小泉改革の問題点(外務省の場合)
平成18年7月22日
森 学
1.小泉改革の手法
小泉改革では、首相の私的諮問機関である経済財政諮問会議がまとめた骨太の方針等を政府が閣議決定して法的拘束力を与えて、骨太の方針で決定した枠組みに従い、各省庁に改革を実行させるという形式を取っている。これは、各論が多くても総論がないとの批判がされてきた小泉改革の特徴であるのだが、改革の5年を総括してみると、財政支出を減らすという目的のためには改革は終始一貫していたと言えるであろう。この例として、首相官邸ホームページに掲載されている「目で見る小泉改革の5年間」を見ても、金融再生、規制改革、税制改革、社会保障制度改革、基礎的財政収支改善、グローバル化、知的財産保護、科学技術基本計画の推進、郵政改革、道路公団民営化、市場かテストの導入、IT化等の項目はあるが、行政制度の性質が手続き主義から、後述する成果主義、顧客主義に変わるような改革は行われず、行政改革推進法でも、財政収支を改善する為の方針は多いが、総人件費改革として、公務員を5年間で5%純減することを決めているだけで、制度の改革はなされていない。
【例】行政改革推進法概要
・政策金融改革:貸出残高(約90兆円)の対GDP比半減を20年度中に実現。
・特別会計改革:今後5年間で総額約20兆円程度財政健全化への寄与等
・総人件費改革:国家公務員の5年間で5%の純減。給与制度改革の実施等。
・政府資産・債務改革:政府の資産規模の対GDP比を今後10年間で概ね半減等
2.小泉改革の構造的な問題点
このような小泉改革は、構造上、以下の2つの問題がある。
(1) 問題の第一は、経済財政諮問会議の能力と範囲の限界である。今までの改革と異なり経済財政諮問会議は、より詳しく議論の枠組みをまとめた方針の提言を行い、その提言を内閣が閣議決定によって、法的拘束力を持たせて、各省庁に方針実現の法的義務を負わせている為、反対するにせよ、省庁は会議の作った土俵に乗って議論しなければならず、方向性を変えることは困難となっている。しかし、行政組織の体質は全く変わっていない為、行政組織そのものから改革を指向する動きは起きず、改革を続けるには、多くの各論について、常に会議が方向性を示す必要が出てきてしまっている。従って、改革のためには、会議関係者が、行政活動の全てにおいて通暁している必要があるが、少人数で膨大な行政活動の全てについて周知することなど不可能であり、予算の削減に成功してもかえって効率性に問題が起きる可能性がある。
【例】わが国を世界有数のIT国家にするとの国家戦略(「e-Japan重点計画」)に基づき、政府が手続きの電子化を進めるよう指示を出した為に、手続きを電子化しても、確認のために必ず本人が受け取りに来てサイン、顔の確認等をしなければならないので、ほとんど効率化されないパスポート手続きまで電子化させてしまい、申込者が133名しかいなかった為に、一人あたりのパスポート発給コストが1600万円になってしまった。
また、そもそも経済財政諮問会議は首相の私的諮問機関である為、法的・組織的に改革を主導する機関が存在しないというところにも問題があると言えよう。より具体的に説明すると、小泉改革は、自民党総務会から決定権を奪い取り、官邸主導で決定できるようにしたが、それは自民党総務会を弱体化させただけであって、官邸内で主導権争いが続いており、誰が改革のイニシアティブを握るかはシステム的には決定されていない。従って、小泉改革は様々な分野の各論を内閣主導で改革し続けるという方向の改革を志向しているにも拘わらず、官邸内での権力闘争や首相のリーダーシップ不足により、改革が停止してしまう危険性を孕んでいるのである。
(2) 問題の第二は、行政制度が改革されていない為に改革が形式的にしか実現されない点である。前述のとおり、小泉改革は行政制度を変えず、内閣が閣議決定により法的義務を負わせた方針を各省庁に実行させる形式を取っている。しかし、政策評価制度を導入しても評価結果が組織に影響を与えず、行政組織の体質が変わっていない為、各省庁は手続き的・形式的に改革の指示に従うだけで、現場に権限を委譲することに抵抗しがちとなっている。
3.中央省庁の問題点
上記のように、小泉改革では、行政制度の改革は実施されておらず、制度上、以下の問題が残され、中央省庁は手続き主義、中央集権の問題を残してしまっている。
