地方公務員制度の課題と改革の方向性

公共経営研究科 畑中武

 

はじめに

組織の経営で重要なヒト・モノ・カネの3要素のうち、ヒトは他の二つをコントロールするという意味で最も重要な要素と言える。国際経営開発研究所の世界競争力ランキングでは、日本の政府部門の効率性は40位と総合での12位と比べて大きく劣っているとされている[i]。私の関心領域である地方公共団体の職員の人事制度やその運用については、硬直性等が指摘され、法制度も含めた大きな見直しが予定されているとともに、その趣旨をふまえた各団体の人事行政運営への期待が高まっている。そこで、地方公務員の人事制度について近年議論されているその課題及び今後のあり方を整理しておきたい。

 

1 地方公務員制度の論点整理

1-1地方公務員の人事制度の仕組みと特性

憲法第15条に「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とある。この場合の「公務員」とは、特別職も一般職も、国家公務員も地方公務員も含むものである。また、「全体」とは、地方自治体の場合はその地域の住民全体である。さらに地方公務員法第30条では、「全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行にあたっては全力を挙げてこれに専念しなければならない」とされ、職員が職務においてその力を傾注すべき対象をあらためて明らかにすることに加えて、公務であるがゆえに特に法律上の義務として、いわゆる職務専念義務を規定している。地方公務員法はこうした考え方のもと、「行政の民主的かつ能率的な運営」と「事務及び事業の確実な実施」をするために、「人事行政に関する根本基準を確立」することを目的としている(第1条)。

この根本基準は、公務員の地位と職務の特殊性により一般の勤労者とは異なることが妥当であると考えられており、以下のような原則がある。

@   平等取り扱いの原則(第13条):地方公務員法の適用にあたっての、憲法第14条に規定する「法の下の平等」を明らかにしたもの。

A   情勢適応の原則(第14条):「勤務条件が社会一般の情勢に適応」することとされ、第24条ではより具体的に比較すべき社会一般について規定している。

B   成績主義(15条):能力の実証としての成績という客観的な基準によって人事が行なわれることにより、情実や政治的党派などの恣意的な判断に左右されることなく中立であることが可能となる。同時に、職員の身分を安定させ、職務に対するモチベーションを維持することを目的としている。

C   勤務条件の均衡・条例主義(第24条):給与については、生計費、他の団体の職員、民間事業者の給与その他の事情を考慮することを求めている。給与決定に関する原則として「職務給の原則(同条第1項)」、「均衡の原則(同条第3項)」、「条例主義(同条第6項)」、が、給与支給の原則として「重複支給禁止の原則(同条第4項)」、「通貨払い・直接払い及び全額払いの原則(第25条第2項)」がある。給与以外の勤務条件については、他の団体の職員との間に権衡を失しないこと、勤務条件を条例で定めることを定めている。

D   政治的中立性の原則(第36条):職員の中立性を保障することにより行政の公正な運営を確保すると同時に職員の利益を保護することを目的としている。

E   労働基準法の原則適用(第58条):公務員も労働の提供の対価として給与の支給を受け、それにより生計を維持するという点では勤労者といえる。そのため勤労基本権が保障されているが、一方で公務の特殊性によりその権利は一部制限されている(第37条:争議行為の禁止、第52条:職員団体)。

また、労働基本権に一定の制約が加えられていることからその代償措置として人事委員会制度等が設けられ、人事制度に関する研究や、措置要求の審査、不利益処分についての不服申し立てに対する決定などをすることとされている。

 

1-2地方公務員の人事制度の課題

1-2-1各方面からの意見

平成16年12月24日に閣議決定された「今後の行政改革の推進」は、地方公務員制度の改革について「能力・実績重視の人事制度の確立」、「任用・勤務形態の多様化の取り組み」、「地方人事行政運営の状況の公表」、「定員管理及び給与の適正化」を挙げた。また、これを受けて総務省は平成17年3月29日に「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針」を出し、地方自治法第252条の17の5に基づく勧告として具体的な集中改革プランを平成17年度中に公表することを各公共団体に求めた。その中においても適正な人事配置、給与の適正化が挙げられた。

