「自治制度演習」
大都市制度における、都市内分権の模索
早稲田大学大学院公共経営研究科
永尾理恵子
1. はじめに
平成の大合併が進み、我が国の基礎自治体のあり方はここ近年において着実に大規模嗜好へと進んでいるように思われる。また、多市町村合併を経て政令指定都市を目指す動きも盛んになるなど、大都市のあり方も多角化してきている。
そのようななか、一方では「地方自治の本旨」における「住民自治の原則」の概念にそった大都市制度のあり方を見直す声も高まってきており、今日においては、より一層の都市内分権への流れへとつながってきている。私は、今後の日本においてはさまざまなレベルでの分権が積極的に推進されるべきであると考えている。都市内分権もその例外ではない。また、高度かつ複雑に発達した大都市において自治組織が成立かどうかは、将来の日本を占う上で非常に重要な問題だと考えている。そこで、本稿では大都市制度の歴史を振り返るとともに、
■ 市町村の変化 (総務省資料より作成)
|
昭和29年 9月30日 |
昭和37年 1月1日 |
平成11年 3月31日 |
平成18年 3月31日 |
市町村数 |
9,895 |
3,466 |
3,232 |
1,821 |
うち人口1万人未満 |
― |
― |
1,537 |
504 |
平均人口(人) |
7,864 |
24,555 |
36,387 |
65,499 |
平均面積(㎢) |
47.1 |
106.9 |
116.9 |
203.6 |
2. 大都市制度の沿革と、昨今の地方分権の流れ
2-1. 大都市制度の沿革
まず、簡単に大都市制度(主に指定都市)の沿革をみていくこととする。大都市の自治体に特別の制度を設けることは、明治時代に地方制度を創設するときからの課題であった。明治11年には「郡区町村編成法」が制定され、三府五港(東京、京都、大阪、横浜、神戸、長崎、函館、新潟)など人口の多いところは郡とは別に区を置くとされた。だが、明治22年には東京、京都、大阪の3市を対象とした市制の「特例」が制定され、それ以外の区は市となった。この特例は3市に市長、助役をおかないで、その職務は府知事、書記官が行うという官治の制度であったため、衆議院や3市の撤廃運動によって明治31年に廃止され、一般市の制度が適用されることとなった。そして、明治44年には市制6条において大都市特例制度のなかの区の制度が整えられ、勅令239号で東京、大阪、京都の3市が指定され、今日の指定制度のはじまりというべきものがみられることとなった。
その後、都市の規模や行財政能力の大きい大都市の自治体における特別制度の制定が地方制度改革における重要な問題であるとの認識は広がり、第一次世界大戦後には東京、大阪、京都、名古屋、横浜、神戸の6大都市に共通した問題となった。特別市制をめぐる問題の核心は、大都市の自治体が府県の区域から分離、独立することであり、その理由としては、大都市の自治体に対する中央政府と府県知事による二重監督を撤廃し、大都市の自治体の区域における府県と市による二重行政を廃止するためと指摘されている。そして、大正11年には市が事務執行にあたって府県知事の許可等を要する場合であっても、東京、京都、大阪、横浜、神戸、名古屋の6大都市については許可等を要しないとした。
憲法と同時に施行された地方自治法では、人口50万以上の市で法律に指定された市は特別市として都道府県から独立させ、原則として道府県の制度を適用するとされた。また、政令で指定する京都、大阪、横浜、神戸、名古屋の5市には区を設けることになったが、特別市を指定する法律の制定の際の住民投票の範囲をめぐって5大市と5大府県の間で激しい対立が起きた。そして結局は、5大市の主張どおり、関係都道府県の選挙人の賛否に付する旨の規定が盛り込まれることになり、事実上、特別市の誕生は困難となった。そして、特別市として府県からの独立を主張する大都市とこれに反対する府県の対立は深刻になったが、昭和31年の地方自治法の改正により、政令で指定する人口50万以上の市に16項目の都道府県の事務を委譲する政令指定都市制度が創設され、特別市制度は廃止となった。しかし、指定都市制度が創設された際の大臣提案理由の説明では「現在の府県制度のもとにおいては、適正な事務配分を行うことにより府県との間の調整をはかることが最も適切な解決」とし、「差しあたっては、大都市の実情に即した事務配分によって大都市問題を解決したいと思うのでございます。もっとも、右の事務配分のみによっては、大都市問題は根本的に解決するものとは考えておりません」と述べており、指定都市制度はあくまでも「暫定的な措置」として国会に上提されたとの認識が残っている。
■ 既存の政令指定都市と移行に向けた動き (
