水を取り巻く法律の問題点及びその解決の方向性
大学院公共経営研究科
45032008 深澤竜介
はじめに
20世紀は石油の時代だったかもしれないが、21紀は、必ず水の時代となるであろう。水は命の源であるとともに、文明の源であることは、自明の理である。社会全体における非常に大切な公共財であるこの水を、どう規制・活用していくか?それにより今後の日本の各地域は大きく変わっていくものと思われる。
しかるに、現状は、水をある局面でしか捉えられていなく、総合的な公共財として捉えられていない。その弊害は至る所に出つつある。大きな社会資本である水についての総合的にマメジメントする視点がなく、充分にその効用が発揮されていない。
そこで、本レポートでは、水を取り巻く法律の問題点を探り、その解決策として、総合的な視点による「水基本法」の制定の必要性について論ずる。
1. 水を取り巻く法律の管理組織(管轄)・管理対象・目的
水を取り巻く法律は、河川法・下水道法・水資源開発促進法・水道法・土地改良法・工業用水法・水質汚濁防止法等 非常に多くのものが存在する。これらの各法律は、防災(治水治山)・利水・環境水質という観点から水をとらえており、公共財としての水についての活用と規制を行っている。また管理組織や、管理対象についても、その法律によって異なっている。
例えば、河川法の管理対象は、河川・ダム・堤防であり、地下水は対象となっていない。下水道法の管理対象は、下水道管と処理施設であり、下水道とほぼ同じ考えのもと農林水産省による農業集落排水事業というものもある。環境汚染に対する法律は環境省管轄の水質汚濁防止法がある。(別表参照)
2. 管理組織・管理対象が縦割りで分断されていること、法の目的がばらばらであることの問題点
以下、問題点の発生原因ごとにトピックス的に記述する。
2.1 生態系の破壊
1)メダカ
「メダカ」がレッドデ−タブック1)(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)に掲載されたことは、「童謡にも歌われていて、非常に身近な生き物である、あのメダカが、珍しい生き物になってしまった!」と非常に驚き2)をもって受け入れられた。身近な生物であった「メダカ」が絶滅の危機に瀕している原因は、農薬の使用もその一因ではあるが、それ以上に農業用水と、田んぼの分断の結果3)である。「メダカ」は用水と田んぼの間を行き来しながら、生息していたのであるが、農業用水が維持管理しやすいようにコンクリ−ト化され、高低差がつくられたことにより、用水と田の間を行き来をすることができなくなり、生活の場が奪われてしまったことにより、大幅に減少しているのである。
2)ホタル
日本各地で、40年近く前は初夏の風物詩であった「ホタル」が、現在では非常に減少し、逆に「ホタル」を見ることができたというのがニュ−スになっている現状がある。これは、水質の低下という側面もさることながら、用水路・側溝のコンクリ−ト化により、ホタルの幼虫が冬眠するために地中に入り込めなくなったからである4)。
2.2 水の管理組織(管轄)が分断されていることによる問題点・弊害
1)無駄な投資−下水道のホンプアップ
すぐ近くを隣接する富士市の下水道管が通っているのにもかかわらず、富士宮市山本地区から、下水道管100m程ポンプアップし、山を一つ越え、星山の下水処理場に流す工事が進行している。行政区が違うためにこのようなことが行われている。そのため工事予算は当然のことながら、増額した。まさに、水をめぐる縦割り行政の弊害である。
2)水道料金の価格差
基本的に、水道事業は、独立採算で行われているため、水道料金は、自治体(水道企業団)毎に変わる。その結果、約10倍の価格差が発生している。10立米の水道料金の比較では、最高が群馬県長野原町で3,255円。最低が河口湖南水道企業団で335円5)。生活・活動に必要不可欠な要素である「水」について、こうした大きな格差が生じていることは、大きな問題であるものと思われる。
3)工業用水の需要の大幅減少
当初の需要増を見越して計画された、工業用水事業が、製造業の海外移転等による工業用水の需要の大幅減少、工場内での節水技術の進歩により、工業用水の需要が減少し、累積赤字が増大している6)。
右肩上がりの経済成長が続くものと予想したことも誤りであるが、工業用水は、工業用水事業により確保しようという縦割り行政の弊害である。
また、他の事業(農業用水・水道事業)と一体化して運営するマネジメントの観点もないため発生している問題である。さらに、水利権の弊害もあるため、上流部で農業用水として使用した水を下流部で工業用水として利用するという発想がなく、各々の事業で、完結しようとしている。そのためコストが増大する結果となっている。
4)下水道の発達によって、川が枯れる
下水道が整備されて、河川がきれいになったという話は、その通りである。しかし一方では、下水道の整備により京都市堀川・西瀬高川は枯れてしまい、横浜市大岡川・名古屋市山崎川では、水量が一割以下になってしまった7)。従来、河川を流れていた排水が、下水道というバイパスを通り、下流部の下水処理場にて浄化されて、放流されるため、その間の水量が減少してしまったため、河川が枯れたり、水量が大きく減少した。
