住民投票制度の概要とその法的拘束力
公共経営研究科1年
45041034-2 野口宏志
1.はじめに
前クールで、昨今住民投票が増えている背景を検証した。その結果、個別の政策について議会の決定と民意の間にねじれが疑われその解消を図ろうとしても、選挙のような単一争点ではなく諸争点を踏まえての総合的な選択が行われる制度では、個別争点の是非を問うには不向きでありそのために住民投票が増加していると分析した。
今クールでは、法律上現行の住民投票制度はどのようになっているのかを分析し、さらに法的拘束力の問題を検証する。
2.現行住民投票制度の概要
(1) 法律に基づく住民投票
(@)憲法上の住民投票
憲法上の住民投票として、国政レベルでは憲法改正のためには国民投票を実施して過半数の同意を得なければならない。(憲法96条)また、特定の地方公共団体のみに適用される特別法の制定のためには、その地方公共団体での住民投票により過半数の賛成を得なければならない。(憲法96条)この憲法の規定に基づく住民投票が行われたのは、1949年から52年の三年間に制定された15の法律についてのみである。
(A)地方自治法上の住民投票
@ 条例の制定改廃請求
有権者住民が、その総数の50分の1以上の者の連署をもってその代表者から長に対し条例の制定・改廃を請求する制度である。(地方自治法74条T)地方税の賦課徴収ならびに分担金、使用料および手数料に関する条例を除くという以外、請求できる条例の範囲には特別の制約はない。地方公共団体の事務に関してでありさえすればよい。
現行では、有権者住民の50分の1以上の署名をいくら集めたとしても、議会がそれに基づく請求を否決してしまえば、請求の真の目的は達せられないことになる。したがって、日本のイニシアチブ制度は先に紹介したイニシアチブの制度と比べると、中途半端なものと言わざるを得ない。
A
議会解散請求
有権者住民が、その総数の3分の1以上の者の連署をもって、その代表者から選挙管理委員会に対し、議会の解散を請求する制度である。(地方自治法76条T)選挙管理委員会は、議会の解散請求を受けたときには、選挙人の投票に付さなければならない。(地方自治法76条V)
B 議員・長・主要役員の解職請求
議会の解職請求にあっては、選挙区の有無によって集めるべき署名の数が異なる。選挙区がある場合には、解職請求の対象となっている議員の選挙区に所属する有権者住民の3分の1以上の連署があればよい。しかし、選挙区がない場合には、長の解職請求と同様に、有権者住民の総数の3分の1以上の連署が必要となる。(地方自治法80条T、81条T)また、これらの者の解職請求があされた場合には、議会の解散請求と同様に、有権者の投票が行われ(地方自治法80条U、81条U)、投票の結果、その過半数の同意があったときには、議員・長はその職を失う。(地方自治法83条)
(B)市町村の合併の特例に関する法律に基づく住民投票
市町村の合併の特例に関する法律(以下「特例法」という)の規定による合併協議会に係る住民発議が行われても合併協議会設置に至らない場合が多いことを鑑み、自主的な市町村合併の推進という観点を踏まえ、地域住民の意向がより反映されるよう、住民発議による合併協議会設置の議案が否決された場合に、長からの請求またはそれがなかった場合に有権者の6分の1以上の署名によって行われる直接請求により、合併協議会の設置について住民投票を行うことができることとし有効投票の総数の過半数の賛成があった場合には当該議案について議会が可決したものとみなすこととされたのである。
(2)条例に基づく住民投票
今まで眺めてきたように現行制度上個別の争点を争う住民投票についての法律の規定はない。したがって、それぞれの自治体で住民投票条例を制定するしかない。近年、いくつかの自治体で条例を制定して住民投票を実施している例がみられる。平成14年8月15日現在に住民投票条例が制定されているのは、29団体(1県10市15町3村)である。ただし、すべての団体で住民投票を実施しているわけではなく、それぞれの条例に規定された住民投票実施の時期になれば住民投票が実施されることとなる。平成14年6月10日までに実施された住民投票条例に基づく住民投票は15団体(1県5市8町1村)である。
しかし、繰り返しになるが条例制定の直接請求は議会で可決されなければならず、いくら住民が住民投票条例制定の直接請求を行っても議会で否決されてしまえば住民投票は行われることはない。実際、2001年6月現在で108件の住民からの直接請求のうち、議会で可決されたのはたったの7件(可決率6%)である。
これに対して、近年常設型の住民投票条例を制定する動きも出ている。市長からの提案を受け同市議会が97年に制定した「箕面市市民参画条例」8条は、「市長は、市民の意向を直接問う必要があると認めるときは、市民投票を実施することが出来る」としており、市長発議よる住民投票を規定している。この条例では、市長がその必要を認めても、手続きを定めた実施条例を市議会に諮り制定しなければならず、結論としては投票の実施のために、別条例を必要とする。その意味で議会のチェックを受けるのがこの条例の特徴であり、そのプロセスを経ることにより、議会の権限を侵さない程度、代表民主政と住民投票の整合性を保つ制度になると考えられる。同様な条例は、長崎県小長井町(2000年)、北海道ニセコ町(2000年)、宝塚市(01年)でも制定されている。箕面市型の条例は、住民投票の実施に別条例の制定が必要であり、その意味では純然たる「住民投票条例」ではない。この点に関して、純然たる一般的な住民投票条例を設ける自治体も出てきた。愛知県高浜市(2000年)と群馬県中里村(02年)は、そのまま住民投票が行われる手続きを定めた、いわゆる「常設型」「一般型」住民投票を定めた。「高浜市住民投票条例」は、市長発議、議会請求(過半数の賛成により議決)だけでなく、有権者の3分の1以上の署名によって投票を発議できるとしている。(3条)。
(3)事実上の住民投票
