中心となって、自らの身を守るための防災活動を行う。
つまり、災害が起こったときに、自らの身を守るために地域で自主的に活動する組織が、自主防災組織である。
3.自主防災組織の役割
自主防災組織は、大規模な災害が発生した際、地域住民が的確に行動し被害を最小限に止めるため、日頃から地域内の安全点検や住民への防災知識の普及・啓発、防災訓練の実施など災害に対する備えを行うとともに、実際に災害が発生した際には、初期消火や被災者の救出・救助、情報収集、避難所の運営など大変重要な役割を担っている。
平常時の活動 |
災害時の活動 |
@地域内の防災環境の確認活動 A防災知識の啓発・普及活動 B防災訓練活動 C防災用資機材の点検整備 |
@情報収集伝達活動 A初期消火活動 B避難誘導活動 C災害弱者への援助活動 D救出救護活動 E救援物資(食事など)の分配活動 F避難所の管理・運営 |
4.自主防災組織の現状と問題点
(1)地域や組織により活動状況に差がある
自主防災組織は、地域住民が「自分たちの地域は自分たちで守ろう」という連帯感に基づき、自主的に結成する組織で、平成12年内閣府の統計資料によると、全国3,252市区町村のうち2,472市区町村で設置され、その数は9万6,875で、組織率(全国世帯数に対する組織されている地域の世帯数の割合)は、56.1%となっている。
組織率については、90%を超える県がある一方で、10%にも満たない県もあり、地域によって差が著しい。
都道府県別自主防災組織の組織率(単位%)
都道府県名 |
組織率 |
都道府県名 |
組織率 |
都道府県名 |
組織率 |
都道府県名 |
組織率 |
北海道 |
26.2 |
東京都 |
72.1 |
滋賀県 |
57.3 |
香川県 |
31.8 |
青森県 |
19.7 |
神奈川県 |
81.3 |
京都府 |
75.6 |
愛媛県 |
29.1 |
岩手県 |
60.6 |
新潟県 |
17.6 |
大阪府 |
52.6 |
高知県 |
14.5 |
宮城県 |
77.3 |
富山県 |
30.9 |
兵庫県 |
76.9 |
福岡県 |
27.5 |
秋田県 |
53.4 |
石川県 |
74.9 |
奈良県 |
20.0 |
佐賀県 |
9.0 |
山形県 |
49.0 |
福井県 |
45.5 |
和歌山県 |
36.8 |
長崎県 |
28.0 |
福島県 |
74.8 |
山梨県 |
94.5 |
鳥取県 |
54.5 |
熊本県 |
15.7 |
茨城県 |
51.4 |
長野県 |
63.7 |
島根県 |
21.8 |
大分県 |
65.0 |
栃木県 |
59.4 |
岐阜県 |
81.4 |
岡山県 |
44.6 |
宮崎県 |
54.4 |
群馬県 |
54.4 |
静岡県 |
97.8 |
広島県 |
53.1 |
鹿児島県 |
28.7 |
埼玉県 |
46.8 |
愛知県 |
90.7 |
山口県 |
20.8 |
沖縄県 |
3.2 |
千葉県 |
48.1 |
三重県 |
72.9 |
徳島県 |
39.3 |
全国 |
56.1 |
(出典「消防白書」平成13年版 第三章)
自主防災組織については、災害が発生しやすい地域においては組織の運営から構成員である住民個々の意識に至るまで、相当に充実している地域もあるが、他方、未だ組織が結成されていない地域も多く存在し、また、組織化された地域においても当初の熱意が風化し、訓練等の活動がほとんど実施されていない地域が存在することも否定できない。
(2)行政主導型による組織化の色彩が強く、住民の行政への依存度が高い。
市町村の「防災基本計画」では、市町村長に対して自主防災組織の育成、充実、環境整備、リーダー研修などについて定めている。自主防災組織は、本来自発的な防災組織であるべきであるが、実際には自発的な防災組織が生まれてこないため、各市町村の防災担当者が主に自治会や町内会に呼びかけ、自主防災の組織化を推進しているのが実情である。例えば、静岡県では、自主防災組織の89.5%は「町内会(自治会)と同じ組織」、となっている(静岡県自主防災組織実態調査報告書、2002)。その結果、一部を除き、自主防災組織の独自性、自主性が育たず、行政主導の組織となってしまっている。