2-2. 大都市制度における、都市内分権の模索
翻って、昨今の大都市制度のあり方に関しては、どのような認識であるか。第28次地方制度調査会は平成17年12月に「『大都市制度のあり方』に関する今後の調査審議についての意見」のなかで、現行の指定都市制度について「府県制度の改革とかかわるものであるとの理由により見送られ、その後半世紀にわたって先送り・凍結されてきた」とし、道州制の導入などの議論が活発になっている今こそ抜本的な改革に取り組むべきとして、その改革の内容を以下のように述べている。
(1) 「基礎自治体優先の原則」の徹底
(2) 住民本位の自主的かつ総合的な行政運営の促進
(3) 大都市固有の行財政への対応
(4) 事務権限に見合う自主財源の制度的保障
(5) 各都市の多様性に対応した弾力的な制度
(6) 広域的課題への対応は基礎自治体間の水平連携を基本
ここで、力を入れて述べられていることは、「補完性の原理」及び「近隣性の原理」並びにこれらに基づく「基礎自治体優先の原則」の視点によった、事務権限の配分や税財源の移譲というこである。
加えて、平成15年11月の第27次地方制度調査会「今後の地方自治制度のあり方に関する答申」においては、平成12年の地方分権一括法施行により我が国の地方自治制度が一新したことを受け21世紀において新たなステージを迎えようとしているという認識から、基礎自治体と広域自治体の制度変革が問われているとして今後の「基礎自治体のあり方」、「大都市のあり方」に対しての答申を出している。
基礎自治体のあり方としては、「今後の我が国における行政は、国と地方の役割分担に係る『補完性の原理』の考え方に基づき、『基礎自治体優先の原則』をこれまで以上に実現していくことが必要」と述べるとともに、また「地方分権改革が目指すべき分権型社会においては、地域において自己決定と自己責任の原則が実現されるという観点から、団体自治ばかりでなく、住民自治が重視されなければならない」としている。また、今後の市町村合併については、指定都市、中核市、特例市等を目指す合併も、規模・能力の充実を図るため、なお合併を行うことが期待されるとしている。その一方で、合併後に規模が大きくなる基礎自治体内において住民自治を強化する観点等から「地域自治組織」の設置の必要性にもふれている。
そして、大都市のあり方においても、「現在、指定都市の人口は合計で2千万人を超えており、我が国人口の約6分の1を占める住民が各行政に居住し、日常の行政サービスの多くを各行政区から受けている。住民サービスを充実するという観点からは、大都市における行政区がより住民に身近なものとなり、住民の意向が一層反映されるよう、地域内分権化を図る必要があると考えられる」とし、重ねて「地域自治組織」の活用の期待を改めて述べている。
ここでの地域自治組織とは、住民自治充実や行政と住民との協働推進のための新しい仕組みとして制度化が検討されたものであり、地方自治法において市町村内の一定の区域を単位とする「地域自治区」を市町村の判断により設置することができることが規定された。今後は大都市においても、答申にもあるように「地域自治組織」等の活用などを通して「住民自治の充実」を積極的にはかっていく必要があろう。
■ 地域自治組織の概要
根拠法令 |
地方自治法 |
法人格 |
なし |
設置 |
任意設置 |
構成員 |
区域に住んでいる人 |
期間 |
制限なし |
位置づけ |
基礎自治体の組織の一部 |
長 |
基礎自治体の長が選任 |
事務 |
条例で定める |
予算 |
地域協議会で審議 |
財産所有 |
地域自治組織では所有できない |
3. 浜松型都市内分権の推進 〜「小さな市役所、大きな区役所」
以上のような流れを踏まえて、政令指定都市内における分権のあるべき形を模索することにする。ここでは、平成19年4月に政令指定都市を目指している
■
■
|
国調人口 |
面積 |
職員数 |
議員数 |
財政力指数 |
|
582,095 |
256.88 |
4,290 |
46 |
0.894 |
|
84,905 |
66.64 |
676 |
24 |
0.735 |
|
23,747 |
181.65 |
280 |
21 |
0.398 |
|
11,787 |
4.63 |
126 |
16 |
0.572 |
|
13,889 |
8.15 |
134 |
16 |
0.533 |
|
21,281 |
34.18 |
149 |
16 |
0.646 |
|
15,103 |
121.18 |
163 |
16 |
0.424 |
|
16,118 |
75.65 |
147 |
16 |
0.607 |
|
6,414 |
252.17 |
