県から政令指定都市への権限移譲について

木村友紀

 

はじめに

 政令指定都市(以下政令市と略す)は、道府県に近いレベルの権限をもち特別市運動の経緯もあったことからしばしばその関係が議論されてきた。

 現在、平成の大合併により政令市の指定要件が緩和されたことで政令市の数が増えている一方、28次地方制度調査会では、道州制の議論がなされている。いま再び、広域行政と政令市という都市の自治の範囲をどうしていくのか議論していかなくてはならない。合併という基礎的自治体の変化と道州制という県制度の変化という地方自治制度の変革期において、各道府県で権限移譲計画の検討委員会が設立され方向性の模索が行われている。

特に、県内に二つの政令市を抱え、人口の半分以上が政令市の住民である神奈川県、福岡県、そして今回の合併政策で一度に2つの政令市が誕生する静岡県では、県として何の業務をしているのか問われている。

今クールでは特に、この3県を中心に県から政令市への権限移譲について検討し、県と政令市との関係を考える。第一章ではまず、地方分権一括法によって県からの権限移譲にどのような変化をもたらしたかについて説明し、事務処理特例条例による権限移譲の概要を述べ、第二章では、神奈川県・静岡県での権限移譲を中心に、具体的な権限移譲項目と人事交流の観点から政令市への権限移譲について述べる。

 

第一章       県から基礎的自治体への権限移譲

1節 一方的事務委任から協議による事務処理特例条例の創設へ

2000年地方分権一括法の施行で機関委任事務が廃止され、法定受託事務となったことで、国と地方の上下関係はなくなり対等なものとなった。同時に、道府県と市町村の上下関係も解消され、道府県から市町村への権限移譲を独自に条例により行うことができることになった(地方自治法第252条の172)。その結果、都道府県から市町村の権限移譲は、都道府県知事から市町村への事務委任という形で権限委譲が行われていたのが、以下のように性質が変化した(図1-1.

1-1. 権限委譲から権限移譲へ

上図の変化にみるように、地方自治法改正前は、都道府県から市町村への権限は上からの「委譲」であって、市町村は与えられた事務をこなすことに終始していたが、改正後市町村は委任された事務に対して条例制定権をもち一定の裁量権が付与された。また、平成16年5月の法改正で市町村は、県に対して権限移譲を要請できるようになった。

第2節       権限移譲の取組

前述の法改正を受けて各県は、基礎的自治体への権限移譲について検討会を立ち上げ県と基礎的自治体の役割分担について研究が行われた。全国知事会は、平成13 年7 月に「地方分権下の都道府県の役割」)において、都道府県が行うべき事務であるかどうかを判断する“6つのメルクマール”を提示している。これは、以下のようなものである。

【全国知事会が提示した事務のメルクマール】

@産業(製品・サービスの生産・供給)に係るものであるかどうか

A法人等に係るものであるかどうか

B行政対象が広域的に一体のものであるかどうか

C行政需要・行政対象が広域的に散在しているものであるかどうか

D相当高度の専門性を必要とするものであるかどうか

E市町村を包括する団体という性格にかかるものであるかどうか

市町村への権限移譲にあたって県は、これに類似した自己の役割を念頭になされている。しかし、その手法をみると明確な基準や計画性はあまりなく、多くの道府県は権限移譲する市町村の状況や人的資源の状況といったものを勘案し、その都度に応じて移譲しているに過ぎないという印象を受ける。機動的な権限移譲が可能である一方で、県内事務の全体的整合性やこれからの県と市町村のあり方といった戦略・計画性のない権限移譲になっているという点は否定できない。

じっさい、神奈川県が県内の市町村と合同で権限移譲のあり方を研究するために立ち上げた県・市町村間行財政システム改革推進協議会は、平成15 年3 月報告書を提出したが当研究会のアンケート調査は、次のようなものであった。

