市町村合併が都道府県の機能に与える影響について

 

 

大学院公共経営研究科

45031034-5 西 村  務

 

1. はじめに

2. 都道府県の機能の空洞化

3. 都道府県の機能の空洞化を促す制度的要因について

3.1 法令による事務権限移譲

3.1.1 大都市制度

3.1.2 町村合併による市制

4. まとめ

 

1. はじめに

来年41日、静岡市が政令指定都市に移行することが正式に決まった。1022日に政府は、関係する政令の閣議決定を行った。これにより静岡市は、全国14番目の指定都市となる。

指定都市をはじめとする大都市制度の適用が新たに認められる市や、町村合併により市制施行する自治体が増加することは、都道府県の事務・権限の政令指定都市等への移譲は都道府県機能の空洞化を意味するとの指摘がある。[1]

また、今般の第28次地方制度調査会への諮問文をみると「『道州制のあり方』、『大都市制度のあり方』その他最近の社会経済情勢の変化に対応した地方行財政制度の構造改革について、地方自治の一層の推進を図る観点から、調査審議を求める。」となっており、道州制と大都市制度に関する調査審議が同時に諮問された。このことは、道州制、あるいは府県制といった広域自治体制度と大都市制度が制度的に密接に関連していることのひとつの表れとみることができる。

したがって、今後、都道府県のあり方を問い直し、わが国の分権型社会における新たな広域自治体を制度設計していくためには、府県、あるいは道州と大都市を含めた市との役割分担を明確にし、新たな関係を再構築することが不可欠の作業のひとつといえる。

他方、地方分権一括法による改正により、地方自治法に創設された「条例による事務処理の特例」制度(以下、「事務処理特例制度」という。)についても都道府県機能の空洞化を促進する要因として考えることができる。この制度は、都道府県と市町村との協議によって都道府県の事務を配分するというものである。大都市制度の適用のない市町村については、この制度によって都道府県からの事務・権限の移譲が受けられるのである。さらに今般の地方自治法改正によって、市町村から都道府県に対して事務処理の特例に係る条例の制定を要請することが可能となった。

都道府県の機能の空洞化を促す制度的要因としては、上述の大都市制度適用、市制施行といった法令に基づく事務権限移譲とあわせて、「事務処理特例制度」のように協議によって都道府県から市町村への事務の再配分を進める制度が考えられる。

そこで、今クールでは、まず都道府県の機能とは何かということについて考察し、それらを踏まえて、都道府県の機能の「空洞化」とはどのようなものかについて概略を把握することとする。

次に、平成の市町村合併以降、政令指定都市等の大都市制度が適用された自治体および町村合併によって市制施行に至った自治体の増加の推移を取り上げ、近時、都道府県機能の空洞化の進展が見られることを明らかにすることとしたい。

 

2. 都道府県の機能の空洞化

ところで、都道府県の機能の「空洞化」ということについては、おおむね都道府県から市町村への権限の移譲に着目した整理が行われることが多い。[2]

現行の制度でみると概ね2つの側面で捉えることができる。すなわち、一つ目の側面は法令に関するものである。具体的には、政令指定都市等の大都市制度、あるいは市制の施行による法定事務権限の移譲、都道府県の関与等の特例といった法律上の制度である。現在進展している市町村合併では、次項でみるとおり大都市制度の適用を申請する市あるいはそれを目指した合併協議、また、市と町村の合併および町村の合併による市などが増加の傾向にある。これら大都市移行あるいは市制移行により事務権限の移譲、あるいは都道府県の関与等がなくなることによって、当該都道府県にとっては、これまで当該市の区域において果たしてきた機能が、新しい市に取って代わられることになる。

また、2つ目の側面は条例に関するものである。具体的には、都道府県と当該市町村との間の協議で任意の事務の再配分を行うことができる、いわゆる「事務処理特例制度」である。任意の協議により従来都道府県の事務であったものが、当該市町村に配分される。このことによっても、都道府県が当該自治体の区域で果たしてきた機能の一部が、当該自治体に取って代わられることになる。

以上のことから、ここでは、「空洞化」について、仮に概略次のようなことであると考えることとする。すなわち、府県機能の空洞化とは「従来都道府県の事務権限とされていた事項が、大都市制度適用あるいは市制施行によって法令の規定によって市の事務となること、あるいは、『事務処理特例制度』の活用により、従来都道府県の事務であったものを当該都道府県と市の間の協議によって、市の事務とすること。これらのことによって、都道府県の事務権限ののうち、当該市にかかるものが移譲されること」と仮に考えることとしたい。

それでは、市町村合併の進行する現在の状況はどうなっているのか。以下では、上記の仮定義の内容と、市町村合併の現状を踏まえながら、先に見た都道府県の機能について、その空洞化の進展状況を考察していくこととしたい。

