『現行法制下における政党の現状と課題』
早稲田大学大学院公共経営研究科
井桁 永介
はじめに
現代日本において政党は、公約を媒介として国民に政権選択を行う機会を提供していることから、政治と国民をつなぐ役割を果たしており、議院内閣制の中核をなす存在といえる。94年には政治改革が行われ、選挙制度の改革や政治資金制度の改革、さらに政党助成制度の導入など一連の政治制度改革が実現した。これらはいずれも政党が政治の主役となるべく規定されている。
しかし政治資金規正法、政党助成法、公職選挙法の3法は、政党の要件等を規定しているにとどまり、政党とはなにかを明確に記した法律は我が国に存在しない。政党は公的機関と混合されがちだが、「憲法21条 結社の自由」の枠組み内で解釈されており、一種の団体・組織に過ぎない。
政党を前提とした法律が存在し、国民の政治不信に対する説明責任を果たすべき役割を政党が担っていることから、政党の理念、目的、責任、定義その他の内部的な責任体制を確立する必要があるのではないか、という要請が高まっている。一方で、法律で内部体制まで規定する事は結社の自由を妨げる要因となり、国民を一定の統制下に置くことになり、憲法に抵触するという批判もある。
そこでこのクールでは、現在の日本の法制下における政党の現状と課題を確認したうえで、諸外国に存在する政党法を参考にしながら、政党法を制定すべきなのかどうかを考えていきたい。
1. 政党の位置づけ
日本国憲法では、政党にいかなる態度を取っているだろうか。結論からいえば憲法が政党の存在を当然のこととして容認している。いわば、トリーベルのいわゆる「承認・法制化」の段階にあるといえる。
その判断理由として、丸山健氏は著書「政党論」で次のように述べている。[1]
「憲法が国民主権を確認して、公務員の選定罷免権を国民固有の権利と定め(151条1項)、普通・秘密選挙を保障し(同上)、とくに「国権の最高機関」たる国会の両議院の構成に関しては、「全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する(43条)」としていることから(承認・法制化していると)考えられる。また全国民の意思一般が、現実的・能動的に統治行動の意思として発動しうるためには、それが組織化され、何らかの媒介機構をつうじて制度的な機構の中に編入されなければならない。その際、結合した政党において、機構的に統合され、かつ実現されることを、憲法は当然に政党を予期しているものと解される。
さらに、統治機構として権力分立制を採用しながら、立法府と行政府との関係については議院内閣制とっている。これは、政府と議会における多数党との政治的な意思党派的同質性が要請される。このシステムを採用したことは、政党の存在が、すでに憲法によって承認・当然とされているものと見てよい。
しかし、憲法においては政党に関して一言も費やしていない。政党は憲法上いかなる地位を与えられているかというと、ただ一般結社の中に包含されてその保障を受けているに過ぎない。すなわち政党の設立は、一般結社と同じく自由であり(21条)、その綱領、イデオロギーによって差別を受けないということが考えられている。」
このように政党に対するわが憲法の態度は一定の距離を置いていると言える。その背景として、戦前、戦後政治において伝統的に政党を敵視してきた事にあるとも、丸山氏は指摘している。官僚政治を中心とした政治風土に、政党を中心とした政党政治がなじまなかったのだろう。
またこの態度は法令においても踏襲されている。法律は、受動的にではあるが、政党を承認し、他面それを規制する方向を取っている。現在、日本で政党を規定している法令は公職選挙法、政党助成法、政治資金規正法である。しかし、これらには政党の理念、目的、定義、責任等は記載されておらず、積極的に規定しているとはいいがたい。
政党が明確に規定されていない現行法制下において、政党はどのように運用され、どのような問題を含んでいるのか。それらを次の章で確認していく。
2. 現行法制下における政党の現状と課題
2.1 現行法制下における政党の現状
先述したとおり、現在政党に関する法律は、政治資金規正法、政党助成法、公職選挙法のみである。政治資金規正法は、「政治資金の流れを国民に公開して、国民の不断の監視と批判を仰ぐということを通じて、政治活動の公正と公明を確保し、わが国における民主政治が健全に発達するようにすることを目的」としている。また政党助成法は94年に制定され、「政治腐敗の解消および政治活動に必要な財政基盤の強化」を目指し、制定された。公職選挙法は、昭和25年に制定され、「日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的」としている。また比例代表制が導入された94年以降の選挙を公正に実施するために、改正されてもいる。
これら3法の前提となっている政党に関して規定した法律がないことで、運用面で多くの問題を抱えている。特に政治とカネの問題は政党にふれずに解決する事はできない。現在の政治資金のあり方に対する世論の批判は未だ厳しく、国民は政治資金を「民主主義の必要経費」としてではなく、「不正の源泉」とみなしている。金権腐敗を排除し、国民の政治不信を払拭するためには、政治と金との関係を正常化し、政治資金を民主政治の発展に寄与する財政的資源という本来あるべき姿にする必要がある。だが、政党がこの政治資金に関わる事で、政党助成法、政治資金規正法等が機能しなくなってしまっているとも言える。