現在までに行われた住民投票は条例に基づくものばかりではない。条例を制定せずに住民投票を実施した例も見られる。一般的な住民投票制度は法律上設けられていないので、地方公共団体の判断で住民投票を実施する場合、その根拠をどこに求めるのか、すなわち条例を制定するのか、あるいは要綱等を定めて行うかはそれぞれの地方公共団体の判断によるものである。条例の場合であっても、要綱等の場合であっても、住民投票に付した事項について住民の意向が示されたという意味においてはその結果に軽重はないと考えられるが、条例の場合は、議会審議を経ており、住民投票自体は必要と判断したと考えられる。
1.住民投票の結果の拘束力
上述のように、法律に基づく住民投票はいずれも住民投票の結果をもって議会や長の意思決定を拘束するものである。条例に基づく制度においても、このような住民投票(拘束型住民投票)が可能か、それとも議会や長に住民投票の結果について「尊重義務」のみを課す住民投票(諮問型住民投票)のみが認められるのか、という議論がある。
そもそも、地方公共団体における権限配分は、行政組織法である地方自治法において規定されているが、住民投票条例では住民投票の結果が長等を拘束するとした場合、議会又は長以外の機関(有権者団体)に権限を配分するということとなるから、法と条例の関係からみて、その条例が違法であるとすることが通説であり、わが国で行われた条例に基づく条例のすべて、また、すでに制定されている常設型の住民投票は、諮問型住民投票である。この通説に対して「長も議会も住民からの付託を受けて民主的正当性を獲得していることから、『住民投票による集団意思』が登場してもそれらは相互に連続的であると見るべきであり、(中略)『住民投票による集団意思』は代表機関とは対立する概念ではない」との主張もある。
また、那覇地裁において、沖縄県名護市における米軍へリポート建設をめぐる住民投票条例に関しての判決で、法的拘束力についての見解が出されている。それによると「本件条例は、住民投票の結果の扱いに関して、その3条の2項において、『市長は、ヘリポート基地の建設予定地内外の市有地の売却、使用、賃貸その他ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行にあたり、地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする』と規定するに止まり、(以下、右規定を尊重義務規定という)市長が、ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、右有効投票の賛否いずれか過半数の意思に反する判断をした場合の措置については何ら規定していない。そして、仮に住民投票の結果に法的拘束力を肯定すると、間接民主制によって市制を執行しようとする現行法の制度原理と整合しない結果を招来することにもなりかねないのであるから、右の尊重義務規定に依拠して、市長に市民投票の賛否いずれか過半数の意思に従うべき法的義務があるとまで解することはできず、右規定は、市長に対し、ヘリポート基地建設に関係する事務の執行に当たり、本件住民投票の結果を参考とするよう要請しているに過ぎない。」とした。(那覇地裁平成12年5月9日判決)本判決は、住民投票条例の法的拘束力にかかる初の司法判断である。この中で、本件住民投票条例の尊重義務規定の法的拘束力を否定している。
このように、判例・通説に則り、拘束型住民投票を行おうとするならば地方自治法の改正、もしくは新規立法の制定をしなければならないことになる。一方、諮問型住民投票でよいとするなら各自治体が常設型住民投票条例を制定するか、その都度個別に条例を制定することで足りる。
2.まとめ
拘束型、尊重型それぞれの問題点を指摘して最後に私見を述べたいと思う。
・拘束型住民投票制度のメリット
@住民の声をストレートに政策に反映させることができ、議会と民意のねじれを直接的に是正することが可能である。
・拘束型住民投票制度のデメリット
@ 迷惑施設の設置に関する住民投票の結果に法的拘束力を認めると、どこにも迷惑施設を作れないということになってしまわないか。そしてその結果として、多額の補償金で解決するやり方が今までよりもひどくなりはしないか。
・尊重型住民投票制度のメリット
@ 首長・議会の判断が入り、二重の考慮が払うことができる。
・尊重型住民投票制度のデメリット
@ 長・議会の裁量で住民投票の結果と異なる判断をすることも可能であり、住民投票が無意味なものになってしまう可能性がある。
・私見
住民投票の意義は、@住民に自己決定・自己責任の場を与えることによって民主主義の促進を図る、A間接民主制の機能不全を解消する、の2点にあると考える。住民投票のような直接民主制度が必ずしも万能だとは思わず、同時に現在の間接民主制が完璧なシステムとも考えることができない。両者は補完しあう関係にあり必要に応じて使い分ける必要があるように思う。間接民主制を基本にしつつも、何らかの理由で議会が民意を的確に汲み取れておらず、民意と議会の決定との間に明らかな差異が存在する場合、住民投票が活用される必要が出てくると考える。その場合、住民の自己決定・自己責任を徹底するならば、やはり拘束型住民投票制度を導入するべきであると考える。そして、住民投票を適切に行うためには公正かつ十分な情報の提供と投票対象の絞込みが必要であると考えるが、この2点に関してはこれからのクールで扱うこととする。
<参考文献>
今井一, 2000, 「住民投票−観客民主主義を超えて−」岩波新書
伊藤祐一郎, 2002, 「住民主体の地方行政システム」ぎょうせい
新藤宗幸, 1999, 「住民投票」ぎょうせい
上田道明, 2003, 「自治を問う住民投票−抵抗型から自治型の運動へ−」自治体研究社
財団法人社会経済生産性本部, 2001, 「地方分権と住民参加を考える−住民投票の論点をめぐって−」
財団法人社会経済生産性本部, 2002, 「住民投票制度化への論点と課題」