一方、新聞各社の社説では「公務員給与 厳しい目を意識して取り組め」(平成17年3月2日 毎日新聞)、「地方公務員給与も見直すべきだ」(平成17年3月5日 読売新聞)、「地方自治体は行革を競い合え」(平成17年3月29日 日経新聞)、「地方行革 競い合って成果を出せ」(平成17年4月4日 朝日新聞)など、給与制度や人員削減を中心に厳しい指摘が続く。

日経新聞は平成17年5月17日から19日にかけて公務員制度改革の特集を組み、3人の識者の以下のような意見を掲載している。

17日 片山善博鳥取県知事:納税者の納得を得るために、地方公務員の処遇についての情報公開と、労使交渉という内部での意思決定ではなく、議会の積極的な関与を。

18日 太田聰一名古屋大学教授:地方公務員給与の水準の是正のために、地域の民間給与の状況を把握する仕組みを制度改正もあわせて改革すべき。

19日 出井伸之日本経団連副会長:公務員の身分保障を見直し、省庁を超えた柔軟な配置転換を可能にするとともに、抜本的な制度改革のために納税者代表を含む組織による検討を。

また、週刊「東洋経済」(平成17年4月2日号)は「日本の隠れた特権階級 公務員の秘密」を特集し、「公務員の制度の給与こう改革すべし」として各界からの以下のようなコメントを掲載している。

      竹中平蔵 経済財政政策郵政民営化担当大臣「省益や既得権益を打破し健全な競争メカニズムを」

      石田真敏 衆議院議員自民党副幹事長「聞きしにまさる高給 処遇の適正化が必要だ」

      宮内義彦 オリックス会長・規制改革民間開放推進会議議長「公務員は特権階級ではない 国民も厳しいチェックを」

      宇羽宇一朗 伊藤忠商事会長・経済同友会公務員制度改革委員会委員長「純潔組織では組織停滞 労働基本権を認め整理解雇もありうべし」

      村尾信尚 関西学院大学教授「身分保障の撤廃が先決 公務員の使用者は住民だ」

      野村吉太郎 弁護士・特殊法人監視機構主宰「労働基本権の議論の前に公務員価値の把握を」

国や新聞はどちらかといえば適正な運用を求めているのに対し、東洋経済で取材した各人の中にはより根本的な改革を求める声もある。地方公務員制度へのこうした批判を招く原因について中央大学の佐々木信夫教授は、@危機意識がない Aコスト意識がない Bスピード感がない C切磋琢磨しない という公務員の行動様式の特徴にあるとする。そして人事制度の問題点は具体的には以下の3点であると主張している[ii]

      人事制度の体質が古い:年功序列と行政官優位で行政の高度化、専門化に求められる能力が育っていない

      人事管理に有機的一体性がない:採用、配転、昇任、研修、給与の間に遮断があり、職員の能力を把握し、育成・活用する体系的制度がない。

      人事管理が形式的、画一的:行政の専門性・多様性により求められるはずの多様な人材を生み出せない。

最近の地方公務員制度への批判は、給与や仕事の成果を中心とした「運用の適正さ」に注目が集まっているといえる。

 

1-2-2自治体の考え方

では、批判される側の自治体はどのような認識でいるのか。総務省が平成16年11月に行った「『組織・マネジメント』及び『人事管理政策』に関するアンケート」の集計結果から、人事に関する事項を抜粋すると以下のとおりである。

 

1:現在の人事管理について特に重要な課題と考えている事項(複数回答可(3つまで))

 

能力評価

制度の確立

多様な任用

形態の活用

行政ニーズに対応する専門的人材確保

行政ニーズに対応する人材育成

採用区分・職種を超えた柔軟な人材活用

 

88.9

36.3

23.7

84.4

19.3

団体別区分

都道府県

87.2

36.2

25.5

85.1

23.4

政令市

84.6

7.7

15.4

100.0

30.8

中核市

85.7

40.0

31.4

80.0

8.6

特例市

95.0

42.5

17.5

82.5

20.0

 

「業績・業務遂行能力を反映する能力評価制度の確立」と「多様で高度な行政ニーズに対応する専門的人材育成」についてはほとんどの自治体で重要な課題であると回答し、「多様な任用形態の活用」がほぼ4割、「多様で高度な行政ニーズに対応する専門的人材確保」、「採用や職種の枠を越えた柔軟な人材活用」がほぼ2割の自治体で重要であると考えている。