2.2 現行法制下における政党の課題
本来、政治資金規正法は、政治資金の流れの実態を正直に収支報告させるものである。にもかかわらず、政党及び政治資金団体に対する企業・団体献金は温存され、また政治団体から政治団体への献金に量的制限はないことから、政党支部を活用した実質的な政治家個人への献金、複数の政治団体や政党を経由させるひも付き献金・迂回献金が横行している。迂回献金は、真の献金者と真の献金受取者の実態が明らかにならないため、本質的にはすでに禁止されている匿名寄付と同じ性質を有している。
また政党助成制度が導入されたことによって、一方で企業団体献金を許したまま、税金を政党へと支給していることとなっているとの指摘も根強い。この政党助成金は使途の制限がなく、支出対象の支部が実質的に政治家個人そのものであることが多いことからも、政党と金の不透明性を増しているとも批判されている。
3.現行法制下に対する提言:政党法制定
現在の政治とカネの問題を解決せずに、国民の政治不信を払拭する事は難しい。現在の政治資金規正法、政党助成法は政治とカネの問題の解決を試みた制度ともいえるが、各法律ともに、目的が達成されているとはいえない。その要因として、各法律で前提としている「政党」に関する規定がないことがあげられるだろう。
各法律を改正する動きも見られるが、個別に改正を加えていくのではなく政党法として理念や政党の定義、要件等を規定すべきだと考える。公職選挙法は「政治団体」を対象としており、その枠組みの中で届出政党を含んでいるが、政治資金規正法、政党助成法では「政党」を規定している。このように全体から見ても定義があいまいになっており、また個別に規定しているため政党への規制・権限等が複雑になっている。このことは国民への透明性が図られていないといえる。現在、国会でも政治とカネの問題が取り上げられるたびに議題に上っているが、政党法を制定すべきだという声も根強いが、では政党法を制定とするとしたらどのような内容になるのか。
3.1 各国の政党法の分類
各国の政党法をみていくとき、民主党衆議院議員島聡氏によれば次の3つに分類できるという。 [2]
(1)補助金型政党法
北欧諸国、イタリア、オーストリアなどにみられ政党助成を内容とする。
(2)規制型政党法
主として第3世界諸国にみられる。政党結成のための条件を定める。該当しない政党の結成、または活動を制限する。
(3)混合型政党法
ドイツ、アルゼンチンなどで、(1)(2)の混合型。
ここでは規制型政党法、混合型政党法の内容をドイツと韓国の事例を用いて検討する。
3.2.1 韓国の政党法
韓国では、目的、定義、構成、成立を第1条から4条で規定している。[3]ここでは、「政党が国民の政治的意思形成に参加するのに必要な組織を確保し、民主的な組織及び組織の活動を保障することにより民主政治の健全な発展に寄与することを目的とする」と定義づけている。また、政党とは、「国民の利益のために責任ある政治的主張又は政策を推進し、公職選挙の候補者を推薦又は支持することにより国民の政治的意思形成に参加することを目的とする国民の自発的組織である」としている。
更に、「政党は首都に所在する中央党及び国会議員地域選挙区を単位とする地区党で構成する」と構成を規定している。
それ以外にも政党を立ち上げるための要件、党員の資格、党員の権利と義務、政党の権利と義務、政党の登録制、登録内容、中央党と地区党のあり方、党費、選挙候補者の推薦方法、政党の財政、政党法に違反した場合の罰則等が定められている。
3.2.2 ドイツの政党法
またドイツでは次のように細かく政党法を規定している。ここでは、政党法2章−内部秩序の存在が大きな特徴といえるだろう。内部秩序を規定することによって政治資金規正法の役割を補完することは十分に考えられる。
ドイツの政党法[4]
第1章 - 総則
第1条 政党の憲法上の地位および任務、第2条 政党の概念、第3条 能動的および受動的当事者能力、第4条 名称、第5条 待遇の平等
第2章 - 内部秩序
第6条 党則および綱領、7条 構成、8条 機関、9条 党員集会および代表者集会、10条 党員の権利、11条 理事会、12条 一般的等委員会、13条 代表者集会の構成、14条 政党仲裁裁判所、第15条 機関内の意思形成、第16条 地域組織に対する措置、
第3章 候補者の擁立
第17条 候補者の擁立
第4章 - 国家的資金手当
第18条 国家的資金手当の原則および額、第22条 党内財政調整
第5章 - 会計報告第23条 会計報告公開の義務、第25条 寄付、第26条 収入の概念
3.3 日本に導入する政党法の内容
このように諸外国の政党法と比較していくと、やはり政党の定義と概念、政党の目的、特に政党に対する内部秩序の規定、政党の権利と義務、党員の権利と義務、中央党と地区党のあり方等が欠けているといえる。
先述の島氏は、「日本にはドイツのように(3)の混合型政党法の制定が必要だ」と述べている。日本ではドイツと同じように政党へ助成金を配分しているため、政党助成、そして政党に関する規定を明確に定義づけるべきだという事だろう。
政党の内部秩序を政党に規定させることで、これまでのような透明性の低いお金の動きが国民へ開示される事となり得る。政党助成金の使途、企業・団体からの寄付に関する情報開示等は政治とカネの問題を解決するには効果的といえるだろう。
