ソーシャル・キャピタルを中心とした地域再生の可能性

 公共経営研究科 細川甚孝

0.本レポートのねらい

 本レポートは、まず、これまでの地域再生の流れを要約し、その中で、内発的発展論的視座が強調されていることを示す。次に、ソーシャル・キャピタルの考え方とその発展の方向性を示すことで、内発的発展論を通じて、地域再生において、ソーシャル・キャピタルの考え方位置づけること可能であることを示す。最後に、現在、ソーシャル・キャピタルのうち、ブリッジング機能を中心とした地域再生の運動をしている事例を挙げ、地域再生の可能性を示す

 

1.これまで地域再生の考え方のまとめ

〜外発的発展から内発的・多様な主体による発展へ〜

1987年の第四次全国総合開発計画に代表されるこれまでの地域再生に関する議論は、右上がりの時代背景の中で行われてきた。そのため、財源にしろ、産業にしろ、豊かな地域からいかに持ってくるかが主流であった。しかしながら、バブルの崩壊、国と地方の財政制約、地方分権と移り変わる世情において、この変化により、地域活性化へ向けた施策は、国家を中心に大都市に集中した富を全国の地方都市圏に分配するというものから、市町村などを主体に地域資源を活用した地域自立へ向けたものへの必要性が高まっている

全国総合開発計画の考え方を整理すると(表1参照)、この議論の推移が明確である。議論は、拠点を中心とした開発から、全国全体(多極分散型)への開発への変化、そして、多様な主体の参加による国土づくりと大きく変わってきている。

表1 全国総合開発計画名の流れ

計画名

全国総合

開発計画

新計画

第三次

第四次

第五次

策定時期(閣議決定)

1962年

1969年

1977年

1987年

1998年

背景

1高度成長期経済への移行

2過大都市問題・所得格差

3所得倍増計画

1高度成長経済

2人口、産業の大規模集中

3情報化、国際化、技術革新の進展

1 安定成長経済

2人口、産業の地方分散の兆し

3国土資源、エネルギー等の有限性の顕在化

1人口、諸機能の東京一極集中

2産業構造の急な変化などにより地方圏での雇用問題の深刻化

3本格的国際化の進展

1 地球時代(地球環境問題、大競争、アジア諸国との交流)

2 人口減少・高齢化時代

3 高度情報化時代

基本目標

地域間の均衡ある発展

開発可能性の全国土への拡大

人間居住の総合的環境の整備

多極分散型の構築

多軸型国土構造形成の基礎づくり

開発方式

拠点開発構想

大規模プロジェクト構想

定住構想

交流ネットワーク構想

多様な主体の参加と地域連携による国土づくり

宮本憲一,横田,中村剛治朗編著 (1990). “地域経済学”, 有斐閣、岡田知弘(2005). “地域づくりの経済学入門”自治体研究社から作成.

 

特に、国土審議会 計画部会 自立地域社会専門委員会においても、「人口減少が進展する中で、持続可能で自立的な地域社会の姿をどう描くか。」、「地域コミュニティの今日的な意義についてどう考えるか。」、「多様な社会的サービス(生活関連サービス)を持続的に提供するための地域社会の経営システムをどのように構築していくか。」などといった議論が進められている(第二回 自立地域社会専門委員会(2006年6月)「自立地域社会の形成に向けて」(これまでの検討の整理)(案))。また、2004年前後から地域の自立をキーワードにして、内閣府を中心とした地域再生・都市再生事業が進んでいる。これらの中で、地域自立性が大きく議論され、地域がどのようにして自立するかが議論の焦点となってきている。

この地域自立性には、1970年代以降展開されてきた、いわゆる「地域主義」「内発的発展論」の再検討を必要としている。「内発的発展論」は、鶴見和子などにより議論がはじまり、「場所」、「共通の紐帯(共通の社会的価値・目標・思想)」、「相互作用(定住者間の相互作用・定住者と地域外からの漂泊者との相互作用)」などに注目し、地域を中心とした、社会発展を唱えた(鶴見和子(1996). “内発的発展論の展開”, 筑摩書房)。この考え方は、日本において、それまでの近代化論・開発論的な視座に対して、地域の自立性という初めて対抗軸を示したものであった。しかし、施策、地域づくりという面では、様々な事例は報告されているが、内発的発展論による具体的な手法の検討という点では、今だ、活発な議論には至っていない。

 

2.ソーシャル・キャピタルの考え方と発展の方向性について

〜内発的な発展論への展開

 ソーシャル・キャピタルは、ロバート・パットナム(Robert Putnam)によれば、『「ソーシャル・キャピタル」とは、「社会的な繋がり(ネットワーク)とそこから生まれる規範・信頼」であり、共通の目的に向けて効果的に協調行動へと導く社会組織の特徴』と定義している。

 その上で、パットナムは、そのつながりの性質を、「結合」と「橋渡し」という二つに分け、更にそれを「形態」、「程度」、「志向」という三つで分類し、以下の表2のように示した。現在は、ソーシャル・キャピタルの測定の方法および、地域問題の解決のためには、どのような施策がソーシャル・キャピタルの向上に必要かという議論が多くされている。

