自治体における広域行政(連合)の仕組みや取り組みについて
石井 良行
(公共経営研究科 修士1年)
1.はじめに
近年、地方分権一括法にともなった地方自治法改正によって、各地方自治体が「法定外目的税」を策定することが認められるようになった。『法定外目的税』とは、特定の使用目的や事業の経費とするため、地方税法で定められていない税目を条例で定めて設ける税のことである。こうして税源を確保することで、財政面で苦労している自治体の抱える事情に応じた政策を取り組むことができる。一括法が施行された平成13年度以降、様々な使用用途で目的税が設定されている。
数ある法定外目的税の中でも高知県や神奈川県で実施されている森林・水源環境保全の目的税について研究を続けていく中で、集めた税源の用途に関しての問題点も見えてきた。例えば、神奈川県では今年度から「かながわ水源環境保全・再生実行5か年計画」を開始し、法定外目的税である水源環境保全税を導入した。その使用用途として、県を流れる河川の自然浄化機能の保全・再生事業の実施を掲げている。神奈川県は相模川と酒匂川という二つの河川で県の9割の水がまかなわれているが、その水源、さらに上流部は山梨県から流れているが、両河川の上流部は神奈川県の管轄でなくなってしまうため、現段階では神奈川県を流れている部分のみの河川保全となる。もちろん、環境分野の事業や政策を実施するとなれば、採り上げたような例だけでなく、各自治体の範囲・規模に留まらない事例というのは少なくない。そうした問題に対処するための最適な枠組みは、現在も議論されている「道州制」だろうが、現状で即時の導入は困難と言える。そこで自分は、現行の制度で有効な手段として『広域行政』の枠組みに注目している。今期は『広域行政』、特に『広域連合』について調べていくことで、どのように環境分野に活用できるかを模索していきたいと思う。
2.広域行政の仕組みと種類について
行政の政策や事務は各自治体単位で行われることが基本であるが、その事務を処理するに当たって広域にわたるもの、市町村に関する連絡調整に関するもの及びその規模又は性質において一般の市町村が処理することが適当でないと認められるものについては、複数の自治体が連携・調整し、行政を進めていくことが必要とされる。また、国や自治体の厳しい財政状況下でも、住民の様々な行政ニーズに適切に対応していくためには行財政基盤を強化していかねばならない。そうした、様々な行政ニーズに対して、効率的で効果的に行うための取り組みが『広域行政』である。
広域行政には、大きく分けて二つの手法を挙げることが出来る。一つは、複数の市町村が集まって大きな自治体を形成することで一体的な行政ニーズを提供していこうとする、いわゆる「市町村合併」である。政府によって市町村合併が進められた結果、8年前には3000以上あった自治体が現在では1800程度の数にまとめられ、一つの基礎自治体あたりの規模が拡大している傾向にある。もう一つの手法としては、現在の市町村の区域を変更しないで、一部の行政サービスについて複数の自治体が連携・共同していくという形である。この形としては、地方自治法が規定する『特別地方公共団体』の枠組みの中で、さらに同一の事務を持ち寄って共同処理する『一部事務組合』と多角的な事務処理を通じて広域的な行政目的を達成することが可能な『広域連合』に分けることが出来る。両枠組みの中間点として、市町村及び特別区の間では、地方自治法285条に設けられている「市町村及び特別区の事務に関し相互に関連するものを共同処理するための市町村及び特別区の一部事務組合」(法律上の名称ではないが『複合的一部事務組合』とも呼ばれる)がある。この枠組みが『一部事務組合』と違うところは、共同処理する対象を同一に限定しなくてもよいところであり、構成団体の「相互に関連するもの」であれば、「消防」でも「ごみ処理」でも、それぞれに共同処理することができる。ただし、共同処理する事業、運営の方法は後述する『一部事務組合』の方法とほぼ同じであることから、住民の意図を反映させるには、行政評価、情報開示、説明責任などの面も含めて、難しさがあるという意見もある。
