首長の「執行権」の法的範囲について

〜 地方議会における議員立法の視点から 〜

                            

 2004年10月27

                         早稲田大学大学院公共経営研究科

                                    草間 剛

 

はじめに

2001年の地方分権推進一括法施行など、一連の国による法的な地方分権改革後、機関委任事務の廃止により、地方自治体においては独自の施策を独自の条例によって施行する幅、いわゆる条例制定権の範囲が拡大され、執行部においては、自治基本条例など、急速に政策法務に力を入れる自治体が数多く出てきた。地方自治体において、二元代表制の一翼を担う、地方議会についても、同様な流れの中、従来の執行部へのチェック機能だけではなく、分権時代を支える政策提案機能の向上に努め、議員立法として、政策提案型条例を制定する議会も多く出現してきている。

しかしながら、議員立法に見られる議会による条例提案権は、未だ地方自治法によって大きな制限を受ける。地方自治法112条では、議員は議会の議決すべき事件につき、議会に議案を提出することができるとするが、その但し書きとして「予算については、この限りではない」としている。予算の調整権及び提案権は首長の専属事務であるので、本稿は、議会の予算案の提案について論じるものではない。議会の条例提案権の問題は、第一に、予算に関連する事務に関して、議会がどの範囲まで条例案を提案できるか。第二に、首長の予算の調整権も含めた、自治法上に規定されている首長の権限と、議会の権限が、自治体の政策の中でどのように線引きができるか、という問題である。

予算に関連が無い行政事務などほぼ存在しない。予算に係わる事項について、議員に条例提案権がないとすれば、実際、議員立法として政策提案条例を作るのは不可能である。また条例案を提出しても、執行部側から、その事項については首長の執行権を侵すものであると言われれば、怯んでしまうのが、議員の本音ではないか。

議員立法は時として首長が持つ行政執行権を侵すものと解釈され、この“執行権”は、議会の自治体に対する政策提言を阻み、地方議員の中に“絶対神聖なる首長の執行権”の意識を植え付けている傾向が少なからず存在する。現に島根県では、起債制限比率や、基金残高等の管理目標を定めることを内容とする財政健全化のための条例案「島根県財政健全化条例案」が、実質的に知事の予算編成権を侵害するものとして否決された事例もある。

では、そもそもいわゆる首長の“執行権”とは、地方自治法上、一体何を指すのか。自治体における施策の中で、どの範囲までが首長の執行権が及ぶ範囲なのであろうか。その法的根拠を考えるとともに、それと相対する議員立法の法的可能性、つまり、従来首長の執行権の範囲であると思われてきた事務について、議会主導で議員立法を制定することは可能か否かを考察する必要がある。本稿では特に、前述した第二の問題意識である、曖昧な首長の執行権を法的に定義づけ、自治体における首長の権限の線引きをするため、まず従来解釈されている首長の諸権限について考察していくこととする。

 

<1>       地方自治法上の首長の権限

 地方自治体(地方自治法では「普通地方公共団体」であるが、本稿では、法の規定を除き「地方自治体」とする)の首長には、地方自治法(以下、自治法)138条の2以下、大きな権限が与えられている。首長は地方公共団体を総括し、これを代表して、地方公共団体の事務を自らの判断と責任で管理し、執行する(自治法147条、148条)。「自らの判断と責任」(138条の2)が強調されているのは、執行機関に属する事務の執行に関しては、他の機関とりわけ議会からの干渉や指図にとらわれないことを意味しており、ここに首長主義の特徴の一つが認められる(1) 。以下は自治法において保障されている首長の権限とその解釈である。

 

a  統轄代表権

 「普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を統轄し、これを代表する。」(自治法147条) ここで「統轄」とは、普通地方公共団体の事務の全般について、当該普通地方公共団体の長が総合的統一を確保する権限を有することを意味する(2)。単に各執行機関について、それを有する総合調整的な管理機関という意味ではなく、他の執行機関はもちろん、議会及び住民のすべてを含めて、当該団体の事務についてこれを統御し、その最終一体性を保持することを示すものであると解されている(3)

b   事務の管理及び執行権

 「普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体の事務を管理し及び執行する。」(自治法148条) 首長の具体的な担任事務については後述する。

