日本の世界遺産について ‐現状の整理‐

 

1.はじめに

「世界遺産」という文言を見聞きするようになって10年が過ぎた。日本の物件が、初めて世界遺産に登録されたのは、1993(平成5)年。以後、国内では、メディアの影響や空前の旅行ブームによって、急速に、世界遺産への関心が高まっていった。

「遺産」について、それまでの日本では、国宝、重要文化財、史跡、天然記念物などといった種別に分類し、「指定制度」によって保護してきた。これらは、自然の力や先人の叡智によってつくられた財産であり、我々には未来に伝える責務がある。そのほとんどが、「指定」という冠によって知名度を高め、観光の資源や地域活性化の材料となってきた。

近年、世界遺産の登録に向けた動きが、全国各地で起こっている。その動きは、「遺産」を世界的な視点に押し上げることとともに、地域資源の見直しと資源活用のためのツールになっている。

そこで、まずは、世界遺産の概要と日本国内の世界遺産について整理しておきたい。

 

 

2.世界遺産とは

世界遺産は、正式には「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(Convention for the Protection of the World Cultural and Natural Heritage) 通称:世界遺産条約」に基づいて、「世界遺産リスト」に記載(登録)された、「文化遺産」「自然遺産」のことをいう。

世界遺産条約は、1972(昭和47)年の第17回ユネスコ総会において採択され、1975年に発効した国際条約である。このような国際条約の整備は、第一次世界大戦以前より進められており、第二次世界大戦終結後、1945(昭和20)年にユネスコ(国際連合教育科学文化機関 UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)が創設されてからは、1954(昭和29)年に文化財保護に関する「ハーグ条約(武力紛争の際の文化財の保護のための条約)」、1970年には「文化財の不法な輸出、輸入および所有権譲渡の禁止および防止に関する条約」が採択された。

また、自然環境の保護については、1948年にユネスコやフランス政府、スイス自然保護連盟などの呼びかけにより、各国政府や民間の自然保護団体が参加し、IUCN(国際自然保護連合:International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)を発足。さらに1970年には、自然と自然資源の合理的利用、保護に関する科学的研究を行うことを目的とした「人間と生物圏(MAB:Man and the Biosphere)計画」を決定。現在、世界遺産保護のための基本的な考え方の一つともなっている「生物圏保護区(バイオスフィア・リザーブ)」が生まれた。

これまで対立するものと考えられてきた「自然」と「文化」を、人類全体の宝物として損傷、破損等の脅威から保護し、関係機関が協力して調査・保全することの大切さをうたった世界遺産条約には、2003(平成15)年8月1日現在で176カ国が締結している。

 ◆世界遺産リストに登録物件 2004年7月現在

  ・文化遺産 611件

  ・自然遺産 154件

  ・複合遺産  23件(文化遺産と自然遺産を合わせもつもの)

総計 788件(134カ国)

 

 

3.日本の世界遺産

1)日本の世界遺産の特徴

表1 日本の世界遺産登録物件

名称

構成

所在地

分類

登録年月

白神山地

 

青森県、秋田県

自然遺産

1993年12月

屋久島

 

鹿児島県

自然遺産

1993年12月

法隆寺地域の仏教建造物

法隆寺、法起寺

奈良県

文化遺産

1993年12月

姫路城

 

兵庫県

文化遺産

1993年12月

古都京都の文化財

賀茂別雷神社(上賀茂神社) 、

賀茂御祖神社(下賀茂神社)、

教王護国寺(東寺) 、清水寺、

醍醐寺、仁和寺、平等院、

宇治上神社、 高山寺、西芳寺、

天龍寺、鹿苑寺(金閣寺)、

慈照寺(銀閣寺)、龍安寺、

本願寺、二条城、

延暦寺

京都府

滋賀県

文化遺産

1994年12月

白川郷・五箇山の合掌造り集落

 

岐阜県、富山県

文化遺産

1995年12月

原爆ドーム

 

広島県

文化遺産

1996年12月

厳島神社

 