131 |
14 |
0.219 |
|
6,008 |
168.53 |
199 |
13 |
0.303 |
|
3,723 |
271.28 |
86 |
12 |
0.176 |
|
1,236 |
70.23 |
42 |
9 |
0.286 |
12市町村計 |
786,306 |
1511.17 |
6,423 |
219 |
…… |
備考 |
「平成12年度国政調査報告」 |
国土地理院公表数値 |
平成15年4月1日現在 |
平成15年4月1日現在 |
「平成14年度地方財政状況調査」平成12年度から平成14年度の3ヶ月平均 |
その
■
地域協議会 |
構成員定数 |
20人以内(旧市町村議員定数を目安) |
任期 |
3年、連続して3期まで再任可 |
|
報酬 |
無報酬、ただし費用弁償として1日につき5千円を支給 |
|
マニュアル |
「地域協議会運営マニュアル」(150頁) |
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協議内容 |
地域に係わる予算や合併後に一元化するとした事務事業、地域課題や市に対する建議・要望 |
|
組織内分権 |
「地域完結型の行政」、「小さな市役所・大きな区役所」を目指す。 市民に身近な行政機関(総合事務所)へ予算、人員、組織・機構等の経営資源を積極的に委譲。合併時に、事業執行権、予算執行権、施設の管理、予算編成権の一部を委譲。 |
|
一市多制度 |
各地域の伝統芸能やまつりなど、特色あるまちづくりを進めるための固有事業を一市多制度として、各地域40〜50程度存続。 (法令で定めのあるものや全市的に統一すべきものを除く) |
■ 基本方針
(1)
もっと便利に、より身近な行政サービスの実現
(2)
住民の声が活かされる柔軟な行政サービスの提供
(3)
組織・機構にとらわれない総合的施策の展開
以上の基本方針の実現に際して、次の事項を配慮するとしている
@
行政サービスのワンストップ化とこれを支える決裁権(委任・専決)の委譲
A
地域特性に配慮する(画一的な行政としない)ことによる行財政効率の向上
B
地域が良い意味で競い合うことによる行政サービスの向上
C
「現場主義の実施」による区役所と地域自治センターの機動性の向上
D
地域の課題を自ら解決できる住民自治の実現を支援する行財政体制の確保
※ 下線は筆者による
クラスターとはぶどうの房のことで、粒が集まって房を成すように市内の各地域の良さを活かし一極集中ではなく均衡ある発展を目指すという新しいタイプの政令指定都市である。まだ日本では新しい取組みであり先進事例も少ないため、手探り状態で慎重論も多い。だが私は、もちろん各市の特徴を考慮するとしても、「住民自治」という観点から今後の政令指定都市はこのように多様な個性を活かす形での都市内分権を行っていくことが望ましいと考えている。
■ 政令指定都市を目指す市の合併状況 (平成13年1月以降)
市名 |
合併 |
人口(人) |
面積(㎢) |
|
12市町村(3市4町5村) |
773,911 |
571.7 |
|
12市町村(3市8町1村) |
817,419 |
1,511.2 |
|
2市町(1市1町) |
828,528 |
150.0 |
|
3市町(1市2町) |
656,370 |
658.6 |
|
―(平成3年に合併完了) |
657,699 |
267.1 |
4. おわりに
大都市には、大都市特有の問題解決のための制度が必要である。また一般的に、大都市はそのほかの都市と比較して膨大な行財政需要と複雑な社会的・経済的構成を成しており、将来の日本においては東京一極集中でない各地域の大都市の成長が期待される。
だが「分権時代」における大都市制度とは、外ばかりに目を向けているのではなく、より一層自らのまちに目を向け耳を傾けることのできる制度のあり方が重要であると考える。規模にとらわれていて、自らのまちに対する住民の関心が薄れる一方では将来の日本のあるべき姿が懸念される。今後は、ほかの政令指定都市とともに浜松型都市内分権の行方に目を見張り、大都市制度における都市内分権のあり方について引続き模索していく必要がある。
【参考】
「大都市行政の改革と理念」東京市政調査会編(日本評論社/1993年)
「大都市制度論」本田弘著(北樹出版/1995年)
「今後の地方自治制度のあり方に関する答申」地方制度調査会
「大都市制度の沿革」第27次地方制度調査会第15回専門小委員会資料
「大都市制度の沿革について」東京都知事本局行財政改革基本問題特別委員会資料
「自治日報」第3302号
天竜川浜名湖地域合併協議会HPhttp://www.tenhama-wa.jp/