これは、水は循環(山に雨水として降り立った水が、それぞれの地域で、繰り返し多様な機能を果たしつつ上流から下流へと移動する過程)しているという概念の欠如によるものである。
5)水利権
農業用水・工業用水・生活用水間でのやり取りがスム−スになされていない。農業用水は耕地面積の減少により、従来よりも水需要は減少してきているものの、既得権益である「慣行水利権」の水量確保を維持している。この水利権が障害となっているため、有効な水利用がなされていない。
例えば、私の住む静岡県富士宮市の中心部浅間大社のほとりにある湧玉池(特別天然記念物)は、富士山に降った雨水・雪解け水が長い年月をかけて、富士山の中を通り、とてもきれいな湧水となって湧き出ているところである。そのため、今から約1200年前、時の征夷大将軍坂上田村麻呂が富士山麓にあった神社を、現在の地に移したのである。
富士宮市の中心市街地活性化委員会の話し合いの場、市民によるワ-クショップの場等々において、「富士宮の活性化を図るためにはどうしたらよいか?」とのテ−マで意見集約すると、必ずこの湧玉池の水を活用した商品つくりの提案がなされる。(湧水コ−ヒ−、湧水の美洗水etc)しかしながら、水利権が障害となって、この案は具体化を帯びていない。湧玉池及び、そこから流れ出ている神田川の水利権者全員の了解を得ない限り、この水を取水し、利用することはできないからである。
6)自治体間の壁・水の管理組織(管轄)が分断
1994年の渇水時には、半年以上も取水制限が続いた香川県。一方同じ四国の隣に位置する徳島県では、取水制限は一度もおこりませんでした。同じ四国の隣り合う県で、どうしてこういう事態が生じたのか?
徳島県には、早明浦ダムがある。まず、ここの水量の55%が、ダムを作ったのは徳島県であるという理由で、徳島県に流れている。そして、その残った水が、生活用水は厚生省、農業用水は農林水産省、工業用水は通産省、河川維持用水は建設省の縦割りの管轄(※省名は、当時)のもとに、徳島県と香川県に分配される。その配分率は、各県の需要量はほとんど勘案されていない。工業用水では、徳島県は香川県より需要量は少ないはずなのに、6倍近くの量が供給されている8)。
2.3 水と人間の生活とのかかわりの視点の欠如
1)水を見せるという発想の欠如
水を、一方では、防災のため、早く下流に、そして海に流すことに、あるいは、水を供給することに主眼が置かれている。そのため、水の持つ潤いや安らぎという側面が評価されていない。近年は親水公園が各地に整備されつつあるが、都市計画において依然として、水を見せるという観点が少なく、水(川)の効用が十分発揮されていないことは残念である。
2)かつて、人間の生活においては、川で遊んだり、魚と捕ったり、川で飲食物を冷やしたりと、人間と川(水)が多面的な全人格的なつながりがあった。
しかし、現行の水に関する法律は、水は危険なもの、あるいは、単に利用するものという一方的な視点しかない。人間と水が従来は近かったが、現在はかかわりが薄くなり、遠い存在となっている。
3. これらの問題点の根本にあるもの
以上
2.1 生態系の破壊
2.2 水の管理組織(管轄)が分断されていることによる問題点・弊害
2.3 水と人間の生活とのかかわりの視点の欠如
と各問題点を概観した。
これらの問題点の根本にあるものは、まず、水は、「公共」のものなのであるという概念が確立されておらず、その存在のとらえ方に対する統一の理念がないことがあげられる。水を取り巻く各法律の水に対する考え方が一面的でしかなく、その法律の趣旨に則った考えでしか水をとらえていない。河川法では、「河川の流水は、私権の目的となることができない」とされているが、一方で、上記に挙げた事例でも理解できるように、水の管理組織(管轄)各々で、水を管理しているため、問題が多々発生している。まずはじめに、水は、「公共」のものなのであるという概念をしっかりと確立し、その後、それをどうしていくのか?と言うことを考える必要があるであろう。
さらに、水を総合的にマネジメントするという発想がないということである。水は、モノのように単純に割り切れるものではない。常に移動し、形を変えている。そのため、水を広く考えないと、問題の解決につながらないと思われる。水の持つさまざまな効用を広く捉え、どう活用するのか?単に、治水・給水・利水・排水という観点からではなく、活かしていくのか?その視点が求められている。
また、水を取り巻く環境は、流域全体の土地利用や、水利用に大きく影響されるため、管理組織(管轄)が相互に連携することが必要であろう。それに加えて、行政以外にも、住民・事業者の役割も非常に重要であるため、これらのすべての関係者を巻き込んだ視点も必要である。
水問題の解決には、水を「公共」のものとしてとらえ、総合的にマネジメントし、市民・行政・事業者が各々自らの役割を認識するための法整備・組織整備が求められる。
4. まとめ