また、行政の施策、事務事業を客観的基準にもとづいて把握し、その改善や成果達成のための効果的な資源配分を行なうことを目的とする行政評価制度については、都道府県が97.9%、政令市が100%、中核市が91.4%、特例市が82.5%とほとんどの自治体で導入され、試行錯誤を繰り返している。このことと、表1で「評価制度の確立」が挙げられていることをあわせて考えると、先行して導入された事務・事業の評価と人事評価のリンクが、自治体の人事政策上の課題として当事者である自治体側にも認識されているといえよう。では、何がその課題解決を阻んでいるのか。同じ人事政策に関するアンケートでは課題解決の阻害要因についても照会しているので、自治体側の考える阻害要因を確認しておこう。

設問は 「『特に重要な課題』であると考えたものについて、その解決の阻害要因となっていると考えられるものはなんですか」 となっており、回答は「全般について」とさらに表1の各項目などについて個別に求めている。回答の選択肢としては @法律、政令等の制度 A従来からの人事慣行 B職員、職員団体の理解 C財源 D住民、議会の理解 E地域的な要因での人材不足 F人材育成方針の未確定 Gその他 が設定されている。その結果は、全般についても各項目についても、A従来からの人事慣行 B職員、職員団体の理解 とした回答が他の選択肢よりも圧倒的に多い。表2は、全般及びそれぞれの課題について A従来からの人事慣行 B職員、職員団体の理解 が阻害要因と考えていると答えた団体の割合をまとめた。

 

表2:「特に重要な課題』であると考えたものについて、その解決の阻害要因となっていると考えられるものはなんですか(複数回答可(3つまで))

 

全般

能力評価制度の確立

多様な任用形態の活用

行政ニーズに対応する専門的人材確保

行政ニーズに対応する人材育成

採用区分・職種を超えた柔軟な人材活用

阻害要因

A

B

A

B

A

B

A

B

A

B

A

B

 

58.5

71.9

61.7

76.7

53.1

73.5

56.3

78.1

60.5

70.2

65.4

73.1

団体別区分

都道府県

61.7

70.2

63.4

80.5

58.8

70.6

41.7

83.3

65.0

70.0

72.7

54.5

政令市

53.8

53.8

63.6

63.6

-

-

100

100

53.8

53.8

50.0

75.0

中核市

54.3

65.7

56.7

63.3

50.0

71.4

63.6

63.6

57.1

64.3

88.7

66.7

特例市

60.0

85.0

63.2

86.8

52.9

82.4

57.1

85.7

60.6

81.8

62.5

100

 

2 公務員制度改正の流れ

この小論でのテーマは地方公務員制度についてであるが、同制度は国家公務員制度と密接に関係しており、公務員制度改革大綱(平成131225 閣議決定)においても「国家公務員制度の改革に準じて所要の改革を行なう」とされていることなどから、国家公務員制度改正の流れについてここで取り上げるものである。

 

2-1-1 国家公務員制度改正の動き

行政改革会議(会長 橋本龍太郎総理大臣:当時)が平成9年12月に提出した最終報告はその理念と目標の中で、日本の近代以降の歴史的転換点を振り返りつつこれからの「この国のかたち」を問い、今まさに再構築すべき時期であるという認識のもと「肥大化し硬直化した政府組織を改革し、重要な国家機能を有効に遂行するにふさわしく、簡素・効率的・透明な政府を実現する」と述べている。その中で「内閣機能の強化」、「新しい中央省庁のあり方」、「行政機能の減量(アウトソーシング)、効率化等」とともに「公務員制度の改革」を柱の一つとしてあげた。公務員制度改革の具体的内容の検討は専門的調査機関である公務員制度調査会に要請するとしたものの、主要な改革の視点と方向を以下のように指摘し、これらは現在に続く公務員制度改革の柱となっている。

(1) 省庁の機能再編に対応した人事管理制度の構築:中央省庁の機能再編に伴って企画立案機能と実施機能が分離するが、それぞれの特性を生かした人材の確保・育成、処遇の多様化と相互の人事交流の円滑化と適正化

(2) 新たな人材の一括管理システムの導入:一定職以上の人材管理の一括化、幹部職員の計画的育成と昇任等に関する政府による総合調整、省庁間の人事交流の推進

(3) 内閣官房、内閣府の人材確保システムの確立:内閣官房は内閣総理本人による政治任用スタッフにより基本的に運営されるべきものであり、行政内外からの優れた人材の登用と処遇のルールを確立する