広島県

文化遺産

1996年12月

古都奈良の文化財

東大寺、興福寺、春日大社、

春日山原始林、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城京跡

奈良県

文化遺産

1998年12月

10

日光の社寺

二荒山神社、東照宮、輪王寺

栃木県

文化遺産

1999年12月

11

琉球王国のグスク及び関連遺跡群

今帰仁城跡、座喜味城跡、

勝連城跡、中城城跡、首里城跡、園比屋武御嶽石門、王陵、

識名園、斎場御嶽

沖縄県

文化遺産

2000年12月

12

紀伊山地の霊場と参詣道

吉野・大峯:

吉野山、吉野水分神社、

金峯神社、金峯山寺、

吉水神社 大峰山寺

熊野三山:

熊野本宮大社、熊野速玉大社、

熊野那智大社、青岸渡寺、

那智大滝、那智原始林、

補陀洛山寺

高野山:

 丹生都比売神社、金剛峯寺、

慈尊院、丹生官省符神社

参詣道:

大峰奥駈道(玉置神社を含む)、

熊野参詣道〈中辺路(熊野川を含  む)・小辺路・大辺路・伊勢路(七里御浜、花の窟を含む)〉

高野山町石道

奈良県

和歌山県

三重県

文化遺産

2004年7月

参照:社団法人日本ユネスコ協会連盟のホームページ http://www.unesco.or.jp/

 

1992(平成4)年、世界遺産条約の125番目の締結国として仲間入りした日本には、現在、表1の12件が登録されている。自然遺産が2件で、残り10件が文化遺産。複合遺産はない。

このことは、これまでの日本の文化行政が、有形文化財の保護を重点的にテコ入れした結果である。残念なことに、有形文化財単体にしか目を向けていなかったため、まち全体としての世界遺産登録にはなっていない。例えば、京都や奈良は、世界的にも知られる観光地であるが、ヨーロッパなどの観光地との圧倒的な違いは、まち全体の景観である。ヨーロッパなどでは、景観に対し住民の意識も高く、まちそれぞれが計画性を持ち、特色ある景観をつくりだしている。一方、京都や奈良では、高層建築が乱立し、道路や電柱が縦横無尽にまち中を走るなど、まち全体としての景観価値は損なわれている。日本では、こういった無計画なまちづくりが全国各地でおこなわれ、日本固有の景観を失ってしまっている。

自然遺産も観光地化による弊害や、官民問わず無計画な乱開発、観光客のマナーの悪さなどによって、自然破壊が続いている。環境庁も『レッドデータブック』を作成し、絶滅の恐れのある動植物の保護を呼びかけているが、人間の仕業とともに異常気象も重なって、生態系が激変してしまっているのが現状である。これは世界的にも同様で、専門家や現地に居住する住民のみならず、国を挙げて計画的な保護活動に取り組むことが喫緊の課題である。

 

2)負の遺産・原爆ドーム

日本の世界遺産の特徴の一つに、「負の遺産」としての「原爆ドーム」がある。負の遺産には、ポーランドの「アウシュビッツ強制収容所」や、奴隷貿易の拠点であったセネガルの「ゴレ島」などもあり、戦争や略奪を繰り返す人類への警鐘の役割を果たす。

広島は、人類史上、最初に核兵器が使用された被爆地で、爆心地に残る原爆ドームは、被爆の惨禍を伝えるとともに、平和のシンボルでもある。

原爆ドームの世界遺産登録の動きは、広島市民の声から始まり、広島市議会の意見書採択を経て、市長が国に要望。市民団体による全国的な署名活動は、165万人もの署名を集め、国会で採択された。

当時、国が世界遺産に推薦するためには、その遺産が国内法(建築物などの文化遺産の場合は文化財保護法)で保護されていることが必要で、原爆ドームは文化財保護法による文化財に指定もなく、また、国は文化財に指定するには歴史が浅いとの見解を示した。

