平成17年度第2クール 自治制度演習演習(片木教授)
公共経営研究科 茂 木 英 雄
「福岡市のPFI失敗事例の考察と事業実施にともなう問題点の整理について」
1.はじめに
日本で3番目のPFI事業として、福岡市が実施した「福岡市臨海工場余熱利用施設整備事業」(タラソ福岡事業)において、PFI事業者の経営破綻により、平成16年11月30日にタラソ福岡が閉鎖された。PFI事業者が経営破綻し、事業が中断する事態に陥ったことは、日本のPFI事業で初めてのことである。このことは、全国の自治体でPFIによる事業が進められつつある中で、様々な形で影響を及ぼすと思われることから、その原因を究明し、今後のPFI事業において留意すべき課題を整理することが必要である。福岡市のPFI失敗事例を考察することにより、本研究目的である「これからの日本のあるべきPFI事業の姿」についての一助とする。
2.タラソ福岡事業の概要と経営破綻について
福岡市は、ごみ焼却処理施設の建設に際して、施設建設に対する周辺地域住民の理解を得るための関連施設として、「健康・運動・交流」をコンセプトに、ごみ焼却処理から生じる余熱を利用し、水中運動とタラソテラピー、ジム・エアロビクス運動と健康管理、ウォーキング振興及びコミュニティの交流空間の機能を備えた健康増進施設を整備することとした。
福岡市は平成12年3月に、タラソ福岡事業の実施方針を策定し、平成13年2月に事業者と契約を締結し、平成14年4月に施設がオープンした。そして、事業主体である株式会社タラソ福岡の経営破綻により、平成16年11月末にタラソ福岡が閉鎖された。4ヶ月の事業中断後、民間事業者間での営業譲渡により、平成17年4月から事業が再開された。
発 注 者 |
福岡県福岡市 |
事 業 名 |
福岡市臨海工場余熱利用施設整備事業 |
期 間 |
建設期間及び供用開始から15年間 |
事業方式・形態 |
BOT方式・サービス購入型 |
選 定 方 法 |
公募プロポーザル方式 |
契 約 内 容 |
設計・建設・運営・維持管理 |
3.経営破綻と事業中断の原因について
1)事業スケジュールの制約
臨海工場の開業時期が平成13年4月に予定されていたため、事業開始までのスケジュールに制約があり、実施方針の公表から契約締結までを1年間で行うスケジュールであった。民間事業者の応募期間は2週間しかなく、公募要領を受け取った55社のうち2グループしか応募がなかったことからも、民間事業者が応募にあたって充分な分析を行う期間としては短かったといえる。日本で3番目のPFI事業であり、先行事例もなかったことから、事業スケジュールの制約がある中での事業者選定・契約等の手続きに柔軟な対応ができなかったと思われる。
2)需要予測とリスク
タラソ福岡事業では、PFI事業者の収入は、福岡市からのサービス提供料の支払いと利用者からの料金収入から得る仕組みであった。福岡市では、平成11年度にタラソ福岡事業のマーケティング調査を行ったが、タラソテラピー施設利用者のデータの蓄積がなかったことから、余暇利用施設の潜在需要となりうる関連需要をもとに需要予測を行い、年間施設利用者を10万人と見込んでいた。これに対して、PFI事業者は、年間施設利用者数を24.7万人、年間総売上高を4.4億円と見込み、福岡市からのサービス提供料を福岡市の想定した金額の65%という低い価格での提案を行った。結果として、PFI事業者の需要予測とサービス提供料の設定は、かなり無理のある水準であり、PFI事業者は自らの提案により、過大な需要リスクを負うことになった。仮に、福岡市からのサービス提供料を福岡市の想定した金額と同等の金額で提案を行っていたとすれば、事業が継続していた可能性が高い。福岡市からのサービス提供料の支払いと利用者からの料金収入から収入を得る仕組みは、民間事業者が提案する需要予測・価格と事業リスクが直結することになり、その重要性について福岡市とPFI事業者の認識が充分でなかった。
3)プロジェクトファイナンスの役割
事業提案審査委員会の構成員として、諸事情により、金融を専門分野とする委員を選任することができなかった。また、福岡市は、事業者の責に帰すべき事由により事業契約が終了する場合に、事業継続の担保のために、施設の買い取りに関する義務条項を設けた。そのため、融資者は、福岡市による本施設の買い取り価格の金額で回収可能な範囲でしか融資を行わず、プロジェクトファイナンスの機能がはたされなかった。福岡市・民間業者・融資者ともに、事業の経済性や民間事業者の事業遂行能力・信用力の審査機能を果たすというプロジェクトファイナンスの役割についての認識が充分でなかった。
4)審査方法
1次審査は、施設の設計・建設計画及び運営・維持管理計画を加点方式で審査が行われ、2次審査は、事業運営の安定性を検討したうえで、最も低いサービス提供料総額を提案した応募者を選定するものであったが、需要リスクとサービス提供料との関連性を審査することの重要性に対する認識が明確でなかったため、事業運営の安定性を充分に精査した事業選定を行うことができなかった。また、福岡市と事業提案審査委員会に事業計画自体の需要見込みが過大であったことを指摘する能力がなかった。その結果として、2次審査では、事業運営の安定性について充分に審査をすることができず、需要を多く見込むほど好評価が得られる方法により、提案価格の低かったPFI事業者を選定することになった。
5)モニタリング