(4) 多様な人材の確保と能力、実績等に応じた処遇の徹底:学会、民間等の公務内外からの人材登用とともに、採用試験の区分等を見直す。また、能力・実績による早い昇進、給与への反映、専門職の位置付けの明確化と処遇を見直す

(5) 退職管理の適正化:年功序列、右上がりの給与体系、早期退職等の従来の人事慣行を見直し、高齢者の能力発揮を重視するとともに、いわゆる天下りに対する規制の強化、公正かつ透明な仕組み作りをおこなう

 

さらに、こうした公務員制度改革の方向性とともに「中央人事行政機関の在り方」の項を設け、中央人事機関としての内閣総理大臣と、総務省、人事院との機能、役割の分担について整理・見直しを求めた。公務員の労働基本権のあり方について幅広く専門的な検討をおこなうことが重要であるとしながらも、内閣総理大臣の任務、権限をより総合的なものとし、内閣にリーダーシップの発揮を求めている。しかし、現時点(平成17年6月)で制度改革が頓挫しているのは、この公務員の労働基本権についての議論が集約できなかったためであるらしい(このことは次節で述べる)。

行政改革会議最終報告以降の公務員制度改革の流れは以下のとおりである。制度改正の具体化は停滞しているが、現行制度内での改善については引き続き推進することとなっている。

●公務員制度改革の流れ

平成 9年12月 行政改革会議最終報告

平成10年 7月 公務員制度改革に向けての論点整理(公務員制度調査会)

平成11年 3月 公務員制度改革の基本方向に関する答申(公務員制度調査会)

平成12年12月 行政改革大綱閣議決定

平成13年 3月 公務員制度改革の大枠(行革事務局から行革本部への提示)

6月 公務員制度改革の基本設計(行革本部決定)

12月 公務員制度改革閣議決定

平成15年 3月 公務員制度改革関連法案原案作成(行革推進事務局)

7月 公務員制度改革関連法案提出断念

平成16年12月 今後の行政改革の方針閣議決定・・・現行制度内での重点取り組み

 

2-1-2 公務員の労働基本権の制約と国家公務員制度改正

公務員と一口に言っても様々な勤務内容があり、その内容によって労働基本権についても制約の内容が異なる。また、労働基本権についてもその内容を団結権、交渉権、争議権の三つに分けることができ、地方公務員について整理すると以下のようになる。[iii]

 

職 員 の 種 類

団結権

交渉権

争議権

警察職員及び消防職員

×

×

×

一般の行政職員及び教育職員

×

地方公営企業職員及び単純労務職員

×

○・・・民間労働者とほぼ同等の権利が認められているもの 

△・・・民間労働者と同じではないが別途類似の権利が認められているもの 

×・・・認められていない権利

 

争議権については地方公務員法第37条により明確に禁止されており、これは職務の内容を問わない。また警察職員及び消防職員については、その職務の性質上特に強い服従義務を必要とすると考えられており、同法第52条第5項により団結権及び交渉権が制約されている。国家公務員においては、警察職員の他に海上保安庁及び監獄に勤務する職員がこれと同じ扱いとなっている(国家公務員法第108条のニ)。

一般の行政職員及び教育職員については、団結権について労働組合法の適用のない「職員団体」を組織できること(地方公務員法第52条)、交渉権について団体協約を締結することができない交渉権(地方公務員法第55条)を有することが、民間労働者と類似の権利として認められている。また、国の一般職についても同じ取り扱いであるとされている(国家公務員法第98条、第108条の二、同条の五)。

地方公営企業職員及び単純労務職員については、民間にも類似の事務、事業があることもあってできる限り民間労働者に近い取り扱いをすることが望ましいとされ、労働組合法に基づく労働組合の結成、加入及びその組合による団体交渉をすることが認められている。国の現業(郵便事業等)職員はこれと同様の取り扱いである(国営企業労働関係法第4条、第8条、第17条)。

日本の公務員については国、地方ともに法律により労働基本権が制約されている。こうした状況及び今回の公務員制度改革においても基本的な考え方に変更はないとする政府の方針に関して、日本の連合、全労連などの労働組合はILOに対して申し立てを行なった。ILOが平成14年11月に公表した報告書の結論部分では、以下の6点が「結社の自由及び団結権保護条約」、「団結権及び団体交渉権条約」の規定に違反しており、日本政府が関係諸団体と協議するよう勧告している。