しかし、1995(平成7)年3月、文化庁は文化財保護法の史跡指定基準を改正し、同年6月に原爆ドームを国の史跡に指定。同年9月、国は原爆ドームを世界遺産に登録するよう、ユネスコに推薦した。アメリカの猛反対や中国の棄権があったものの、1996年12月に、原爆ドームの世界遺産登録が決まったのである。

 

 

4.世界遺産をめざす動き

1)今後の世界遺産登録

 現在、日本では12件の物件が世界遺産に登録されているが、それに準ずる暫定リスト(世界遺産登録のためにそれぞれの国が5年ないし10年以内に推薦しようとする遺産)には、次のものが記載されている。

  ○彦根城(滋賀県)

  ○古都鎌倉の寺院・神社ほか(神奈川県)

  ○平泉の文化遺産(岩手県)

  ○石見銀山遺跡(島根県)

  ○知床(北海道)

 昨年、2004(平成16)年に推薦が決まった知床は、季節海氷域の特徴を反映した独特の生態系をもち、稀少鳥類やヒグマなどが生息する。四季をとおした自然美をもち、知床連山の硫黄山による噴気・熱水活動の自然現象もみられる。日本にとっては、白神山地、屋久島以来の自然遺産の登録となる予定 (※1)で、改めて、知床が脚光を浴びることになるであろう。

 

2)その他の動き

 世界遺産登録を目指す活動は、全国各地で進められている。明治期の殖産興業で代表的な富岡製糸工場(群馬県)、江戸時代を代表する鉱山の佐渡金銀山(新潟県)、神仏習合とリアス式海岸の自然を巻き込んだ登録を目指す小浜市(福井県)、港と古寺社が残る坂のまち尾道市(広島県)などの文化遺産をはじめ、摩周湖(北海道)や綾川流域の照葉樹林(宮崎県)といった自然遺産などがある。

 世界遺産登録に向けての取り組みは、各地域のあらゆる資源を見直すきっかけになっている。この動きは、地方分権時代における、まちづくり・地域づくりの住民活動の一つであり、未来へどのような形として残し伝えていくかを今の時代に問う重要な文化活動である。

 自分が住むまちに誇りをもち、そこに暮らす人たちとその思いを共有する。さらには、国内へ、そして世界へとアピールしていく。同時に、次世代の人材育成をおこない、地球温暖化などの全世界的な問題にも、住民みずから率先して取り組むことが必要であろう。世界遺産がもつ重み、世界遺産であるべき意味を追求する。単なるツールとしての世界遺産ではなく、「世界遺産=人類の問題」として、今後も活発な活動がおこなわれることを期待したい。

 

 

(※1) 「知床」の世界遺産登録について

     2005(平成17)年5月31日、小池百合子環境相が、世界遺産委員会の諮問機関、IUCN(国際自然保護連合)が「生態系も生物多様性も基準を満たした(登録が適当である)」との評価報告書をユネスコ世界遺産センターに提出したことを明らかにした。

     来る7月10日、南アフリカで開催される第29回世界遺産委員会で審査決定される運びが強くなった。

     登録されれば、国内3番目の自然登録となる。

 

 

【参考文献・参考ホームページ】

・垣内恵美子「文化財に関する国際交流・協力と世界遺産条約・無形遺産プロジェクト」 (川村恒明 監修・著、根木昭・和田勝彦編著『文化財政策概論 文化遺産保護の新たな展開に向けて』東海大学出版会2002)PP181〜216

・古田陽久、古田真美 監修『世界遺産データブック −2004年度版−』シンクタンクせとうち総合研究機構 2003

・世界遺産研究センター『世界遺産事典 −関連用語と情報源−改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構 1999

・社団法人日本ユネスコ協会連盟のホームページ   http://www.unesco.or.jp/

・IUCN日本委員会のホームページ            http://www.iucn.jp/

・広島市ホームページ「広島市の平和への取り組み」  http://www.city.hiroshima.jp/shimin/heiwa/peace.html

・林野庁ホームページ                     http://www.rinya.maff.go.jp/index.html

・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』      http://ja.wikipedia.org/wiki/