なお、今課題においては、「事務処理特例制度」の考察については、紙幅の都合上割愛し大都市制度に関する考察を中心に述べ、「事務処理特例制度」の考察については、クールをあらためることとしたい。

 

3. 都道府県機能の空洞化を促す制度的要因について

3.1 法令による事務権限移譲

3.1.1 大都市制度

現在、大都市制度には、指定都市制度、中核市制度、それに特例市制度がある。

それぞれに、定められた人口要件等を満たせば、政令で指定されることにより当該制度の適用が認められ、事務配分、国、都道府県の関与、行政組織、財政に関する特例が認められる。

以下では、都道府県の機能に影響を与えると考えられる各制度の事務配分の特例の内容を概観し、今後指定が予想される自治体の数を踏まえ、これらの状況から都道府県の機能の空洞化が進むとされることを明らかにしたい。

まず、指定都市についてである。

地方自治法によれば、指定都市は、都道府県が処理する事務のうち、社会福祉、保健衛生、都市計画等に関する18項目の事務の全部または一部を処理することができるとされる(自治法第252条の191項)。また、これら地方自治法規定の事務配分の特例のほかに、個別法により、都道府県が処理する事務のうち、国土交通行政、文教行政、環境保全行政等に関する特定の事務の全部または一部について、指定都市が処理することとされているものがある。なお、ここではそれらの詳述は省略する。

ところで、冒頭に述べたとおり、200541日に清水市と合併した静岡市の指定都市移行が決定しているが、このほかにも、今般の市町村合併により新たに指定都市となる予定の自治体があるといわれる。[3]それによれば、今後、大阪府堺市、新潟市、静岡県浜松市が指定都市移行を目指しているという。仮に、これらの指定都市が誕生すれば、静岡県や大阪府においては、神奈川県や福岡県と同様に、県内に指定都市が2つ存在することとになる。[4]

合併によって規模を拡大し、さらに指定都市となることによって事務配分の特例等によって都道府県からの相当程度の事務の移譲を受け、また当該都道府県の関与も緩和される。それによって、従来以上に規模能力の面からの向上が図られたこれらの自治体は、府県との差が縮小するものと考えられる。そして、そのような指定都市まで視野に入れた合併協議がいくつかの地域において進行しているのである。

以上のようなことから、社会福祉や保健衛生、都市計画等の分野においては、都道府県の機能が当該新市に代替されていくものと考えられる。

つづいて、中核市制度についてみていく。

地方自治法第252条の221項によれば、中核市は、指定都市が処理することができる事務のうち、都道府県がその区域にわたり一体的に処理することが中核市が処理することに比して効率的な事務その他の中核市において処理することが適当でない事務以外の事務で、政令で定めるものを、政令で定めるところにより、処理することができるとされている。具体的には、社会福祉、保健衛生、都市計画等に関する事務について、自治令に規定されているが、そのほか、環境保全に関する事務(大気汚染防止法、同施行令に規定)、都市計画に係る開発行為等に関する事務(都市計画法に規定)などについて、個別の法令にも規定がある。また、中核市は保健所が設置されること(地域保健法、同施行令に規定)から、個別の法令により保健所設置市の事務とされるものも、中核市の事務となっている。

ところで、平成1641日現在、中核市に移行した市は、35市(指定都市移行予定の静岡市を除く)あり、このほかに対象要件をみたしている市が2市(八王子市、東大阪市)あるところである。また、今後も、各地で中核市移行を視野に入れた合併協議が進んでいるところである。[5]

これらのことから、新たに中核市が増加することで、新指定都市の増加と同様に、これまで当該市町村域で果たされてきた都道府県の機能が、特定分野においては新中核市に取って代わられることとなることが、今後も増加をつづけるとみられるのである。

最後に、特例市制度についてである。

地方自治法第252条の2631項によれば、特例市は、中核市が処理することができる事務のうち、都道府県がその区域にわたり一体的に処理することが特例市として処理することに比して効率的な事務その他の特例市において処理することが適当でない事務以外の事務で、政令で定めるものを、政令で定めるところにより、処理することができるとされている。具体的には、自治令に規定された都市計画等に関する事務のほか、環境保全に関する事務(騒音規制法)などが個別法令に規定されている。

次に、特例市の現在の移行状況についてであるが、対象要件を満たしている市が57市(指定都市、中核市を除く)のところ、平成1641日現在、40市が特例市となっているところである。

今回の演習課題の調査において、特例市を目指した合併協議の動きについては、具体的に確認することができなかったが、今後、特例市への移行を目指した既存市と町村合併の動きが出てきた場合には、上に見た事務権限の移譲による都道府県の機能の新市による代替ということが起こってくる可能性があるといえる。

