今なぜ、「道州制」か
大学院公共経営研究科
45031034-5 西 村 務
1.はじめに
2.「第1次分権改革」期における「道州制論」等の経緯
3.平成における市町村合併の進展と道州制
4.小泉「構造改革」における道州制
5.なぜいま「都道府県改革」あるいは「道州制」が必要なのか
6.道州制論をめぐる背景の比較
7.おわりに
1.はじめに
およそ半世紀ぶりに政府の地方制度調査会(第28次)で、「道州制」に関する本格的な議論が開始された。
いまなぜ、地方制度改革の抜本的改革案とも言うべき「道州制」が、ふたたび地方制度調査会における議論の対象となっているのか。その背景にはどのような環境変化があるのか。これらの問題意識を念頭におきながら、今クールの調査研究を進めていくことしたい。
2.「第1次分権改革」期における「道州制論」等の経緯
「1980年代の初頭から営々として続けられてきた行政改革の流れに、1990年代以降新たに政治改革の流れが合流してきた政治状況の中で、地方分権の推進がひとつの政治課題として設定され、日本の地方制度は久方ぶりに『制度改革の時代』を迎えている。」といわれる。[1]
そもそも、近時の政府レベルにおける道州制や連邦制をめぐる議論(以下、「道州制論」等という。)は、その系譜をたどれば、上に引用した地方分権の推進が政治課題のひとつとして設定された時期にまでさかのぼるものである。すなわち、1987年に、その計画の基本的目標を「多極分散型国土の形成」とした第4次全国総合開発計画が閣議決定されたが、その議論の過程の中から、「都道府県を超えた広域行政のあり方や道州制・連邦制についての議論が政府サイドでも再びクローズアップされることとなった。」とされている。[2]
その後、1995年に制定された地方分権推進法に基づいて設置された地方分権推進委員会の勧告に従って実施に移された分権改革は、同委員会最終報告によって「第1次分権改革」と位置づけられて現在に至っている。[3]第1次分権改革は、機関委任事務制度の全面廃止を実現するなど大きな成果があったと評価されているものである。
ところで、「道州制論」等については、政府のレベルにおいては、前述のとおりであるが、経済団体等においては、地方分権推進委員会制定以前から盛んに議論され、数多くの提言が出されていたのであった。しかしながら、地方分権推進委員会発足に当たっては、当面は現行の都道府県−市町村の2層制の地方自治制度を前提として、この体制の下で可能な限りの分権を推進するという推進委員会の基本方針の下、これらの議論は、委員会審議の冒頭で棚上げがされたのであった。
そして、道州制、あるいは連邦制といった都道府県の改革、あるいは地方制度の改革といった課題については、地方分権推進委員会最終報告において、来るべき「第3次分権改革」の課題のひとつとして掲げられ、今日に引き継がれていたものであった。
すなわち、地方分権推進委員会最終報告によれば、わが国における分権改革のさらなる飛躍のための改革課題として、その三項目に「地方分権や市町村の合併の推進を踏まえた新たな地方自治の仕組みに関する検討」を挙げ、「平成17年3月までの時限法である市町村の合併の特例に関する法律(昭和40年法律第6号)に基づいて進められている市町村合併の帰趨を慎重に見極めながら、道州制論、連邦制論、廃県置藩論など、現行の都道府県と市区町村の2層の地方公共団体からなる現行制度を改める観点から各方面においてなされている新たな地方自治制度に関する様々な提言の当否について、改めて検討を深めることである。」としていたのであった。[4]
そして、報告は「これから平成17年3月までの間に市町村合併がどの程度まで進捗するのかによるが、その帰趨によっては基礎的地方公共団体である市町村のあり方にとどまらず、広域的地方公共団体としての都道府県のあり方の見直しも視野に入れた先に述べたような新たな地方自治制度に関する様々な提言がより現実性を帯びてくる可能性がある。そして、分権改革が次の第2次分権改革から更に第3次分権改革へと発展する段階になれば、地方自治制度の将来像を明確にする必要に迫られるのではないか。」[5]として、第1次分権改革と同時に並行して進められている市町村合併との関連での「道州制論」等の議論の必要性について、のちの問題提起を行っていたのであった。
3.平成における市町村合併の進展
現在、市町村合併が全国的に進行している。「市町村の合併の特例に関する法律」(以下、現行合併特例法という。)に定められた種々の特例措置を受けるべく、各市町村が合併の検討、協議を行っているからである。
総務省の調査によれば、2004年9月現在、およそ2000の市町村が法定協議会に参加している。[6]すなわち、今般の市町村合併が「平成の大合併」とも称される所以である。
現行合併特例法は、2005年3月末に失効するが、本年(2004年)5月19日の第159回国会(常会)において、「市町村の合併の特例等に関する法律」(以下、合併新法という。)が成立し、2005年4月1日から施行されることとなった。2010年3月末までの5年間の限時法である合併新法では、合併特例債が廃止され、合併算定替については、現行合併特例法の合算特例期間10年を段階的に5年に短縮するとされるなど、特例措置については現行合併特例法ほどではない。