すなわち、これまでの行政組織は、大量生産、大量消費の社会に合わせて、画一的なサービスを提供すれば良かったし、サービスの質を測定することも困難であった為、中央省庁に権限を集中させ、中央省庁が決定した手続き通りに業務を執行して最低限度の行政の質を確保することが求められてきた。しかし、現在では社会の多様化に伴い、社会から画一的なサービスの提供は求められなくなり、IT技術の発達によりサービスの質の測定もかつてに比べて容易になってきており、手続きを遵守することではなく、成果を求めるニューパブリックマネージメント(NPM)が世界的に求められるようになってきている。しかし、小泉改革では01年の骨太の方針からPFI導入や一般競争入札の拡大が明記されているものの、成果主義、顧客主義(サービスの対象が誰であるかを具体的に特定しなければ成果を求めることはできない)、現場への権限委譲(多様化した社会においては、市民に最も近い位置にいるものが、最も敏感にニーズに対応できる)と言ったNPMの基本原理を各省庁に根付かせる為の努力は、成果主義を導入する為に政策評価制度を導入した以外は(それも、失敗している)、ほとんどなされておらず、結果として、市場メカニズムを行政活動に活用して予算の削減を目指すことが行われているだけで、各省庁は相変わらず結果はともかく手続き通りに活動していれば良いという手続き主義の性質を保ち、NPM原理は根付いていない為、かえって多くの不効率を生み出している。
特に、橋本改革により、複数の省庁を統合させた総務省、国土交通省、厚生労働省は言うに及ばず、複数の全く異なるミッションを有している省庁は、ミッションによる評価が困難となり、成果主義、顧客主義、現場への権限委譲は導入されておらず、行政の効率化を図ることが非常に困難となっている。この点、NPM的改革を導入している米・英・ニュージーランドなどでは、顧客である公共サービスの受け手のニーズに対応するために権限を分割、現場に権限を委譲し(米などでは、政策決定者とその実施者の分離まで推奨されている)、権限が分離されている為に業績も測定しやすくなっている。
そこで、中央省庁が形式的にしかNPMを導入していないために生じている問題点を外務省の例を中心に述べていくこととする。
(1) 省庁のミッションが複合的であり評価が困難
外務省の例を挙げると、外務省の所掌事務は設置法上、大きく分類すると、それぞれ顧客が異なることからも、国際情勢の収集・分析と外国に関する政務の処理、経済協力及び日本国民の海外における利益を守る領事業務に分類できる。しかし、これらの評価は、権限が分離されないまま、政策の有効性のみを総合評価(測定する政策課題別の評価と政策体系の評価)がなされるだけで、目標達成度を数値化して測定する実績評価、事業評価別は行われていない。
そして、外務省の業務それぞれも以下のように、成果主義の考え方が浸透していないため問題点を抱えている。
(a)
質より量の情報収集
情報収集・分析及び外国に関する政務の処理は、主に政府を直接の顧客として行われる業務である(最終的には国民のための業務であるが、直接の顧客は国民を代表する政府である)。そして、この業務に関し重要なのは、如何に正確な情報を顧客に提供し、判断を仰ぎ、実施するかという点にあるが、情報の正確さについては、ほとんど評価がなされていない。つまり、外務省では情報の重要性に対する戦略的な人員配置が不明確であり、情報は質ではなく量が尊ばれる傾向があり、本省では人員と業務量の関係で情報の分析を行うことも困難となっている。
より具体的に言うと、外務省の約280公館の内、その7割以上が4〜10人の公館であるが、その中で何が重要な情報であるか、送付する情報が真実であるかは分析されることもなく、年間で提出した電報の量が少なければ機能していない公館と判断される傾向がある為、新聞記事、公式発表等の一般情報が(時には、まるで重要な情報であるかのように誇張されて)大量に送付され、情報量に比べて少ない人員しかいない日本の外務省本省では分析することなどできないという状況が生じている。
この点、一般情報を丹念に分析するだけでも、十分な情報分析になると言われているが、日本において情報分析をする人員が少ないことは致命的であり、機密でも何でもない新聞記事や政府発表を翻訳するために日本から海外赴任手当を受ける職員が配属され、翻訳作業にその業務時間のほとんどを割り振る必要があるかという点でも問題が大きいと言える。
(b)
戦略不明の経済協力
日本の場合、経済協力の顧客は不明確となっている。経済協力の顧客を発展途上国と考え、目的を発展途上国の経済的発展であるとするならば、各プロジェクトの有効性は国外でも説明可能とするために、JICA等では非常に優れた評価制度を有しているが、プロジェクト毎の経済協力効果に対する有効性は説明できても、戦略上、何のために、どの地域に経済協力を行うかは不明確である。
より具体的に、卑近な例をあげれば、私はアフリカのガボンという国で、直接、NGOや地方公共団体に援助を行う草の根無償という援助を行っていたが、その際、初等教育案件、衛生案件等、実施を推奨すべき案件が提示されていたが、援助額は昨年の援助額ベースで説明もなく決定されており、何のために援助するか等の説明は一切なく、案件の数、規模は担当官の判断で決められるようになっていた。加えて、大使館としては、沢山の良い案件を見つけ出し援助した方が評価される傾向があった為、大使館同士で、援助額の取り合いが行われたり、大使館に加えてJICA本部が存在し、同じ業務を別の部署で行うという非効率が生じている。
