自治体総合計画の現状と問題点 −自治体政策のあり方を探求する前提として−

 

早稲田大学大隈記念大学院公共経営研究科

修士課程1年 人見 泰生

 

 

1.はじめに

 地方分権改革の進展に伴い、地方自治体[1]が担う役割と責任領域は大きく拡大しており、自治体政策[2]が果たすべき機能も重要になってきている。しかし、地方自治体における政策形成と実行プロセスの現状を見ると、自治体にとっての最上位計画であり、当該地域を経営していく基本政策を体系的にまとめたものとして位置づけられる総合計画に関して、その形骸化、実効性の欠如が指摘されるなど、解決を迫られるいくつかの課題があるように思われる。

一方で、平成15年春の統一地方選挙を起点として、ローカル・マニフェスト(地方政策綱領)を作成して選挙に臨む首長や首長候補者が出現したことにより、全国各地の自治体において、自治体政策や選挙のあり方をめぐる論議が活況を呈しており、新たな時代が拓かれていく可能性を感じさせる。

 こうした二つの動向を踏まえ、自治体総合計画[3]の問題点や限界性を検証するとともに、これからの自治体に望まれる政策体系やその実行・評価プロセスのあり方に関して検討を加えると、ローカル・マニフェストを軸にした自治体政策のパラダイム転換の方向性が浮かび上がってくる。

本稿では、上記の課題に関して、今日における自治体政策を取り巻く状況を踏まえながら、自治体総合計画に焦点を当てながら、それが辿ってきた歴史を振り返ることを通じて、自治体政策の現状の問題点と課題を明らかにしたい。

 

2.自治体政策を取り巻く状況

平成12年4月、地方分権一括法[4]が施行されたことに伴い、国と地方公共団体との相互関係は、従来の上下・主従の関係から対等・協力の関係へと転換した。地方自治法をはじめとした475本に及ぶ関連法律の改正を盛り込んだ地方分権一括法は、わが国の地方自治制度の歴史にとって画期的な意義を持つものであり、法制度面での地方分権改革は、この時に大きく前進したと言われている。中でも、地方公共団体の執行機関である知事や市町村長等を国の機関として位置付け、それらに国の権限に属する事務を委任執行させてきた機関委任事務制度が廃止されたことによって、自治体は従来の国によるピラミッド型支配構造から解き放たれた。また、同時に地方行政に対する国の規制や関与の緩和・撤廃が進み、国と地方の間での紛争処理手続きについてもその解決の仕組みが確立された。こうした地方自治法の抜本改革によって、自治体は自らの責任と判断に基づく政策的裁量を発揮できる領域が広く所有することとなった。

 このように、わが国における地方分権改革は、平成7年における地方分権推進法[5]の制定以降、5年にわたる歳月を要しながらも一定の成果を挙げ、わが国の国家システムを従来の中央集権型から地域主権型に転換していく方向が制度的にも明確になったと言える。しかし、一方で地域を経営して行く上での最も重要な行政資源である税財源のあり方については、地方分権推進法施行以後も、依然として改革が先送りされてきた。税財源をめぐる国と地方の関係を表す言葉として、「6対4の関係」と言う表現がしばしば用いられる。これは、政府最終財政支出のうち6割を地方自治体が占めているにも関わらず、一方、国民の租税負担のうち、直接地方自治体の歳入となるのは4割に過ぎないという実情を表したものであり、国民に対する公共サービスや公共財の提供と、それらの主要な財源となる税収入の割合が乖離していることを示している。こうした乖離を国庫補助負担金や地方交付税による国から地方への財源移転で調整してきたのが、わが国の地方財政制度の根幹である。ただ、こうした財源移転のプロセスは、単に一定の制度や基準に即して、財源を国から地方に移転するだけのプロセスはなく、国庫補助負担金等の交付基準の決定や具体的な交付先の選定権限の行使を通じて、国の省庁が地方に対して支配的影響力を維持し続けるプロセスでもあった。すなわち、「対等・協力」の関係にあると言われながらも、現実の自治体は、依然として国に対して「上下・主従」の関係に置かれ続けていると言わざるを得ない。

