現在の市町村合併の動向と都道府県制度に与える影響について
大学院公共経営研究科
45031034-5 西 村 務
1.はじめに
2.現在の市町村合併の動向
3.都道府県制度に与える影響
3.1「府県空洞化論」
3.2「府県純化論」
3.3 両論の考察
4.結語
1.はじめに
総務省の調べによると、平成16年7月16日現在、法定協議会は578設置され、関係する市町村は1,953にも及んでいる。同年7月1日現在の市町村数は3,099であるが、これら法定協議会が、すべて期日通り合併をしたと仮定すると、市町村数は3,099から1,724にまで減少することになる。
また、同年4月1日現在の数字では、法定協議会、任意協議会、研究会等合併に関する機関を設置して合併を検討中の団体数は2,335、機関数は727にも上っており(当レポート中、図表2)、これらの数字から、研究会等を含めすべての合併が実現したと仮定した場合には、市町村数は1,500程度になるものと予想される。
さらに、今般の通常国会において、市町村合併に関する合併三法が成立するに至った。合併三法とは、すなわち「市町村の合併の特例等に関する法律」、「市町村の合併の特例に関する法律の一部を改正する法律」および「地方自治法の一部を改正する法律」であり、これにより平成16年度末以降も市町村合併を推進する仕組みが整備されることとなった。新たな法整備の実現により、今後も市町村の合併に向けた動きは続くものと思われる。
今クールにおいては、現在進行している市町村合併の最新の動向を把握するとともに、それが現行の都道府県制度に与える影響、衝撃等について、先行文献等の考察も交えながら検討することとしたい。
そのうえで、都道府県制度あるいは道州制といった、わが国におけるあるべき広域自治体制度の姿について考えるにあたっての示唆が得られることを期待するものである。
2.現在の市町村合併の動向
まず、現在の市町村合併の最新の動向について詳細を見ていくことにする。
冒頭にも述べたが、総務省の調べによると、平成16年4月1日現在、法定協議会は534設置され、関係する市町村数は1891に及んでいる。(別表1)
なお、最新動向について、平成16年7月16日現在でみると、法定協議会は578設置され、関係する市町村は1,953にも及んでいる。
以上が、法定協議会および任意協議会の全国の設置状況である。
また、研究会等を含めた数字でみると、さらに多くの市町村が関係していることがわかる。(図表2)
以上のような資料から通観してみると、法定協、任意協の設置数で見た市町村数は、1)全国合計では、5割弱の減少が見込まれる、2)都道府県別では、7割を超える市町村の減少が起きる県が発生する(大分県)、3)5割を超える市町村数の減少が起きると見込まれる都道府県は22県に上る、といったことが確認できる。
3.都道府県制度に与える影響
それでは、現在進んでいる市町村合併は、都道府県制度にどのような影響を与えるのだろうか。
現在の市町村合併と都道府県制度との関係について論じた論考はいくつかあるが、ここでは、相対すると思われる2つの先行文献を取り上げ、それらを対比させつつ筆者の見解を述べることとしたい。
まず取り上げるのが、市町村合併が進むことによって府県機能の空洞化が進むという議論である。ここでは、そのような議論を、便宜上、仮に「府県空洞化論」と呼ぶことにする。
3.1 「府県空洞化論」
「府県空洞化論」の立場をとる論者の一人は、佐々木信夫である。彼によれば、「府県はこれまで中間政府として、広域的な仕事や国と市町村の連絡調整、高度で専門的な業務といった役割を果たしてきた。分権化後は知事の政治的ポストの重みも増し、改革派知事の世論形成や国政への影響力も増している。ところが今後、市町村合併が進むと、相対的に府県機能は『空洞化』していくことが想定される。」(佐々木 2004 241−242頁)とし、近い将来の府県機能の変化について、次のとおりまとめている。
「@市町村重視と二重行政の解消で府県行政の空洞化が進む。
A合併できない町村の垂直補完機能が強まる。
B合併市町村(都市自治体)への事務・権限委譲が進む。
C府県の広域行政機能が重視され、府県を越えた連携が強まる(府県連合)。
D国からの更なる権限委譲(県内完結型の公共事業など)が進み、広域権限が拡大する。」
(佐々木 前掲書 242頁)
そして、これら5つの予想される変化のうち、「@とBは府県が空洞化する要因となる。しかし一方、CとDという新たな機能強化もあろう。Aは今後の町村制見直しと絡むが、町村の垂直補完は避けて通れまい。」(佐々木 前掲書 242頁)とし、その先の中長期の変化として、次のようなシナリオを提示している。すなわち、