@     消防職員と監獄職員の団結権:自らの選択に基づく団体を設立する権利を付与すること

A     地方職員団体の登録制度:地方レベルにおける登録制度を修正し、事前承認に等しい措置にとらわれることなく自らの選択に基づく団体を設立できるようにすること

B     専従職員の任期:専従役員の任期を自ら決定できることを容認すること

C     現業公務員の団交権と争議権:国家の運営に直接関与しない公務員に、結社の自由の原則に則り団体交渉権とスト権を付与すること

D     代償的措置:団体交渉権とスト権が合法的に制限される労働者に関して、利益を守るための不可欠な手段を剥奪された職員を十分に代償するため、国及び地方レベルにおける適切な手続き及び機関を設立すること

E     争議行為に対する刑事罰:スト権を正当に行使する公務員が重い民事上または刑事上の制裁に服さないための法令の改正を行なうこと

 

しかし、政府はこのILOの勧告について、従来は条約に適合しているという見解であったものがここでは異なったものが示された、として対応を検討中である。[iv] また、平成16年時点において労働基本権について調整しきれなかったことが、国家公務員法の改正法案提出に至らなかった大きな原因のひとつであったと、片山虎之助前総務大臣は雑誌のインタビュー記事で以下のように述べている[v]

「・・・最後に残ったのが労働基本権の扱いです。これについては連合や公務労協と公式・非公式に何度も話し、相当歩み寄ったけれども、もうひとつ合意に至らない。附則でもいいから団体交渉権をとにかく『与える』と書いてほしいという。『与える』とは書けないけれども『積極的に検討する』ではどうかとしたところ、そこはむこうも可としてくれたのですが、最後にぎりぎり折り合わない。・・・」

 

2-2人事院勧告

ここでは、国家公務員・地方公務員制度の抜本改革が明記された行政改革大綱以降に発表された人事院勧告について確認する。各年の概要は以下のとおりであるが、平成13年から15年までは人事管理に関する報告の中で、公務員制度改革における人事院の役割や制度改革の内容を確認する内容となっている。しかし、法案提出が見送られた平成16年の勧告では、制度改革を前提としながらも法改正の時期が不明確になったことから、現行制度の下での改善を進めようとしていることがうかがえる。

●人事院勧告の概要(平成13年から平成16年)

平成13年

給与制度:民間給与水準の実態把握、公務内部の給与配分のあり方の検討

人事管理に関する報告:今後の公務員制度改革の視点

・公務員制度改革の具体化に向けた協力

・環境変化の急速化等に対応した人事管理の推進

平成14年度

給与制度:地域民間給与の反映、能力・実績が反映される給与制度に

人事管理に関する報告:公務員制度改革が向かうべき基本的方向

・キャリアシステム見直し

・専門性強化

・個人を重視した人事管理の推進

平成15年度

給与制度:地域における公務員給与を反映した給与制度の具体化へ

人事管理に関する報告:制度改革が向かうべき方向

・能力等級制による昇任・配置、

・再就職全般の内閣による一括管理

・人材の確保育成(キャリアシステム見直し、試験制度の改編、人事交流の促進)

平成16年度

給与制度:給与構造の基本的見直しの具体的検討項目の提示

・俸給表の全体水準の引き下げと地域に応じた適切な給与調整の実現

・専門職スタッフ職俸給表新設、昇格基準の見直しと査定昇給の導入

・勤勉手当ての拡大、本省府手当ての導入

人事管理に関する報告

・実力・実績に基づく人事管理の推進

・再就職ルールの適正化

・残された課題及び今日的な課題(キャリアシステムの見直し、セクショナリズムの是正、民間人材活用及び人事交流の促進)

 

2-3総務省からの指示・提案

2-1で公務員制度改革の流れを見たが、地方公務員制度については総務省が管轄しており、平成17年3月の新たな指針で取り組み状況の公表を求めている以外にもさまざまなアドバイスを自治体に提示していることが下記の一覧からわかる。特に平成16年の「地方公共団体における人事評価システムのあり方に関する調査研究」が178ページ、平成17年の「分権型社会における自治体経営の刷新戦略」については247ページと量もさることながら、その大半を各自治体における取り組みの紹介にあてている。