こうした状況の中、平成14年に至ってようやく国と地方をめぐる税財源の配分のあり方に関して、当時の片山総務大臣によって「片山プランU[6]」が示され、経済財政諮問会議等の場において、地方への税源移譲についての本格的な論議が開始されるようになった。その後、平成15年6月18日には「三位一体の改革」を強力に推進することについて、内閣総理大臣からの指示[7]があり、続けて6月27日には、経済財政諮問会議の提出した改革案の閣議決定[8]がなされた。この一連の動きによって、国庫補助負担金の廃止・縮減、地方交付税の見直し、地方への税源移譲を文字どおり三位一体で進めることとなったが、実施のプロセスに至ると直ちに関係省庁や所謂「族議員」の抵抗が噴出し、改革の行く末は2年が経過した現在でも依然として不透明な状態になっている。

本稿は、この「三位一体の改革のあり方」を論ずることが目的ではないため、この問題についてこれ以上詳述することはしないが、今後の動向については、依然として様々な紆余曲折が続くものと思われ、地方自治体が望んでいる改革が達成されるには、いま少し時間を要しそうである。しかし、地方への税源移譲を行い、国庫補助負担金による画一的・統制的な政策財源配分機能を弱め、また、事実上破綻している地方交付税制度を見直すことによって、国と地方をめぐる財政システムを抜本的に改革するという基本的問題は、今後も決して避けて通ることはできない。

こうした状況の中で、わが国の国家経営の基本方針も転換を果たしつつある。経済財政諮問会議による所謂「骨太の方針[9]」等によって示される方向は、戦後の高度経済成長時代を支えた「国土の均衡ある発展」を重視する政策ではなく、競争による格差が生じることの受容と、それによる成長の喚起を重視した政策への転換を指向している。したがって、地方自治体に対する国のスタンスも、従来のように限りなく自治体間格差を生じさせない政策を継続していくことを優先するのではなく、ナショナル・ミニマムを保ちながらも、自治体間競争による活力の創出を優先することに重点を移しつつあるのが今日の実相である。こうした国の政策転換を踏まえ、地方の主体性・自律性を高め、自己決定・自己責任の地域経営を実現することをめざして、あえて自治体間格差を容認する方向で将来の地域経営を展望することを重視する自治体も現れてきている。また、住民や企業等をはじめとした地域社会のステーク・ホルダーの側も、自治体ごとの行政水準の格差、公共サービスの優劣を評価することを通じて、生活や事業活動の拠点をどこに置くべきか、現実的かつ冷徹な選択を行いはじめており、ステーク・ホルダーによる自治体選別の時代が始まっていると言える。

 こうした観点から、今日における地方自治体が果たすべき役割や担うべき責任を捉えた時、今ほど自治体政策が重要になっている時代はない。なぜなら、自治体政策の計画性や先見性、妥当性によって、産業・経済はもちろん、環境問題、社会保障、教育など、地域社会で暮らす人々の生活の豊かさや安全・安心といった重要な事柄に対して、決定的な影響が現れるようになるからである。

わが国の地方財政は、この15年ほど前まで、税収入が一貫して右肩上がりに増加し続けるという、奇跡的な拡大・成長構造[10]の中で地域を経営してきた。今、経営と言う言葉を使用したが、それは、実際には経営と言う概念に相当する行為ではなく、増加し続ける社会資源を隅々にまでバランスよく配分することでしかなかったと言えるかもしれない。しかし、いずれにしても今日の地方自治体を取り巻く状況は、少子高齢化の急速な進展によって、わが国の総人口が減少カーブに転換する日が目前に迫っていることなど、従来の右肩上がりの拡大成長経済の再現は望めない構造変化の時代に直面している。このように、わが国が成長型社会から成熟型社会へと転換してきたことによって、地域住民の生活水準や生活様式、社会的ニーズも多様化が進み、それを反映して自治体政策に対する住民の要求も多様化・高度化してきている。したがって、従来のように国の省庁が示す指針や通達に基づいて、全国一律の画一的な政策を実行していくだけでは、それぞれの地域の実情に即した有効な施策を組み立てることはできなくなっており、当然のこととして住民満足を得ることも困難になっていると言える。こうした社会状況の変化を受けて、それぞれの地方自治体は、地域社会の実情に応じた政策を自らの力で立案し、確定していくことが求められる時代になっている。

