地方分権一括法の意義とその課題

                                公共経営研究科

                              木原善隆 45041017

 

1 はじめに

  私の研究テーマは「地方分権改革とメディアの役割」であるが、最初のクールである今回は、その基礎として1995年の地方分権推進法と、それを受けて地方分権推進委員会の発足とその勧告そしてこれらの集大成として2000年に施行された地方分権一括法を取り上げたい。475本の法律改正を1本にまとめたこの法案は、国と地方の対等原則を盛り込んだ点で画期的といえ、今日の地方分権改革の法律的基礎となっている。一方で、積み残された問題が、小泉内閣の「三位一体の改革」へと引き継がれた。これら、ここ10年の地方分権への動きは、それまでのものとその背景を根本的に異にしていると考える。すなわち、高度経済成長を経てバブル経済の時期に欧米へのキャッチアップを終え頂点に達した日本だが、バブル崩壊以降、その社会・経済システムの制度疲労が顕著となり、「失われた10年」を過ごした。つまり、権限・財源・人的資源・情報を過度に東京に集中させる中央集権体制は、キャッチアップの中では機能したが、次の段階には対応できないということが明白になった10年だったといえるだろう。全国画一の公平性を重視するあまり、地方の多様性や活力を奪い、経済的に「都市」に依存する「地方」を日本全国に作り出してきた。その結果が、国と地方を通じての財政破綻である。今日の地方分権においては財政再建のための行政改革という観点も重視しなければならない。財源と権限を地方に譲することによって、予算の流れを市民に近づけ、自己責任の原則を貫徹すれば必然的に無駄は排される。また、こうした意思決定に住民を近づけることは「観客民主主義」からの脱却をも意味する。一方で国は地方分権によって身軽になり、外交や防衛といった本来国がなすべき仕事に専念できるし、そうすべきであろう。

こうした観点から、少子高齢化を迎えた21世紀の日本の指針として、地方分権は避けては通れないとの立場に立ち、このレポートでは地方分権一括法の主な内容と、その意義をまとめるとともに、残された課題を指摘する。

 

2 地方分権一括法の主な内容

1)機関委任事務制度の廃止

 地方分権一括法の最大の意義が、この機関委任事務制度の廃止といえよう。機関委任事務とは、本来は主務大臣が直接執行すべき事務であるが、個別の事務ごとに法律ないし政令で都道府県知事・市町村長もしくは都道府県・市町村の行政委員会を主務大臣の地方機関と位置づけ事務執行を委任したものである。そもそもこの機関委任事務は、戦後GHQが、知事公選制を強く求めたのに対して、内務省が地方統制の手段として考案し

たものだ。委任事務の数は当初150件ほどでスタートしたが、2000年に廃止されるまでの53年間に561件にまで増殖した。この制度の最大の問題点は、公選制により市民に選ばれた代表を国の地方機関としたことにある。国の下級機関としての機関委任事務には、

地方議会の審議権・監査権が及ばないなど、市民の監視の外に置かれたのだ。

 地方分権一括法によって機関委任事務は、自治事務と法定受託事務に分けられた。自治事務とは「地方公共団体が処理する事務のうち、法定受託事務以外のものをいう」(地方自治法第28項)と規定され、法定受託事務は「法律又はこれに基づく政令により都道府県、市町村又は特別区が処理することとされる事務のうち、国が本来果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの」(同第29項)と規定された。

 法定受託事務に対する国の関与はその性格上、自治事務に比較して厳しいものとなっている。地方分権をさらに進展させていくためには、この法定受託事務の見直しが必要であろう。論点は、何が「国が本来果たすべき役割」に当たるかということだ。外交や防衛が国の果たすべき役割であることには国民の合意があるであろうが、例えば法定委任事務とされた公共事業関係の事務については、どこまで国による統一的施策が必要なのかは十分議論する必要がある。その際には、市町村合併による基礎自治体の広域化や、自治体の広域連合による政策調整などの進展状況も視野に入れる必要があろう。すでに環境行政などの分野では一部事務組合などを利用した広域行政は常態化している。市町村合併については特例措置が来年で期限を迎えることによって一段落すると予想されるが、その後も、合併しなかった市町村においても、財源と権限の受け皿として「広域連合」を活用することが有効であろう。さらに、都道府県レベルにおいても、北東北3県に見られるような都道府県連合の動きも出てきている。いずれにせよ重要なことは、自治体の側が国の役割を限定的に捉えていく姿勢が必要だということだ。