「@複数県の自主合併が進み、新しい県が生まれる(岩手、秋田、青森県合併など)。
A道州制への移行(府県合併+国のブロック機関の統合)が行われる。
B遠い将来、連邦制への移行(憲法改正。究極の分権国家の確立)もありうる。」
(佐々木 前掲書 242頁)
なお、このレポートでは取りまとめることができなかったが、現在進行中の動きとしては、合併により都道府県からの事務権限の移譲を受けることができる政令指定都市や中核市、特例市といった大都市制度の適用を目指して合併を志向する動きも全国的に見られるところである(政令指定都市を目指す例として、浜松市を中心とした天竜川・浜名湖地域合併協議会や岡山市を中心とした岡山県南政令市構想合併協議会等)。
また、中津川市・山口村合併協議会のように都道府県境を越えて設置されている合併協議会もあるが、このような動きは特に、都道府県の具体的な「かたち」を変える動きとして報道等により注目されているところである。
さらには、市町村合併の動向を踏まえて、県から市町村に率先して事務委譲を推進する構想も提起されている。静岡県の例がそれである。(以下、静岡県 2003)
静岡県の構想によれば、
「合併後の市町村も、その規模等により、財政的な制約のほか、例えば、専門的な人材の確保が困難である等の理由から、保健福祉、まちづくり、教育等の分野で住民のニーズに対応したサービスを十分に提供できない可能性がある。特に、指定都市とそれ以外の市町村との間では、行財政基盤と自治能力に大きな格差が生ずる恐れがある。また、県が提供しているサービスの中には、住民に身近なところで総合的に提供されることが望ましいものもある。
このような観点から、これらの住民に身近な行政サービスを自己完結的に実施することが可能な組織体制を構築していくことが重要である。」
とし、具体的な構想として、
「・新たに誕生する指定都市(レポート筆者注:新「静岡市」および浜松市を中心とした「天竜川・浜名湖地域合併協議会」)は、地域の課題に総合的に対応できるよう、県の事務を大幅に移譲する新型指定都市を形成する。
・新型指定都市以外の地域は、広域連合を設置して、広域連合と区域内の市町村で原則として新型指定都市と同様の機能を担うこととする」
とし、県内を同等の機能を持つ指定都市と広域連合に再編することを提言しているのである。
このような提言は、県の側からの積極的な動きとして今後の展開が注目されるところである。
3.2 「府県純化論」
他方、市町村合併が進んだ場合でも、相対的にはその役割は低下するものの、府県自体の存在意義は問われるほどの影響はなく、府県機能は純化の方向に向かうとすることを前提として、現在の市町村合併の動きを都道府県のあり方を問う運動としてとらえる運動とすべきという立場が表明されている。そのような立場を、ここでは仮に「府県純化論」と呼び、先に述べた「府県空洞化論」の議論と対比することとしたい。
「府県純化論」のような議論は多くの論者から提示されているが、ここでは原田晃樹の議論を取り上げることとしたい。
原田によれば、市町村合併が進展する中での都道府県について、次のように述べている。
「現在の市町村合併が進展すると、市町村間の規模・能力の差は一層拡大し、都道府県に期待される役割の大きさは、地域によって濃淡が生まれるものと見込まれる。ただし、都道府県の役割は総体として低下の方向に向かうものの、それは主に特例市以上の市に対してであり、しかも必ずしも十分な事務権限の移譲は期待できない。市町村合併の進展を待つだけでは、都道府県の事務量の削減や関与の大幅な縮小にはつながりにくく、都道府県の存在意義が問われるほどの影響は生じない可能性が高いのである。」(木佐監修、今川編 2003 217頁)
とし、さらに
「全国的な市町村合併の動きに呼応して、道州制などの都道府県再編論がにわかに提起されつつある。しかし、まず地方分権一括法の趣旨に沿うような形で都道府県と市町村を対等・協力の関係に改善し、都道府県の役割を改めて見直す改革を推し進めることが先決である(以下略)」(木佐監修、今川編 前掲書 217頁)
と述べているのである。そして、都道府県の将来像については、以下のように述べている。
「ごく大雑把にとらえれば、都道府県の機能は純化の方向に向かうことを前提に、都道府県の事務のうち全県的に対応すべきものを本庁機能とし、それ以外の圏域や地域単位で対応することが望ましいものを都道府県の地域機関や市町村間の水平補完の機能に委ねるということになろう。