もちろん、従来から自治体に独自の政策プロセスが存在しなかったわけではないし、自治体政策の重要性も、今日になって急に認識されるようになったわけではない。実際に地方の優れた政策が、国による全国的な政策展開に対する先導的役割を果たし、わが国の公共政策を改革してきた実例もある。例えば、昭和40年代における公害防止対策や近年における情報公開制度などは、それらの好例として捉えることが可能である。こうした個別分野での自治体による先進的かつ意欲的な政策形成の取り組みは、非常に大きな意義を有していたと評価することはできるが、しかし、今求められているのは、それらの個別分野で効果を有した政策を積み重ねていくことではなく、分権型社会において自治体の将来、地域社会のあり方を展望し、進むべき具体的な方向を描く総合的で計画的な自治体政策である。

さらに、今日の時代の変化に即応できる自治体政策は、従来の「官」と「民」、あるいは「公的なるもの」と「私的なるもの」との二項対立的な構図を超えた、新たな公共空間の成長に対応できるものでなければならない。

 こうした観点に立って、これからの自治体政策のあり方に対する論考を進めたいが、その前提として、これまでの自治体政策に関して、その象徴的存在としての総合計画の歴史を辿るとともに、その中で顕在化してきた問題点、これからの課題を検証する。

 

 

 

2.自治体政策の現状と課題

 

(1)自治体総合計画の歴史

これまで、地方自治体における基本政策の体系は、概ね10年程度の計画期間で策定される総合計画の基本構想・基本計画と、それを実現するために3年程度のサイクルで改定される実施計画によって構成されているものと理解されてきた。この自治体総合計画は、昭和44年の地方自治法改正により、第2条第4項に「基本構想」の規定[11]が設けられたことを、その起点としている。この基本構想の規定に関して、昭和44年の地方自治法改正時に自治行政局長を務めていた長野士郎氏による「逐条地方自治法[12]」(以下、「逐条解説」と表記する。)には、次のような解説が加えられている。

 

「第5項は、市町村が住民の日常生活に直結し、地域社会の経営について基礎的な責任を有する行政主体であることにかんがみ、市町村は、議会の議決を経て行政運営の基本構想を定め、行政の計画的かつ総合的な運営を図っていくべきであることを定めたものである。

・・・

その制定の趣旨は、今日の急激な地域経済社会の変動の中にあって市町村が真に住民の負託に応え適切な地域社会の経営の任を果たすためには、市町村そのものが将来を見とおした長期にわたる経営の基本を確立することが必要であると考えられる[13]

 

以上のとおり、市町村が策定する基本構想に関しては、きわめて高い意義付けがされており、自治体に対して長期にわたる総合的かつ計画的な政策の確立を求めている。ただ、この逐条解説や地方自治法の条項を見て気づくとおり、「総合計画」と言う言葉はどこにも使われていないし、また、「基本計画」や「実施計画」と言う語も見当たらない。しかし、地方自治体の現場では総合計画と言えば、この自治法第2条を受けたものであり、その構成は基本構想・基本計画・実施計画という三層構造によって体系化されている、と言うのが常識となっている。現に、財団法人日本都市センターの自治体計画行政研究会が、全国の都道府県及び都市自治体(市及び特別区)を対象に、平成14年2月に実施した「自治体の計画行政に関するアンケート調査」の集計結果によると、法によって計画策定を義務づけられている都市自治体の9割が三層構造の総合計画を策定したと回答している。