また、市町村合併にかなり近い枠組みとして『全部事務組合』という形がある。この枠組みは町と村のみの参加が認められ、市は参加することができない。組合結成前の個別の首長・議会は消滅し、後述の広域連合の執行機関と同じように、組合管理者と組合議会議員を直接選挙で選ばれ、役場との議会及び執行機関の事務の全部を共同処理することができる。そうした意味では、設立後は通常の市町村合併と同様の形態になるが、合併と異なるのは、組合議会の決議により組合を解散し元の町・村に戻すことができる。
3.広域連合と一部事務組合の違いについて
[1] 参考図1:地方制度上の広域連合の位置付け (衣浦東部広域連合HPより)
広域連合(平成7年6月施行)は、平成6年の地方自治法改正で従来の一部事務組合で指摘されていた制度的な限界から、より柔軟で幅広い広域行政を可能としていくために創設されたものである。「高齢者の医療の確保に関する法律」(老人保健法を全面改正)の制定によって、平成20年4月以降は、後期高齢者(75歳以上の高齢者)の保険料徴収は市町村が行い、財政運営は都道府県単位で全市町村が加入する広域連合が実施することになっている。
ここで、広域連合と一部事務組合の違いについて、三つの点から比較していきたいと思う。
@ 複合的な事務処理が可能としている
まず、前述にもあるように事務処理の形態が異なっている。それまでの一部事務組合は、同一の事務を持ち寄って共同処理する形態に留まっていたが、広域連合ではより多角的な事務処理を通じて、幅広い行政目的を達成することができるような仕組みとなっている。例えば、市町村の一般廃棄物に関する事務と都道府県の産業廃棄物に関する事務を広域連合で実施し、広域的・総合的なゴミ処理行政を推進するなど、都道府県と市町村とが異なる事務を持ち寄って、広域連合で処理することも可能となってくる。
A 権限の移譲が認められた
次に、広域連合は、一部事務組合では出来なかった国や都道府県からの直接権限の委譲が可能となった。これによって国または都道府県が広域連合に対して権限の移譲こともできるし、逆に広域連合が国又は都道府県に対して権限の移譲を要請することも可能となっている。
B 所掌事務の変更に対するイニシアティブ
最後に、一部事務組合と広域連合の大きな違いは「構成団体との関係」である。前述した一般事務連合の制度的限界の一つに「所掌事務の変更に自らのイニシアティブを発揮できない」が挙げられる。この点を、広域連合の枠組みでは『広域計画』を策定することで、広域連合の処理する行政事務に限らず、関連する構成団体の事務について盛り込むことができるので、構成団体についても勧告をすることが可能となった。前述のゴミ処理施設のような例を挙げれば、ゴミ処理施設の運営を行う広域連合が広域計画を通じて、関連する構成団体のゴミ収集手段やゴミ減量のための政策などを記載することで、その実施に関して構成団体に勧告することが可能と考えられる。また、広域連合は、構成団体に対して、広域連合の規約の変更を要請することもできる。
C 民主的システムの導入
一部事務組合と同じく、広域連合でも議会と長(一部事務組合の場合は管理者)を設けることになる。しかし、広域連合の長と議員は、一部事務組合のような充て職は認められず、議会の議員及び長は規約の定めるところにより、住民からの直接、または組織する地方公共団体の議会の議員(広域連合長の場合は、地方公共団体の長)による間接で選挙される。また、広域連合への直接請求を行うことができる。
この四点を例に挙げても、広域連合が一部事務組合に比較して、様々な処理事務に対して柔軟に取り組めるようになったということがわかる。
参考図2:一部事務組合と広域連合の相違点について (参考:総務省HP)
区分 |
一部事務連合 |
広域連合 |
設置の目的等 |
構成団体又は執行機関の事務の一部を共同処理する |
多様化した広域行政需要に適切かつ効率的に対応するとともに、国からの権限委譲の受け入れ体制を整備する |
国等からの事務権限の移譲 |
× |