c   総合調整権

 普通地方公共団体の長その他の執行機関は、原則としてそれぞれ独立した機関であるが、行政執行の一体性、総合性を確保するため、首長に、組織・予算等を通じて執行機関内部での総合調整を行う権限を与えている。(自治法180の4、221条、238条の2

d   規則制定権

 「普通地方公共団体の長は、法令に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し、規則を制定することができる。」(自治法10条)首長の権限に属する事項に限り、住民の権利義務に関する事項についても規則を定めることができる。規則には、単なる行政規則の性質を有するもののほか、法規たる性質を有するものも含まれており、条例と規則の関係は、法律と政令との関係とは異なる(4)。首長の権限は、自治体の事務の広い範囲に及ぶため、規則により制定される事項の範囲も広くなっているが、一般的には、条例と規則の間では規定すべき事項が異なっている場合が多く、この場合には条例と規則、両者間での形式的な効力の優越の差は生じない。また、条例で定めるべき事項を規則で定めても、規則で定めるべき事項を条例で定めても無効である(5)。ここに立法者は注意が必要である。

この規則と条例の制定事項を整理すると、まず、義務を課し、又は権利を制限する事項は、法令の特別な定めがあるものを除くほかは、条例事項である(自治法14条U)。自治体の内部の組織や事務処理に関する事項については、両者があり、議会の委員会の設置(自治法109条T、109条U、110条)、地方事務所、支所等の設置(自治法155条)、特別会計の設置(自治法209条)は条例事項であり、長の職務代理者を定める規則、財務規則(自治令173の2)等は規則事項である。住民に対して財政的な負担を求める場合には、条例で定めることが原則であるが、実際の取り扱いにあたっては、使用料や手数料の具体的な額や率を規則に委任して定めている場合も多い。公の施設の設置及び管理についても基本的な事項については条例事項であるが、細則については規則に委任されることが多い。また、条例と規則のいずれによって規定すべきかが明確にされていない事項については、いずれによって定めてもよく、その事項について両者が矛盾する定めを設けている場合には、条例が優先する(6)。つまり、既にその事項について行政規則が存在していたとしても、議会がその事項についての条例を議決する事は阻まれない。規則制定権は、長の専有権限であり、議会が、その規則事項について自ら発案することはできないが、条例事項について、議会がその発案を阻まれる規定は、首長の担任事務を除いては自治法の中には見当たらない。

e    職員の指揮監督権

 「普通地方公共団体の長は、その補助機関たる職員を指揮監督する。」(自治法154条)

 この「その補助機関たる職員」には、議会事務局の職員や、他の執行機関の補助職員は含まれない。

f    職員の任免権

 自治体の首長は、その権限に属する事務を処理させるため、補助機関たる副知事、助役、出納長、収入役、副出納長、副収入役、事務吏員、技術吏員、雇庸人、嘱託等を任命する権限を有する(自治法162条、168条、171条、172条等)。また議会事務局の職員の任免は議長がこれを行うものとされており(自治法1385項)、例えば「事務局長は、議会の同意を得て議長が任免する」などを事務局の組織に関する条例に規定することはできない(7)

また、議会事務局の職員の定数は、条例で定めることとなるが、他の職員定数条例に規定しても、事務局の組織に関する条例に規定しても差し支えないとされている(8)

g  事務組織権

 「普通地方公共団体の長は、その権限に属する事務を分掌させるため、必要な事務組織を設けることができる。」(自治法155条、156条、158条)この事務分掌組織には、議会事務局は入らないとされる。尚、議会事務局は、都道府県では法律上当然設置とされているのに対し、市町村議会の場合は「条例の定めるところにより」事務局を置くことができるものとし、事務局の設置自体は条例によらなければならない。(自治法1382項)そして、この場合の議会事務局設置条例の発案権は、議員に専属するものであるとされている(9)

h 管理に属する行政庁の処分の取消し・停止権

I   公共的団体等の監督権

 

以上に掲げた、統括代表権から公共的団体等の監督権までの諸権限が、都道府県知事及び市町村長に認められる共通的権限であるが、都道府県知事には、さらに以下の権限が保障されている。

     市町村の適正規模の勧告権(自治法82項)

     市町村の配置分合、境界変更の決定、及び境界に関する裁定・決定(自治法7条・9条)

     届出・報告等の受理(自治法9条5項・77条・219条・233条)

     市町村に係わる紛争調停(自治法251条)