しかしながら、合併新法が制定され、市町村合併を推進する手続きについて再度整備が図られたことから、今後も市町村合併が、一定程度の進展をみせることは間違いない。
およそ2000の市町村が法定協議会に参加している状況を見るならば、それによって、先にみた地方分権推進委員会の最終報告で述べられているとおり、「道州制論」等について議論が、より現実味を帯びてきつつあるといえる状況に現在来ているのではないだろうか。
4.小泉「構造改革」における道州制
2001年4月26日に成立した小泉純一郎内閣は、経済、財政、行政、社会、政治の分野における諸改革を「構造改革」として推進している。2003年11月19日の第2次小泉内閣成立後も、その基本的な方向については変更されることなく、今日に至っている。
先に述べた市町村合併については、内閣発足当初より行政の分野における構造改革のひとつとして位置づけられ、内閣における政策会議のひとつとして市町村合併支援本部が、2001年3月27日に設置されているところである。[7]
ところで、構造改革において道州制は、内閣発足当初からの課題として位置づけられてはいなかった。前述のとおり、行政分野とりわけ地方分権の観点から構造改革として位置づけられていたのは市町村合併のみであった。しかしながら、昨年になって道州制が構造改革のひとつとして位置づけられるに至ったのである。その経緯についての概略は次のとおりである。
すなわち、北海道においては、従来から、道州制について検討し提言を行ってきたが、2003年8月26日の小泉総理大臣と高橋はるみ道知事との会談においてなされた、小泉総理から道州制に関する問題提起を受けて、北海道を道州制のモデル地域とする「道州制特区に向けた提案」を発表したところである。
そして、本年(2004年)1月19日の第159回国会(常会)における小泉内閣総理大臣の施政方針演説の中で、現行合併特例法期限後の市町村合併の推進のための措置を講じることとあわせて、道州制に関して、「道州制については、北海道が地方の自立・再生の先行事例となるよう支援してまいります。」として、道州制が触れられたのである。
5.なぜいま「都道府県改革」あるいは「道州制」が必要なのか
ところで、いまなぜ、我が国において「道州制」を検討する必要があるのだろうか。その背景にはどのような環境の変化があるのだろうか。
政府の第28次地方制度調査会における専門小委員会では、道州制に関する検討する検討の必要性について、次のような2項目にわたる基本認識を示している。[8]
「 我が国の地域社会は、人口減少と高齢化の同時進行、経済のグローバル化と産業・就業構造の激変、資源・環境面での制約の顕在化といった、かつてない構造変化に直面していると考えられる。
今後、こうした課題に的確に対応していくためには、地域における総合性・機動性・柔軟性を備え、広域的な圏域を単位として戦略的な施策を展開できるような、安定的で持続可能な行政体制を構築することが必要ではないか。」
「 このため、国と地方の役割分担の基本的な考え方に即して、国の役割は、国際社会における国家としての存立に関わる分野等に重点化・純化していくことが必要ではないか。
また、内政における諸課題への対応は、基本的には地方(広域自治体及び基礎自治体)が主体的に担うことができるようにしていくことが求められているのではないか。」
これを考察するに、前半部は、道州制と地域社会の環境変化との関係を指摘し、我が国が、現在、かつて経験したことのないほどの「構造変化」に直面しており、具体的には、「人口減少と高齢化の同時進行」、「経済のグローバル化と産業・就業構造の激変」、「資源・環境面での制約の顕在化」といった課題が存在していることを述べている。
そして、それらに対応するためには、広域的な圏域を単位とする安定的で持続可能な行政体制の構築の必要性を論じ、道州制検討の必要性を示唆しているのである。
他方、後半部は、道州制と国のあり方との関係を述べている。
国の役割の重点化・純化とともに、内政課題に対応する地方の一翼を担う広域自治体としての道州制を示唆しているのである。
6.道州制論をめぐる背景の比較
久世(2002)によれば、従来、都道府県改革、道州制等が論じられてきた背景については、1950年代の昭和の合併を踏まえて第4次地方制度調査会「地方制」答申に至る過程をもとに「現行の都道府県の区域は、交通・情報の発達など社会・経済の飛躍的発展に伴い、相対的に狭小になっているという認識のもと、都道府県の区域を越えて広域に処理すべき行政需要が増大しており、これに適切に対応する必要があること、また、国からの権限移譲等によって社会圏・経済圏に対応した総合的な施策を展開する必要がある、との観点から、『道州制』等の導入が論じられてきたものといいうる」とし、近時、なぜ都道府県改革あるいは道州制が議論の対象となっているかということについては、上記のような状況に加えて「市町村合併の推進に関連して、今後、市町村合併が進み市町村の規模・能力が大きくなれば、都道府県の果たす役割や機能も変わるとともに、その規模も拡大する必要がある、と観点から道州制の導入が論じられている」としている。[9]