国又は都道府県は直接、事務・権限の移譲を行うことができる 都道府県の加入する広域連合は国に、その他の広域連合は都道府県に、事務・権限の移譲を要ができる |
構成団体との関係 |
× |
構成団体に規約変更するよう要請することができる 広域計画を策定し、その実施について構成団体に対して勧告することができる 広域連合は、国の地方行政機関、都道府県知事、地域の公共的団体等による協議会を設置可能 |
設置の手続 |
関係地方公共団体が、その議会の議決を経た協議により規約を定め、都道府県の加入するものは自治大臣、その他のものは都道府県知事の許可を得て設ける |
同左 ただし、自治大臣は、広域連合設置の許可を行おうとするときは、国の関係行政機関の長に協議する |
直接請求 |
特段の規定はない |
普通地方公共団体に認められている直接請求と同様の制度を設けるほか、広域連合に対し規約の変更について構成団体に要請するよう求めることができる |
組織 |
議会−管理者(執行機関) |
議会−長(執行機関) |
議員等の選挙方法等 |
議会の議員及び管理者は、規約の定めるところにより、選挙され又は選任される |
議会の議員及び長の選出については、直接公選又は間接選挙による |
4.広域連合の仕組み
[2] 参考図3:広域連合設立までの流れ (総務省HPより)
では、広域連合はどのように運営されているのだろうか。設置までの流れを中心に広域連合の仕組みについて取り上げたいと思う。設置までの流れについては、下図を使いながら説明していきたいと思う。
設置の手続きに関しては、一部事務組合の設置とほぼ同様である。関連する構成団体の協議による規約を定め、議会の議決を経たうえで、都道府県の加入するものは自治大臣、その他のものは都道府県知事の許可を得て設けることができる。ただし、自治大臣が広域連合設置の許可する場合は、国の関係行政機関の長に協議・通知することになっている。ここで定められている広域連合の規約については、名称や構成団体から、執行機関の組織と選挙の方法、経費支弁の方法についてまで、細かく規定している。また、広域連合の代表するものは『広域連合長』と呼ばれている。
5.県が加わった広域連合の取り組みについて
こうした手続きを経て設置された広域連合は、平成18年4月までに63(総務省調べ)あるという。10以上の広域連合を持つ長野県や北海道のように面積が広い、山間部が多い自治体による広域連合や埼玉県の「彩の国さいたま人づくり広域連合」のような県と市町村が連合を組む形など、非常に多様である。こうした広域連合が処理する事務は、消防、上下水道、ゴミ処理、福祉、学校、公営競技の運営などが主としてあげられる。これだけに限らず、各連合が独自の取り組みもなされている。例として、前述の「彩の国さいたま人づくり広域連合」を取り上げたいと思う。連合の名称からも察することができるように、同連合は人材育成のための広域連合組織である。
「彩の国さいたま人づくり広域連合」って何だろうと思われるかも知れませんが、私ども広域連合は、埼玉県と県内すべての市町村で組織された地方公共団体の一つで、平成11年7月1日から業務を開始した新しい団体です。私どもは「優れた行政は人づくりから」をモットーに、県や市町村の職員の研修、政策研究、市町村相互間の職員の交流、民間企業等への職員の派遣研修や専門技術職員の確保などの事業に共同して取り組んでいます。 [3]
こうした事務のための広域計画としては、平成16年から5ヵ年で実施している『彩の国さいたま人づくり広域連合 第二次広域計画』が提示されている。計画では「地方分権時代の豊かで自立性の高い地域社会の形成を担う人づくり」と「地方自治体相互の連携・協同を担う人づくり」を目標に、様々な研修制度や人材交流を実施している。例えば、市町村職員が民間企業の接遇や経営感覚を学ぶことを目的に実施するもので、広域連合が派遣先の民間企業と調整を行う民間企業派遣事業として、接客業務を体験するデパートやホテル、経営管理を体験するために県内の企業に派遣を実施している。