表2 パットナムによるソーシャル・キャピタルの分類

結合の型

結合(bonding)型 ex.民族ネットワーク

橋渡し(bridging)型ex.環境団体

形 態

フォーマル ex.PTA、労働組合

インフォーマル ex.バスケットボールの試合

程 度

厚い ex.家族の絆

薄い ex.知らない人に対する相槌

内閣府国民生活局,(2003).ソーシャル・キャピタル−豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて−から作成

 
志 向

内部志向 ex.商工会議所

外部志向 ex.赤十字

 

 

 この議論は、これまで、社会学・社会心理学において、多く展開されてきたネットワークおよび紐帯の考えを、共通の目的に向けて効果的に協調行動へと導く社会組織のあり方へ結び付けたという点で意義があった

 この議論を、前述した地域再生の考え方の柱である「内発的発展論」の「場所」、「共通の紐帯(共通の社会的価値・目標・思想)」、「相互作用(定住者間の相互作用・定住者と地域外からの漂泊者との相互作用)」と重ね合わせると、これらの要素をより具体的に示し、具体的な施策までの議論することができたという意味で、非常に意義がある

 

3. ソーシャル・キャピタルを中心とした地域再生運動のモデルについて

 そこで、ここでは、ソーシャル・キャピタルの「結合型」と「橋渡し型」に分け、それぞれ特徴を示し、展開の可能性を図る。実際は、両方の手法はそれぞれの局面での両立が可能であるが、ここでは理念型として示す。

 

@ 結合型の地域再生手法のモデル

 行政などが中心となり、地域問題・課題への気づきを高め、そこから住民の意識の変容、結合力が向上し、活動を行うことでの地域再生へ向けた運動を行う。

 モデルとしては、地方公共団体などの情報発信の活動が、地域意識の変容→結合力の向上→地域再生への活動と発展する。そのため、情報発信を行う団体のもつ資源(人・物資・資金など)の大小が大きなポイントとなる。

図1 結合型地域再生モデル

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北海道知事政策部,(2005).ソーシャルキャピタルの醸成と地域力の向上を参考に作成

 
 

 

 


A     橋渡し型の地域再生手法のモデル

行政・ファシリテーターなどを活用して地域問題・課題への気づきを高め、ワークショップなどにより住民間・組織間の交流により、意識の変化が起こる。その上で、地域内外の支援も含めた地域全体での地域再生の運動を行う。

 モデルとしては、地方公共団体などの情報を、結合型のように比較的一方的に発信するのではなく、ワークショップなどのファシリテーターなどとの対話による意識喚起→地域意識の変容→課題に対応した幅広い組織・個人のつながりによる地域再生への活動と発展する。そのため、ファシリテーターなどの企画力・合意形成術などの仲介能力が大きなポイントとなる。

図2 橋渡し型地域再生モデル

 
 

 


 

北海道知事政策部,(2005).ソーシャルキャピタルの醸成と地域力の向上を参考に作成

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


B     結合型と橋渡し型の地域再生モデルの比較

 上記二つの地域再生のモデルを比較すると、表3のようになる。「結合型」では、結合を高めるための資源が少ないと結合がうまく行かない可能性がある。特に、現在の地域行財政の悪化などで資源が乏しい場合は、「結合型」のモデルがうまく働かないことが考えられる。対して、「橋渡し型」は、ファシリテーションなどの仲介能力の高低が動員できる資源の大小に結びつき運動の成否に関わる可能性がある。

表3 結合型・橋渡し型の地域再生手法のモデル検討

結合の型

結合(bonding)型地域再生

橋渡し(bridging)型地域再生

地域問題の気付きの

きっかけ

地域の団体による情報発信活動

地域の内外の関係者によるワークショップなどでの意識関係

問題解決

手法

関心を高めた住民が結合を強め、課題解決の実施

地域内外のネットワークを中心とした広がりと意識向上の中で課題解決の実施

ポイント

結合を高めるための資源が少ないと結合がうまく行かない可能性あり

ファシリテーションなどの仲介能力の高低が運動の成否に関わる可能性あり

 

4.   事例について〜橋渡し型地域再生モデルについて

 「橋渡し型」地域再生のモデルは、現在、いわゆる市民活動の中間支援団体の活動に見ることができる。以下に代表例を示す。これらの活動の例は、実際は、結合型と橋渡し型の両方の性格を兼ね備えているが、特に、ここでは橋渡し型の機能を中心に示す。

表4 橋渡し型地域再生モデルの事例

事例

場所

特徴

特定非営利活動法人都岐沙羅パートナーズセンター(インターミディアリー)

新潟県岩船地域

1999年設立)

住民、企業及び行政とのパートナーシップに基づき、三者の中間に立って様々なコーディネートやプランニング、リサーチなどを行い、地域を元気にする市民起業家やNPO 等を応援している。

特定非営利活動法人せんだい・みやぎNPOセンター

宮城県仙台市

1999年設立)

NPOとNPO、NPOと自治体・企業といった幅広い団体を目的に合わせてコーディネイトしている。市町村、県境を越えた幅広いネットワーキングを行っている。

 

以上