では、なぜこのように、全国の都市自治体が判で押したように同じ構造を有する総合計画を策定することになったのか、まずは自治体総合計画の歴史、沿革を遡ってみたい。

自治体総合計画は、前述のとおり、昭和44年の自治法改正により、その存在が法定化されることになったが、その前段として、昭和40年、当時の自治省行政局振興課に設置された「市町村計画策定方法研究会」が大きな役割を果たしている。この研究会は、翌昭和41年に報告書をまとめ、それを受けて自治省行政局は、全国の市町村に対して、計画策定を促す積極的な働きかけを行った。この報告書は、市町村が将来のビジョンやめざすべき理想を掲げた「基本構想」と、それを実現する施策を体系化した「基本計画」、そしてそれの具体的な実行手段や期間を盛り込んだ「実施計画」から成る三階層の計画の構造を提起しており。全国の多くの自治体で、この報告書が提起した枠組みに沿って計画策定の検討作業が開始された。

昭和42年4月には、大阪府総務部地方課が府内の市町村における総合計画の策定作業を支援するために、「市町村総合計画の手引[14]」を発行しているが、その「まえがき」には以下のような記述がある。

 

「市町村における総合計画策定の気運は日々に高まりつつある。しかし、さて計画策定事務にとりかかろうとすると、この種事務に対する不慣れからくる億劫さのため容易に作業が進捗しないこともまた事実である。

このような一種の隘路の打開に役立つものとして各種の論文や解説が発表されており、特に昭和41年3月に自治省から発表された『市町村計画策定方法研究報告』は、かなり画期的な意義をもつものとして評価されるものである。

しかし、これらのものは、問題が全国規模で論じられていること、また論点が特定されていることなどの理由により、府下の市町村において計画策定の手引として使用するには、より具体的、実証的なものが求められなければならなかった。」

 

ここに見て取れるように、当時、2年後の自治法改正による義務付けを待たず、既に大阪府内の多くの自治体において総合計画策定に向けた作業は着手されつつあったようである。こうした動向を受けて、大阪府では府内市町村の計画策定作業を誘導していくために、当該手引を作成したものと考えられるが、その内容は、先述した『市町村計画策定方法研究報告』の内容に準拠したものであり、基本構想−基本計画−実施計画の三層構造による計画策定を促している。そして、昭和44年には地方自治法が改正され改めて市町村における基本構想の策定が義務化されたが、その際に、自治省行政局長名で「市町村の基本構想策定要領[15]」を都道府県知事宛に通知し、管内の市町村への指導を行うことを依頼している。こうした経緯を経て、現行の自治体総合計画の体裁が定着することになったが、では、当時この「基本構想の策定要領」において、自治省は全国の市町村に対してどのような基本構想づくりを求めていたのだろうか。通知の内容は全体で7節の構成となっており、そのうちの第三節では基本構想の内容にて次のようなものとなることを求めている。

 

「第三 基本構想の内容

 基本構想は、当該市町村の存立している地域社会についての現状の認識および将来への見通しを基礎として、その地域の振興発展の将来図およびこれを達成するために必要な施策の大綱を定めるものであること。」

 

 以上のとおり、総括的に基本構想の内容を規定した上で、続けて「一 将来図」において表現すべき内容を指示した後、「二 施策の大綱」では、盛り込むべき具体的事項についてもその概要を列挙している。

 

「二 施策の大綱

 施策の大綱の内容としては、おおむね次のような事項が考えられるものであること。

(1)市街地および集落の整備、交通通信施策の整備、防災対策その他の地域社会の基礎的条件の整備に関する事項

(2)生活環境、保健衛生、社会福祉、教育文化その他の住民生活の安定向上、人間形成等に関する事項

(3)農林水産業、商工業その他の産業の振興に関する事項

(4)行財政の合理化に関する事項」

 