まず「市町村への移譲事務の選定における考え方」という質問に対して半数の団体が「市町村の規模や法定権限等の関連より、あくまでも個々の市町村の移譲希望を重視して選定」と回答した。また、「事務内容の選定について」という質問に関しては8割の団体が「県の担当部局と市町村の合意が調った個々の事務の単位で選定している」と回答した。

つまり、多くの県において権限移譲の手法に明確な規則はなく市町村側と県側が「たまたま」合意したことによって決定され、明確な手法の選択は行われていない。これに対して積極的な権限移譲手法の策定を行っている県もある。以下にその事例を述べる。

【事例1:茨城県】

 茨城県では人口10万人以上の市を「まちづくり特例市」として位置づけ、これにまとまった権限をおろすというパッケージ化の権限移譲を行っている。また、同時に合併の推進策として、合併した場合は5万人に指定要件を緩和するという国の政策に類似するような権限移譲政策を行っている。この指定を受けると、地域に密着したまちづくりのための事業がまとまって移譲される仕組みになっている。

【事例2:広島県】

二つのパッケージを用意して、市町村への権限移譲内容をパッケージ化している。

@「ステップアップ方式」:中核市には政令市の権限を移譲、特例市には中核市の権限を移譲、というように1段階上の権限を移譲するパッケージ。

A「特定分野拡充方式」:福祉・保健衛生・まちづくりの3つのパタンに分かれ、権限をパッケージで移譲する。

これらのケースのようなパッケージでの権限移譲を扱っている県は少ないが、違った意味で権限移譲はパッケージ化されることになる。つまり権限移譲の際にヒト・カネが必要になるため、ただ権限を移譲するのではなく同時にヒトとカネをセットにして権限を移譲しなければならない。

事務処理特例条例による権限移譲をするにあたって都道府県は、地方財政法第28条により財政措置(権限移譲交付金)を講じることが義務付けられている。

また、権限を移譲する際にその事務処理をしていた担当者を派遣し事務を円滑に移譲することができるようにする、専門官のいない自治体への権限移譲を行う際には専門知識をもつ職員を派遣する、といった必要がある。

第二章       県から政令指定都市への権限移譲

 この章では、前章の権限移譲方法の概要を踏まえて、県内で最大規模の基礎的自治体である政令市への権限移譲がどのようになっているかを追究する。なかでも、県内に2つの政令市を抱える神奈川県・静岡県・福岡県を中心に、他の自治体への権限移譲と政令市への権限移譲に違いがあることを述べる。

1節 特例条例にみる各政令市への権限移譲

 各県が政令市に対してどの程度権限移譲を行っているのかみるため、事務処理特例条例を元に法律ごとに移譲の程度を調べたのが以下の表である。(各県によって内容の異なる条例では、比較が難しいと判断したため対象からは除いた)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この表から、以下のことが考えられる。

     まず、静岡県が積極的な権限移譲を行っていること。静岡県では、道州制下での県政を意識し政令市に対しても積極的な権限移譲を行っている。前述の全国知事会6つのメルクマールに代表されるように、道府県は、広域行政にかかってくる地域産業振興といった権限は県で担うべきと考える傾向が強いが、静岡県では、これにかかる法律分野に関しても積極的に移譲していることがわかる。特に、他の県では空欄になっている法律で顕著に現れている。

     また“政令市のみの事務”が少ないことがわかる。中核市レベルでも移譲される●が多くを占め、政令市のみの◎は少ない。思うに、政令市への権限移譲はすでに法律の時点でなされており県から新たに権限移譲する必要がなく、また、中核市までは積極的な権限移譲が可能であるが、政令市への積極的な権限移譲となると“県のやるべき事業”のラインが不明確になってしまうため、中核市以下への権限移譲には積極的であっても、静岡県のように一線を越えた権限移譲には消極的にならざるを得ないのではないか。特に、県内に2つの政令市がある3県では政令市人口が県人口の半分以上を占めているため(神奈川県59%、福岡県60%、静岡県49%(浜松市も政令市としてカウント))[1]、政令市に積極的に権限移譲を行うと広域行政の事務が大幅に減少してしまうのである。