     組合設立の許可等(自治法284条)地方開発事業団の設立認可(自治法298条)

 

以上に掲げた、都道府県知事固有の権限を含めた首長の諸権限の中で、そもそも、統轄代表権から公共的団体等の監督権の、どの権限を、いわゆる首長の「執行権」と称することができるのであろうか。直接的に“執行”と規定されている権利は、前述した地方自治法148条からなる、首長の事務管理及び執行権であるが、統括代表権、総合調整権は、憲法93条を保障し、地方自治体における首長制を確立する規定であり、その首長の行政事務の執行を、首長が円滑に行うために規定されたものが規則制定権である。これらは全て、首長の行政執行権だと考えられる。その上、解釈によれば、職員の任免権、事務組織権も、首長の事務執行に際し、その権限に属する事務を円滑、効果的に処理させるために保障された、首長の“行政執行権のための執行権”と解することも無理ではない。ここから類推すると、以上に掲げた首長の権限下での事務は、特に法の定めがない限り、議会に提案権はないということであるが、これらの事項によっては、法律で、提案権が長、議会、どちらにも認められている場合があり、そうなると、首長の執行権という議論ではなく、首長と議会、どちらが提案したほうが公益となるかという、比較考慮の必要性が出てくる。よって、議会が条例案として提案できる事務事項は、あくまで事務によってケースバイケースで考える必要である。

では、次に自治法149条において規定されている首長の担任事務について詳述する事とするが、ここで注目すべきは、この149条の規定は、議会の96条の議決権規定と異なり、制限列挙方式でなく、同条9項において大きな裁量が首長に与えられていることである。

 

<2>       首長の担任事務

 前述した、事務の管理及び執行権を具体的に定めているのが、首長の担任事務を規定した、自治法149条である。ここでは規定された首長の専属事務を以下に挙げていくこととする。

 

a   普通地方公共団体の議会の議決を経るべき事件につきその議案を提出すること

 議会の議決を経るべき事件とは、議会が議決するすべての事件を意味するのではなく、普通地方公共団体の長が発案権を有する事件のみを指すことはいうまでもない。また、議会に対する議案提出権を有するのは、議会の議員と長のみであり、長以外の執行機関は議案の提出権を有しない。(自治法1806項)

 

b 予算を調製し、及びこれを執行すること

 予算の調製権及び執行権は長に専属するものであり、議会や他の執行機関はこれを有しない。ただし、予算の執行については自治法180条の2の規定に基づき、首長の権限を他の執行機関、補助職員等に委任し、または補助執行させることができる。

 

c 地方税を賦課徴収し、分担金、使用料、加入金又は手数料を徴収し、及び過料を科すること。

 地方税の賦課徴収、分担金、使用料等の賦課徴収は長の権限であるから、議会にその権限はない。しかしながら、条例案作成時に例えば過料を設定したいという場合、執行機関、警察等との調製によって過料を条例案に設定することは可能である。

 

d 決算を普通地方公共団体の議会の認定に付すること

e   会計を監督すること

f 公の施設を設置し、管理し、及び処分すること

 公の施設の設置及びその管理に関する事項は、原則として条例で定めなければならないとされている(自治法224条の2)が、これに基づく具体的な管理権が長に与えられているのであり、法律の定めがある場合を除き、他の執行機関の行政目的に供されている公の施設についても首長が管理権を有する。また公の施設を設置する旨の議案の提出権も首長に専属すると解され、いわゆる「図書館設置条例」や「地区センター設置条例」を議員が議会において議員提案することはできない。議員個人に公の施設設置についての発案権を認めることは、利権政治と直結する危険があり、この権限を首長のみに認め、議会の議決を経るというプロセスは妥当なものと考える。

 

g 証書及び公文書類を保管すること

 普通地方公共団体の長は、法令に特別の定めがない限り、普通地方公共団体のすべての証書及び公文書類を保管する権限を有する。ここで、議会文書の扱いであるが、議会文書は議会が扱うものとし、よって文書などの情報公開条例についても、議会独自の情報公開条例を作成することが可能である。

 

h 以上に掲げるものを除くほか、当該普通地方公共団体の事務を執行すること

 この規定は、地方自治体の首長の権限につき包括的な定めを置いたものであるが、首長の権限については自治法148条において包括的に規定がされているので、実質的意味を有するものでなく、確認的な規定である(10)。しかしながらこの規定は、首長の事務の執行に対して大きな裁量を与えている。