県が参加している広域連合としてはもう一つ、島根県と隠岐島4町村による「隠岐広域連合」がある。この広域連合は、需要の多様化・複雑化だけでなく、更に離島という特異条件も重なっている隠岐島の行政を効果的に実行するために、『隠岐郡7町村(当時)と県とが一体となって、隠岐郡内の公的機関を一元的に運営する新たな組織を設立したい』という澄田知事の表明から、平成11年9月に県を加えた形で設立している。処理事務としては、設立当初から実施している病院、介護、消防から、ガス施設の設置や火薬類を消費する際に必要な許可、貴重な交通手段であるフェリーの代替船建造に対する会社への資金貸付及び償還、近年では島に設置してある知的障害施設の運営といった事務を一括に請け負うことで効率化を行っている。各種事務でも、特に離島という地理条件と人口に対する高齢者の割合(例として、2007年4月の統計によると、島内で最も大きい隠岐の島町の人口の4割は60歳以上である)を配慮して、島内の病院・診療所・緊急医療事務に対する取り組みが中心となっている。
両連合とも、県が加わっているだけの内容とあって、個々の自治体だけでは実施することが難しい内容にも取り組んでいることがわかる。前述の主だった事務である、消防やゴミについては一部事務組合でも行っているだけに、このような広域連合の枠組みでなければできないような取り組みも、設立した組織には求められる。
6.まとめ
今回のクールでは自治体が独自の環境政策を行っていくうえで、広域自治(連合)のシステムを生かしていけないだろうかと考え、広域自治について調べていった。学部時代に勉強した行政学などを通じて、少なからずは地方自治体の仕組みについて理解してきたつもりだが、調べを通じて、多くの広域連合の取り組みを知るなど、発見が多かったと思う。そのなかで、ゴミ団体を取り上げている団体は多い一方で、水源・森林保全に積極的に取り組んでいる所はまだ存在していない。国や自治体にイニシアティブを発揮することができる広域連合という枠組みを利用して、環境保全のためのネットワークを構築しくことは可能である。ゴミも含めて環境問題は時間を要する一方で、少しでも早く対策を講じていく必要があり、前述のように市町村合併の進展や道州制の導入を待ってはいられない。環境保全税のような制度を導入する自治体の取り組みも、環境事業や政策を推進するためのツールとしてはもちろん効果的なものであるが、それを生かす基盤として権限移譲や自治体への請求を可能な広域連合を今後、現状よりも更に生かしていくことは十分に可能である。
<参考文献・HP>
・地方自治制度研究会編集 松本 英昭『道州制ハンドブック』(ぎょうせい)
・佐々木信夫『自治体をどう変えるか』(筑摩書房:2006年)
・青森県総務部市町村振興課合併推進グループ「市町村合併・広域行政のページ」
(http://www.pref.aomori.lg.jp/gappei/index.html:最終アクセス日5月30日)
・隠岐広域連合事務局ホームページ (http://okikouiki.jp/ :最終アクセス日6月10日)
・彩の国さいたま人づくり(http://www.hitozukuri.or.jp/:最終アクセス日5月30日)
・参議院HP「四半世紀ぶりの高齢者医療制度の大幅見直し 〜医療制度改革関連法案〜」
(http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/kounyu/20060407/2006040729.pdf:最終アクセス日6月7日)
・総務省HP「広域自治」(http://www.soumu.go.jp/kouiki/kouiki.html:最終アクセス日5月29日)
[1] 衣浦東部広域連合「広域連合について」より (http://www.kinutoh.jp/hp/soumu/soumu/rengotoha.htm)
[2] 総務省「広域連合」(http://www.soumu.go.jp/kouiki/kouiki1.html)
[3] 彩の国さいたま人づくり広域連合長あいさつ (http://www.hitozukuri.or.jp/what.html)