このうち、本庁機能が実質的な意味で広域自治体と呼ぶにふさわしい機能である。道州制など都道府県再編論は、この機能の拡充を求めるものである。」(木佐監修、今川編 前掲書 222頁)
3.3 両論の考察
以上、進展する市町村合併が、都道府県制度に与える影響について論じた代表的な論考をみてきた。
そこで次に、これらの議論について若干の考察を行いつつ、現時点での筆者の見解を述べることとしたい。
結論から最初に述べれば、筆者は、今後の都道府県は、おおむね「府県空洞化論」が述べているような方向に進むのではないかと考えている。
その理由としては、1)市町村合併が、現時点では、政府与党の目標とする1000(平成16年度末)には到達しないと予想されるものの、当レポートの冒頭で示した法定協議会数、任意協議会数等の資料から、2000は大きく下回ることが予想されること。2)そのことを踏まえ、大分県など県内の市町村数が激減する県が出てくると予想されると同時に、都道府県の事務権限の移譲対象となる、大都市制度適用の団体(政令指定都市、中核市、特例市等)の増加が予想されること。3)佐々木信夫が指摘するような「府県の広域行政機能が重視され、府県を越えた連携が強まる」(佐々木 前掲)と予想されること、が挙げられる。
ところで、府県域を越える広域行政機能に関して、先に取り上げた原田は次のように述べている。すなわち、「現状を見る限り、都道府県制に変更を加えてまで、その区域や権限を拡大しなければならないほどの差し迫った広域行政需要は存在しない。(中略)広域行政需要は(略)、国の出先機関の強化、道路法・河川法等の改正による国の事務への引き上げ、特殊法人の設置などによってある程度解消されて」(木佐監修、今川編 2003 217頁)いるとしているのである。
しかしながら、この点について筆者は、にわかに同意することはできない。
この点について、先に引用した部分で、原田が現在ある程度解消しているという道路法・河川法上の事務などを例に考える。
すなわち、それらの事務については、現在では、地域の自己決定の観点からは、むしろ広域自治体が担うべき事務といえるのではないか。そしてその際には、たとえば、一級河川では、複数の県にまたがる流域を有する大規模な河川の場合、国(各地方整備局)と都道府県が区域を分けて管理している現状を改め、都道府県の加入する広域連合(地方自治法第291条の2)や、地方整備局も含めた統合的な管理の方法が模索されるべきではないかと考えるからである。河川と同様、管理を分け合っている道路の場合も同様のことが言えるのではないか。
政府の第27次地方制度調査会答申でも、「都道府県が自立した広域自治体として、世界的な視野も持ちつつ積極果敢にその役割を果たしていくためには、高度なインフラの整備、経済活動の活性化、雇用の確保、国土の保全、広域防災対策、環境の保全、情報通信の高度化などの広域的な課題に対応する能力を高めていくことが求められる。都道府県には国から移譲される権限の受け皿としての役割が引き続き期待されており、土地利用、地域交通、産業振興、国土保全などを中心に、国から都道府県へ一層の事務権限の移譲が進められるべきである。」(第27次地方制度調査会 2003 21−22頁)と述べられているのである。
4.結語
現在の都道府県をとりまく環境については、前半でみたとおり、市町村合併の進展により県内市町村数が半減近くになる県の出現が予想される。そのような中で、静岡県の取り組みのように県の側から積極的に事務移譲を推進しようとする動きも出てきた。
市町村合併後の府県の機能については、空洞化が進行するとされる議論がある一方で、府県機能は純化すべき方向に進むべきだとする議論もある。
市町村合併の動向や静岡県の取り組みをみれば、府県機能の空洞化についてはある程度現実のものとなると予想される。
他方、分権型社会の進行による地域の自己決定の要請あるいは、自立的な圏域の形成といった観点から、都道府県の機能拡大の要請もまたあるといえるのである。
(以 上)
<参考文献>
・ 木佐茂男監修・今川晃編『自治体の創造と市町村合併』(2003年 第一法規出版)
・ 佐々木信夫『地方は変われるか−ポスト市町村合併』(2004年 筑摩書房)
・ 静岡県内政改革研究会『静岡県内政改革研究会報告書』(2003年 静岡県)
<参考WEBサイト>
・ 総務省自治行政局合併推進課 http://www.soumu.go.jp/gapei/index.html
・ 第27次地方制度調査会答申
(2003年 総務省 http://www.soumu.go.jp/singi/pdf/No27_sokai_7_4.pdf)