1クール自治制度演習最終レポート
2004.10.27
大平公一
テーマ「地方分権改革と自治基本条例」
1.はじめに
本レポートの目的は、2000年4月に施行された地方分権一括法が、地方公共団体の活動にどのような影響を与えたのかについて考察することである。具体的には、地方分権一括法の施行と2001年以降、各地方公共団体(特に市町村)で制定されている自治基本条例の関係について考察することである。
地方分権一括法の施行により、機関委任事務制度は廃止され、また地方公共団体の条例制定権は拡大した。このような制度改革は、制度上、国と地方公共団体の関係を対等な関係にし、また地方公共団体の自主性・自立性を向上させるものであった。では、実際、地方公共団体は自主的な活動を行っているのだろうか。
このような問題意識から、本レポートでは、地方分権一括法の施行と2001年以降、各地方公共団体(特に市町村)で制定されている自治基本条例の関係について考察する。
2.自治基本条例の制定状況
(1)自治基本条例とは
一般的に自治基本条例といわれている条例には様々な名称の条例が含まれる。その名称は、「自治基本条例」、「まちづくり基本条例」、「市民自治基本条例」、「行政基本条例」など多岐にわたっている。例えば、東京都杉並区の杉並区自治基本条例、埼玉県志木市の志木市市政運営基本条例、北海道ニセコ町のニセコ町まちづくり条例、などである。その内容も条例ごとに異なっている。自治総合研究センターの調査1)に基づく分類によれば、自治基本条例は、次のように分類することができる。
@市民自治重視型
自治基本条例の要素のうち、市民の行政への参加や意見反映等を重視し、市民自治の促進や充実を重視している類型である。この類型に近いものとしては、会津坂下町まちづくり基本条例、浜北市市民基本条例、などである。
A団体自治重視型
自治基本条例の要素のうち、自治体の行政運営に当たっての基本方針や原則を重視し、これらに関わる規定を重視している。この類型に近いものは、北海道行政基本条例、志木市市政運営基本条例、宝塚市まちづくり基本条例などである。
B総合(まちづくり)型
自治基本条例の要素のうち、市民自治と団体自治の双方をバランスよく盛り込み、両者を総合的にとらえて、規定を盛り込もうとした類型である。この類型に近いものとして、ニセコ町まちづくり基本条例、羽咋市まちづくり基本条例などである。
(2)自治基本条例の制定状況と策定動向
以下では、自治総合研究センターが行った調査2)と横須賀市の行った調査3)をもとに、自治基本条例の制定状況と策定動向について整理してみたい。
横須賀市の行った調査によれば、地方分権一括法が施行された2000年以前で1986年に施行された川口市まちづくり基本条例、1996年箕面市まちづくり基本条例の二つである。また、2000年以降に制定された自治基本条例数は、19(都道府県1・市町村18)である。
表 1
2001 |
2002 |
2003 |
2004 |
・ニセコ町まちづくり条例 ・志木市市政運営基本条例 |
・宝塚市まちづくり基本条例 ・生野町まちづくり基本条例 ・倉石村むらづくり基本条例 ・北海道行政基本条例 |
・清瀬市まちづくり基本条例 ・羽咋市まちづくり基本条例 ・会津坂下町まちづくり基本条例 ・鳩山町まちづくり基本条例 ・杉並区自治基本条例 ・浜北市市民基本条例 ・柏崎市市民参加のまちづくり基本条例 ・吉川町まちづくり基本条例 ・伊丹市まちづくり基本条例 ・菊地市まちづくり基本条例 ・東海市まちづくり基本条例 ・茅野市パートナーシップのまちづくり基本条例 |
・小金井市市民参加条例 ・菊地市まちづくり基本条例 ・東海市まちづくり基本条例 |
次に、自治基本条例の制定に向けて策定作業中である、地方公共団体は、29である。このような地方公共団体の策定開始時期は、2000年以降である4)。
このように、自治基本条例数は、市町村を中心に、2000年以降に急速の増加している。
3.地方分権改革と自治基本条例の関係
(1)地方分権以前に自治基本条例が制定されなかった理由
以上のように、2001年以降、自治基本条例の制定があいついでいるが、なぜ、2001年以前に、自治基本条例の制定は少なかったのであろうか。その原因は二つ考えることができる。第一は、制度上、自治基本条例を制定することは、可能であったかどうか。第二は、制度上、自治基本条例を制定することは可能であったが、その必要性が十分に認識されていなかった。