 

2節 道府県〜政令市の人事交流

2000の地方分権一括法施行により、都道府県から市町村への権限移譲が進んだことによって人事交流も活性化した。熊本県では、2002に全国初のこころみとして権限・財源・人材の「三点セット」を移譲する方式をとった[2]。これらのパッケージ方式は、平成の大合併で県内基礎的自治体の規模が拡大することを受けて茨城県[3]や愛媛県[4]に広がり実施されている。県と市町村の人事交流には、権限移譲に伴って県が行ってきた事業に精通した人材力の提供と、関係の円滑化という二つの狙いがある。

 もっとも道府県と政令市との交流は都道府県と市町村の人事交流とはまた別の意味をもっている稲継(2000)は、「政令指定都市レベルになると、人材も豊富で(中略)府県の優秀な人材を「借りる」というニーズはあまりない」、が「ぎくしゃくしがちな政令指定都市と府県の関係を良好なものに保つために(中略)交流がはじまり(中略)それが現在では完全に定着して、さまざまな行政執行分野において好影響をもたらしている」[5]と述べている。

・各県と政令市との人事交流について

 そこで、各県人事課に電話によるヒアリングをお願いし、次のような内容を得ることができた。

【神奈川県〜横浜市川崎市の人事交流】

神奈川県は、政令市との人事交流を実施しているがその主たる目的は共同事業の実施や情報交換である。横浜市川崎市は、政令市として成立してから長い歴史が存在し新規の権限移譲項目はあまりないので、権限移譲という観点からの人事交流は行われていない。そういった意味では、新しく成立した中核市への人事交流が盛んである。今年度の政令市との人事交流は、横浜市⇔神奈川県・川崎市⇔神奈川県ともに2名となっている。知識交流を目的としておりポストは固定されていない

【静岡県〜静岡市への人事交流】

本年度静岡県の人事交流総計は、総勢57人でそのうち27が静岡市へ出向となっている。いかに静岡市との人事交流が行われているかがわかる。静岡市が政令市の指定を受けたことで権限を移譲することになる項目(特に土木・福祉事業)について活発な人事交流が行われているということであった。人事交流の選定については、人事交流実施要綱に基づき事務事業の移譲される項目の職員が出向し、希望制となってはいない。今後としては、政令市の権限移譲はほぼ一段落したので、人材面での交流も減少していく予定である。浜松市への人事交流は、合併問題に絡むため非公開。

【福岡県〜福岡市北九州市人事交流】

福岡県では、市町村との共同研修プログラムを実施しており政令市もこれに参加していたが、現在では行っていない。権限移譲についての人事交流は、行われておらず共同事業の実施(例:ねんりんピックの実施、大規模土木事業における用地買収)について必要性が発生したときに2年程度を単位として10名弱の人事交流を行っている。

【大阪府〜大阪市の人事交流[6]

1965年の府知事と市長の間で懇談会が実施され(府市協調)、協調の推進を目的に人事交流を決定。以降相互に対等なポストで人事交流を実施し、2000年には、17人の交流実績がある。給与に関しては派遣元が負担し、交通費などに関しては受け入れ先が負担。京都府〜京都市の人事交流についても同様に1986年の府知事と市長間での懇談会にて人事交流を決定。大阪府〜大阪市と同様の方式を採用している。

大阪市京都市のケースでは、ともに首長同士の懇談会において政治的に人事交流の設定がなされ、その後定着し、@研修効果A人脈の形成効果の二点で一定の効果をあげている[7]。もっとも、人材力のある政令市としては、県の人材を受け入れる積極的必要性はなく、なんらかのきっかけがなければ積極的な人事交流は行われない。神奈川県のケースにみるように、横浜・川崎市のような大規模でかつ政令市としての歴史が長い地域においては、人事交流の積極推進性はみられない。