 また、基本構想の期間に関しても「第四 基本構想の期間」において、「一般的にはおおむね10年程度の展望は持つことが適当である」との見解を示し、さらに、第七節では、基本構想を改訂する必要が生じる要因として次のような見解を明らかにしている。

 

「第七 基本構想の改訂

 基本構想は、当該市町村の長期にわたる経営の根幹となるべきものであるから、これに基づいて市町村長の策定する計画等を通じて社会経済上の変動に弾力的に対応することとし、みだりに変更すべきものではないが、策定後の社会経済情勢の進展等外部条件の変化により基本構想と現実との遊離が著しく大きくなる等の理由により、当該市町村の経営の基本たるにふさわしくない状態になった場合においてはすみやかに改訂すべきものであること。」

 

 以上、見てきたとおり、市町村の基本構想、そしてそれを根幹とする総合計画の策定に関しては、昭和44年の地方自治法改正当時に、計画の形式をはじめ、内容や期間、改訂の要否の判断に至るまで、自治省による自治体への指導が懇切丁寧に行われており、その際に示された考え方や要領が今日に至るまで生き続けているという事実を理解することができる。このことの是非の判断は別として、自治体政策を文書化し、その内容を明示することによって、自治体の経営の基本を確立するという重い役割を与えられた総合計画の形式が、この35年間にわたって、国の指導に忠実に準拠し続けてきたという点に、自治体政策が現在直面している様々な問題の原因があるように思われる。

 

 

(2)自治体総合計画の問題点

このよう歴史的経過を辿って作り上げられてきた総合計画は、その名のとおり行政の各分野の施策や重点事業を網羅的に計画の中に位置付け、総合的かつ体系的な形式を備えたものとして策定されている。しかし、今日における現実の総合計画が、「逐条解説」で定義されている「今日の急激な地域経済社会の変動の中にあって市町村が真に住民の負託に応え適切な地域社会の経営の任を果たす・・・将来を見とおした長期にわたる経営の基本」としての政策的力量を備えたものになっているか、また、実際の政策実行プロセスにおいてその位置づけに相応しい役割・機能を果たしてきたかどうか、については大きな疑問がある。

こうした疑問を裏付ける資料として、日本都市センターによる「自治体の計画行政に関するアンケート調査」の集計結果が大変興味深い。

このアンケート調査は、自治体の総合計画を中心とした計画行政の取り組み状況の調査を目的とするもので、都道府県と都市自治体(市及び特別区)を対象に実施された。都市自治体を対象とした設問に対する回答を見ると、総合計画に関する行政職員の基本的認識の在り処や現状での問題意識が明瞭に把握できる。

設問項目の<T 自治体計画の目的・機能についてお尋ねします>の「(1)『総合計画』の目的・機能について」のうち、Q1の「総合計画を策定する意義や目的をどのようなものとして認識されていますか」という設問に対する回答で、特に注目に値する回答を抽出してみると下記のとおりである。

 

(1)「総合的な観点からの政策の体系化を図るため」という選択肢に対しては、「該当する」が92.2%、「やや該当する」が6.7%あり、両者で98.9%を占めている。

 

(2)「自治体をめぐる現状・課題を把握し、解決の糸口を探るため」という選択肢に対しては、「該当する」が60.8%、「やや該当する」が30.4%と、両者を合わせると91.2%と高い数値になるが、「該当する」と断定的な回答を選択した回答率は(1)に比べて30%以上低下している。

 

(4)「事務事業の優先順位を決定するため」という選択肢に対しては、「該当する」が26.0%、「やや該当する」が45.7%と、「該当する」の回答率低下が著しい。

 

(5)「行政活動の合理化・効率化を図るため」という選択肢に対しては、「該当する」が22.6%、「やや該当する」が44.6%と、「該当する」の回答率がさらに低下する。

 

(9)「市民等に対して計画期間内の行政活動の内容等を説明するため」という選択肢に対しては、「該当する」が69.4%、「やや該当する」が24.5%で、両者を合わせると93.9%になり、かなり高い回答率を示しているが、(1)の選択肢よりは「該当する」の回答率が下回っている。