また、社会経済生産性本部による「自治体における人事評価制度の現状に関するアンケート調査」[vi]によれば、人事評価による処遇格差で「メリハリをつけるのは当然」と答えたのは県で68.2%、市で76.8%となっており、これらのことから地方公務員の人事評価制度の改革が進んでいることがうかがえる。

●総務省から出された地方公務員の人事制度に関する提案等

平成 9年11月 4日 地方自治・新時代に対応した地方公共団体の行政改革推進のための指針

平成 9年11月28日 地方自治・新時代における人材育成基本方針策定指針について

平成12年 2月 地方公務員の評価システムのあり方に関する調査研究−勤務評定の現状と課題−(第15次公務能率研究部会報告書)

平成121224日 行政改革大綱(閣議決定)

平成13年2月 地方公共団体における広域共同研修に関する調査研究(第16次公務能率研究部会報告書)

平成14年 3月 多様な社会活動等を通じた職員の能力開発に関する調査研究(第17次公務能率研究部会報告書)

平成16年 3月25日 地方公共団体における事務の外部委託の実施状況の調査結果等を踏まえた民間委託等の推進の観点からの事務事業の総合的点検について(通知)

平成16年 3月 地方公共団体における人事評価システムのあり方に関する調査研究(第18次公務能率研究部会報告書)

平成16年12月24日 今後の行政改革の方針(閣議決定)

平成17年 3月29日 地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針

平成17年3月 分権時代における自治体経営の刷新戦略−新しい公共空間の形成を目指して−

平成17年4月1日 地方行革の取り組み状況

平成17年4月   人事制度を考えるヒント21

 

3 ま と め 

「1地方公務員制度の論点整理」で見たように、地方公務員制度は公務という職務の特性上、法により人事制度上の原則が設けられ、その身分が保証されると同時に職務においては事務能率の向上が求められている。一方で、それらの原則に基づいた諸制度の運用が一般市民から見たときに非合理的であるとされ、結果としてその効率性にも疑問が投げかけられている。また、制度の基本原則についての見直しについても言及のあるところとなっている。

こうした状況の中で、当の自治体の側も現行の制度とその運用の諸課題について認識をしてはいるものの、その課題克服のための障害として「従来の慣行」と「職員、職員組合の理解」を大きな理由としてあげているところに、この問題の解決の難しさがある。すなわち、「従来の慣行」と「職員、職員組合の理解」とは内部の合意形成の問題であって、これをもって改革が進まないとするならば、すでに自己改革能力を失っていることを認めていることに等しい。先にも取り上げた片山前総務大臣との対談において中島忠能前人事院総裁は、地方公務員の人事管理・給与管理には国家公務員と異なる3つの特有の問題があると指摘している[vii]

@     労働団体との関係が成熟していない:地方は癒着しすぎている

A     国家公務員準拠の給与水準:地域の民間給与との均衡、地域住民の意見の反映を

B     県の人事委員会制度:組織体制及びそれを支える人材の確保

 

最近報道された一部の団体に見られるような不適正な運用は論外としても、「何事も労使交渉がまとまらなければ行政は動けないとお互いに勘違いすると、組合に都合の良い妥協が積み重なる」[viii]ことに結果としてなってしまっているなら、当局側、職員団体側を問わず、職員の一人ひとりが一市民として自らの足元を見つめなおすべきであろう。人事委員会制度を前提とする公務員の労働基本権の問題については、2-1-2で簡単に触れたように議論のあるところであるが、しかし、それをもって公務員の人事制度の諸原則と実際の運用が国民から批判を受けるものであってよい理由にはならない。いずれにしろ、「1」で見た地方公務員の諸原則にある情勢適用や成績主義などが、正しく実行されていれば指摘を受けることがなかったかもしれない、という制度の運用が問題であるとするならば、いずれ成立する新しい公務員制度においても起こりうるという点が公務員制度の一番重要な課題である。

では、その課題を解決する改革の方向性はいかにあるべきかを最後に述べたい。

地方公務員制度とは、言うまでもなく地方公務員についての人事管理の諸施策を体系化したものである。人事管理とは、組織の目的・目標を達成するための経営資源であるヒトを調達し、活用し、それが少ない費用で効果的・効率的に行なわれるようにすることである。それは生産性の向上という短期的な捉え方と同時に、組織が長期にわたってその力を維持し発揮するための有能な人材を内部に蓄積するという意味がある。有能な人材には2つの意味があり、一つはいわゆる業務の知識や技術という仕事上のスキルに優れたヒト。もう一つが労働意欲や組織に対するコミットメント(帰属意識)が高いヒトである。公務員制度の課題を解決するために必要なのは後者の方である。