また、経済協力の目的を、顧客を日本と考え、目的を日本の友好国を増やすことを目的であると考えるのであるならば、先般の国連改革の失敗を見る限り、うまくいっていないと考えるべきであろう。
(c)
素人ばかりの領事業務、文化広報業務
海外における自国民の利益を守る領事業務及び日本の立場や文化を広報する文化広報担当官のほとんどは、警察等の他省庁からの出向者となっている。従って、不慣れな担当官が時には、赴任国の言葉もわからないまま、業務を行うこととなり、赴任期間中の評価が将来の担当官の評価と関係ないという点もあるため、通常以上に業務を効率化しようという意欲に欠ける傾向がある。
そもそも、領事業務の顧客は在外自国民であり、その権益を守る為に人員を配置するならば、在外自国民が数人しかいない国に日本から担当官を派遣する必要があるのか、何の為に文化広報業務を実施する必要があるのか、業務を遂行するために、国家による保障がどこまで必要であるのか検討する必要があるだろう。
(2) 予算の浪費を誘発する制度
省庁の年度予算は使い切ることが事実上、義務づけられている。これは、予算が昨年度ベースで決定されているため、本年度予算を使い切らなかった場合、翌年度予算が削減されてしまうので起こる現象なのだが、その結果、予算は無駄であろうが年度内に使い切られる状況にある。
具体的な例を挙げると、例えば、在外公館の場合、情報収集のための接宴費は重要な情報があるなしに拘わらず、常に使い切らなければならないものとなっているという問題がある。その為、より重要な情報が大量にあり接宴費が必要な地域に配分されるべき予算がより重要性の低い地域の接宴に使われたり、あるいはワイン等の購入にあてがわれたりしている。また、前述した援助額の増加傾向もこの例の一つと言えるであろう。
4.私の改革提言
(1)ボトムアップ方式の改革の実施の困難さ
行政改革の為、現在の日本の多くの地方公共団体を中心に実施されているのが、ボトムアップ方式の改革であるが、外務省にはボトムアップ方式の改革は適していない。
すなわち、ボトムアップ方式の改革は、成果志向、顧客志向に基づき、職員一人一人の意識改革を目指し、業務改善運動を行い、仕事の無理や無駄を省くことで本来の顧客サービスに労力を振り向けることが出来るようとする一方で、行政評価にあわせて業績によるマネジメントにリンクした賞罰を導入して個々人にインセンティブを与える方式である。この方式は、元々分権的な性質を有していた北欧の行政の現代化において実施されている。しかし、外務省は、例えば予算の増額、人員の増員など、全て中央に許可を取らなければ実現出来ないというような集権的な組織であり、分権的な性質を持つ機関に対して行う改革であるボトムアップ方式を実施することにはそもそも原理的に問題があると考えられる。加えて、ボトムアップ方式の改革を実施するには、以下の問題が存在する。
(a)業務改善運動の難しさ
業務改善運動を外務省で実施しようとした場合、サービスの対象が国会議員や政府であり、外交機密に拘わることが多いため、最初から民間委託出来る部分を分離しておくならともかく、今の業務内容のままで、市場化テスト等の民間委託することは困難である。また、日本においては国会との関係もあり、行政の側から国会の質問に回答するために多くの職員を待機させておかねばならず、どんな質問趣意書であろうと回答するなどの対応を止めることもできず、外務省が自発的に、業務改善のために無駄な仕事を減らすという活動の実施は困難である。
(b)職員の意識改革
職員の意識改革に関しては、意識改革を実施しようにも、職員の半数は在外公館にいるため、在外公館へ赴任の際に意識改革のための研修を行っても、在外公館で抵抗に遭い実現できない可能性も高い。また、前述のように、経済協力に関しては、担当部署が分離していることによる不効率はあっても、政策評価は適切に実施されているが、問題は戦略の不足であることからも、ボトムアップでは問題が解決するとは思われない。
(2)トップダウン方式の改革の場合
そこで、外務省改革では日本同様に集権的な英が行ったトップダウン方式の改革の実施が適当であると考えられる。
トップダウン方式の改革は、トップが成果志向、顧客志向に基づき、戦略計画の策定(プライオリティづけ)及び政策目標に応じたグローバル予算制度を整備する点に特徴があり、英・ニュージーランド等の中央集権国家の改革で実施されている。この改革方式を日本で導入するならば、ミッション毎の組織への省庁の再分割と評価制度の確保、予算制度の改革をすべきであろう。具体例として、外務省改革を考えると、外務省をミッション毎に情報収集・分析業務、経済協力業務及び領事・文化広報業務への分割が考えられる。