他方、田村(2003)によれば、近年、道州制、連邦制に関する提言が活発に行われるようになってきた背景について次のように述べている。すなわち、「市町村合併が進行し、広域自治体としての都道府県のあり方がクローズアップされていることや、国、地方を通じた財政危機によって、行政のスリム化を求める動きがこれまで以上に強まっており、国の地方支分部局と都道府県を統合して行政改革につなげようという思惑も絡んでいるものと思われる。」[10]とし、市町村合併の進展に加え、近年著しい財政状況の悪化についても、その論議に影響を与えているとみている。
さらに、田村の背景論について考察をしてみると、道州制論の背景としては、市町村合併の影響とともに、財政危機、行政改革といった要因が挙げられている。そして、近時の道州制等の提言について、その冒頭で「なぜ現行の都道府県制度を改革する必要があるかについて明らかにしている」とし、それらは、大きく5つの観点に要約されるとしている。[11]すなわち、「@現行の都道府県の区域と実際の経済圏等とが乖離し、また、広域的な行政需要への対応が困難となっているという観点、A都道府県間の規模・能力を是正する観点、B市町村合併の進展と地方分権による新たな政府間関係の構築が必要であるという観点、C未曾有の財政危機へ対処するために行政のスリム化を図るべきであるという観点、さらにはD都道府県と市町村間の二重行政や都道府県による過度の関与を解消するために改革が必要であるという観点である。」そして、このうち「特に3番目と4番目の観点が近時の提言では強調されていることが特徴として挙げられる」としている。
7.おわりに
以上をまとめると、第1次分権改革においては、その初期の段階で、議論提言が活発化したものの、現行の2層制を前提として、可能な限りの分権を進めるとの地方分権推進委員会の基本方針から、道州制論等についての議論が棚上げとされた。そして、同委員会の最終報告の中で、来るべき第3次分権改革における主要な課題のひとつとされたのであった。
他方、第1次分権改革と同時に推進された市町村合併は、近年大きく進展しており、それを踏まえて、地方制度調査会における議論も開始された。
これらのことから、道州制論等についての議論が近年政府において注目を集めている背景には、市町村合併を含めた分権改革の進展が大きく影響していると考えられるのである。
その一方で、分権改革の進展とは別に、わが国の地域社会を取り巻く環境の変化、具体的には少子高齢化や、財政の危機的状況などといったものがあり、さらには、経済のグローバル化などの国際関係における環境の変化といった現象もまた、近時の道州制論等の議論に影響を与えているということができるのである。
(以 上)
(参考文献)
・ 大杉覚(1994)「行政改革と地方制度改革」西尾勝・村松岐夫編『講座行政学2 制度と構造』有斐閣、pp285-326
・ 久世公堯(2002)「『道州制』を考える(1〜4)」『自治研究』第78巻第8号〜第11号
・ 田村秀(2004a)「道州制・連邦制−これまでの議論・これからの展望−」ぎょうせい
・ 田村秀(2004b)「道州制・連邦制論」横道清孝編著『地方制度改革』自治体改革1ぎょうせい、pp263-288
・ 地方分権推進委員会(2001)『地方分権推進委員会最終報告‐分権型社会の創造:その道筋‐』(http://www8.cao.go.jp/bunken/bunken-iinkai/saisyu/index.html)
・ 西尾勝(2001)『行政学(新版)』有斐閣
(参考Webサイト)
・ 総務省合併相談コーナー(http://www.soumu.go.jp/gapei/index.html)
・ 総務省審議会情報(http://www.soumu.go.jp/singi/singi.html)
・ 北海道庁企画振興部地域主権推進室道州制グループ(http://www.pref.hokkaido.jp/skikaku/sk-ssnji/bunken/doushuuseitop.htm)
(注)
[1] 西尾(2001)pp91。
[2] 田村(2004a)pp85。
[3] 地方分権推進委員会最終報告、第1章(http://www8.cao.go.jp/bunken/bunken-iinkai/saisyu/1.html)。
[4] 同上、第4章(http://www8.cao.go.jp/bunken/bunken-iinkai/saisyu/4.html)。
[5]
同上、第4章(http://www8.cao.go.jp/bunken/bunken-iinkai/saisyu/4.html)。
[6] 総務省合併相談コーナー(http://www.soumu.go.jp/gapei/hirougoki.pdf)
[7] ただし、設置は前内閣(森喜朗内閣)のもとである。
[8] 第28次地方制度調査会第8回専門小委員会配布資料(http://www.soumu.go.jp/singi/pdf/No28_senmon_8_s1.pdf)。
[9] なお、久世(2002)については、都道府県改革、道州制を、第2次分権改革の課題のひとつであるとしている。
[10] 田村(2004b)pp264。
[11] 以下、5つの観点の整理については、同じく田村(2004)pp265-266を参照した。