なぜ、現在公務員制度の改革が叫ばれているかを振り返ってみよう。行政改革会議はこれからの「この国のあり方」を問うて(国家)公務員制度改革を一つの柱として据えた。地方分権推進委員会はそれに先んずる平成8年3月に中間報告を出し、地方分権の目的・理念を述べた。地方自治体の自己決定権・自己責任の拡充とそれを可能にする新たな地方分権型システムの構築がそれである。地方公務員制度改革の方向性とは、その目的・理念を実行する自治体職員、すなわちそれに共感し強いコミットメントを持つ職員を輩出することに他ならない。つまり重要なのは人材の育成である。ここで見た諸制度は人材を確保するためのサブシステムであり、その制度設計と運用は有能な職員を輩出することを目的としてなされるべきである。

また、地方公務員法が改正されたとしても、法は基本的な枠組みを示すのみで実際には各団体の条例等により詳細が決まり、さらにはその運用によって各団体に差が出ることとなる。その差が、それぞれの地域の特性を活かして有能な職員を産み出しうるかが市民から問われる。2-3でまとめた総務省の地方公共団体向け報告書等にはさまざまな取り組みが紹介されており、各団体も努力を怠っているわけではないことがわかる。こうした情報が自治体間で広く共有されるととともに、市民による十分な監視と意見の反映の仕組みを担保し、自治体と市民が相互に切磋琢磨することが今後の公務員制度にとって必要不可欠である。公務員制度にとって重要なのは人材の育成という目的と同時に、その運用を監視する仕組みである。文書を閲覧できる情報公開制度は当然のこととして[ix]、市民の合意形成や政策形成に必要な政策情報の公開[x]、行政の仕事の質を評価する仕組みとしての行政評価等がそれにあたるだろう。具体的にどのような仕組みが必要であり、また有効であるのかは今後の研究テーマとしたい。

 



[i] 平成17615日朝日新聞朝刊 出井伸之日本経団連副会長のコメント 公務員制度改革に対するについての意見の中で国の競争力の低下に触れて

[ii] 佐々木信夫,2005,「新しい公務員制度の展望−もう一つの三位一体改革」,EX20054月号,ぎょうせい

[iii] 鹿児島重治,1996,「逐条地方公務員法 第六次改訂版」,学陽書房

[iv] 156回国会衆議院予算委員会平成15213日坂口厚生労働大臣(当時)の答弁

[v] 『都市問題』,東京市制調査会,20054月号,p33

[vi] 「自治体における人事評価制度の現状に関するアンケート調査」,社会経済生産性本部,2003116

[vii] 『都市問題』上掲p36

[viii] 平成17614日朝日新聞朝刊 片山善博鳥取県知事のコメント 評価の低い職員に対する職員の勧奨退職に対するについての意見を求められて

[ix] 平成1641日時点で情報公開条例(要綱等)を制定している自治体の割合、都道府県で100%、市区町村合計で93%となっている(総務省ホームページから)。

[x] 松下圭一(1996,「日本の自治・分権」,岩波新書)は、自治体が政府として自立するために必要なもののひとつに市民参加による政策・制度開発を挙げ、それを支えるのは「政策情報の公開」であるとする。政策情報とは、(1)その自治体にとって何が課題なのかという争点情報、(2)その課題についての統計・地図などの基礎情報、(3)課題解決に必要な個別専門の技術情報、であり、制度としての情報公開とは異なるとした。

 

参考文献

・天野巡一編著,2004,「自治体改革6 職員・組織改革」,ぎょうせい

・今野浩一郎・佐藤博樹,2002,「人事管理入門」,日本経済新聞社

・大森彌編著,1998「分権時代の自治体職員1 地方分権推進と自治体職員」,ぎょうせい

()日本ILO協会編,2003,「欧米の公務員制度と日本の公務員制度−公務員労働の現状と未来」,()日本ILO協会

・坂弘二,2000,「地方公務員制度 第六次改訂版」,学陽書房

・「基本法コンメンタール/地方公務員法」,日本評論社,1991

・総務省その他の国の機関が出した報告書等はその機関のホームページを参照した。