 

(10)「基本構想の策定が法定化されているため」という選択肢に対しては、「該当する」が71.3%、「やや該当する」が12.0%となっており、「該当する」の回答率が高い数値を示している。

 

(11)「これまでも同様の構想・計画を策定してきたため」という選択肢に対しては、「該当する」が41.5%、「やや該当する」が22.9%と、両者を合わせると64.4%になり、ある面で実態を正直に反映していると言えるのかもしれないが、注目すべき数値となっている。

 

次に、「(3)『総合計画』の課題」のうち、Q5の「貴自治体における『総合計画』の課題・問題点をお尋ねします」という設問に対する回答で、特に注目に値する回答を抽出してみると下記のとおりである。

 

(1)「『総合計画』を策定する積極的な意図に乏しく、形骸化している」という選択肢に対しては、「該当する」は3.6%とさすがに少数ではあるが、「やや該当する」が27.3%と、決して無視できない数値になっている。

 

(3)「内容が総花的なものとなっている」という選択肢に対しても、「該当する」が21.0%、「やや該当する」が46.1%あり、合わせて67.1%が肯定している結果となった。

 

(7)「事務事業の優先順位が明確ではない」という選択肢に対しては、「該当する」が23.7%、「やや該当する」が48.0%あり、合わせて71.7%となっている。

 

(8)「事務事業削減のための方針として機能していない」という選択肢に対しても、「該当する」が23.4%、「やや該当する」が46.8%あり、合わせて70.2%と(7)と類似した回答傾向が現れている。

 

このアンケート調査の集計から見て取れることは、自治体として、法の定めに従い政策を体系化する必要性があり、以前からそうしてきたから、とりあえず総合計画は策定しなければならない、という極めて前例踏襲的かつ固定的な意識が多数を占めていることが窺える。そして計画そのものについても、形骸化が危惧されており、総花的で、政策の優先順位付けや自治体経営改革の指針とはなり得ていない、という自治体の政策担当者の認識があるように思われる。もちろん、このアンケート調査の集計結果だけですべてを断じることはできないが、今日における自治体総合計画の問題の一端が、ここに明らかになっていると捉えることができる。

以上、見てきた問題点は、主に総合計画の策定に携わり、あるいはまた、日々の運用に携わっている行政職員の認識に基づくものである。では、実態として、こうした行政職員の認識は妥当なものと言えるのだろうか。現時点で、全国の自治体総合計画の内容に関して、網羅的に調査した上で分析を加えた資料は存在しないため、断定的な結論を下すことには慎重にならざるを得ないが、政令市や中核市、あるいはそれ以外の県庁所在市の総合計画を一通り概観しただけでも、上記のアンケート調査で浮かび上がってきている問題点は散見することができる。

例えば、総合計画が「形骸化している」かどうかについて、表面的に判断することは不可能だが、「総花的になっている」という指摘に関しては、たしかにそうした傾向を否定できない。「総合計画」の宿命として、あらゆる政策領域を対象とせざるを得ないということは前提として理解しておかなければならないが、ここで言う「総花的」という判断は、政策の柱が平板的に列記してあるだけで、それらの優先順位付けや重点化・構造化が図られておらず、結果的には既存の業務分野をアプリオリに羅列してあるだけに終わっている、という傾向に基づくものである。