(3)訓練のマンネリ化等、自主防災組織活動が停滞している。
2002年静岡県自主防災組織実態調査報告書によれば、一回当たり防災訓練の参加率は24.8%、平均で自主防災組織に加入する全住民の4分の1程度となっている。訓練の内容は、消火訓練や避難訓練、炊き出し訓練などをあらかじめ決められた人が分担して行う「会場型訓練」が84.1%と大多数となっている。一方「シナリオのない訓練」や「図上訓練」(注1)など実践的な防災活動を想定した訓練を実施している自主防災組織は1割に満たないなど、訓練のマンネリ化問題をいかに避けるかが今後の課題となっている。
(4)活動が真に自主的・主体的なものになっていない恐れが有る。
全国の組織率は年々上がってはいるが、実際は、住民への防災思想・防災知識の普及をきめ細かく行わないうちに、組織することに意義があるように錯覚し、行政間で組織率を競い、組織化推進だけを急いだことによるものと思われる。「自主」の名のとおり、「自分の命は自分で守る」、「自分達の地域は皆で守る」という意識を持つ必要がある。
(5)自主防災組織の役員の短期交替と高齢化等により、新たなリーダーが育ってい ない。
例えば、静岡県では、会長は町内会長と兼務が75.3%を占め、任期は1年以上3年未満、年齢は60歳代が多い。また、防災委員を「任命している」のは県平均で88.6%、人数は10人以下、任期は1年以上2年未満で、年齢は50歳代という自主防災組織がもっとも多い(静岡県自主防災組織実態調査報告書、2002)。
警視庁警備心理学研究会が平成八年に出した、『大震災対策のための心理学的調査研究』によれば、自治会役員の年齢については、20歳代は0人、30歳代は1.4%、40歳代は6.4%という結果が報告されている。新世代のリーダーが育っていない事実を明らかに示している。
リーダーになる人は年功序列や単なる町の有力者だけでなく、情熱を持って活動に取り組むことができ、危機に臨んで行動力と決断力を持った人が望ましい。
(6)マンションやアパートの住民、短期赴任者等を多く抱える地域では、隣保精神・連帯感が希薄であると言われている。
このような地域帰属意識が高いほど、防災意識も高い(「大震災対策のための心理学的調査研究」、1996)。しかし、マンションやアパート居住者のように、居住期間が比較的短い住民に地域帰属意識を持たせるのは、非常に困難なことである。マンションやアパート居住者の多い地域では、それを考慮に入れたきめ細かい防災計画を作っておかなければならないであろう。
5.自主防災組織の今後の課題
都市化の進展とともに共同体的な絆が弱まり、住民相互の自発的な助け合いを期待することは難しくなってきているが、一人ひとりの力を結集し、より大きな力とするため地域単位の自主防災組織を育成することや、活動への積極的な参加を通して、個々人が連帯意識を持つことが大切である。
近年は、住民の防災意識の低下をはじめ、多くの課題も見られるようになってきた。もちろん活発な活動実績により成果をあげている自主防災組織もあるが、日本全体を見ると、社会環境の変化もあり、役員の高齢化や後継者不足、コミュニティ意識の希薄化などによる活動の停滞や、自主防災組織間の格差拡大が顕著となっている。
そこで、これらの課題を解決するため、既存の消防団員や平成12年に創設された防災士に加え、防災ボランティア・コーディネーターなど防災に関する専門的な知識と経験を有する人材に養成するなど、次のような対策を講ずることにより、自主防災組織の活性化を図ることが必要である。
(1)住民自らの主体的な防災活動を促す工夫