(a)ミッションごとの外務省再分割
@ 情報収集・分析業務
外務省をミッションごとに分割する場合、その目的の一つを正確な国際情勢に関する情報を政府に提供することとして、その部分を独立させることとする。そして、緊急事態を除いては、定期に報告書を提出させ、報告した情報の質に責任を負わせることとすると同時に、在外公館ごとに送付すべき一般情報の量を戦略的に決定し、送付された一般情報を基に情報分析を行う。(定期報告書の内容及び各在外公館の一般情報報告数はトップが戦略的に決定する)
そうすることにより、最終的には在外公館から送付される現地で分析された情報と在外公館から本省で分析された一般情報を比較ができるようになり、情報が二重にチェックされ、情報はより正確となるであろう。
A 経済協力業務
経済協力については、現在、外務省、JICA、JABIC等バラバラに分割されている機能を一つに統合し、誰のためのサービスであるかを明確にして、ビジョン・戦略を策定することが重要であろう。その為、外務省の経済協力局、JICA、JABICを統合した経済協力省を創設し、そのミッション、サービスの対象を明確化する法律を作成し、政策の有効性に関する評価も明示的に行うべきであろう。
B 領事業務・文化広報業務
領事業務・文化広報業務に関しては、その機能の一部を独立行政法人化乃至民営化することも検討すべきであろう。
現実に、領事機能の一部は、名誉領事という形で現地の人々に委託している場合もあるのだから、何処までが国家の権限を持って行うべき業務であるのかを改めて判断し、領事業務の大部分を名誉領事に委託、名誉領事を増員して海外に日本から派遣する日本人職員を減員することは十分可能であろう。
また、文化広報業務の任務を日本文化を広めること、あるいは観光誘致をすることと考えるならば、文部科学省や観光省(新設を検討すべき)に委託するか、現地の観光業者に委託することも可能であり、より安く効率的な執行が期待できる。
(b)グローバル予算制度の整備
前述のとおり、トップダウン方式の改革では、予算制度の改革も実行される。この際、必要であるのは、現在の官庁会計で一般的である費目別の性質別予算から政策領域ごとの政策目標に応じた制度へ転換し、人事制度でも在外公館等への現場に権限を委譲することである。特に、予算は逓増する傾向があう以上、たとえば予算削減に成功したら、その1%は賞与として与える等の予算削減に対するインセンティブを制度に組み込むことも重要となるであろう。この制度変更により、形式的な財政支出を何%削減という目標以上に、無駄な予算が削減され、必要な場所に必要な予算が回されることとなるであろう。
このグローバル予算制度を整備したならば、例えば、前述の情報収集に関する業務に導入した場合、定例報告の情報の正確さ及び掛かった費用で各在外公館の業績を測り、大使の予算権、人事権を認めるなどの大幅な権限報酬をする代わりに、大使の業績を費用対効果も含めて測定し、その責任を給与・人事によって追及することとすれば、在外公館では、各大使が現在のように一般情報を翻訳することに本省から派遣された高給取りを使うことを止め、給与が比較的安い日本語が理解できる在外邦人を含む現地職員を増員して一般情報の翻訳に当たらせる一方で、日本から派遣される職員に、要人からの情報収集・分析を担当させることになるであろう。この結果、日本から派遣される職員数は減少するが現地職員は増員されるので人件費は現状維持あるいは減少するが職員総数は増大し、日本から在外に派遣される職員は一般情報の翻訳に時間を取られることがなくなるので情報収集力は上昇し、在外公館に派遣される職員数が減少する分、日本で働く職員が増えるため、海外から大量に送付される一般情報を分析できる人員も増えるので分析能力も上昇する等の人員と予算の適正化・効率化が期待できるようになるであろう。
5.結論
以上のことから、中央集権的な外務省の場合、ボトムアップ方式の改革には適さず、トップダウン方式で改革を実施することが必要であると思われる。
しかしながら、現実にトップダウン方式の改革を実現するには、どのような障害があるのか(自民党では省庁改革は終わったとされているので、政権交代まで必要なのか)、地方公共団体と関わりのある外務省以外の省庁では、構造改革特区などにより地方公共団体の改革が中央省庁に影響を与え、ボトムアップ方式の改革を導入できないのか等を検討する必要があろう。
参考:国土交通省政策研究第8号
「北欧型NPMモデル:分権型から集権型のシステム改革へ」
国土交通省政策研究第29号「NPMによる北欧型マネジメント・モデル」
新潟大学経済学部教授:大住莊四郎
「脱官僚主義」オズボーン、ゲーブラー
「政策評価の混迷とアカウンタビリティ」山谷清志