また、分野的・組織的な総合性が確保されている一方で、主に開発・振興系あるいは新規・拡充系の政策が重視されており、見直し・再構築系の政策については、抽象的に言及されているだけの事例が多いように思われ、機能的な総合性が確保されているとは言い難い傾向が見て取れる。ここで、不思議に思われるのは、さきほど35年間にわたって国の指導に忠実に準拠して計画策定を続けてきたことを指摘したが、なぜか、「基本構想策定要領」で明記されていた「行財政の合理化に関する事項」を盛り込むことが軽視されているという事実である。もちろん、多くの自治体では、この「行財政の合理化に関する事項」に関しては、別途「行政改革大綱」を策定するなどの対応を行っており、決して軽視しているわけではない、という反論があるかもしれない。しかし、今日の自治体を取り巻く状況を考えた時、本来なら「行財政の合理化に関する事項」にこそ高い優先度を与えなければならないはずであり、計画的かつ具体的な目標が明記されることが必要ではないだろうか。現実に多くの自治体において、既存の政策の見直し・再構築を進めない限り、新規・拡充や開発・振興の政策は実現できないのが実情であると思われる。

こうした傾向は、現在の総合計画が登場してきた経過に影響を受けていることは間違いない。従来型総合計画は、それに先行する「市町村振興計画」の後継的役割があり、ハード面でのまちづくり構想に重点が置かれて出発してきたという事実がある。しかし、いずれにしても、現在の総合計画の体系やその内容に関しては、今日の自治体がおかれている状況、あるいはこれからの自治体が果たしていくべき役割との関連で捉えると、いくつかの問題が存在していることは否めない。

では、なぜこのような問題が発生しているのであろうか。これにはいくつかの要因が複合的に関わっていると思われるが、まず、第一の要因としては、従来は、自治体が自ら主体的・自律的に政策形成を行い、それを実行できる領域が限られていたという環境面での制約があったことは事実である。中央集権型の国家システムで、しかも国の省庁が縦割り組織の中でお互いの省益を優先している行政体制の下では、自治体が主体性・自律性を発揮しようとしても、現実の政策決定プロセスでは十分な裁量を発揮することができなかったし、また、そのための力量を備える努力も怠ってきたことは否めない。分権改革の遅れが、自治体の政策決定−実行プロセスを阻害してきたと言える。

次に、第二の要因として、総合計画を策定する主体の価値意識が、さきほどのアンケート調査の回答からも窺えるように、あくまで既存の行政組織の仕事を体系化することや各組織に過不足なく、バランスよく仕事を配分することに重点が置かれてしまっていることにある。表現を変えれば、組織の既得権益(人員・予算・仕事の範囲)を保障させようとする方向での圧力が強く、また、それと利害を共有している行政外部の諸団体の存在も無視することができず、最終的には、価値前提ではなく事実前提の総花的計画に落ち着かせることが無難で賢明な選択であるという意識が優先された結果である。

 そして、第三の要因として、総合計画を策定するプロセスにおいて、あくまで行政内部にその出発点があり、近年はその策定の途上で市民の参画を求める手続や制度枠組みを用意する取り組みも盛んにはなってきているが、あくまで行政が用意したテーブルの上での参画に止まってきた。したがって、市民による議論が白熱し、いくつかの有意義な政策提案が提出されたとしても、最終的な案の作成は再び行政組織の奥深くに引き込まれることになり、完全な意味でのオープン・システムとしては機能していないということがある。

 最後に、第四の要因としては、今日のように社会経済状況の変化が激しい時代において、10年にもおよぶ長期の計画を策定しても、現実の政策実行プロセスにそれを十分に活かしていくことは困難であり、計画に準拠していくことに無意味性を感じるということも指摘しなければならない。計画に掲げられた理念や目標を生きた政策として実行していくためには、計画=政策そのものの賞味期限が切れていないことが必要であり、そうした観点からは、現行の自治体総合計画はその基本構造において問題を抱えていると考えられる。

 

 

4.おわりに

総合計画に代表される自治体政策の現状と問題点に関して論考を加えてきたが、社会経済状況が激しく変化を続ける中で、自治体自らも自治体政策の改革をめざして様々な努力を続けているのが現状である。とりわけ、ここ数年の間に改定された総合計画は、策定プロセスへの市民参加の拡充に取り組むなど、市民的公共圏への関心を高め、その可能性への期待を膨らませている。しかし、行政がそうした有意義な取り組みを積み重ねて行きさえすれば、自治体政策が抱えるすべての問題が解決するとは思えない。