今まで述べてきたように、水をある局面だけで捉えて管理活用するだけであっては、水の持つ力を発揮することにはならず、社会的に大きな損失である。そのため、水の持つ効用を総合的に活かすためには、水に関する上位法として、水基本法の制定が必要であると考える。
水基本法の視点としては、「水は公共のものである」という概念を確立すること。流域を基本単位とし、自治体の境界を越えてマネジメントできることとすること。行政以外にも、住民・事業者の役割も明記し、協働の概念を盛り込むことが必要であろう。水を総合的にマネジメントする組織、水利権の社会的流動化を図るための組織も必要となってくるであろう。
水基本法の具体的な内容、及び水のマネジメントする組織のあり方については今後の課題である。
参考文献
1) 環境庁発表資料 1999.2
2) 消えゆくメダカの学校,毎日新聞,1999/2/19
3) 小澤祥司,2000,『メダカが消える日』,岩波書店:60-71
4) 遊磨正秀,1993,『ホタルの水、人の水』,新評論:135-151
5) 日本経済新聞社,2003,『全国住民サ-ビス番付2003-04』:88-91
6) 工業用水事業苦境に,日本経済新聞朝刊,2003/9/8
7) 加藤英一,「下水道と河川の困った関係」,『月刊自治研』・第43巻通巻503号 2001年8月号「特集 川を治める」:79
8) 潟rジネスブレークスルー,「もし県が会社だったら」都村長生,http://www.bbt757.com/servlet/ShowSummary?prg_id=870
2004/1/17
別表 水を取り巻く主な法律
法律名 |
管理組織(管轄) |
管理対象 |
目的 |
トピックス |
河川法 |
国土交通省 一級河川 国 二級河川 都道府県指定市 |
河川 ダム 堤防 |
災害防止 環境整備保全 |
1997年の法改正により、環境の概念が追加された。 河川の流水は、私権の目的となることができない 特定多目的ダム法がある |
下水道法 |
国土交通省 事業主体 市町村 |
下水道管 処理施設 |
公衆衛生の向上 公共用水域の水質の保全 |
50%国庫補助 公共下水道 流域下水道 都市下水路 |
農業振興地域の整備に関する法律 |
農林水産省 事業主体 市町村や都道府県など |
農業集落排水管 処理施設 |
農業集落排水事業 |
50%国庫補助 |
水資源開発促進法 |
水資源機構(国土交通省) 利根川、荒川、豊川、木曽川、淀川、吉野川及び筑後川、各水系 |
ダム |
産業の開発又は発展及び都市人口の増加に伴い用水を必要とする地域に対する水の供給を確保するため 河川の水系における水資源の総合的な開発及び利用の合理化の促進 |
ダムに対する否定的な見方が増加しているため、ダム及び水源地域の豊かな自然、文化等を活用した地域の振興及び、バランスのとれた流域の発展を図る方向性に移りつつある。 |
水道法 |
厚生労働省 水道事業は、原則として市町村経営 |
水道管 浄水場 取水施設 |
水道を計画的に整備 清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与 |
2001年法改正により技術力の高い第三者(他の水道事業者等)に業務を委託して適正に管理を行うことが可能となった。
水道事業を他の水道事業と統合する場合の認可を届出制に改める規制緩和が行われた。 学校やレジャー施設など、利用者は多いが居住者がいないために水道法の規制を受けていない水道を専用水道として規制の対象とすることとなった。
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土地改良法 |
農林水産省 |
農業用水路 |
農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施 農業の生産性の向上、農業総生産の増大、 土地改良事業の施行に当たつては、その事業は、環境との調和に配慮 |
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工業用水法 |
経済産業省 |
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特定の地域について、工業用水の合理的な供給を確保するとともに、地下水の水源の保全を図り、もつてその地域における工業の健全な発達と地盤の沈下の防止に資することを目的とする。 |
回収水(工場内リサイクル・水循環の推進がなされている。) |
工業用水道事業法 |
経済産業省 |
配水管 |
工業用水の豊富低廉な供給を図り、もつて工業の健全な発達に寄与 |
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水質汚濁防止法 |
環境省 |
工場排水 |
公共用水域と地下水の水質を保全するため、事業場などから出る排水の水質を規制する法律 |
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