地域のイベントなどに防災の観点を盛り込むなど、普段から「楽しみながら」住民の防災意識の高揚を図り、主体的な防災活動が行われる環境を整備することが必要である。
@ 講演会・研修会・出前講座等の開催
A 実践的な防災訓練の実施、指導
B 防災マニュアル・防災マップの作成指導、協力
C 家庭内対策指導
(2)リーダー等役員選任の工夫
自主防災活動は、住民の自主的な活動であり、その活性化にはリーダーの資質と熱意に負うところが大きいものである。そのため、自主防災組織のリーダーには、多くの住民の意見をまとめる見識や資質があり、かつ防災に積極的な関心がある人が望まれる。また、多岐に渡る迅速な対処が必要な防災活動やその準備に対応できる能力も必要である。
消防職員や消防団員経験者、医師、看護婦、自衛隊員経験者、大工等の専門的知識や経験を有する人達を活用する必要である。自主防災組織のリーダー、指導者、協力者等として、自主防災組織の機能向上が、期待できる。
(3)他の地域の自主防災組織等との連携
自主防災組織は一つ地域の防災組織であり、大災害時には、一つ地域だけで対応することが難しいことから、平常時より他の地域の自主防災組織との相互の応援協力体制等の連携を図ることが必要である。例えば、
@ 近隣自主防災組織との定期的な会合
A 災害時の応援協力体制の確立
B 合同訓練の開催
C 避難地の運営体制の構築(分担)
D 保有する資機材情報の提供
(4)消防団、ボランティア、NPO団体等との連携
大きい災害ほど、被害は一地域に限らないので、相互に情報を伝達し合い、助けあわなければならない。また、自主防災組織は、防災関係機関の指導や助言、助力を必要とする面もある。各種訓練の実施や日常活動を効果的に進めるために、防災関係機関や消防団、防災士、災害ボランティア、学校、事業所等の協力が欠かせない。
(5)地域での行政、自主防災組織、ボランティア等の組織の間、積極的な連携を推進するために、これらの組織をつないでくれるボランティア・コーディネーターの養成が必要である。
阪神・淡路大震災をはじめとして、さまざまな災害の現場でボランティアが活躍するようになってきた。災害時に機動性を発揮し、効果的なボランティア活動を行うためには、全国各地から駆けつけるボランティアを受け付け、仕事の配分や調整役となる災害ボランティア・コーディネーターの養成が必要である。
被災地のニーズとボランティア資源とを結び付ける仕事がボランティア・コーディネーターである。災害時にボランティア活動を担う人々は、近年増加しつつあるが、その人々の善意を実際の支援活動として活用するためには、ボランティア・コーディネーターとして高い技術を持っておくことが不可欠なのである。
注 1.災害図上訓練「DIG」(Disaster Imagination Game)
参加者が地図を囲みながらゲーム感覚で災害時の対応策を考える訓練。参加者の防災意識の向上、地域防災活動の促進などに効果がある。
参考文献
野田 隆(1997):『災害と社会システム』,p110-119,恒星社厚生閣。
鹿島 都市防災研究会編著(1996):『地震防災と安全都市』,p101-130,鹿島出版会。
警視庁大震災対策委員会、警視庁警備心理学研究会(1996):『大震災対策のための心理学的調査研究 平成8年度 ―自主防災組織に対する都民の意識―』,p40-51,警視庁大震災対策委員会
消防庁 ホームページ from http://www.fdma.go.jp Retrieved Nov. 24,
2003
消防庁『消防白書』平成13年版
消防庁『消防白書』平成14年版
静岡県「自主防災組織実態調査報告書」平成14年from http://www.e-quakes.pref.shizuoka.jp/data/pref/houkoku/
Retrieved Nov.24, 2003
内閣府防災部門ホームページfrom http://www.bousai.go.jp/ Retrieved
Dec.10, 2003