第一の原因から検討してみたい。2000年4月に地方分権一括法が施行された。この地方分権一括法は、地方自治法の改正を中心に、関連する475本の法律を改正するものであった。具体的には、機関委任事務制度の廃止、条例制定権の拡大、関与のルール化、国地方係争処理委員会に創設などである。このように地方自治法が改正されたのであるが、改正前の地方自治法は、自治基本条例という条例の制定を制限していたわけではない。勿論、他の条例と同様に、「法律の範囲内」という制限は存在した。しかし、法律の範囲内であれば、自治基本条例は制定することができたのである。これは、河口市まちづくり条例や、箕面市まちづくり条例などから明らかである。さらに、制定の動きもあった。例えば、1972年の川崎市の自治基本条例の制定に向けえた取組みである、「都市憲章条例」がある。この条例案は、議会で否決されたために制定されることはなかった。また、1991年に逗子市においても都市憲章制定に向けた動きがあったが、条例が制定されるまでには至らなかった。このような取組みが明らかにするように、制度上は、地方分権一括法が制定される以前でも、自治基本条例を制定することが可能であったのである。しかし、このような制度の枠組みの中で、地方分権一括法の制定以前に自治基本条例なるものは、ごく少数しか制定されていない。
次に、第二の原因について検討する。地方分権改革以前は、国と地方公共団体の関係は、上下・主従の関係であった。すなわち機関委任事務制度に代表されるように、地方公共団体は国の下級機関と考えられ、その行動も国の方針に基づいて行動してきた。このような状況で各地方公共団体は、それぞれの住民自治や団体自治の基本的なあり方を規定する必要性を十分に認識していなかったのである。
(2)地方分権改革以後の自治基本条例
以上のように、地方分権改革以前においては、地方公共団体は自治基本条例を制定する必要が十分に認識されていなかったのである。しかし、2000年に施行された地方分権一括法により、国と地方公共団体の関係は、これまでの上下・主従の関係から対等・協力の関係に変化した。すなわち、地方自治法の第1条の2第1項には、地方公共団体の役割を「地域における行政を自主的かつ総合的に実施すること」と明記され、地方公共団体は自己決定・自己責任で活動しなければならない。
このように地方公共団体の自主性・自立性が求められるなか、各地方公共団体は、これまでのような、国が提示したモデルにもとづいて活動するのではなく、独自の政策を展開しなければならない。その政策を展開する際の基本的な指針が必要であるとの認識が高まったのではないか。このような認識の変化が自治基本条例の制定へと結びついたのである。
4.おわりに
以上のように、地方分権改革が自治基本条例制定の要因となっていることがわかった。しかし、他にも様々な要因があるだろう。例えば、自治総合研究センターの自治基本条例に関する報告書5)によれば、自治基本条例制定の必要性について、地方分権改革に加え二つの要因を挙げている。第一は、近年の住民意識の変化の中で、住民の自治体運営に対する参加と自己決定の要請が強まってきていること。第二は、近年の自治体を巡る厳しい組織・財政環境の中で政策立案と実行に対する十分な検証と効率的で総合的な政策運営が必要になっていることである。
確かに、複数の要因によって、自治基本条例の制定がされている。しかし、地方分権一括法の施行された2000年以降に、自治基本条例の制定数が増加しているということは、事実である。地方分権改革という制度改正が、地方公共団体の市民、職員、議員の意識にも変化を与えているのではないか。地方分権改革は、簡潔に述べれば、地方公共団体の自主性、自立性を拡大するものであった。それは、全国画一的な自治体運営ではなく、これまで以上に、それぞれの地域にあった個性的で独自の自治体運営が求められることを意味する。自治基本条例は、その名称、内容も統一的ではない。これは、地方分権改革の趣旨に沿ったものである。このような意味で、自治基本条例の制定があいついでいる一番の要因は地方分権改革であると思われる。
《注》
1)詳細については、平成14・15年度自治総合研究センター独自研究報告書 「自治基本条例」(神奈川県自治総合研究センター,2004)22頁参照のこと。
2)詳細については、前掲注1)19頁以下参照のこと。
3)詳細については、横須賀市都市政策研究所『自治基本条例制定状況調査報告書』参照のこと。
4)詳細については、前掲注3)参照のこと。
5)詳細については、前掲注1)4頁以下参照のこと。
《参考文献》
・北村喜宣編著『ポスト分権改革の条例法務−自治体現場は変わったか−』(ぎょうせい,
2003)
・北村喜宣編著『分権条例を創ろう!』(ぎょうせい,2004)
・新藤宗幸『地方分権第2版』(岩波書店,2002)