 

2)必置規制の緩和

 自治体は、法律・政令・省令・通達によって行政機関、施設、特定の職の設置を義務づけられている。地方分権一括法によってこの規制が大幅に緩和・廃止された。

 地方分権推進委員会は第2次勧告において、必置規制見直しの視点として@それが自治体の自主的組織権を阻害している。A機関委任事務制度の廃止は国と自治体とを対等な関係におくものであり、自治事務はもとより法定受託事務においても、自治体の自主的組織に基づき事務処理の組織・定員が定められるべきである。B必置規制の多くは、行政の技術水準の維持や専門性の確保を目的として設けられてきたが、行政サービスの総合性や柔軟性を失わせることのないよう、弾力的なものとすべきである。C自治体の簡素で効率的な行政を実現するためにも廃しないし緩和が求められる。の4点を挙げた。

 行政に対する住民のニーズは地域によって多様である。行政機関や施設を全国一律の基準で設置することは、こうした地域のニーズにこたえることにはならない。また、行政の効率化という観点からも無駄を生みやすいといえるだろう。そうした意味からも、

必置規制の廃止・緩和は当然の方向性といえる。

 

3)国地方係争処理委員会の設置

 機関委任事務廃止によって国と自治体は法的に対等となった。したがって国の法令解釈と自治体への関与をめぐって、両者の間に紛争が起きる可能性がある。この紛争を診査する第三者機関として、国地方係争処理委員会が総務省に設けられた。委員は5名で衆参両院の同意を得て総務大臣が任命する。自治体は国の関与に不服があるとき、国の行政庁を相手として委員会に診査を申し立てることができる。委員会は申し出について審査し、理由がないと認めるときは文書でその理由を自治体と国の相手方に通知する。理由があると認めるときは、国の行政庁に必要な処置を一定の期間内に取るよう勧告する。自治体側が委員会の審査の結果や勧告に不服があるときは、その自治体を管轄する高等裁判所に訴訟を起こすことができる。

 この委員会はまったく新しく設けられたものである。その権限は、地方分権推進委員会の主張した「裁定」ではなく「勧告」にとどまったが、一方で、委員会が国の不当を認めたときは、その理由と勧告の内容を公表し、勧告を受けた国の行政措置は委員会に

チェックされ公表されることで、市民の評価を受ける。

 東京都に端を発した独自課税を巡る国と自治体の争いに見られるように、自治体が独自の政策を行おうとすれば、国との摩擦が予想される。この委員会の設置により、自治体から国に対する正式訴訟の仕組みが整ったわけで、あとは自治体がこの制度をいかに有効に利用できるかが課題となろう。

 

3 今後の課題

1)権限と税財源の移譲

 地方分権一括法で機関委任事務が廃止されたことは、国の補助金支出の根拠の1つが失われたことを意味する。補助金の削減とその裏づけとしての税財源の移譲は当然の帰結であるが、一括法では「地方税財源の充実確保措置の必要」を指摘したにとどまる。この、税財源と権限の移譲は、小泉内閣の「三位一体の改革」に引き継がれた。初年度である昨年は、補助金と交付税の削減が先行し、交付税は約3兆円、補助金は約1兆円削減されたのに対し、税財源の譲は6500億円にとどまったため、地方の反発を招いた。今年度はさらに2兆円の補助金削減を目標としているが、税財源移譲については3兆円の先行を主張する総務省と、地方の歳出削減を急ぎたい財務省が対立している。財政再建の観点から、補助金・交付税の削減額が税源の移譲額を上回るのは当然と考えるが、昨年度の問題点は税源の移譲の全体像を先送りにし「所得譲与税」や「税源移譲予定交付金」といった小手先の制度でごまかした点にある。経済財政諮問会議は今月から三位一体改革の議論を本格化し、夏から秋へかけての集中審議で妥協を目指す方針で、それを受けて小泉内閣は今年中に「三位一体」の全体像を示すとしている。改革が本当に「三位一体」で行われるかどうかの正念場である。さしあたっては夏の概算要求に向けての動向を注視する必要があろう。

 