一方、静岡市のように合併を経て政令市になったばかりの自治体においては、権限移譲が行われ事業が拡大するため、従来それに従事してきた県職員を派遣することで調整をしていると考えられる。じっさい、道府県と政令市間の人事交流数は少なくほとんどが10名を切っているにも関わらず静岡市27名は突出している。当県内では、浜松市が政令市への移行を目指していることから、今後は浜松市との人事交流に重点がシフトしていくことが予想される。

つまり、道府県と政令市間の人事交流には、二つの類型があると考えられる。@共同事業の実施における協力体制のための人事交流というタイプと、A合併・政令市移行を契機とした権限移譲のための人事交流というタイプである。

@共同事業の実施における協力体制のための人事交流に関しては、府県による市町村への人材提供というよりは、共同事業の多い政令市と人事交流をすることによって、円滑な相互連絡体制が構築でき、事業の実施をやりやすくできるといった、“相互のつながり”を重視したものである。

一方、A合併・政令市移行を契機とした権限移譲のための人事交流に関しては、新しい事業を行うことになった新市に対してその事業に従事していたノウハウのある職員を派遣することで、事業の引継ぎを行うことを目的とした“人事交流による事業の引継ぎ”を重視したものである。

合併による政令市指定は、あと新潟市堺市で予定されているためこの2市では、Aのタイプでの人事交流が行われていくが、@の方はやがて大阪府のような特殊なケースを除き、神奈川県・福岡県のように人数が収斂していくと思われる。

  

第3節       まとめ

 政令市と県は、しばしば二重行政の弊害として語られ、その解消は“広域行政か、大都市か”という文脈で明治の市町村制度施行時からのテーマであった。こういった問題が事務処理特例条例のなかで解決できるとは考えにくく、事務権限を決定する境界線の線引きが県と市の合意に依拠するのはやむをえないと考える。中核市以下への基礎的自治体への権限移譲を積極的に行っていくことは容易であっても、政令市への権限移譲は、住み分けにもっとも気をつかう問題であって、最終的には、道州制や地方制度調査会の答申等に依拠することになると考えられる。事務処理特例条例の設置により、基礎的自治体の自己統治の範囲は大きく拡大し、条例も制定できるようになるなど裁量権も拡大したが、県と基礎的自治体とりわけ、政令市の役割を決めるには大きな効力を発揮しているとはいえない。

これを裏付ける研究として、神奈川県のワーキンググループは、事務処理特例条例の問題点を指摘している。事務処理特例条例による権限移譲の制度は、法律のなかで一つの独立した事務として明記されていなければ市町村に権限移譲することができない、ということである[8]。機関委任事務が廃止され、事務処理特例条例が施行された今でも、中央官庁が一定程度県と市町村の関係を定めているため、実際に事務を行う県と市町村が移譲の合意に達しても法律上実施できないといったケースは、基礎的自治体の役割を相互自主的に決定する仕組みとしての事務処理特例条例の機能が制限的であることを示唆している。

 しかし、静岡県のように、道州制に先がけて政令県構想を打ち出した上で権限移譲を行う自治体もある。静岡県の権限移譲状況は、表2-1.にみたように他県とは一線を画しており、権限推進を行う意思が大きい。国の答申に先んじた移譲計画が今度、どのように評価されるのか、注目したい。



[1] 総務省統計局住民基本台帳の人口を元に計算。

[2] 2005/3/25付け朝日新聞「県政を託す 熊本の行方」より

[3] まちづくり特例制度(平成14年度より導入)

[4]地方分権型行政システム構築に向けた権限移譲推進指針」(平成161月)

[5] 稲継裕明「人事・給与と地方自治」(東洋経済新報社 2000)p.114参照

[6] 稲継(2000

[7] 稲継(2000

[8] 具体例として屋外広告物法をめぐる京都府の手法があげられている。