 

3.1.2 町村合併による市制

つぎに、町村合併によって新たに市となった場合のケースについて考える。

市と町村における機能の違いのうち、都道府県の機能に影響を与えるものに限ってみると社会福祉関係の分野での違いが挙げられる。

具体的には、市においては社会福祉法第14条第1項の規定により、福祉事務所の設置が義務付けられており[6]、町村合併により新しく市となった場合、福祉分野の事務・権限が、当該都道府県から移管されることになるのである。

ところで、現在の合併の進展状況において、町村合併により新たに市となる合併協議の件数をみてみると、20041022日現在、新しく市制に移行する予定の協議件数は、全国で11件あり、既存の市との編入または新設合併により新市となる合併協議の件数は35件ある。[7]

これらの数字から、社会福祉分野に限っていえば、相当程度の機能が、都道府県から新市に代替されることが予想される。

 

4. まとめ

これまでについて総括すると、指定都市については、今後の合併協議の進捗に条件付けられるものの、静岡市をふくめ新たに4市が予想されている。中核市、特例市の予定件数については、全国すべての合併協議の調査を待たなければならないため、全数を把握することはできなかったが、各地で移行を目指した協議がいくつか進行中であることが確認された。町村合併からの市制移行、あるいは既存市と町村合併による新市移行については、それぞれ11件、35件が進行中であった。

これらのことを総合すると、平成の市町村合併と呼ばれる合併協議が全国的に始まって以降、今クールの課題作成時点までの件数も含め、社会福祉、保健衛生、都市計画等の行政分野において、従来都道府県が担任していた事務・権限が、相当程度新市に代替される状況にあることが明らかになった。言い換えれば、都道府県の機能の空洞化は、今後も一定の規模、あるいは相当程度の規模で進展するものと予想されるのである。

さらには、今クールでは取り上げることができなかった「事務処理特例制度」の活用の動向についても、一部自治体においては積極的に活用している事例が確認されており[8]、その点からの都道府県の機能の空洞化という観点からの調査が待たれるところである。

今後は、特定の行政分野においてその事務・権限を新市に移管した都道府県が、どのような機能を新たに果たしていくことが望ましいのかということについて、調査研究が行われる必要があるといえる。

 

(以 上)

 

(参考文献)

     河内隆・佐々木浩・米田順彦『地方自治の構造』地方自治総合講座1(ぎょうせい 2002年)

     市町村自治研究会編『Q&A市町村合併ハンドブック(第3次改訂版)』(ぎょうせい 2004年)

     田村秀『道州制・連邦制−これまでの議論・これからの展望』(ぎょうせい 2004年)

     辻山幸宣『地方分権と自治体連合』(敬文堂 1994年)

     松本英昭『要説地方自治法(第2次改訂版)』(ぎょうせい 2003年)

     吉川浩民「新都道府県論」横道清隆編著『自治体改革1 地方制度改革』(ぎょうせい 2004年)第3章第1

 

(参考Webサイト)

     地方制度調査会(http://www.soumu.go.jp/singi/singi.html

     総務省自治行政局合併推進課(http://www.soumu.go.jp/gapei/index.html

 



[1] たとえば、田村(2004160頁。「市町村合併によって政令指定都市や中核市が多数誕生することは、すなわち都道府県の権限の一部がこれらの市に移譲されることを意味し、この結果、都道府県の機能が行政分野(保健、福祉等)によっては空洞化することが考えられる。さらに、農林事務所や土木事務所をはじめとした都道府県の公共事業に関する出先機関の事務権限も市に移譲されれば、都道府県の機能は劇的に変化するものと考えられる。あるいは、辻山(1994209213頁。

[2] たとえば、辻山同 209213頁では、府県機能の「空洞化」あるいは「希薄化」を促す要因として、(1)政令指定都市の増加、(2)市町村への権限移譲の進行、(3)地域中核都市構想、(4)市町村連合構想、(5)パイロット自治体構想を列挙している。このうち、(3)については中核市として制度化が実現している。

[3] 読売新聞 20041023日朝刊 解説面。

[4] 読売新聞 前掲記事。

[5] たとえば、200527日を合併期日としている三重県四日市市と三重県楠町の例(http://www.city.yokkaichi.mie.jp/gapei/index.html)、あるいは大垣市を中心とした西濃圏域合併協議会の例(http://www.seino-gappei.jp/)がある。

[6] 市町村自治研究会編(200475頁。

[7] 総務省自治行政局合併推進課「合併相談コーナー」(http://www.soumu.go.jp/gapei/index.html

[8] 三重県、静岡県等である。