運営及び維持管理に関するモニタリングのみで、財務状況のモニタリングは行っていなかった。財務面で事業継続が困難となる危険性を認識していなかったため、事業中断を回避するリスクマネジメントが行われず、また、経営破綻した場合の対策を充分に取っていなかった。
4.失敗事例から学ぶべき課題について
PFIの本質を正しく理解し、自治体・事業者・融資者が、PFI事業におけるそれぞれの役割を適切に果たすことが必要である。
1)柔軟な事業スケジュール
公募・事業者選定のスケジュールは充分に確保し、柔軟に対応ができる体制をつく
るべきである。PFI事業の実施方針の公表後、契約締結までの所要期間の平均日数
は、332日であり、計画段階も含めPFI事業実施にあたっては、十分な期間を確
保する必要がある。スケジュールに無理やり合わせるのではなく、個々の事業の特性
を十分に把握し、事業者選定を行うべきであり、時にはPFI事業方式の採用を断念
するという選択肢も含めた柔軟な対応が望まれる。
2)適切なリスクマネジメント
PFI事業を行うにあたって、案件ごとの事業の特殊性とリスクについて、充分に認識し、適切なリスクマネジメントを行うべきである。リスク分担の検討にあたっては、リスクは個々の事業毎に異なるため、事業内容を十分に評価し検討することが基本となる。「PFI事業におけるリスク分担等に関するガイドライン」の中では、「想定されるリスクをできる限り明確化した上で、リスクを最もよく管理することができる者が当該リスクを分担することが重要である」としている。PFIアドバイザーの活用や個々のPFI事業リスクを検討する委員会の設置をすることが求められる。また、将来の需要等の変化に対応するため、契約内容の変更に伴う費用負担や手続きについて、あらかじめ契約書に規定しておく必要がある。
3)プロジェクトファイナンス活用
事業の経済性や民間事業者の事業遂行能力・信用力の審査機能を果たすというプロ
ジェクトファイナンスの機能を活かすことのできる仕組みをつくることが必要である。
福岡市では、事業者の責に帰すべき事由により、事業契約が終了する場合に、事業継
続の担保のために、施設の買い取りに関する義務条項を設けていた。大分県の「女性・
消費生活会館(仮称)PFI特定事業」では、「公共施設を事業者から買い受けること
ができるものとする」としており、契約内容において、プロジェクトファイナンスの機能が働く仕組みを工夫するべきである。
4)適切な審査方法・基準
事業者選定にあたっては、個々のPFI事業の特性に充分に留意した審査方法・審査基準を設定するべきである。事業者を選定する委員会には、必要な分野に適切な人材を選考し、責任ある適切な審査を行うことができる環境を整備することが必要である。また、事業者選定にあたっては住民にオープンな形で公表し、適切で責任のある選定ができる仕組みをつくるべきである。
5)財務状況モニタリング実施
事業者の財務状況を把握するため、事業の設計、建設、運営及び維持管理に関するモニタリングだけでなく、事業者の財務状況に関するモニタリングも実施する必要がある。財務状況のモニタリングにあたり、必要があれば専門家の意見を求めるなど、経営破綻による事業中断という事態に陥らないように、常に注意を払う必要がある。
6)事業中断を防ぐ仕組みづくり
民間事業者が経営破綻等により、事業を継続できなくなったときに、公共サービス
をできるだけ中断することなく継続して提供できるような体制の整備が必要である。
新しい民間業者に経営を引き継ぎ、事業を中断させずに継続させることを目的とする
金融機関と直接契約(ダイレクト・アグリーメント)を十分に機能させる。
5.さいごに
「福岡市臨海工場余熱利用施設整備事業」(タラソ福岡事業)において、PFI事業者が経営破綻し、事業が中断したことは、PFIという事業方式に原因はない。福岡市・PFI事業者・融資者が、PFIの本質を正しく理解し、PFI事業におけるそれぞれの役割を適切に果たすことができず、PFI事業を行う上での適切なリスクマネジメントが欠けていたことが原因である。ただ、もし、この事業が従来の公設公営で実施されていた場合は漫然と事業が継続されていた可能性があり、事業計画や財務状況を含めた事業全般について検討する機会が得られたことは、結果的にはよかったのかもしれない。現状までの「福岡市臨海工場余熱利用施設整備事業」(タラソ福岡事業)についての財政支出は、公設公営で実施されていた場合と比較すると、明らかに削減されている。日本で3番目のPFI事業として、積極的に取り組んだ福岡市の意欲と努力は評価できると考える。今後、PFI事業を実施していく上で、PFI方式により実施すべき事業か否かの検討、公共事業としての評価を充分に実施することが必要である。また、PFI事業は公共事業であることから、PFI事業者が経営破綻したとしても、基本的には公共サービスの提供を継続すべきであり、自治体は、事業採算性が悪化した場合や、万が一事業が破綻した場合の対応についても十分検討しておかなければならない。福岡市の失敗事例から得られた課題を解決し、個々の事業の特性に柔軟に対応したPFI事業を実施していくことが求められている。
【参考文献】
・完全網羅日本版PFI基礎からプロジェクト実現まで 2001.4.10 山海堂
・PFIの知識 2003.1.14 日経文庫
・実践!PFI適用事業分野別事業化の手引き 2003.2.1 ぎょうせい
・タラソ福岡の経営破綻に関する調査検討報告書
・早稲田パブリックマネジメントNo.1 2004 日経BP
・内閣府PFIホームページ
・PFI推進委員会ホームページ
・PFI事業におけるリスク分担等に関するガイドライン