こうした状況の中で、ローカル・マニフェスト運動が登場したことは画期的な意義がある。ローカル・マニフェストの登場によって、自治体政策を主導するべき主体はどこに存在するのか、あるいは、現在の民主制・二元代表制に適合した自治体政策のあり方はどうあるべきなのか、など多くの本質的な課題が明らかになってきたように思われる。そして、それは同時に、従来型の自治体総合計画の限界を浮かび上がらせ、これからの時代における自治体政策がめざすべき方向を提示してくれている。

本稿で検証してきた自治体総合計画の歴史や現状、問題点を踏まえた上で、今後、自治体総合計画の改革の取り組みを検証することを通じて、そこで意識されていた課題に対するより本質的な解決を用意するものとして、ローカル・マニフェストが果たすべき役割とその進化のあり方に関する考察を試みたい。

 



[1] 本文中、都道府県及び市町村の総称としては「地方自治体」又は「自治体」と表記する。ただし、法令等の規定に基づく表現を行う際には「地方公共団体」と表記する場合があるが、特別な意味上の差異はない。

[2] 本稿で「自治体政策」という語を用いる場合は、分野別の個別政策は対象に含めず、「総合計画」や「行政改革大綱」等に代表される、自治体にとって総合的・組織横断的機能を有している計画等を意味している。

[3] 地方自治法第2条の規定は市町村に関する規定であり、都道府県には適用されていない。しかし、現在は都道府県においても鳥取県を除いては総合計画を策定しており、計画の体系は市町村の構成(三層構造)と異なるが、基本的な役割は同等であるため、本稿では市町村と都道府県を区分することなく「自治体総合計画」と総称することとした。

[4]「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(平成11716日法律第87号)

[5]「地方分権推進法」(平成7519日法律第96号)

[6]「地方財政の構造改革と税源移譲について(試案)」(平成14521日 経済財政諮問会議提出資料 総務大臣片山虎之助)

[7]「内閣総理大臣指示」(平成15618日 経済財政諮問会議)

[8]経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」(平成15627日 経済財政諮問会議)

[9]経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(経済財政諮問会議)

[10] わが国の地方税収入は、平成3年度決算における35.1兆円をピークに減少に転じた。その後、平成7年度から一時は増加に転じ、平成9年度に36.2兆円と過去最高額を計上したが、平成10年度以降、微減・微増を繰り返した後、平成14年度から大きく減少をはじめ平成15年度決算では32.7兆円となっている。「地方税収入の推移」(総務省ホームページ)http://www.soumu.go.jp/czaisei/czaisei_seido/ichiran02_h.html

[11] 地方自治法第2条第4項「市町村は、その事務を処理するに当たっては、議会の議決を経てその地域における総合的かつ計画的な行政の運営を図るための基本構想を定め、これに即して行なうようにしなければならない。」

なお、この規定は市町村に関する規定であり、都道府県には適用されていない。しかし、現在は都道府県においても鳥取県を除いては総合計画を策定しており、計画の体系は市町村の構成(三層構造)と異なるが、基本的な役割は同等であるため、本稿では市町村と都道府県を厳格に区分することなく「自治体総合計画」と総称することとした。

[12]「逐条地方自治法」(第11次改訂新版)平成67月 長野士郎 学陽書房

[13]「逐条地方自治法」p47

この著書が出版されたのは、平成12年法改正以前であるため、現行第2条第4項の規定が第2条第5項の規定として解説されている。なお、現在は元自治事務次官であった松本英昭氏による「新版逐条地方自治法」が出版されているが、第2条第4項の規定に関しては長野士郎氏の解説をほぼ原文どおり踏襲している。

[14]「市町村総合計画の手引」昭和423月 大阪府総務部地方課

[15]「基本構想の策定要領について」昭和44913日 自治振第163号 各都道府県知事宛 自治省行政局長通知