3.4 政党の法的規制の問題点
一方で、政党法制定には多くの問題が生じるともいわれている。結社の自由の保障(憲法21条)の点でも、議会制民主主義の活性化の点でも、逆に作用する可能性が高い。政党法によって政党を規定することは、各政党の運用に一定の規制を課すこととなる。日本では結社の自由を尊重してきており、朝鮮総連やオウム真理教に対しても結社の禁止が求められたが、自由を尊重して見送られた。だが政党法で結社の条件を規定すれば、特定多数人が共同の目的をもって、継続的に集団を形成する自由が保障されなくなる可能性がある。なぜなら政府が恣意的にこの制度を運用し、集団を形成することを容認しなくことが考えられるからだ。
また、国会で政党に関する法律を策定する場合、どうしても多数派を肯定あるいは許容する法案となり、少数党に不利な規定となりかねない。議会内多数派が少数派を抑制するために、政党法を利用する可能性すらあり、自由な議論・政策論争を通じて、政権交代が行なわれることが阻害されてしまう可能性さえある。[5]
終わりに
最後に、自分の考えを述べたい。
政党とはなにか。その疑問からスタートしたこのレポートだが、非常に難解なテーマであった。すなわち政党とは公的なものであって当然法律等で定義・規制されているものだと考えていたが、法的解釈はあいまいな定義となっており、結論が未だ出されていなかった。そもそも政党とは何かを文献講読する事で把握し、そのうえで現行法制下における政党の現状と課題を探ろうと考えたのだが、政党、政党法に関する文献もわずかであり、国会でも個別具体的な審議はされていないようだ。
比例代表選挙を採用した94年からわが国の立法機関である国会は、さらに政党政治へと歩みを進めたはずである。また政党助成法が施行されているのであれば承認を超えて法制化の段階に入っているとも捉えられる。だが政党法は整備されていない。このモラトリアムをいつまでも続ける姿は、現在の政治が責任を持とうとしていないとも受け取れる。
結社の自由を阻害してはならないという自由主義的な発想の意見も不可欠であるが、現行制度が適切に運用されておらず、政治と金の問題に決着がつかないのであれば、政党が公的な役割、位置づけへと変化している以上、明確な定義・要件・内部秩序を定める政党法は必要だと私は考える。
またその際には、地方分権が進んでいる現代社会を加味し、韓国のように構成に「地区政党の定義・権利・規制」も盛り込むべきだと考える。
国と地方の関係が上下・主従の関係から対等・協力の関係へと変わり、行政が分権化していくことで、議会、そして政党も分権化していくことは十分に考えられる。これからの中央政府の役割は対外的な外交問題と全国レベルの調整機能が中心となる。地方自治体は今後企画・実施機能が強く求められ、財政面での自主性も強化されることにより地方政府へと向かうこととなる。よって当然、政党の役割も変化し、中央政府に対応したナショナルパーティーの役割は政策面でも予算獲得面でも低下していくだろう。そして地方の政治勢力も中央政府との「パイプ」が重要視される時代から、自ら地域の実情にあった独自の地域政策を立案していく機能が求められる。その過程で、トータルに次の社会のイメージを示せる「地域政党」の必要性は感じられる。
自治体が地方政府へと向かう時代では、地域に根差したローカル・パ一ティーの力量とその活躍が地域の発展を左右するだろう。このような社会構造の大きな転換期にあたり、ローカル・パーティーは今後の政党のあり方として主流となっていくと考えられる。地方議会の改革もあわせて地方政党が地方自治分権改革に果たすべき役割は大きい。
政党法の議論は、立法機関自らの組織を規定する事になるため、政党法制定までの道のりは険しいだろう。しかしこの問題を避け続けているようでは政治の信頼回復はままならない。自ら襟を正してこそ国民からの信頼を勝ち取る事ができるとも言える。今後とも、来る社会を想定した政党法を成立させる動きに注目していきたい。
参考文献
現代日本の政党と選挙 川人貞史 有斐閣アルマ
政党法論 丸山健 法学選書
公職選挙法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO100.html
政治資金規正法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO194.html
政党助成法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H06/H06HO005.html
政治改革推進協議会(民間政治臨調 平成9年5月31日)
韓国WEB六法 政党法 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9133/seitouhou.html
ドイツ政党法 http://www.fitweb.or.jp/~nkgw/dpg/index.htm
社民党HP 憲法をめぐる議論についての論点整理
http://www5.sdp.or.jp/central/topics/kenpou0310.html
ローカルパーティってなに? http://www.tcp-ip.or.jp/~t-ito/LP/localparty.html
第28次地方制度調査会第26回専門小委員会 加藤委員の発言
http://www.soumu.go.jp/singi/No28_senmon_26.html