2)新たな財政調整システムの必要性

 自治体によって財政力に差があるのは当然のことであり、財政の調整は不可欠である。

現在は地方交付税交付金がその役割を担っているが、同時にこの制度が、国の集権体制を支える道具となってきた。今後は自治体間の水平的財政調整システムの構築が課題となるが、その場合、今まで以上に「都市」対「地方」の対立が先鋭化する危険性をはらんでいる。実際に、税源移譲の方策として、国税である所得税を減らし、地方税である住民税を増やす現行の政府案では、東京など人口の多い自治体が有利になる。そこで総務省は住民税の税率を譲に合わせて一律10パーセントにすることで富裕層の多い都市の税収減を図る案を示したが、東京都は反発している。しかしながら「地方」なくして「都市」は存在し得ないのであって、国土の保全などの観点からも、財政調整の国民的コンセンサスを作り出す努力が必要であろう。

 

3)市町村合併と道州制の展望

  三位一体の改革と並行して現在、平成の市町村大合併が進行中である。市町村の適正

 な規模については諸説があり、私は必ずしも合併を推進する立場には立たないが、現実 

 には、合併特例債などの優遇措置(アメ)と交付税の削減などのムチによって合併は急速に進行している。読売新聞の全国調査によると、2005年4月までに現在3100ある市町村が2100にまで再編され、その後まで含めると1700程度になる可能性があるとしている。この合併優遇措置、なかでも特例債は極めて問題が大きいと懸念を抱かざるを得ない。国が7割を交付税措置してくれるので今のうちに借金をしてしまおうというやり方こそが、これまで地方自治を蝕んできたシステムそのものである。また、将来的には地方財政をさらに破綻に追いやる可能性も高い。むしろ、優遇するのであれば、合併をした市町村にはその規模に応じて、権限と財源を移譲するというやり方で進めるべきであったと考える。

  さらに、市町村の再編が進んだ後には当然、都道府県のあり方を見直す必要があるだろう。市町村が明治、昭和そして今回の平成の大合併と何度もその姿を変えてきた一方で、都道府県は明治中期に現在の枠組みが完成して以来、ほとんどその範囲を変えていない。基礎自治体である市町村が大きくなり、さらに広域連合などによって多くの行政事務を担う能力を備えれば、都道府県の役割は縮小してゆく。行政の効率化の観点から、

 道州制の導入が望まれる。小泉内閣は北海道を道州制の特区としているが、地方分権時代の道州制議論は国ではなく自治体の側が主導すべきと考える。北東北3県の事務共同化に見られるような、都道府県の側からの動きが期待される。

 

4 まとめ

  地方分権一括法は、地方自治体に対し、地方分権のための法律的保障を与えたものと

言える。一方で財源や権限など、分権を進めるための「道具」はまだ、国が握ったまま

だ。こうした「道具」を地方に移譲する小泉内閣の三位一体の改革は2年目に入り、

胸突き八丁を迎えている。財政再建は重要な観点ではあるが、改革が単なる補助金と地

方交付税の削減に終わらないように監視する必要がある。また、4兆円の補助金の削減

は当面の目標であって、最終的なゴールではない。実現可能な目標を設定して改革を進

める手法は政治的には有効だが、本来は、機関委任事務が廃止された以上、補助金はゼ

ロベースで考え直すべきものだ。実際に知事会はゼロベースでカウントしなおした結果

を提言としてまとめている。小泉内閣の後も改革を続けるためには、こうした自治体の

側からの働きかけが重要になる。

一方、地方分権一括法も「三位一体改革」も、国と地方自治体の関係においての変化

 に過ぎないともいえる。今後は住民と自治体・国との関係を考えていく必要がある。つまり「団体自治」の改革を経て「住民自治」へ発展させなければならない。そのためには、住民の政治参加のチャンネルを増やす必要があると考える。議会制民主主義による間接民主主義の体制は維持しつつも、住民の関心の高い問題については、住民投票に代表される住民参加の制度を、実効性のあるものに変えて活用する必要があるだろう。

さらに、合併によって基礎自治体が大きくなるのに対応して、逆に小さな地域コミュニティの役割が重要性を増すであろう。すべてを行政が行い、住民はサービスを受けるだけという仕組みは、住民自治の発展という観点から好ましくないだけでなく、経済的にも破綻しつつある。地域のNGOやコミュニティと行政の協業体制を構築していくことが望まれる。地域のことは地域の住民が考え、行政とともに解決していく仕組みこそが、真の住民自治である。

 

 

<参考文献>

     久世公尭「地方自治制度」(学陽書房・2002年)

     新藤宗幸「地方分権」(岩波書店・2002年)

     兼子仁 「新 地方自治法」(岩波書店・2003年)

     坂田期雄・責任編集「新地方自治の論点106」(時事通信社・2004年)