 

<3> 執行権と議会

 前述した以上の権限が、地方自治体の首長に保障されている主な権限であるが、この前述した149条における担任事務と、首長の統括代表権、総合調整権、規則制定権、予算執行権が、いわゆる首長の執行権と解されるものであると考えられる。前述した通り、首長の執行権の範囲は多岐に及び、抑制と均衡の理想である二元代表制においての首長の優位性が、議会と首長の権限関係から見ても、本来の二元代表制の均衡と抑制の理想を離れ、自治法上に規定されている。

 149条やその他自治法上における、首長の各権限と96条の議会の議決権、112条の条例提案権との関係は、議会がどれだけ予算を条例案などで“間接的に”修正できるかが古くからの問題となってきた(2)。なかでも、112条但し書きの「予算についてはこの限りではない」との規定や972項において「普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない」との規定は、首長の専属的な予算調整権と解釈され、議会としてはどのような条例案が首長の予算提出権を侵害するのかは、依然問題とされている。条例提案権とは異なるが、議会の予算修正権における行政実例は、長の提案した予算の中に含まれていない新たな事項を予算に付加するのは、首長の予算提案権の侵害になるとするが、新しい項目の追加でも、実質的に見て予算全体の調和と一体性を破壊するものでないかぎり、首長の提案権の侵害にはならないと解すべきである(11)としている。この解釈を拡大すれば、条例提案権においても、新しい条例案を議員が提出する場合、実質的に予算全体の調和と一体性を崩さなければ、予算がかかる条例案でも議員提出は可能であるはずである。また、条例が新たな予算を伴うときは、必要な予算上の措置が講ぜられなければ、議会に提出してはならないという自治法222条の規定は、議会にも適用されるとする(12)。反対解釈をすれば、議会は特に首長の“執行権”の1つとされる予算調整権の顔色を伺わなくても、222条の要件をクリアすれば、96条と112条を用いて、個別具体的事例において、自治法上定められた他の首長の専属的権限に反さなければ、条例案を発議することは可能である。

このように、地方議会における議員立法においては、個別具体的事例において、法律の要請を見た上で、首長の権限と、議会の権限を対比させ、どちらが提案した方が公益になるのかという事を比較考慮(13)する事が必要であり、首長の“執行権”を暗黙的に絶対視する必要は無い。

現行地方自治法下の制度の中で、地方議会が、政策提案型の議会に移行していくためには、現行制度の枠内で考えれば、議決権を定める自治法96条を効果的に利用していく方法が1つとして考えられる。次回は、今回詳述した首長の執行権と自治法96条を照らし合わせた、議員立法の可能性を考えてみたい。

 

 

 

(注1)  「島根県財政健全化条例案」は、基金500億円と起債制限比率19%未満の堅持を県財政運営の具体的目標として設定するなど、財政健全化の目的、財政健全化の趣旨、県の責務、地方債発行総額の制限、起債制限比率による制限、財政調整基金の最低金額の確保、財政健全化計画の策定、予算編成方針の策定と公表、県民意見の反映と行政評価の策定などの項目が内容となっていた。20027月定例会において民主党系議員が提案するも、知事の予算編成権を縛るとの理由で否決された。

(2)  本稿での論点は、自治法972項における議会の予算修正権とは異なり、あくまで議会の条例提案権における、首長の執行権との法的関係であるので、議会の予算議決権については触れないこととする。

(1)     原田尚彦『地方自治の法としくみ』(1990年 学陽書房)  106

(2)     通知昭和2288日地発乙556

(3)     松本英昭『新版 逐条地方自治法』(平成13年 学陽書房)  442

(4)     滝本純生「知事、市町村長の権限と担任事務」高部正男『最新地方自治法講座 執行機関』 45

(5)     川村毅「議会の議決権」井上源三『最新地方自治法講座 議会』 135

(6)     川村前掲論文  134

(7)     行実昭和25919日自行発220

(8)     田谷聰「議会事務局及び図書館の設置と政務調査費」井上源三『最新地方自治法講座 議会』 489

(9)             行実昭和53322日行政課決定

(10)          滝本前掲論文  51

(11)          原田前掲書   90

(12)          通知昭和31928日自丁行発82

(13)          岩手県議会事務局政務調査課 津軽石課長補佐からの引用